# 第095話 最初の仕事
日が落ちた業務街を、標章のない灰色の車両が南へ進んでいた。窓は外から内部を見通せず、座席前の画面には白峰奏が絞り込んだ三つの移動経路と、羽柴零士が拾った二本の通信記録が重ねて表示されている。
天城は最後列へ深く腰掛け、耳へ付けた小型通信機を鬱陶しそうに指で押した。指定された集合時刻には遅れず、端末も切っていない。それでも仕事中まで他人の声を聞く道具には慣れていなかった。
「外すなよ、あまぎっち」
隣の機材席で、零士が複数の通信波形を眺めたまま釘を刺した。学校の制服から暗色の作業着へ替えているが、細い黒縁眼鏡と気軽な声は変わらない。
「俺の領域に入れば位置は分かる」
「位置が分かっても、ミナが壁の向こうで何を見たかまでは分からんやろ。新人が勝手に回線から消えたら、探す手間まで増えるんや」
「誰が新人だ」
「うちらの中では、間違いなくお前や」
零士は笑いながらも、通信機が天城の耳から浮いているのを見ると固定具を一段緩めた。からかうために近づいたようで、痛みや違和感を残す装着だけは見過ごさない。調整が終われば説明もなく自分の席へ戻り、経路上の監視端末を確認した。
「三か所も回る必要があるのか」
「仲介役が使った車両は途中で偽装番号へ切り替わっています。公開記録だけなら、北側の廃倉庫へ向かったように見える」
「なら、違う方へ行け」
「どちらが偽装かを確認しています」
奏は助手席で、採取された車内繊維と二人の所持品を一つずつ調べていた。零士も口を挟まず、彼女が選んだ時刻の前後だけから通信の欠落を探す。焦って別々の答えを出すのではなく、同じ場所を異なる方法で狭める動きだった。
「あと何分だ」
「七分」
「五分でやれ」
「精度が落ちる」
「じゃあ七分でやれ」
「はい、先輩からも正解の判子押しといたる」
零士が端末へ七分の計時を入れると、ミナは次の潜入経路を開き、小春は救急用の薬剤を確認した。誰も天城が待てたことに驚かず、それぞれの担当へ必要な時間として受け入れる。綾乃も会話へ割り込まず、全体の焦りが判断を乱す段階にないことだけを見ていた。
七分後、奏が画面の経路を一つだけ残した。
「南西。北側は別人の反応を重ねた囮。二人の新しい痕跡は旧貨物区画へ続いてる」
「通信も南西で合っとる。北側の番号は走行中に同じ応答を三回返しとるから、自動送信の囮や」
「生存は」
「痕跡からは分からない。でも移動させられたのは昨夜。二人とも、その時点では自分の能力反応を残してる」
綾乃は二つの確認が揃った時点で運転席へ進路変更を指示した。車両は北側へ伸びる囮経路を捨て、旧貨物区画へ向かって速度を上げる。
◇
再開発から外れた旧貨物区画には、低い倉庫と荷捌き場だけが夜の底へ沈んでいた。車両は目的地から二街区離れた工事用駐車場で止まり、六人は街灯の届かない側道へ降りる。
奏が錆びた車止めと路面へ順に触れていく間に、零士は周囲の監視端末へ《電磁静域》を重ねた。機械を壊すのではなく、倉庫から外へ向かう通信と、こちらの存在を拾う感知信号だけを選んで鈍らせる。
「外への定時送信、次は四分後。遮断したままでも、返事がなければ向こうが異常に気づく。時間は増えへんで」
「二人は奥の建物」
奏が新しいタイヤ痕を示し、次に南側へ顔を向けた。
「仲介役の反応が、こっちへ戻ってきてる」
遠くで車の扉が閉まった。天城が《領域掌握》を広げると、建物の角を回る一人と、内側で立ち上がりかけた能力反応を捉える。
「一人来る。俺が潰す」
「警報を出させず、生かして拘束してください」
「通信は俺が止める。せやけど腰の端末へ手を伸ばしたら押さえろ。中で記録される操作までは消せへん」
「注文が多いな」
「できるから連れてきたんやろ」
綾乃と零士から重なった要求へ、天城の口元が吊り上がった。次の瞬間には側道から姿を消し、角を曲がった男の正面へ立っている。
男は右手を上げ、掌へ不安定な能力反応を集めた。天城は発動点を領域で押さえ、形になる前に手首を掴む。そのまま腕を捻り上げ、声を出すために開いた口を塞いだ。
「弱ぇ」
壁へ叩きつける必要さえなかった。膝裏を払って地面へ伏せさせ、肩関節が外れる直前で力を止める。男が空いた手を腰の端末へ伸ばした瞬間、零士の声が通信機へ飛んだ。
「右手、端末」
天城は見ずにその指だけを踏みつけた。短い操作信号は《電磁静域》の内側で止まり、倉庫へも外部へも届かない。遅れて来た綾乃が拘束具を掛け、小春が意識と呼吸を確認するまで、班の流れは一度も止まらなかった。
「騒いだら次は止めねぇ。てめぇを殺す価値があるか決めるまで、喋れる身体でいろ」
「治療対象を増やしてません。今のところ問題なしです」
「通信履歴も残した。新人にしちゃ上出来やな」
「てめぇから先に黙らせるぞ」
「口が動いとるうちは余裕あり、と」
零士は軽口を返しながら、仲介役の端末を遮断袋へ移した。綾乃は供述を急がず、倉庫内部の現認を優先する。すでに奏は建物へ残る二人の痕跡を確かめ、ミナは外壁の材質と感知器の位置を零士の画面から受け取っていた。
「まだ。中を見てくる」
天城が正面扉へ向かうより早く、ミナが片手を上げた。
「四分しかねぇぞ」
「北の感知器は止めた。西壁の内側を十二秒だけ空けるで」
「十分」
金茶色の髪が壁へ沈み、ミナの身体が静かに消える。零士は秒数を読み上げず、画面上の光だけで残り時間を綾乃へ渡した。奏は逃走経路を見張り、小春は接触直後に治療へ入れる位置まで進む。
一分にも満たない時間の後、ミナが外壁から戻った。軽い表情は消え、声も必要な情報だけを落とす。
「二人ともいた。生きてる。でも一人は反応が薄い。拘束具に有線の警報線が繋がってて、この壁からは連れ出せない」
「小春」
「接触できれば繋ぎます。それまで悪化させないでください」
「有線は外から切れへん。ミナが中で解除、俺は外部通信を止めたまま維持する」
綾乃は倉庫の見取り図へ人員と経路を重ねた。正面側に三人、奥の監禁区画に一人。仲介役が戻らなければ、定時連絡とは別の確認が始まる可能性もある。
「ミナさんが警報線を外す。解除確認後、天城さんが正面を制圧。小春さんは最短で二人へ。奏さんは証拠と逃走経路、羽柴は通信遮断を維持します」
「解除まで何秒だ」
「二十秒」
「遅ぇ。十五秒でやれ」
「精度が落ちる」
「なら二十秒だ。終わったら言え」
自分なら二十秒の間に中の四人を倒せる。それでも有線の先にいる二人が生き残る保証はなく、零士も奏もミナも、その二十秒を縮めるための無謀を選ばない。
天城は正面扉へ手を添え、通信機から届く声を待った。出来上がった班は、新人一人の速さへ全員を合わせない。全員の役割が揃う瞬間を、突入の最短としていた。
「解除。行って」
次の瞬間、天城は扉だけを蹴り飛ばし、敵のいる正面へ踏み込んだ。




