# 第067話 決勝前の共闘
鋼鉄の内側で、六本の固定ボルトが震えていた。
シャルロットは隔壁へ右手を向け、一本ずつ金属の位置と向きを探っている。外からは見えない機構を同時に動かす精密制御。その青い瞳から、先ほどまでの笑みが消えた。
「六本とも捉えましたわ。一度に抜きます」
「待て。左上だけ残せ」
「理由は?」
直人は隔壁の縁に残る赤紫色の線を見た。五本は床へ散っているが、左上から伸びる一筋だけが壁際の固定点へ繋がっている。
「最後の一本を動かした時、術式が起動する。榊原、壁の節点を同時に壊せるか」
「位置を示せ」
直人が指を向ける。榊原は壁へ掌を当て、内部の薄板だけへ振動を絞った。
「シャルロット。五本を先に抜け。最後は俺の合図だ」
「わたくしへ命令するとは、いい度胸ですわね」
「理由を聞いて、自分でやると決めただろ」
一瞬だけ睨んだ後、シャルロットの口元が上がる。
「ええ。その通りですわ」
重い金属音が五つ、僅かな時間差で続いた。
隔壁が固定枠の中で沈む。赤紫色の線が左上へ集まり、隠されていた円環が光を増した。
「今だ」
最後のボルトが引き抜かれる。
同時に榊原の振動が壁内の薄板を砕いた。放たれかけた光は固定点へ届かず、隔壁の表面を弱く走っただけで消える。
「開けますわ!」
シャルロットが腕を横へ振る。固定を失った隔壁が、金属を軋ませながら天井側へ持ち上がった。
「久世、落下防止。鳴海は先頭を守れ」
久我の指示で、透明な足場が隔壁の下へ差し込まれる。鳴海の障壁が開いた隙間を塞ぎ、その向こうから飛来した短矢を斜め後方へ受け流した。
道が開いた。
直人とシャルロットが先に潜り抜ける。
隔壁の先は、外周搬送路へ続く細い連絡通路だった。壁際には箱型の通信妨害機が三台並び、伸びたアンテナの間を赤紫色の光が渡っている。
保守作業服姿の実働犯が二人、金属製の射出器を構えた。
「上ですわ!」
シャルロットが叫ぶより先に、直人は身を沈めていた。
射出された鋼線が頭上を通る。その線が直人の背後へ抜ける前に空中で止まり、逆に射出器を持つ男の腕を引いた。
「人の得物を、わたくしの前で振り回さないことですわね」
一人目の体勢が崩れる。
直人は間合いへ入り、肘を打って射出器を落とした。二人目が腰から非金属製の警棒を抜くが、床から走った榊原の振動で踏み込みが浮く。鳴海の障壁が退路を塞ぎ、久我の気圧が二人の膝を床へ落とした。
シャルロットは敵を追わず、妨害機へ向き直る。
「この雑音、機械だけではありませんわ」
「術式が増幅してる。機械を止めても、すぐには消えない」
「なら、まず機械を黙らせます」
三本のアンテナが根元から折れた。内部へ繋がる金属接点が引き抜かれ、耳障りな雑音が一段弱まる。
完全には戻らない通信の中へ、警備本部の声が割り込んだ。
『対象、外周積載区画へ到達。大規模な未分類反応が上昇しています』
「本命はその先だ」
直人は消えていく円環の順を追い、角を曲がった。
◇
外周積載区画には、二台の搬送台が並んでいた。
固定具へ拘束された七人が、四人と三人に分けて乗せられている。意識のない者もいるが、胸は動いていた。
その周囲を囲むように、床一面へ赤紫色の術式が刻まれている。
起点は四つ。三つの節点を通った線が、搬出口の前に置かれた大型の固定板へ集中していた。任意の場所へ人間を消す術式ではない。搬出口から先の視界、感覚、通信をまとめて乱し、物理的な逃走経路を見失わせるためのものだ。
灰色の防護面で顔を隠した中背の実働犯が、黒い起動具を押し込む。
「遅かったな。もう誰にも追えない」
「本当に追えないなら、説明してる暇はない」
直人は止まらなかった。
光が床から立ち上がる。距離感が歪み、搬送台が左右へ二重に見えた。
「シャルロット、床の金属接点を四つ探せ!」
「見つけましたわ。ですが、一つは人質の真下です!」
「動かすな。三つだけ切れ!」
金属片が床材を突き破って引き抜かれた。術式の外周が欠けるが、中央の一筋だけは光を保っている。
「鳴海、七人を覆え! 久世は搬送台の左右へ足場! 榊原は残った三節点、久我は犯人を止めろ!」
直人の言葉を、久我が即座に全体指示へ変えた。
「その通りに動け!」
三枚の《反射障壁》が搬送台の周囲へ立つ。透明な足場が床の術式を踏まずに要人へ届く経路を作り、榊原の振動が外側の節点を一つずつ砕いた。
実働犯が起動具を再び押す。
久我の気圧が腕を沈めたが、装置は指から落ちない。手首へ固定されている。
直人は歪んだ景色の中で、本物の足音だけを拾った。
右へ一歩。正面から来た衝撃を肩で外し、相手の腕へ身体ごと絡む。起動具を奪うのではなく、その手首を固定板から遠ざけた。
「固定点はどこですの!」
「搬出口の右柱。上から二枚目の裏だ!」
シャルロットが向きを変える。
だが、固定板は非磁性素材で覆われていた。《電磁支配》だけでは外せない。
「三秒だけ、そこを空けろ!」
「二秒でなさい!」
周囲へ残っていた金属武装が一斉に浮き、別の実働犯たちの進路を塞ぐ。シャルロットが作った二秒の空白へ、直人は飛び込んだ。
一枚目を掌で押し上げ、二枚目の裏に隠された薄板を踵で蹴り抜く。
固定点が割れた。
赤紫色の光が、中心から崩れる。
通信と距離感が同時に戻り、鳴海の障壁が最後に放たれた衝撃を天井へ受け流した。久世の足場は二台の搬送台と術式外の安全圏を繋ぎ、到着する制圧班が要人をすぐ運び出せる経路を作った。
逃げようとした実働犯は、榊原の振動と久我の気圧に足を止められた。シャルロットが金属武装を奪い、直人が起動具を持つ男を床へ伏せさせる。
遅れて到着した制圧班が、残る者を次々に拘束した。
七人全員の生存が確認される。
ただし、砕けた固定板の術式文字は内側から焼け落ち、起動具も記録部分だけが溶けていた。誰がこの仕組みを作り、彼らへ渡したのかは、その場の証拠だけでは分からない。
直人は証拠品へ伸ばしかけた手を止め、専門班へ場所を譲った。
「助けられましたわね」
隣で、シャルロットが小さく息を吐く。
「お前が来たから間に合った」
「わたくしが決めて来たから、でしょう?」
「ああ」
直人は正面から頷いた。
「だから、次もお前の判断を信用できる」
シャルロットの青い瞳が、僅かに見開かれる。
返事より先に、携行端末からフランス側の呼び出しが入った。帰還後、正式な事情説明を求める通知だった。
シャルロットは画面を見つめた後、逃げずに応答する。
「承知しました。今から戻りますわ」
結果が出たから、命令から外れた事実が消えるわけではない。
「行ってこい、国家の顔」
「訂正なさい」
彼女は胸を張り、自分の足で帰還経路へ向き直った。
「自分で選んだ、国家の顔ですわ」
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