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第7話 最初のレベルアップ



「全員で生きて帰るための戦闘だ」


 瀬名直人が言い切ると、真壁遼介は一瞬だけ眉を寄せた。班長として指揮権を奪われたと受け取ったのだろう。だが、赤黒い目を光らせる魔物たちは、二人が言い争う時間など与えず、長い腕を岩壁へ擦りつけながら包囲を狭めていた。


「指揮はお前が執れ。俺はあいつらの狩り方を知っている。情報を使うかどうかは、お前が決めろ」


「……分かった。説明しろ」


 感情ではなく必要性を選んだ返答に、直人は短く頷いた。


 異世界で《裂爪猿》と呼ばれていた魔物は、正面から獲物を押し潰す獣ではない。騒音と威嚇で逃げ道を限定し、弱い個体を見つけてから複数方向より襲いかかる。長い腕は攻撃のためだけでなく、天井や壁を移動するためにも使われる。


「広い場所にいたら囲まれる。白石、左側に五人が入れる狭い通路はあるか?」


 透子はすぐに両手を壁へ当てた。普段の明るい表情が消え、反響へ意識を集中させる。


「左前方十八メートル。入口は狭いけど、その奥は少し広い。行き止まりじゃなくて、細い抜け道が一本あるよ」


「そこまで移動する。白石が道を示し、水瀬を中央へ置く。ルーカスは後衛を守れ。瀬名は俺と前だ」


「了解。ようやく俺の筋肉が壁として正しく評価されたな」


「喋れるなら余裕だね。背中は任せたよ、ルーカス壁」


「人名みたいに言うな!」


 透子の返しにルーカスは大げさに嘆いたが、その身体はすでに紗良を庇う位置へ動いていた。冗談を口にしていても、敵から視線を外してはいない。


 崩落の向こうから、榊美鈴の声が雑音混じりに届いた。


『五人とも応答しろ。こちらは無事だ。現在地を――』


 通信は途中で途切れた。真壁が入口側へ視線を向ける。


「先生と合流するべきだ」


「それを待っている。崩落へ戻れば、前後から挟まれる」


「先生を見捨てろと言うのか?」


「逆だ。榊先生なら一人でも持ちこたえられる。俺たちが捕まれば、先生は救助のために不利な場所へ入らされる」


 直人が即座に返すと、真壁は奥歯を噛み、進行方向へ向き直った。納得ではなく、今はその判断が最善だと認めた顔だった。


 真壁が前方の空間を固定し、飛び込んできた二体の裂爪猿を宙へ縫い止める。直人は一体の手首へ訓練剣を叩き込み、爪の軌道を逸らした。刃を潰した剣では首を落とせないため、肘、膝、喉、眼球と、少ない力でも動きを奪える場所だけを狙う。


「右上!」


 透子の声と同時に、天井を伝っていた一体が紗良へ落ちた。


 ルーカスが身体を滑り込ませ、振り下ろされた爪を籠手で受ける。蓄積された衝撃で靴底が岩を削ったが、彼は歯を見せて笑った。


「軽いな。これで俺を倒すなら、あと三倍は持ってこい!」


「挑発するな。言葉が分かる相手じゃない」


「気分の問題だ!」


 ルーカスが腕を振り抜くと、蓄えられた衝撃が裂爪猿を壁へ叩きつけた。透子が抜け道の方向を指し、五人は互いの間隔を崩さず移動する。


 狭い通路へ入ったところで、透子が腰の装備から小型発音器を取り出し、来た道へ転がした。一定間隔で鳴る音を《反響地図》の基準にし、壁の向こうまで敵の位置を追う。


「正面に二、天井に一、右の割れ目に三。合計六……あ、七。隠れるの下手な子が一匹増えた」


「数が増えたのに、なんで楽しそうなんだ?」とルーカスが問う。


「見えない敵が見える瞬間って、ちょっと気持ちいいんだよ。近づかれたら全然楽しくないけど」


「それを先に言ってくれ!」


 軽口の間にも、透子の指は敵が現れる順番を示していた。真壁は先頭の二体だけを固定し、能力の負荷を抑える。そこへルーカスが衝撃を返し、直人が倒れた個体の急所を潰す。紗良は全員の呼吸と筋肉の状態を同時に追い、消耗が偏るたびに短い同調で動きを整えた。


