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# 第069話 日本対フランス



 翌日の午後、国際大会の競技場は再び観客で埋まっていた。


 破損した区画は封鎖され、入場検査と警備員の数は初日より明らかに増えている。事件がなかったことになったわけではない。七名全員の生存と捜査継続が場内へ報告されると、観客は一度静まり、それから長い拍手を送った。


 特別観覧区画にも、各国の能力行政官や公的ギルド関係者が戻っている。テロに屈しないという看板だけでなく、この決勝を成立させるために選手と運営が何を積み直したのか。彼らは競技そのものを見届けるつもりだった。


 日本側応援席には、紗良、麗華、透花、零士、真壁、透子、相馬、如月が揃っていた。中央には左脚の固定具を着けたルーカスが車椅子で陣取り、まだ治療中であることを忘れさせる勢いで日本国旗を掲げている。


「なおとっちー! 昨日は人助け、今日は優勝やー!」


 零士の声へ周囲が笑い、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。


 透花は『ナオくん』と表示した応援板を持ち上げ、麗華は大型表示板へ目を向けた。紗良だけは、選手通路に立つ直人が自分の足で戻ってきたことを確かめるように、しばらく視線を外さなかった。


 両国が事前提出した出場順が、同時に公開される。


 第一試合、久世真白。


 第二試合、榊原迅。


 第三試合、鳴海颯介。


 第四試合、久我玲司。


 そして第五試合――瀬名直人対シャルロット・デュヴァル。


 会場が爆発したように沸いた。


 大会前の二強と評された久我とシャルロットは、直接当たらない。日本は主将を第四試合へ置き、フランスは主将を最後へ残した。それぞれが違う場所で国の三勝目を取りに来た順番だった。


『ただし、第五試合まで進む保証はありません! 先に三勝した国が優勝です!』


 実況の声が熱狂をさらに煽る。


     ◇


 第一試合、久世は判定で敗れた。


 銅色の髪を短く切ったフランスの男子選手は、空中の久世を追う光弾を絶えず曲げた。久世は六枚の足場で上下へ逃げ続け、何度も相手の背後を取ったが、有効打を一つ届かせる前に二つ受けた。


「三回連続で曲げた後だけ、次の狙いが遅れるよ」


 戻った久世は悔しさを噛みしめながら、それでも最初に見つけた情報を告げた。


 続く榊原の相手は、振動を逃がす柔らかな外装で腕と脚を覆っていた。ドイツ戦で榊原を破った対策とよく似ている。


 だが、同じ負け方をする榊原ではなかった。


 床へ固執せず、相手が踏み込んだ瞬間だけ空気振動を装備の隙間へ通す。握った訓練武器の軌道を二度乱し、最後は接触した一撃へ逆位相を重ねて弾き飛ばした。


『武装喪失! 勝者、榊原迅!』


 一勝一敗。


 各国の観覧席で、榊原の評価が書き換えられていく。一度対策された制御へ固執せず、敗北そのものを次の戦術へ変えた。国際共同任務を見据える者ほど、その修正力へ強く反応していた。


 第三試合の鳴海は、細い光帯を絶え間なく押しつける相手と向き合った。


 瞬間的な衝撃なら《反射障壁》で逸らせる。だが、途切れない圧力は障壁へ残り続ける。鳴海は三枚を一度に使わず、二枚を切り替えながら接近したものの、最後の一歩で三方向から光帯を重ねられた。


 制限時間終了。


 有効打一つの差で、フランス代表の判定勝利となった。


 日本、一勝二敗。


 あと一敗で、第五試合を待たずに決勝が終わる。


     ◇


 第四試合の名が告げられた瞬間、観客だけでなく特別観覧区画の要人たちまで身を乗り出した。


 久我玲司。


 日本代表主将であり、シャルロットと並ぶ大会前評価の二強。その肩へ、日本を第五試合まで繋ぐ役目が載っていた。


 対するフランスの副主将は、灰金色の髪を長い三つ編みにした長身の女子選手だった。両手で金属製の長杖を構え、開始線へ立つと同時に、靴底と床の間へ淡い光を走らせる。


『フランス副主将は、自分の身体や装備を接触面へ固定する能力! 場外へ押し出す戦いを得意とする久我選手へ、明確な対策を当ててきました!』


 開始音が鳴る。


 久我の圧力射出が正面から走った。


 女子選手は両足を固定し、長杖を床へ突く。三つの接点で身体を支え、圧縮された空気を正面から受け止めた。制服の裾と三つ編みが激しく揺れても、靴底は開始位置からほとんど動かない。


 長杖が振り抜かれる。


 久我は圧力壁で打撃を鈍らせ、横風へ身体を乗せて間合いを外した。追う側は片足の固定を解き、踏み込み先でもう一度床へ繋ぐ。押されない足場を一歩ずつ作りながら、確実に距離を詰めてきた。


「正面からでは動かせませんね」


「だから正面を選んだと思うか」


 久我は最大出力を重ねなかった。


 競技場の左右と後方へ、低圧領域を薄く置く。呼吸と平衡感覚を乱す境界を避ければ、相手が進みやすい場所は中央だけになる。


 女子選手は両足を固定し、長杖を前へ出した。


 中央を進めば、久我まで届く。


 そう判断し、右足の固定を解いた。次いで左足。長杖を引き戻し、二歩分を一気に跳ぶ。


 その瞬間、特別観覧区画の何人かが同時に立ち上がった。


 久我が狙っていたのは、固定された相手を動かすことではない。


 相手が自分から固定を解く、一瞬だけだった。


 中央の安全に見えた空間へ、左右から気流が収束する。空中では靴底を床へ固定できない。女子選手は長杖を伸ばしたが、先端が触れる前に圧力壁が軌道を僅かに上へ逸らした。


 横風が身体を半歩運ぶ。


 着地した右足は、境界線の外だった。


『場外! 勝者、久我玲司!』


 日本、二勝二敗。


『固定能力を破っていません! 固定したままでは勝てない盤面を作り、自分から解除させました! 久我玲司、大会前の二強評価を決勝でも証明しました!』


 立場を忘れたような拍手が、各国の特別観覧区画からも響く。


 久我は大きく息を吐き、待機区画へ戻った。呼吸には負荷が残っていたが、姿勢は崩れていない。


「瀬名」


 直人の前で足を止める。


「二勝二敗だ。日本の三勝目を、君へ渡す」


「受け取った」


 鳴海も腕を組んだまま、真っ直ぐ直人を見る。


「一勝を任せられる代表だと認めた。最後まで証明してこい」


「ああ」


 第五試合の選手名が、改めて大型表示板へ浮かび上がる。


 瀬名直人。


 シャルロット・デュヴァル。


 昨日、同じ道を切り開いた二人が、今度は反対側の入場口から競技場へ進む。


 シャルロットは開始線の手前で腰へ手を当て、胸を張った。


「昨日の借りは、勝利で返して差し上げますわ。オーホホホホッ!」


「借りた覚えはない」


「でしたら、今から負けを背負いなさいませ!」


 二人の間で、決勝最後の開始音が鳴ろうとしていた。


この小説をお読みいただきありがとうございます。

よければ★★★★★マークとブックマークで応援していただけると嬉しいです!

完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!

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