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# 第080話 招待状



 榊原迅へ届いた通知は、その日のうちに学校と捜査機関へ提出された。


 翌朝、学園の特別対応室には、直人、榊原、久我玲司、篠原朱音が集められていた。壁面表示には、送信元不明の文面と、東七区の旧貨物仕分場を示す地図が並んでいる。


 指定時刻は、今夜二十一時三十分。


「結論から言えば、榊原さんを指定地点へ一人で向かわせることは認められません」


 能力犯罪対策を担当する捜査官が告げた。


「通知が一連の失踪と関係する可能性は高い。しかし現状では、送信者が天城皇牙だと断定できず、目的も不明です。現地は無人状態で監視し、接触者の確認を優先します」


「俺が行かなければ、誰も来ない可能性がある」


 榊原は椅子へ深く座らず、机上の地図を見ていた。通知を受け取った本人だが、怒りにも恐怖にも任せていない。


「その場合、送り手は次の等級四へ移るだけだ。今日の一人が助かったから、同じ手がもう使えないと判断するかもしれない」


「だからといって、未成年の学生を囮にはできません」


「俺も囮になるつもりはない」


 榊原の暗い青灰色の目が上がる。


「通知を受けた当事者として参加する。危険を理解した上で、退路と支援を用意してだ」


「久我さんはどう考えますか」


「参加させるなら、榊原本人にも撤退を提案する権限を残してください」


 久我は榊原を止めなかった。


「同時に、全体撤退の判断は現場指揮が持つ。能力制御の異常、通信断絶、想定外の侵入が一つでも発生した時点で榊原を退避させる。その条件なら賛成します」


「最初から守られるだけの配置にされたら、相手の能力を見誤る」


 直人が加えると、捜査官の視線が右肩の固定材へ向いた。


「瀬名さん。あなたも負傷者です」


「可動域に問題はない。痛みは残ってる」


「それを問題があると言います」


「でも、天城と接触して、攻撃を受けたのはこの中で俺だけだ」


 直人は前日の動きを、推測と分けて説明した。


 天城は死角からの動きにも即応した。直人が重心を落とした時点で受け流しを読み、等級四の能力は現象になる前に崩した。距離や正確な仕組みは不明だが、近距離では存在、移動、能力発動の起点を高精度で把握している可能性がある。


「近くへ能力者を並べるほど安全になるとは限らない。全員の位置と能力を、先に教えることになる」


「では、包囲を薄くしろと?」


「近距離の監視を機械だけにする。待機部隊は離し、接触までは能力を使わない。相手がどこまで把握できるか分からない以上、隠せる情報は隠す」


 榊原が地図上の中央仕分区画へ指を置いた。


「指定地点の床と柱は繋がっている。能力を使わなくても、接触後の振動は拾える。俺はここで相手を待つ」


 受け身の保護対象になるつもりはない。同時に、自分だけで事件の全てを解決できるとも言わなかった。


「待って」


 朱音が通知の末尾を拡大した。


「この識別列、時刻や受取人の番号だけじゃない」


 彼女は兄が残した施設画像を隣へ並べる。観測窓の下へ刻まれた短い管理記号と、通知の末尾にある一部の並びが一致していた。


「偶然の可能性は?」


「ある。でも、同じ並びが三枚全部に入ってる」


 旧貨物仕分場の図面には、中央区画とは別に、すでに閉鎖された西側地下検査路があった。現在の指定座標から百メートル以上離れている。


「通知に記載された場所は中央区画です」


 捜査官が慎重に答える。


「管理記号だけで配置を変えることはできません。中央では榊原さんの保護と接触者の確認を行います」


「なら、西側は俺が確認する」


 直人が言うと、朱音もすぐ顔を上げた。


「私も行く。施設資料を見て分かるのは私よ」


「戦闘地点へ出す許可ではありません」


「分かってる。資料と現物が同じか確かめるだけ。天城がいたら、自分で追わない」


 前日とは違い、怒りだけで危険へ飛び込もうとしてはいなかった。


 久我が二つの区画を見比べる。


「表の通知対応は、榊原と私たちが担当する。瀬名と篠原さんは西側検査路の確認。位置共有を維持し、戦闘の兆候があれば篠原さんを安全区画へ退避させる。役割を分けましょう」


