# 第076話 消える等級四
等級四能力者の消息不明は、翌朝には一つの速報ではなく、社会全体の不安へ変わっていた。
学園中央棟の表示板には、所在確認中という同じ言葉が繰り返されている。失踪者の氏名、所属、最後に確認された場所は非公開。警察と公的ギルドも、誘拐や事故と断定していない。
それでも、生徒たちの口は空白を嫌った。
「等級四が何人も、自分から連絡を絶つか?」
「犯罪組織に引き抜かれたって話も出てる。強い能力者なら、国外へ逃げるのだって――」
「確認されていない話で、失踪した人間を犯罪者にするな」
柔らかい声だったが、ざわめきはすぐに止まった。
久我玲司が表示板の前に立っている。その隣には榊原迅もいた。昨日まで二人へ向けられていた羨望の視線には、今朝から別のものが混じっている。
心配ではない。
等級四でも消されるのなら、何を頼ればいいのかという恐怖だった。
「学校から何か聞いてるか」
直人が近づくと、久我は周囲へ聞こえない程度に声を落とした。
「等級四の在校生には、単独行動を避け、移動予定を提出するよう勧告が出た。授業と生徒会活動は継続するが、学外へ出る場合は警備担当との共有が必要になる」
「強制ではない」
榊原が補った。
「だが、断る理由もない。何を基準に狙っているのか分からない以上、自分だけは違うと考える方が危険だ」
等級四は、守られることに慣れた階級ではない。
能力事故や災害が起これば、むしろ他人を守る側へ置かれる。そんな二人が、今回は保護対象として行動を制限されている。
「鳴海にも連絡した」
直人は端末を開いた。
昨夜送った短い確認へ、今朝早く返事が届いている。
『生きてる。学院から単独外出禁止を食らった。お前も、自分は等級一だから関係ないと決めるな』
最後の一文が、いかにも鳴海らしかった。
「正しい指摘だ」
久我が僅かに口元を緩める。
「お前たちまで、俺が一人で首を突っ込む前提で話すのか」
「前例が多い」
榊原の返答には迷いがなかった。
直人は否定しかけて、やめた。
救助要請を受ければ、自分が行く。危険を見つければ、誰かが来るまで待つより先に動く。その判断を全部間違いだったとは思わないが、仲間へ何も知らせず動くことまで正当化するつもりもなかった。
「分かった。何か見つけても、位置と状況は共有する」
「そうしてくれ」
久我は頷き、表示板へ視線を戻した。
「ただ、現時点で私たちに与えられた情報は少ない。失踪者の地域も所属も一致していない。共通しているのは等級四であることだけだ」
「大きな能力事故の記録は?」
「少なくとも、保護対象へ説明された範囲にはない」
榊原の目が鋭く細くなる。
「等級四が抵抗すれば、普通は何か残る。壊れた建物、能力反応、負傷者、通報。全部を痕跡なしで抑えたなら、相手は相当強い」
「あるいは、抵抗する前には敵だと分からなかった」
直人が続けると、二人の表情から僅かな余裕が消えた。
知人。仕事相手。依頼人。助けを求める一般人。
強者へ警戒させず近づく方法は、力だけではない。
「その可能性も、学校へ伝える」
久我は端末へ言葉を記録した。
「瀬名。お前はどうする」
「俺には捜査権限がない。公開情報だけで誰かを追えば、捜査の邪魔になる」
直人は事実として答えた。
「だから、今は普段通り動く。ただし、異常を見たら見過ごさない」
事件へ飛び込むことと、事件が自分の前へ現れた時に目を逸らさないことは違う。
昼休みには、学園から全生徒へ正式な注意事項が配信された。
等級四在校生の授業予定と活動場所を外部公開情報から一時的に除外。本人の同意なく移動情報を拡散しない。所在不明者に関する未確認情報を転載しない。不審な接触を受けた場合は、相手を追わず、学校と警察へ通報する。
等級四だけを特別扱いする内容へ、不満を漏らす者もいた。
だが直人には、昨日まで与えられていた注目が、そのまま危険へ裏返ったように見えた。
評価されれば、名前が広がる。
名前が広がれば、能力、所属、役割、行動まで調べられる。
久我たちが大会で得たものは信用だけではない。誰かに狙われるだけの価値も、社会から与えられてしまった。
放課後、直人は予定通り一人で帰路についた。
普段通りに動くという言葉を守るためではない。必要のない外出を増やさず、端末の位置共有を有効にした上で、学校から自宅へ戻るだけだった。
学園の西側へ抜ける歩道を進んだ時、端末が鋭い警告音を発した。
公的ギルドから、周辺の登録冒険者へ発信された緊急協力要請。
西三区資材管理路。登録能力者の携帯救難信号を受信後、応答が途絶。最寄りの公的部隊が到着するまで七分。接近可能な登録冒険者は、現在位置と対応可否を返信せよ。
救援対象の等級欄に、数字の四が表示されていた。
直人は足を止めなかった。
参加を選択し、位置情報を送信。単独接触を避けろという注意を確認した上で、最短経路へ入る。現場を見るまでは敵の存在も、事件との関連も決めつけない。
資材管理路は、再開発区画の外周に沿った細い通路だった。片側には高い防音壁。反対側には閉鎖された資材倉庫が並び、人通りはない。
曲がり角の手前で、直人は速度を落とした。
血の臭いはしない。
破壊音も、争った足音もない。
それなのに、空気の中へ踏み込むなと告げるような圧迫感があった。
角の先に、二人の男がいる。
一人は四十代ほど。灰色の混じった短髪と厚い肩を持ち、濃緑色のフィールドコートを着ていた。壁へ片膝をつき、右手を舗装へ押し当てている。
地面が僅かに隆起した。
次の瞬間、その変化は何かに押し潰されたように止まった。男の能力が消えたのではない。発動した力の行き先だけを、形になる前に塞がれている。
その正面に立つもう一人は、直人たちと大きく変わらない年齢に見えた。
百八十を越える長身。引き締まった身体へ黒い上着をラフに羽織り、白髪は無造作な短髪にしている。振り返った顔に焦りはなく、琥珀金色の瞳だけが、入ってきた直人を冷たく捉えた。
見られた瞬間、直人の全身が警告を発した。
構えも、殺気もない。
それでも、久我やシャルロットと対峙した時とは種類の違う隔たりがある。
「来るな……!」
片膝をついた男が、掠れた声を絞り出した。
「そいつは、天城皇牙だ」
昨日、何も語らない等級五の欄にあった名前。
天城は、邪魔な物の数を確かめるように直人を見た。
「ハッ――ハハッ! 今度は、力もねぇガキか」
乾いた笑いに、弱者の恐怖を味わう粘つきはない。ただ、事情も力の差も知らずに割り込んできた子供だと、直人を最初から決めつけている。
「何も知らねぇくせに、正義感だけで首を突っ込む。そういうガキが、一番先に死ぬ」
琥珀金の目が細まった。
「死にたくなきゃ退け。俺は善人じゃねぇ」
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