↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
86/129

# 第086話 弱ぇガキ

# 第086話 弱ぇガキ


 先に動いたのは天城だった。半歩で間合いを詰めると、直人の左手が触れるより先に腕を横薙ぎへ振り抜く。接触から始動を読む手段を封じたまま、頭と胸をまとめて打ち抜ける軌道だった。


 直人は上体を沈め、腕の下へ潜った。風を切った拳が頬の傷を開き、遅れて熱い血が顎まで落ちる。反撃へ出ようとした左肩の動きを天城は見逃さず、踏み込みを止めるための前蹴りを腹へ放った。


 避け切れない。直人は左腕を腹の前へ挟み、衝撃を横へ流そうと身体を回す。それでも浮いた足が床を離れ、背中から亀裂の走った床へ叩きつけられた。


「触れなきゃ読めねぇ。途中で変えるなら、変える前に潰す」


 天城の答えは単純だったが、正しい。直人が得た二つの手段は、接触できることと、最初の一撃を避けられることが前提になる。そこを広い攻撃で消されれば、数センチのずれを作る前に身体が壊れる。


 直人は左手を床へつき、追撃の足が落ちる直前に後ろへ滑った。天城の踵が床を砕き、細かな破片が頬へ飛ぶ。以前から刻まれていた亀裂へ新しい破損が重なり、足元の一角が砂に近い粒へ変わった。


 天城は崩れた床を避け、硬い場所へ着地する。無意識の選択ではない。《領域掌握》は床の状態まで捉えており、直人が足場を使う可能性も既に警戒されていた。直人が壁際へ追われるたび、天城は砕けた箇所を避けて同じ足場へ戻っている。


「床を崩したくらいで、二度も転ぶと思うなよ」


「思ってない」


 直人は左足で床を蹴った。天城の正面へ入ると見せ、動き始めてから右へ魔力を移す。到達位置を外側へずらした直後、天城の拳はさらに広い弧を描き、修正後の進路までまとめて追ってきた。


 左腕で受けた瞬間、骨の奥まで衝撃が走る。直人は押し負けながらも拳へ指を掛け、触れた腕から次の始動を拾った。腰が回るより早く接触を切り、続く裏拳から頭を逃がす。


 だが、天城は途中で拳を止めた。偽の始動へ反応して沈んだ直人の顔へ膝が迫る。直人は左掌で膝を横へ逸らしたものの、肩が天城の腿へ当たり、弾かれた身体が壁際まで転がった。


『瀬名!』


 観測窓の向こうで朱音が身を乗り出した。直人は返事をせず、口に溜まった血を吐いて立つ。呼吸のたびに胸が狭まり、右肩だけでなく左腕にも痺れが残っていた。


 読み合いでは天城が一枚上にいる。一つ覚えれば、それを餌にして次の答えを用意する。ならば、直人が見せた手段を天城が知っていることまで、最初から使うしかない。


 直人は右腕を垂らしたまま、もう一度正面へ踏み込んだ。左拳を胸へ放つと、天城は接触を許さず半歩退き、拳の外側から腕を払う。そのまま追撃へ移らず、直人が動作途中で変える先を見定めていた。


 直人は魔力の配分を変えなかった。予測された位置へ左拳が流れ、空を切る。天城の右拳が脇腹へ突き刺さり、直人の身体が横へ折れた。


「遅ぇ」


 天城が腕を引くより先に、直人はその手首へ左手を掛けた。触れたことで拾えたのは、振りほどく動きではない。直人が変化を加える瞬間を狩るため、敢えて同じ位置へ残ろうとする全身の張りだった。


 今度は左脚へ魔力を流し、身体を天城の外側へ滑らせる。天城は読んでいたように左腕を開き、変化した進路ごと抱え込もうとした。直人は配分を戻し、最初の軌道へ踏み直す。


 領域が結果を拾う。天城の左腕が軌道を変え、正面へ戻った直人の首を狙う。再修正にも迷いはなく、その掌は直人が次に立つ位置へ先回りした。


 そこでも直人は止まらない。踏み直した足から力を抜き、自分から床へ身体を落とす。天城の掌が髪を掠め、その腕の下へ潜った直人は足元まで入り込んだが、無防備な右肩を膝の正面へ晒した。


 天城の右膝が上がる。直人が床へ逃げた時点で、重心と床へかかる圧力から次に起き上がる場所まで《領域掌握》は絞っている。膝を避ければ左の踵、受ければ右肩が終わる。どちらを選んでも、天城には次の正解があった。


 直人は、動かないまま晒していた右腕を上げた。


 肩へ残っていた一度を、防御には使わない。膝へ掌を当て、衝突する直前に右腕だけへ魔力を通す。天城の領域が拾った弱い腕の位置から、掌が僅かに前へ出た。


 膝を止める力はない。直人は押し潰される前に指を滑らせ、天城の足首を掴んだ。伝わった重心移動を読み切ると、左手で握っていた手首を引き、自分の身体ごと後ろへ倒れる。


 右肩の関節がずれ、腕の感覚が一気に遠のいた。肩から先は自分のものではないように垂れ、もう二度目はない。天城は片足を掴まれたままでも倒れず、残る足へ全体重を移して踏み止まる。その足が選んだのは、何度も攻撃を避けるために残してきた、唯一硬い床だった。


 直人はそこへ左の踵を叩きつけた。


 硬く見えた表面の下には、天城自身の打撃で周囲から伸びた亀裂が集まっている。直人が転がされるたび、避ける方向を選ぶたび、天城へ同じ場所を安全だと思わせながら破損を繋いできた。最後の衝撃で床材が沈み、天城の軸足が足首まで呑まれる。


 初めて天城の膝が床についた。


 直人は右腕を捨て、左手だけで身体を起こした。沈んだ足を抜こうとする天城の顎へ肩から踏み込み、掌底を打ち上げる。大きな損傷には届かなかったが、天城の顔が上を向き、直人が先に次の間合いを選んだ。


「どうした」


 荒い呼吸の奥から、直人は言葉を押し出した。力だけで他人を測り、最初から勝敗を決めていた男へ、その判断をそのまま返す。


「弱ぇガキ一人、まだ倒せないのか」


 天城は顎へ触れ、指についた血を見た。沈黙の後、肩が一度だけ揺れる。次に響いた笑いは侮りではなく、自分の正解を三度書き換えた相手へ向ける、抑えきれない高揚だった。


「ハッ――ハハッ! いいぞ、瀬名直人」


 天城は床へ埋まった足を、床材ごと力任せに引き抜いた。砕けた破片が散り、立ち上がった身体から迷いが消える。正確に読み、最短で潰すだけだった構えは崩れ、直人が何を変えても、その先から力で奪い返すための前傾へ変わっていた。


「今度は全部で潰す。そこからもう一度、勝ってみろ」


 右腕は動かず、左脚も限界に近い。直人が奪ったのは一度の主導権だけで、速度も出力も耐久も、何一つ天城を上回ってはいなかった。


 それでも、天城の目から弱者を見る色は消えていた。次の一歩で決まるのは、どちらが強いかではない。最後まで何を捨てずに立てるかだった。


この小説をお読みいただきありがとうございます。

よければ★★★★★マークとブックマークで応援していただけると嬉しいです!

完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。