 捜査官は即答せず、図面と人員配置を確認した。西側検査路も封鎖区域の内側で、直人は公的ギルド登録済み。朱音には単独行動禁止と、旧観測室より先へ出ない条件が付いた。


「……私の資料は、全部持っていく」


     ◇


 夜の旧貨物仕分場には、雨の匂いが残っていた。


 中央区画では、榊原と能力犯罪対策の部隊が通知への対応を始めている。久我は外周指揮所から配置を管理し、表向きの指定地点へ現れる者を待っていた。


 そこから百メートル以上離れた西側地下検査路を進むのは、直人と朱音だけだった。


 地上の錆びた設備とは違い、地下の壁には不自然なほど白い塗装が残っている。現在の施設図面ではただの検査路だが、床には一定間隔の目盛りが引かれ、壁の一部は鏡のような暗いガラスになっていた。


「同じ……」


 朱音が端末の画像を横へ掲げる。


 幼い天城が立っていた部屋にも、同じ高さの観測窓と床目盛りがあった。寸法まで一致するかは測れない。それでも偶然で片づけるには、似すぎている。


『中央区画、接触なし。指定時刻まで三十秒』


 久我の声が通信機へ届く。


 直人の右肩は固定材が外されている。痺れはほぼ消えたが、腕を高く上げれば鈍い痛みが残った。治ったふりをして無視できる状態ではない。


「旧観測室は、その扉の先」


 朱音が図面を確かめる。


 金属扉は施錠されていなかった。


 直人が先に入り、朱音が続く。部屋の中央には何もない。壁際へ古い操作卓が残り、その奥の観測窓から、さらに広い実験区画が見下ろせた。


 白い壁。


 床へ引かれた円形の目盛り。


 天井から垂れ下がる、切断された測定線。


 朱音の呼吸が浅くなる。


「兄は、ここまで来たのかもしれない」


「まだ分からない」


「でも、通知と施設が繋がった」


 怒りだけではない。三か月追い続けた兄の足跡へ、初めて現実の場所で触れた震えだった。


 指定時刻になる。


『中央、変化なし。榊原は配置を維持』


 続けて何かを告げようとした音声が、細い雑音へ変わった。


「久我?」


 返答はない。直人の端末では、現在位置を示す印が地下検査路の入口で止まっていた。


 白い壁の内側だけが、学園都市の通信網から切り離されている。


 表の招待状へ、誰も現れない。


 代わりに、観測窓の向こうで硬い足音が一つ響いた。


 直人は朱音を背へ庇い、実験区画を見下ろす。


 白い髪の少年が、円形の目盛りの中央に立っていた。


 天城皇牙。


 侵入した気配も、扉が開く音もなかった。最初から、この場所で待っていたように見える。


「標的が来ると思ってたんだがな」


 琥珀金色の目が直人へ向き、次いで朱音を捉えた。


「またお前か、正義のガキ。この前の女まで連れて、何をしに来た」


 朱音が観測窓へ一歩近づく。


「篠原朱音」


 声は震えなかった。端末を持つ指だけが白い。


「篠原達哉の妹よ」


 天城の顔から、嘲笑が僅かに薄れた。


 驚きでも罪悪感でもない。捨てた記録の一部を、予想外の場所で見つけたような反応だった。


「それで?」


 朱音の息が詰まる。


 直人は彼女の前へ立ったまま、観測室脇の防護扉を示した。


「朱音。操作卓を持って、あっちへ入れ」


「でも――」


「ここまで来た役割は終わってない。記録を残して、あいつへ聞くことを聞け。ただし、戦うのは俺だ」


 朱音は拒みかけた。


 それでも一人で天城へ向かわず、操作卓から記録端末を外して防護区画へ入る。厚い観測ガラス越しなら、実験区画を見失わない。


 通信機から聞こえるのは、一定間隔で途切れる雑音だけだった。


 表側にいる者は、天城がここにいることも、朱音が兄の名を告げたことも知らない。


 直人は観測室から実験区画へ降りる短い階段へ足を掛けた。


 天城が鼻で笑う。


「標的でもねぇ雑魚が、一人で何になる」


「榊原は来ない」


 直人は痛みの残る右肩を下げ、左半身を前へ出した。


「お前が誰かを消そうとするたび、俺が前に立つ」


「ハッ――ハハッ!」


 嘲りを含んだ笑いが、白い実験区画へ響いた。


「なら、何度でも潰してやるよ。弱ぇガキ」


 表では榊原たちが、招待状へ対応している。


 その下に隠されていた場所で、直人と天城が向き合い、朱音だけが二人を見届けていた。


この小説をお読みいただきありがとうございます。

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完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!

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