# 第093話 使える仲間
曇りガラスの扉が開くと、室内で待っていた四人と、隣に立つ黒瀬綾乃の視線が天城へ集まった。綾乃の後ろへ並ぶために今から呼ばれた人員ではない。長机には使い込まれた共通端末と人数分の通信機が置かれ、誰がどの席を使うかまで最初から決まっていた。
「お、来た来た。今日から一番の新入りやな」
最初に口を開いたのは、癖のある黒髪に細い黒縁眼鏡を掛けた少年だった。制服の襟元を少し緩め、椅子を後ろ向きに使っている。仕事の面談室とは思えない気軽さで、天城の白髪を眺めた。
「羽柴零士。電子戦と通信遮断担当や。よろしくな、あまぎっち」
「誰があまぎっちだ。殺されてぇのか」
「初対面の先輩へ殺害予告は愛想悪すぎやろ」
「誰が先輩だ」
「年齢や強さの話やない。この班では俺の方が先や。分からんことがあったら、先輩へ素直に聞いてええで」
零士が笑うと、金茶色のツインテールを揺らす少女が遠慮なく吹き出した。白銀色の長い髪を持つ女は表情を変えず、淡い桃色の短髪をした小柄な少女だけが、天城の手元へ警戒するような視線を向けている。
「白峰奏、十九歳。《残留解析》で能力痕跡を追います」
「雨宮小春、十八歳。《生体調律》です。治療と、敵を死なない程度に黙らせるのが担当です」
「東雲ミナ、十七歳。《位相透過》。鍵の向こうへ入る、人質を外へ出す。見た目どおり普通の女子高生でーす」
「最後だけ嘘だな」
「初対面で失礼じゃない?」
ミナは口を尖らせたが、天城と言い争う前に奏が長机へ薄い金属片を置いた。表面には焼けた跡と細い亀裂があり、すでに光も熱も残っていない。奏が指を触れて目を閉じると、零士は何も聞かず、隣の端末へ通信履歴を二本だけ呼び出した。
「二人。最初に熱を加えた能力者と、後から亀裂を広げた能力者は別。前者は三日前、後者は昨日。追うなら後者」
「昨日の反応は二十一時十四分。その十二秒後に、近くの監視端末へ偽の点検信号が入っとる。奏、後の奴で合っとるか?」
「一致する」
「ほなミナ。侵入時は北壁やなく西。北の感知器は有線で、俺が黙らせても切断記録が残る」
「了解。壁の中身は?」
「二層。間に空洞あり。抜けられへんかったら戻れ」
「言われなくても」
打ち合わせた様子もないのに、会話は途中で止まらなかった。奏が痕跡を選び、零士が電子記録を重ね、ミナが侵入路へ変える。小春も過去の被害記録を開き、薬物投与を受けた場合に必要な救命器具だけを携行欄へ加えた。
「この五人は、すでに班として動いています」
綾乃が天城の正面へ立った。彼女が一つずつ命令しなくても、各自が前の担当から必要な情報を受け取り、次へ渡している。天城の強さを補うため急ごしらえされた者たちではなかった。
「奏さんが追い、羽柴が相手の目と耳を塞ぎ、ミナさんが閉鎖区画へ入る。小春さんが生存状態を確保し、私は全体を判断します。足りなかったのは、高位能力者を正面から短時間で制圧する役でした」
「俺をその穴へ入れるってことか」
「候補です。班の中心へ据えるつもりはありません」
「聞いたか、あまぎっち。世界最強でも新人は新人や」
零士はからかいながら、天城へ小型通信機を放った。天城が片手で受け取ると、耳へ合わせた固定具はすでに大きめへ調整され、操作画面も通話と緊急切断だけに絞られている。
「余計な機能は外しといた。任務中に分からん表示が出たら、触る前に聞け。壊して覚えるやり方は、証拠相手には通用せえへんからな」
「ガキに世話焼かれるほど落ちてねぇ」
「ほな、一人で正しく使えたら俺の手間が減る。お互い得や」
