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# 第072話 能力の根



 壁面に重ねられた三本の波形は、完全に同じ形をしているわけではなかった。


 能力者の反応は細く複雑に枝分かれし、魔物のものは太く荒い。ダンジョンから採取された反応は、地中深くへ根を張るように画面の端まで続いている。


 違う現象にしか見えない。


 それでも分解された波形の底には、同じ周期で明滅する成分があった。


『能力の種類、等級、採取地域を変えても、この相関は残りました』


「透花が見つけた《基底共鳴成分》か」


『彼女の研究は、正しい入口へ届いています。ただし、学園へ登録された研究結果は起源の相関仮説までです』


「お前は、その先を知っている」


 加工音声が一拍だけ沈黙した。


『私は、この共通成分を生じさせる根源を《魔王因子》と呼んでいます』


 直人の目が細くなる。


 魔王。


 その言葉が、遠い過去の呼び名には聞こえなかった。


『ダンジョンと魔物を通じて地球の世界法則へ混入し、人間の内側で異なる現象として発現した。炎、電磁、空間、治療。表面上の性質が異なっても、能力者の力は同じ根から枝分かれしたものです』


「能力者は魔物と同じだと言いたいのか」


『力の起源が近い、と言っています』


「言葉を変えただけなら同じだ」


 直人は壁面から視線を外さなかった。


「紗良が誰を助けるか悩んだことも、麗華が計画を捨てて人を選んだことも、シャルロットが国の命令へ自分で答えたことも、魔王から生まれたわけじゃない。力の根がどこにあっても、あいつらまで魔物の一部として数えるな」


 室内の機器が低く唸る。


『その区別には同意します。起源は人格を決定しない。能力者は人間です』


「なら最初から、そう言え」


『あなたが、そこを区別できるか確認する必要がありました』


「人を試してから答える癖は直した方がいい」


『検討します』


「今の間で、直す気がないのは分かった」


 画面が切り替わった。


 今度は直人自身の検査結果が二層に分けて表示される。


 一方は、等級一の測定範囲に収まる微弱な反応。もう一方には、数値も波形もなく、《主要因測定不能》という表示だけが置かれていた。


『あなたにも、地球の能力者として発現した反応があります。肉体の回復を、一般人より僅かに早める程度のものです』


「俺の能力そのものは、本当に等級一だったのか」


『その部分だけを測るなら、判定は正しい。瞬間的な治癒も、重傷の回復も、疲労の消去もできません』


「じゃあ、レベルで増えた力は?」


『ATLASには結果しか見えない。筋力、反応速度、耐久性がある時点で階段状に変化する。しかし、その変化へ至る主要なエネルギーも、あなたが認識しているレベルも、スキルポイントも測定できません』


 直人は僅かに息を止めた。


 レベルだけではない。


 スキルポイントまで言い当てた。


「どうして、その言葉を知っている」


『今は、解析結果の話をしています』


「答えになってない」


『ええ。まだ答えていません』


 否定も誤魔化しもしない。その分だけ、意図して伏せていることが明確になった。


 壁面へ、直人の戦闘記録が並ぶ。


 学内模擬戦。ダンジョンでの討伐。国際大会。各戦闘の前後に行われた医療検査、体力測定、生体反応の推移が、一つの線へ重ねられていく。


『段階遷移が発生していない戦闘の後にも、次の変化と同じ方向を示す微細な蓄積がありました』


「魔物を倒した時だけじゃない?」


『相馬颯真、如月玲奈、榊原迅、久我玲司。直近では鳴海颯介、国外代表の能力者たち、シャルロット・デュヴァル。本人固有の能力を強く引き出した相手と、実質的な決着まで戦った後に確認されています』


 直人の脳裏を、それぞれの戦いが過ぎった。


「能力者との戦いでも、経験値が入っていたのか」


『あなたの認識へ合わせるなら、それが最も近い』


「でもレベルは上がっていない」


『戦えば一定量を得る、という単純な仕組みではないからです』


 六つの項目が壁面へ浮かんだ。


《源泉の質》《出力深度》《実戦度》《決着度》《新規性》《貢献度》


『魔物や魔族は、能力者より根源成分が濃い。能力者は地球の人間として発現する過程で、その成分が希薄化し、断片化しています。同程度の戦闘力なら、魔物を相手にした方があなたの成長へ変換されやすい』