 一人では成立しない戦いだった。直人の知識だけでも、真壁の拘束だけでも足りない。五人の能力と判断が繋がった時にだけ、格上の群れへ対抗する形になる。


 だが、敵も直人たちの狙いを理解していた。前方の二体が後退した直後、左右の岩陰から四体が同時に飛び出す。


「止める!」


 真壁が《空間固定》の範囲を広げた。三体の動きが鈍る一方、残る一体が能力の外側を回り込み、紗良へ爪を伸ばす。


 直人は踏み込んだ。


 傷めた左足に激痛が走り、予定した距離へ半歩届かない。それでも剣を投げるように突き出し、爪と紗良の首の間へ滑り込ませた。衝撃で掌が裂け、訓練剣が弾かれる。


「直人!」


「俺を見るな。敵を見ろ!」


 紗良の顔に恐怖が浮かんだが、直人の声で視線を戻した。彼女は咄嗟に《生体同調》を敵へ接続し、伸びきった腕の筋肉を一瞬だけ強張らせる。


 そのわずかな停止へ、透子が足元の石を蹴り込んだ。


「今、ルーカス!」


「二人とも最高だ!」


 ルーカスの拳が裂爪猿の胴へ突き刺さり、真壁の拘束範囲まで吹き飛ばす。直人が拾い直した剣で喉を潰すと、視界の端へ文字が流れた。


《戦闘への有効貢献を確認》


《経験値を獲得しました》


 最初の小鬼戦から積み重なっていた何かが、そこで境界を越えた。


《レベルが上昇しました》


《レベル:2》


 熱が心臓から全身へ広がった。筋肉の内側を無数の針で刺されるような痛みと、視界が急に近づく感覚。聴覚も一瞬だけ鋭くなり、仲間の呼吸と魔物の爪音が同じ距離で鳴った。力が増したのは分かるが、傷が治ったわけではない。裂けた掌も左足も痛みを残したまま、強くなろうとする身体だけが先へ進もうとしていた。


「直人、待って。脈が急に――筋肉も、さっきと違う」


 紗良の《生体同調》が変化を捉えた。彼女の顔から血の気が引き、直人の腕を掴む。


「何が起きてるの?」


「俺にも説明しきれない。だが、今は動ける」


「そういう答えで納得できると思う?」


「思っていない。必ず話す。だから今だけ、俺を信じてくれ」


 紗良は何かを言い返そうとしたが、迫る足音に唇を噛み、直人の手を離した。


「……絶対に、後で聞くから」


「ああ」


 新たに得た一点のスキルポイントへ意識を向ける。再習得可能な技能は一つしかなかった。


《魔力循環を再習得しますか》


 直人が承認すると、空洞だった身体の中心に、ごく小さな熱が生まれた。異世界時代とは比べることすらできない微量の魔力。それでも呼吸に合わせて全身へ巡らせれば、痛みで強張った筋肉をわずかに支えられる。


 直人は剣を握り直し、前へ出ようとした真壁の肩を掴んだ。


「待て。群れが下がっている」


「俺たちを恐れたんじゃないのか?」とルーカスが息を弾ませる。


「違うよ」


 透子が壁へ触れたまま、笑みを消して首を振った。


「もっと大きい反響が、奥から来る。今までの全部が道を空けてる」


 裂爪猿たちが左右へ退き、暗闇の中から一回り大きな影が姿を現した。背を伸ばせば二メートルを超え、太い両腕には岩片と折れた武器が食い込んでいる。片目は潰れていたが、残る赤黒い眼は獣とは思えないほど冷静に五人を見比べた。


 真壁が即座に《空間固定》を重ねる。


 見えない拘束が巨体を包んだ次の瞬間、空気が砕けるような音が響いた。


「なっ……」


 真壁の能力が、力ずくで破られた。


 群れの長が一歩踏み出すたび、周囲の裂爪猿が低く頭を垂れる。直人は流れ始めたばかりの魔力を循環させながら、その動きを見て理解した。


 今までの敵は、狩人ではなかった。獲物を逃がさず、群れの長へ差し出すための猟犬だったのだ。


 直人はレベル二になったばかりの身体で、訓練剣を正面へ構えた。


「真壁。次の一撃は、俺たちだけじゃ止められない」


この小説をお読みいただきありがとうございます。

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完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!

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