第6話 初めてのダンジョン実習
「この傷をつけた奴は、群れで狩る」
直人の言葉に、実習資料を囲んでいた四人の表情が変わった。
真壁は映像を止めたまま、岩壁へ残る三本の傷を拡大する。ルーカスは椅子を後ろへ傾け、白石透子は端末へ顔を近づけた。
「群れって、何体くらいだ?」と真壁が問う。
「少なくとも六。餌が多ければ十を超える」
「待ってくれ。明日の予定は小鬼を三体から五体だろ? 急に数字が怖くなりすぎじゃないか?」
ルーカスが両手を広げると、透子が明るく頷いた。
「大丈夫。六なら予定より一体多いだけだよ」
「十を無視するな、透子!」
「緊張してるルーカスが面白かったから、つい」
笑い声で空気が少し緩んだが、真壁は映像から目を離さなかった。
「瀬名。何を根拠にそこまで言える?」
「傷の高さと深さ、爪を振り抜いた角度、それに小鬼の姿が映像から消えている。大型の単独個体が縄張りへ入っただけなら、小鬼は散って逃げる。群れで追い込み、奥へ集めているなら説明がつく」
「実際に見たことがある言い方だな」
真壁の問いへ、直人は一瞬だけ間を置いた。
「似た獣を知っている。ただ、同じものだとは断言できない」
「じゃあ実習を中止させるには弱いか」
「中止を求めているわけじゃない。警戒を一段上げろと言っている。俺が間違っていれば、慎重に歩いた時間を失うだけだ。合っていれば、命を失わずに済む」
真壁は数秒考え、監督教員へ映像と直人の見解を送信した。返ってきた判断は、実習を予定通り行う代わりに、活動範囲を入口から第一層までに限定し、教員が常時同行するというものだった。
「これで文句はないか?」
「ああ。判断としては十分だ」
「よし。なら明日は、全員で帰る」
真壁の言葉に、紗良が小さく頷く。透子は「班長らしくて格好いい」と拍手し、ルーカスも真似して大げさに手を叩いた。
「やめろ。まだ何もしていない」
「今のうちに褒めておかないと、明日は褒める余裕ないかもしれないし」
「透子、それ励ましているのか?」
「もちろん。半分くらいは」
◇
翌朝、五人は学園都市北部にある訓練用ダンジョンの前へ集まった。
灰色の金属枠に囲まれた扉の周囲には、公的機関であるギルドの検査所と救護所が並び、入域者の本人確認、装備、活動目的が順番に照合されている。企業の広告をつけた冒険者もいれば、学校の実習服を着た学生もいた。所属先は違っても、ダンジョンへ入る手続きは全員がギルドを通す。
直人たちの監督を担当するのは、三十代後半の女性教員・榊美鈴だった。赤みのある短髪と鋭い目元、引き締まった体格を持ち、黒い実習服の上から軽装甲を身につけている。右頬に細い傷痕があったが、説明中の声は落ち着いていた。
直人には刃を潰した訓練剣、真壁には能力制御用の腕輪、ルーカスには衝撃を逃がす籠手が支給されていた。紗良は腰へ治療端末と止血剤を収め、透子は反響を拾いやすくする小型受信機を両耳へ装着している。全員が同じ実習服でも、身につけた装備だけで役割が分かった。
「私は最後尾につく。原則として口は出さないが、危険と判断すれば実習を中断する。中断命令が出たら、疑問があっても即座に従え」
「質問!」とルーカスが手を上げた。「格好よく敵を倒した場合、成績に追加点は?」
「救護所で自慢話をする権利が与えられる」
「点は?」
「ない」
透子が肩を落としたルーカスを慰めるように背中を叩く。
「大丈夫。私が格好よかったって言い触らしてあげる」
「本当か?」
「実際に格好よかったらね」
「条件が厳しい!」
榊は二人を無視して入域許可を通し、真壁へ先頭を任せた。