天城は通信機を返さなかった。口は軽いが、零士は最初から天城が使えない可能性を見越し、必要な部分だけ整えている。強さとは別の領分で、新人を現場へ立たせる準備だった。
「治療の確認をします。触っていいですか?」
小春が右手を差し出した。天城が「勝手にしろ」と答えると、彼女は勝手に触れれば怒る人もいるため返事は必要だと告げ、手首へ指を当てる。淡い能力反応が広がり、直人との戦いで受けた損傷と、その後の処置をなぞるように視線が腕から脇腹へ移った。
「動けます。でも、治ったことと壊れなかったことは同じじゃありません。次に無理をしたら、前より簡単に崩れる場所が残っています」
「戦えねぇと言いたいのか」
「戦ってもいいです。終わった後、私が止めろと言ったら止まってください」
「嫌だと言ったら」
「動かなくなるように調律します」
小春は可愛らしい笑顔を崩さず、触れていた手だけを離した。ミナも、救出完了前に壁や建物を壊せば敵より先に自分が怒ると付け加える。奏は分析中に急かされても精度を落とさないと、平坦な声で告げた。
「ハッ――ハハッ! 弱ぇくせに、揃いも揃って俺を止める気か」
「止める時も一人ずつ行くと思わん方がええで」
零士が笑い返す間にも、奏とミナは同じ画面で侵入経路を詰め、小春は必要装備の準備を終えていた。彼らは天城に勝てるとは言わない。しかし自分たちの仕事を守る時、誰か一人だけを前へ出す班でもなかった。
「最初の案件候補を提示します」
綾乃が端末を操作すると、能力を持つ若者二名の情報が開かれた。二件の行方不明届は別地区で受理され、表の記録では同一事件へ繋がっていない。それでも二人は同じ仲介役に移送され、昨夜までは生存していた可能性が高かった。
軽かった室内の空気が一瞬で変わる。奏は二人が最後にいた場所と車両の記録を並べ、零士は通信の欠落時刻を抽出し、ミナは想定建物の材質を確認した。小春は健康記録から薬物投与時の危険を拾い、綾乃は確認済み事実と推定を別欄へ分けていく。
「公的機関へ任せりゃいい話じゃねぇのか」
「通常の照会権限では、二人を同じ仲介役へ繋げられません。公的捜査へ渡せる証拠を持ち帰ることも目的です」
「てめぇらが知ってることは全部出せ。推測を事実みてぇに混ぜるな」
「確認済み情報はすべて提示しています。情報源は現段階では開示できません」
正体を隠した者が、公開できない情報を使って事件を追う。天城をここまで動かした手口と同じであり、信用する理由にはならない。それでも画面には対象者の名、確認された行為、危険、目的、殺害を認める条件までが分けて記されていた。
「今回の目的は二名の生存確保、記録回収、仲介役の拘束。殺害は、人質の生命を守るため他に手段がない場合だけです」
天城はまず対象者の名を読み、次に行方不明者の情報へ目を通した。以前なら等級と居場所だけで足りた。今は自分が誰と、何を持ち帰る班へ入ろうとしているのかまで、選ぶ前に示されている。
「話を進めろ。ただし、まだ誰の命令も受けちゃいねぇ」
「承知しています。正式契約の前に、最後に会ってもらう人物がいます」
綾乃が机の奥にある扉へ一時鍵を送ると、零士が天城の通信機へ接続試験を入れた。耳元へ、からかう声が近く響く。
「行ってらっしゃい、新人あまぎっち。戻ってくる道くらいは残しといたる」
「余計なことすんな」
「面倒見るんが先輩の仕事や」
天城は五人を仲間とは呼ばなかった。だが、自分を待つために寄せ集められた弱者でもない。すでに出来上がった班の扉を開けるため、名のない雇い主へ会う道を選んだ。




