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# 第078話 失踪ではない



 篠原朱音の言葉は、現場封鎖の内側へ重く落ちた。


「兄は、天城皇牙に殺された」


 警備担当の一人がすぐ記録端末へ目を落とす。驚きはあっても、断定へ飛びつく様子はなかった。


「篠原さん。その件は、すでに警察へ提出した内容ですか」


「全部渡しました」


「では、改めて聴取します。ここでは――」


「分かってます。私がそう考えてるってだけで、証明にはならないんでしょ」


 朱音は吐き捨てず、事実として言った。悔しさで声は硬いが、公的機関が動けない理由まで否定しているわけではない。


 救援対象を乗せた車両が管理路を離れる。直人と朱音も、現場脇へ展開された簡易聴取車へ移された。


 直人の右肩には冷却材が固定されている。骨への異常はない。腫れと痺れが引くまでは激しい運動を避けろと言われたが、天城が本気でなかった事実は、診断結果より明白だった。


 車内の小さな机を挟み、朱音は記録端末を抱えたまま座っている。


「さっきの話、聞かせてくれ」


「警察に聞けば」


「捜査情報を俺へ見せる理由がない。それに、俺が聞きたいのは、お前が何を確認して、どこから推測したかだ」


 灰緑色の目が細くなる。


「私が嘘をついてると思ってる?」


「思ってない」


 直人はすぐ答えた。


「でも、天城を止めるなら、事実と推測を混ぜるな。混ぜた瞬間、正しい部分まで崩される」


 朱音の指が端末の縁へ食い込む。反発しかけた唇が、数秒後に閉じた。


「……兄が消えたのは、三か月前」


 彼女は画面へ認証を通し、一つの記録を開いた。


「篠原達哉。等級四。仕事の依頼も、会う相手も、家族に全部話す人じゃなかった。でも、怪しい案件は必ず外部記録を残してた。自分が戻らなかった時、調べる人が困らないように」


「その日の記録が残ってた」


「一部だけ」


 表示されたのは、送信元の記載がない面談通知だった。


 高等級能力者を対象とした非公開の適応確認。場所と時刻、単独で来ること。報酬も契約主体も書かれていない。


「普通なら行かない内容だ」


「兄も、受けるために行ったんじゃない。前にも似た通知を受け取った等級四がいるって知って、相手を確かめに行った」


「警察へ相談してからじゃないのか」


 朱音の視線が落ちた。


「確認できてから話すつもりだったんだと思う。自分なら何とかできるって。等級四だったから」


 誇りと恨みのどちらともつかない声だった。


 強い人間は、自分が守られる側へ回る判断が遅れる。昨日、久我たちへ出された警戒措置がなければ、同じ選択をする者は今もいるだろう。


「最後の記録は」


 朱音が別のファイルへ触れる。


 映像は十一秒しかなかった。照明の落ちた建物。映像の端に立つ、白い髪の若い男。顔は半分以上が潰れている。


『天城皇牙――お前が、連絡を?』


 達哉らしい男の声が入った直後、映像は白いノイズに覆われた。


 そこで終わっている。


「名前は聞き取れる。でも、天城が何をしたかは映ってない」


「音声と映像が加工されていない証明も不十分。元の端末は兄と一緒に消えた。家へ送られたのは、自動退避した圧縮記録だけ」


「だから、会ったことは疑えても、殺した証拠にはならない」


「分かってる!」


 朱音の声が初めて大きくなった。


 すぐに息を呑み、額へかかった赤銅色の髪を乱暴に払う。


「……分かってる。あの十一秒だけじゃ足りないって、何度も言われたから」


 その言葉を責められた記憶ではなく、何度突き出しても兄の死へ届かなかった記憶として抱えている。


 直人は慰めを挟まなかった。


「今日の人を見張ってた理由は、その通知か」


 朱音は頷き、二つの文面を並べる。


 文章は違う。だが不自然な位置に入った空白と、末尾の識別列が一致していた。三か月前の達哉と、今日襲われた等級四能力者。双方へ、同じ送り手が接触した可能性は高い。


「あの人は兄の知人だった。似た通知が来たら連絡してって頼んでた。昨日、連絡をもらったの」


「それを警察へ」


「伝えた。保護対象になるまで待てないかもしれないと思って、私も見てた」


「等級0のお前が、等級四を狙う相手の近くで?」


 朱音の目が鋭くなる。


「能力がなければ、兄を探しちゃいけない?」


「違う。能力があっても、天城を一人で追うなと言ってる」


 右肩に残る鈍痛が、言葉の根拠だった。


「俺でも、さっきの一撃をまともには受けられなかった。お前が追いついても、止める前に殺される」


「だったら、待ってろって?」


 朱音が立ち上がる。狭い車内で椅子が床を擦った。


「兄にも言われた。家で待ってろって。連絡するからって。それで三か月、何も返ってこない。警察には待ってくださいって言われて、その間にまた等級四が消えた!」


 握っていた端末が机へ置かれる。叩きつける直前で止めたのは、兄が残した物だからだろう。


「待ってる間に誰かが死んだら、私はまた何もできなかったことになる!」


「なら、待つな」


 直人も声を強めた。


 朱音の呼吸が止まる。


「ただし、一人で死にに行くことを行動した証拠にするな。お前が死ねば、兄が残した記録も、次を止められる可能性もそこで終わる」


「じゃあ、どうしろっていうの」


「持ってる情報を全部、確認できる形へ分ける。次の候補がいるなら公的機関へ渡す。俺にも知らせろ」


「あなたに何ができるの」


「天城の前に、もう一度立つ」


 直人は肩の冷却材へ一度だけ視線を落とし、朱音を見返した。


「今度は、何も知らないままじゃない」


 朱音はすぐに信用しなかった。怒りを消したわけでも、直人へ兄の代わりを求めたわけでもない。


 それでも、彼女は椅子へ座り直した。


「……一つ、まだ警察も判断を保留してる資料がある」


 端末へ、古い画像が映る。


 白い壁に囲まれた観察室。身体へ不釣り合いな数の測定器を付けられた、白髪の少年が立っている。現在より幼い。だが、カメラを睨む琥珀金色の目は、さきほど見た天城皇牙と同じだった。


 資料に施設名はない。運営主体も、実験目的も黒く欠けている。残っているのは、被験番号と、出力、耐久、適応という単語だけだった。


「出所が確認できない。兄がどこから手に入れたのかも分からない」


 朱音は画面の中の少年を、許せない相手を見る目で睨んだ。


「兄が追ってたのは、天城だけじゃない」


 細い指が、施設名の消された欄へ触れる。


「天城皇牙を育てた、この場所よ」


この小説をお読みいただきありがとうございます。

よければ★★★★★マークとブックマークで応援していただけると嬉しいです!

完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!

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