扉の先は、湿った岩肌に青白い苔が光る洞窟だった。透子が壁へ指を触れ、《反響地図》を発動する。軽い音が波紋のように広がり、彼女の意識へ地形と動くものの位置を返した。
「前方二十五メートル、右の脇道に三体。大きさは小鬼型で一致。奥に空洞があるけど、そこまでは反響が薄いかな」
「よし。俺が拘束する。ルーカスが前、瀬名はその補助。水瀬は後方、白石は索敵を継続」
真壁の指示で隊列が動く。ルーカスは大柄な身体を屈めながらも、普段の騒がしさが嘘のように足音を抑えていた。
「静かに歩けるじゃない」と透子が囁く。
「当然だ。俺は必要なら風にもなれる」
「岩が無理して風の真似してる感じ」
「敵より先に心を折るのはやめてくれ」
小声のやり取りを挟みながら脇道へ近づくと、棍棒を持った三体の小鬼が現れた。
先頭の一体が叫ぶより早く、真壁の《空間固定》が右腕と足をその場へ縫い止める。残る二体が左右へ分かれたが、ルーカスは正面から棍棒を肩で受け、《衝撃貯蔵》で吸収した勢いを拳へ乗せて一体を壁まで吹き飛ばした。
もう一体が透子を狙って駆ける。直人は前へ出たものの、レベル一の脚では踏み込みが遅い。そこで無理に斬り込まず、訓練剣の腹を棍棒へ当てて軌道を逸らし、小鬼の膝裏を蹴った。
「ルーカス、左へ返せ!」
「任せろ!」
倒れかけた小鬼へ、ルーカスが蓄えた衝撃を加減して放つ。敵は真壁の拘束範囲へ転がり込み、二体まとめて動きを封じられた。真壁の合図で急所へ止めを入れると、三体の生命反応が消える。
「全員無傷。初戦としては上出来だよ!」
透子が両手を上げると、ルーカスが得意げに拳を合わせた。紗良も安堵しかけたが、すぐ直人の左足へ視線を落とす。
「直人、今の踏み込みで痛みが強くなったでしょ」
「動ける範囲だ」
「限界が来る前に言うって、昨日約束したよね?」
笑顔のまま逃げ道を塞がれ、直人は素直に足首の状態を伝えた。真壁はそのやり取りを確認してから直人へ短く頷く。無理を隠さず申告したことを、ひとまず信用したらしい。
その瞬間、直人の視界に見覚えのある表示が浮かんだ。
《戦闘への有効貢献を確認》
《経験値を獲得しました》
身体の奥で、失われていた何かがかすかに動いた。量は少なく、レベルアップには届かない。それでも地球の魔物を相手に経験値を得られたという事実は、偶然では済まされなかった。
直人が表示を閉じた時、透子の笑顔が消えた。
「待って。反響が増えてる」
彼女は片膝をつき、両手を岩へ当てた。先ほどより強い波が洞窟全体へ走り、返ってきた情報に顔を強張らせる。
「前だけじゃない。左右の細い穴にもいる。後ろにも……数、十一。ううん、まだ増える」
直後、入口側から岩が崩れる轟音が響き、榊との間へ土煙が噴き上がった。通信端末には激しい雑音が走り、赤い警告表示が明滅する。
暗がりの奥で、赤黒い目が一つ、二つと開いた。長い腕の先にある爪が岩を擦り、あの映像と同じ三本の傷を刻んでいく。
ルーカスは冗談をやめ、透子の前へ立った。紗良も治療用端末を構え、真壁が全員を見回す。
「撤退する。瀬名、道は分かるか」
直人は迫る影の動きと洞窟の形を見比べ、訓練剣を握り直した。
「入口はもう使えない。こいつらは最初から、俺たちをここへ追い込んでいた」
低い唸り声が洞窟を満たす。
「真壁、指揮を変えろ。ここから先は実習じゃない」
直人はレベル一の身体で、異世界の魔物たちを見据えた。
「全員で生きて帰るための戦闘だ」
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