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# 第070話 三勝目



 開始音と同時に、六枚の鋼製円環がシャルロットの周囲から放たれた。


 三枚は正面。二枚は左右へ大きく広がり、残る一枚だけが高い位置に留まる。


 直人は非金属製の訓練用短剣を逆手に構えたまま、最初の一歩を踏み出さなかった。正面の円環は攻撃にも壁にもなる。左右は回避先を削り、頭上の一枚は跳躍を許さない。


 どこかに見せかけの役割があるなら、そこが入口になる。


 だが、六枚すべてが動いた。


 正面の一枚が胸元へ走る。直人が半歩左へ外すと、左側へ広がっていた円環が退路を塞ぎ、高所の一枚が斜めに落ちた。


 直人は床を蹴り、閉じる直前の隙間から後方へ抜ける。


「あなたが何を見るのかは、これまでの試合で存分に学びましたわ」


 シャルロットが胸を張る。


「偽物の道を一つ作れば、あなたはそこではなく、何を守っているかを見る。でしたら、すべてを本物にすればよいのです!」


 左右へ散った円環が、役割を入れ替えながら戻ってくる。


 攻撃と防御。追跡と退路制限。そのすべてへ意味を持たせ、直人が見抜いた先にも次の選択を置く。


『デュヴァル選手、瀬名選手へ考える時間を与えません! 等級四の出力だけではない。六枚すべてへ異なる役割を持たせ、見抜いた先の逃げ道まで潰しています!』


 各国要人が並ぶ特別観覧区画でも、視線が大型表示へ集まっていた。


 等級一と等級四。数字だけなら比較にもならない。それでも、シャルロットは直人の一手を潰すため、六枚すべてへ別の役割を与えている。


 警戒されるだけの理由が、直人にはある。


 円環の一枚が床すれすれを走った。


 直人は跳ばず、右足を引いて躱す。そこへ背後から戻った一枚が肩を打った。保護装備が衝撃を吸収し、左肩の受信部が黄色く光る。


『有効打、フランス代表!』


 シャルロットは追撃の三枚を重ねた。


 直人が一つ受ける代わりに内側へ入ると読む軌道だった。


 以前なら、そうしたかもしれない。


 だが直人は前へ出ず、身体を沈めて二枚をやり過ごし、最後の一枚からも距離を取った。


 自分が傷つくことを最初から安く数えるな。


 紗良に怒鳴られ、鳴海にも指摘された癖を、勝つための覚悟と言い換えるつもりはなかった。


「来ませんの?」


「当たっても届けばいい、じゃない。帰るところまで勝ちに入れた」


 日本側応援席で、紗良が強く握っていた指を僅かに緩めた。


 直人は呼吸を整え、身体の内側を巡る力を脚へ集める。


 次の円環が正面へ来るより早く、踏み込んだ。


 短剣をシャルロットへ投げる。


 非金属の刃は《電磁支配》では曲げられない。右側の円環が防御へ回り、刃を弾いた。


 囮だと分かっていても、致命部位へ届く攻撃を無視することはできない。


 直人は左から入ると見せ、弾かれた短剣の下を潜って正面へ戻った。迎撃の円環が頬を掠める。その奥で、シャルロット自身の右腕が振られた。


 逃げない。


 直人は手首を外へ流し、空いた脇腹の受信部へ拳を止める。


『有効打、日本代表! 一対一!』


 会場の歓声が一段高くなる。


「円環だけの相手だと思っていましたの?」


 シャルロットは流された腕を引き、至近距離で直人の胸を押した。同時に六枚が彼女の周囲へ狭く集まり、今度は近接戦の間合いそのものを削り始める。


 直人は二歩退く。


 距離を取れば円環の速度が生きる。詰めれば、主を守る六枚の層へ阻まれる。


 同じ場所へ辿り着くまでの仕組みが違う。


 それでも互いに、相手が次に何を選ぶかを知っていた。


 残り時間が一分を切る。


 直人は境界線の近くまで下がった。シャルロットの青い瞳が細くなる。


「また、ご自分だけを安く使うおつもり?」


「違う」


 左右と背後を、三枚の円環が塞ぐ。


「戻る道まで作ってる」


 正面へ走った。


 シャルロットは驚かなかった。低い一枚を足元へ、高い二枚を肩と頭部へ。残る三枚を時間差で重ね、直人が速度だけでは抜けられない層を作る。


「わたくしは、フランスの看板としてだけ勝ちたいのではありません!」


 円環の中心で、彼女の声が初めて高笑いではない熱を帯びた。


「あなたに見つけられたわたくし自身で、あなたを倒したいのですわ!」


 直人は迫る鋼の向こうから、その目を正面に捉えた。


「なら全部持ってこい、シャルロット!」


 低く飛ぶ円環の内縁へ、一瞬だけ靴底を掛ける。


「俺も国の看板を倒しに来たんじゃない。お前に勝ちに来た!」


 シャルロットが即座に円環を反転させた。


 足場を奪い、境界線の外へ投げる判断。その切り替えさえ、直人は待っていた。


 反転する力に逆らわず、落ちる寸前に蹴る。身体が前方へ浮き、肩を狙った二枚の上を越えた。


 最後の三枚が直人へ集まる。


 シャルロットも退かない。右手を突き出し、正面から三勝目を奪いに来る。


 直人は空中で身体を捻った。円環の一枚が背中の保護材を擦り、表面へ警告表示を走らせる。受信部へ当たるより先に着地し、その勢いのまま一歩を踏み込む。


 振り抜いた右拳が、シャルロットの左肩へ触れた。


 同時に終了音が鳴る。


 一拍遅れて、左肩の受信部が黄色く点灯した。


『有効打、日本代表! 試合終了! 二対一――勝者、瀬名直人!』


 大型表示板へ、五つの結果が並ぶ。


 久世の敗北。榊原の勝利。鳴海の敗北。久我の勝利。そして直人の勝利。


『日本代表、三勝二敗! 国際学生能力者親善競技大会、優勝です!』


 歓声が競技場を揺らした。


 直人一人の三勝目ではない。四人が勝ち、負け、見つけたものを次へ渡したから、最後の一試合まで届いた。


 シャルロットは倒れていなかった。


 肩の表示を見下ろし、荒い呼吸を一つ整える。それから直人へ青い瞳を向け、悔しさを隠さず顎を上げた。


「負けましたわ。フランス代表主将としても、シャルロット・デュヴァルとしても」


「ああ」


「ですから次は、どちらとしても勝ちます。覚悟なさいませ!」


 腰へ手を当て、胸を張る。


「オーホホホホッ!」


 高らかな笑いへ、フランス側から大きな拍手が返った。


 直人も右手を差し出す。


「次も日本が勝つ」


「先にわたくし個人へ勝つとおっしゃい!」


 そう言いながら、シャルロットはその手を強く握り返した。


 日本側応援席では、透花の応援板とルーカスの国旗が同時に揺れていた。麗華は小さく頷き、紗良は直人が自分の足で立っていることを確かめてから、ようやく息を吐いた。


 待機区画へ戻った直人を、久我たち四人が迎える。


「三勝目は君が取った」


 久我はそう告げてから、四人の顔を順に見た。


「だが、優勝は五人で取った」


「最後まで証明したな」


 鳴海の言葉へ、直人は頷いた。


「ああ。全員で三つだ」


 国の名を背負った二人は、最後まで自分の名で戦い終えた。


この小説をお読みいただきありがとうございます。

よければ★★★★★マークとブックマークで応援していただけると嬉しいです!

完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!

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