# 第071話 見つけていた者
国際大会の閉会から二日が過ぎても、学園内にはまだ優勝の熱が残っていた。
廊下を歩けば知らない生徒から声を掛けられ、教室へ入れば大型表示板で決勝の映像が流れている。等級一が等級四へ勝った事実は分かりやすく、人の関心を集めるには十分だった。
だが直人の肩には、円環に打たれた鈍い痛みが残っている。
勝ちはした。それでも、もう一度同じ条件で戦えば同じ結果になるとは限らない。シャルロットもまた、次は今回の敗北を使ってくる。
浮かれるより先に修正点を探す直人へ、昼休みの終わりを告げる音と同時に、学園端末が短く振動した。
表示された通知には、送信部署の名前がない。
《学園都市統括権限による面談要請》
日時は今日の放課後。場所は都市中枢部の管理棟。参加を拒否しても、在籍、等級、研究協力条件には影響しないと明記されている。
拒否できるという一文まで含めて、不自然なほど整っていた。
「なおとっち、えらい難しい顔しとるけど、次は市長にでも呼ばれたん?」
隣から端末を覗き込みかけた零士が、直人の視線を受けてすぐ身体を引いた。
「見せられないものなら見んよ。で、放課後の祝勝会は?」
「先に用事を片づける」
「了解。主役抜きでケーキ減らしとくわ」
軽口を残して離れていく背中に、普段と違うものはなかった。
直人は通知の承諾欄へ触れた。
相手が自分を呼ぶ理由は分からない。だからこそ、拒んで距離を取るより、向こうが何を知っているのか確かめる価値があった。
◇
放課後、管理棟の入口で待っていたのは志摩美冬だった。
顎の高さで揃えた黒髪と、紺色のスーツ。細い銀縁眼鏡の奥から直人を見る目は、初めて会った病室と同じく柔らかい。しかし今日は、書類を説明する側の余裕が僅かに薄い。
「お久しぶりです、瀬名さん。今回は私が案内と手続きの確認を担当します」
「面談の相手は?」
「開示されていません。通知にある統括権限が発行元であることだけ、私にも確認できています」
知らないことを知っているように装わない。その点は以前と変わっていなかった。
「新しい測定や研究協力が始まるんですか」
「いいえ。追加の測定には、これまでと同様にあなたの同意が必要です。ただし今回は、すでにATLAS内へ存在する記録の説明が含まれます」
「俺の記録を、誰かがまとめた後で?」
志摩は一拍置き、頷いた。
「分野を越えて閲覧できるのは、最高権限の保持者だけです」
二人は認証を重ねて管理棟の奥へ進んだ。
端末を預け、生体認証を通り、行き先を示さない昇降機へ乗る。扉が開いた先には窓のない白い廊下があり、その最奥に小さな面談室が一つだけ設けられていた。
室内の壁面が点灯する。
最初に現れたのは、直人が学園都市へ来てからの記録だった。
交通認証。電子決済。医療検査。授業への出席。ダンジョン入域。公的ギルドへの報告。能力を使用した地点と時刻。誰と同じ場所にいたかまで、別々の制度が持っていたはずの情報が一本の時間軸へ並べ直されている。
学園都市へ入る時、監視の範囲は説明されていた。父が「ほとんど全部ですね」と確認し、志摩も否定しなかった。
知っていたはずだった。
だが、自分の生活が一枚の記録として組み上げられ、誰かの判断材料になっている光景は、説明書の文章とは違う冷たさを持っていた。
「安全管理に必要な範囲、か」
「私の権限では、この横断解析の目的すべてを確認できません」
志摩は弁解せずに続けた。
「閲覧目的の説明と、あなたからの異議申立ては正式に記録できます。今ここで退出することも可能です」
「退出しても、見られた記録は消えない」
「はい」
「なら、先に見ます。誰が何のために繋げたのか、その答えを聞いてから異議を出す」
直人は時間軸の先頭へ目を向けた。
そこに、見覚えのある記録があった。
《特別編入候補登録 前日二十一時十四分》
病院で能力検査を受ける、およそ三十分前。
学園都市への編入を検討していた病室で見つけ、まだ答えを得ていなかった時刻。その横には、以前は表示されていなかった承認区分が付いている。
《統括権限・個別承認》
「検査結果で選ばれたんじゃない。やっぱり、その前から見ていた」
「この承認記録は、私も今初めて見ました」
続く時間軸には、金色の防護現象が《既存能力分類との不一致》として残されていた。透花が《段階遷移》と名付けた身体変化。使い捨て式魔法陣と、多地点同期式魔法陣。別々の事件、研究、医療記録が、同じ人物を中心に集められている。
直人が視線を上げると、正面の壁に新たな扉が開いた。
その先は、一人分の椅子と壁面端末だけがある暗い部屋だった。
「ここから先への同行権限は、私にはありません」
「志摩さんも、相手を知らない?」
「学園都市統括者。その役職以外は何も。ただ、あなたが聞いた説明と、ここで起きたことは私の記録にも残します」
記録を消せる相手へ、記録を残すと言う。
それが志摩なりに示せる、最低限の責任なのだろう。
「分かりました」
直人は一人で奥へ入った。
背後で扉が閉じる。
壁面端末へ光が走り、三種類の波形が浮かんだ。能力者。魔物。ダンジョン。その底へ、透花が《基底共鳴成分》と名付けた細い反応が重なっている。
最後に、直人だけが異なる線で表示された。
『お久しぶりです、瀬名直人』
感情を削った加工音声。
医療棟の隔離端末へ記録を残さず入り込み、勇者と魔王を知っていた声だった。
「ようやく、文句を言う相手の呼び方が分かった」
『役職が一つ判明しただけです。名前については、まだ次の機会に』
「その逃げ方も前と同じだな」
直人は椅子へ座らず、三本の波形と、その向こうにいる相手を正面から見据えた。
「俺を見ていた理由。検査前にここへ呼ぶと決めた根拠。能力者と魔王に何の関係があるのか。今度は、全部をお前だけの都合で小出しにさせない」
加工音声は、すぐには返らなかった。
『あなたは、以前より多くの証拠を持ってここへ来た。だから、話せることも増えました』
「違う。話せるかどうかじゃない」
直人の声が低くなる。
「お前が俺たちを勝手に数えて、選んで、使おうとしているなら――何を守るためにそうしているのか、お前自身が答えろ」
観測者は、再び沈黙した。
やがて壁面の中央へ、一つの解析結果が表示される。
《能力者・魔物・ダンジョン――基底構造相関、再現確認》
『では、そこから始めましょう。あなたたちが能力と呼んでいるものは、どこから来たのか』
観測されるだけの時間は終わった。
今度は直人が、この都市の頂点にいる者の答えを見極める番だった。
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完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!




