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# 第074話 等級四の価値



 翌朝、学園中央棟の大型表示板には、国際大会の試合映像ではなく、大会後の選手評価が映し出されていた。


 最初に表示されたのは、日本代表主将・久我玲司の名だった。


 等級四《気圧支配》。二戦二勝。だが、評価欄の上段を占めているのは勝率でも能力出力でもない。


 出場順の決定。敗北した選手からの情報共有。五人の状態管理。主将として国の結果を引き受けた判断。


「公的ギルドの広域災害演習と、能力行政側の意見交換に招かれたって」


「まだ高校生だろ?」


「高校生だから騒がれてるんだよ。等級四でも、強いだけで全体指揮まで任せられるわけじゃない」


 表示板の前に集まった生徒たちが、公開資料を見ながら声を交わす。


 久我に続いて、榊原迅の評価が表示された。


 ドイツ戦では、振動対策を受けて判定負け。しかし、その対策情報を後続選手へ残し、決勝では同系統の装備へ空気振動と接触時の逆位相制御を組み合わせて勝利した。


「負けた試合まで評価されるんだな」


「負けた後に何をしたか、だろ。実際の能力犯罪者なら、一度効いた対策を次も使ってくる。そこで戦い方を変えられる人間の方が現場では信用されるって」


 勝った者だけが評価されるのではない。


 勝利を自分一人の成果にしない久我と、敗北を次の勝利へ変えた榊原。二人の等級は大会前と同じ四のままだが、その名前へ結びつく役割は明らかに大きくなっていた。


 ちょうど職員区画から戻ってきた二人を見つけ、生徒たちの視線が一斉に動く。


「久我会長、卒業後は公的ギルドへ行くんですか?」


「まだ決めていない。今回の評価は進路の決定ではなく、次に何を任せられるかという判断材料だ」


「でも、あれだけ声が掛かってるなら選び放題ですよね」


 久我は足を止め、質問した一年生へ深い灰青色の目を向けた。


「任されるものが増えれば、失敗した時に失うものも増える。選べる立場と、軽く選んでいい立場は同じではない」


 柔らかな声だったが、周囲の浮ついた空気が少しだけ引き締まる。


 隣の榊原は、表示板に映る自分の敗北映像を見上げた。


「勝った試合より、そっちを教材に使いたいって話の方が多い」


「嫌じゃないんですか?」


「負けた事実は消えない。対策された後に何もできない方が嫌だ」


 淡々と答え、榊原は直人に気づくと顎を僅かに引いた。


「お前の方も、しばらく静かにはならないらしい」


 表示が切り替わる。


 瀬名直人。等級一《成長型自己強化能力・仮》。三戦三勝。決勝第五試合で、フランス代表主将シャルロット・デュヴァルに僅差判定勝ち。


 その瞬間、周囲のざわめきは二つに割れた。


「等級一で三勝だぞ。もう等級なんて意味ないんじゃないか?」


「それは違うだろ。日本代表が相手の情報を繋いだから勝てた試合もある。安全装備と場外判定がある競技で、等級四より強いことにはならない」


「でも、その情報を使って勝ったのは瀬名だ」


「そもそも特別推薦だろ? 普通の選考を通った選手と同じにするのは――」


 称賛と反発には、どちらにも事実の一部が混じっていた。


 直人は一人で三勝したわけではない。久我が順番を組み、敗北した者が情報を残し、次の選手がそれを更新した。競技規則に助けられた場面もある。


 だからといって、自分の勝利を他人のものにする理由にもならなかった。


 声の輪を通り過ぎようとした時、その後ろから一人の女子生徒が踏み出した。


 淡い茶色の髪を肩口で揃え、左側だけを小さな銀色のピンで留めている。小柄な身体へ端正に制服を着た少女は、焦茶色の瞳を一度伏せ、それでも直人の前まで歩いてきた。


「あの、瀬名さん」


 声は周囲のざわめきへ消えそうなほど小さい。


「二年の、小森陽菜です。優勝、おめでとうございます」


「ありがとう」


 直人が正面から答えると、陽菜は胸元で握っていた両手を僅かに緩めた。


「私、大会より前から応援していました。学内模擬戦も見ていて……久我会長に負けた時も、等級のせいにしなかったから」


 背後で、誰かが小さく笑った。


「勝った後なら、前からファンだったって言えるよな」


 陽菜の肩が硬くなる。


 言わずに通り過ぎれば、何も傷つかずに済んだはずだ。それでも彼女は、人の陰から自分の足でここまで出てきた。


「小森」


 直人は、笑いが聞こえた方ではなく、俯きかけた陽菜へ声を掛けた。


「いつから応援してたかを、他人に証明する必要はない」


 陽菜が顔を上げる。


「今、言いに来てくれたことは俺が聞いた。ありがとう」


「……はい」


 頬を赤くした陽菜は、今度ははっきりと頷いた。


「次も、応援していいですか?」


「応援されて困る理由はない」


 直人らしい返答に、陽菜は緊張を残したまま、それでも小さく笑った。彼女が離れると、少し離れた場所で様子を見ていた二人の生徒も、何かを決めかけてはまだ声を掛けられずにいる。


 大勢ではない。


 だが、陽菜一人でもなかった。


「へえ。人気者だね、ナオくん」


 明るい声と同時に、制服の袖を横からつままれた。


 工房用ジャケットを羽織った透花が、灰青色の瞳を細めて陽菜の背中を見送っている。笑みはいつもと変わらない。ただ、袖をつまむ指が普段より少しだけ深い。


「そう見えるか」


「見えるよ。あの子のほかにも、声を掛けようとしてやめた子が三人」


 透花は人の仕草をよく見ている。


 そう言った彼女自身が、直人の袖から腕へ持ち替え、周囲の流れから連れ出すように身体を寄せた。


「透花。近い」


「おや。女の子に応援されるのはよくて、私が近いのは駄目?」


「比べる話か?」


「さあ?」


 透花は笑ったまま答えを逃がした。


 ただ、直人が腕を引かなかったことを確かめると、指先の力だけが僅かに緩む。


 自分だけが知っていると思っていた距離を、ほかの誰かも求め始めている。その事実が胸へ引っ掛かった理由を、透花はまだ冗談以外の言葉にできなかった。


「でも、等級一の人気者も大変だね」


 透花が表示板の下段を顎で示す。


 大会後評価の解説欄には、等級四についてこう記されていた。


 高出力を持つだけではなく、専門領域で複数人の行動と任務結果へ影響を与え得る上位能力者。


 その隣には、さらに短い等級五の欄がある。


 個人の能力を前提として、国家規模の対応計画そのものが組み替えられる戦略級。公開情報の多くは制限対象。


「等級四で、あれだけ評価されるんだろ。五って何なんだよ」


 近くの生徒が漏らした疑問へ、別の声が答えた。


「天城皇牙って名前くらいしか、まともに出てこない。所属も戦闘記録も、ほとんど非公開だ」


 直人は表示板へ目を向けた。


 久我と榊原が、何を任せられる者として評価されたのかは分かる。


 だが、等級四を高く評価する同じ社会が、詳細を伏せたまま戦略級と呼ぶ人間がいる。


 天城皇牙。


 その名だけが、何も語らない等級五の欄に残っていた。


この小説をお読みいただきありがとうございます。

よければ★★★★★マークとブックマークで応援していただけると嬉しいです!

完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!

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