「大会は能力者が本気でも、安全管理された競技だ」


『ええ。相手の出力は高くとも、生命の危険、決着の不可逆性、未知への対応という要素が弱い。経験は蓄積しても、実戦より大きく減衰します』


「同じ相手や、弱い魔物を繰り返しても駄目か」


『既知の脅威から得られる新しいものは減っていきます。安全な反復で成長を続けることはできません』


「九条の装置や、東條の魔法陣は?」


『外部から再現された出力であり、本人固有の力ではない。対象外です』


 これまでレベルが上がらなかった戦闘が、一つずつ繋がっていく。


 翠環回廊では、魔物を倒すことより負傷者の搬送を優先した。教団の実働犯たちも、外部装備を使う人間だった。国際大会で能力者へ勝っても、それは死地での決着ではない。


 何も得ていなかったわけではない。


 だが、次の段階へ届くほど濃くなかった。


「最初は違った」


 直人は、自分が帰還してからの戦いを思い返した。


「小鬼と裂爪猿。それから救助戦まで、今よりずっと弱い魔物で二つ上がった」


『帰還直後のあなたは、地球の世界法則と十分に接続できていなかったと考えられます』


 三つの初期記録が表示される。


『最初に地球産の魔物と接触したことで、あなたの中の仕組みが、この世界の魔王因子を成長資源として認識し直した。初期だけ変換効率が高まる、再接続過程です』


「経験値を余分にもらったんじゃなく、使える形へ変える効率が高かった」


『その理解でよいでしょう。救助戦後の段階変化を境に、補正はほぼ消失しています』


 レベル三へ上がった救助戦。


 そこから先、成長が遅くなった理由とも一致する。


「今は、どこまで来ている」


『正確な経験値も、次の必要量も読み取れません』


 統括者は即答した。


『ただし、過去の段階遷移直前と比較すれば、現在は次の変化へかなり近い。次に十分な質を持つ実戦を経験すれば、到達する可能性は高い』


 レベル五。


 数字を口にしなくても、直人には意味が分かった。


「能力者の根。俺の成長。そこまで分かっていて、まだ一番大事なところを隠してる」


『何を指していますか』


「お前が、どうして勇者の仕組みを知っているのかだ」


 加工音声の向こうで、沈黙が落ちた。


「それに、俺を検査前から選んだ理由も聞いていない。何を守るために、これだけの記録を集めたのかもだ」


 直人は椅子へ座らないまま、見えない相手へ一歩近づいた。


「俺が次に強くなると教えれば、喜んでお前の計算へ入ると思ったか」


『いいえ。あなたは、理由のない力を信用しない』


「なら出せ。お前が隠してる理由を」


 壁面から戦闘記録が消えた。


 代わりに映ったのは、地球と異世界を並べた簡素な模式図だった。


 異世界側には、魔王の出現へ対抗する修正機構として《勇者》の文字がある。


 地球側には、何もなかった。


『地球には、勇者を生み出す仕組みがありません』


「俺がいる」


『一人だけです』


 即答だった。


『一人の生存を、人類全体の防衛条件へ置く。それを私は正しい状態だと考えない』


「だから俺を観測したのか」


『あなたが何者なのかを確かめるため。そして、勇者がいなければ滅びる世界を前提にしないためです』


 直人は模式図の空白を見た。


 筋の通った危機感だった。


 だからこそ、その先に何を置くつもりなのかを聞かずにはいられない。


「何を作ろうとしてる」


 加工音声は、今度はすぐに答えなかった。


『次に話すべきは、その問いです』


 能力の根を知った先で、直人はこの都市が勇者のいない未来へ何を用意しようとしているのかを見ることになった。


この小説をお読みいただきありがとうございます。

よければ★★★★★マークとブックマークで応援していただけると嬉しいです!

完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!

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