↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
65/125

# 第065話 国家命令



 地下搬送路を塞ぐ金属隔壁は、非常灯の赤い光を鈍く返していた。


 榊原が片膝をつき、床へ指先を触れる。短い振動を流した直後、その眉間に深い皺が寄った。


「隔壁だけじゃない。左右と下の固定枠まで一体化している。壊せなくはないが、向こう側の天井と床へどこまで振動が逃げるか読めない」


「要人がすぐ先にいる可能性もある」


 久我が隔壁へ手を向けたまま答える。《気圧支配》で押し開くにしても、構造の分からない鋼板へ外から力を加えれば、破断した部材が内側へ飛ぶ。


 鳴海の《反射障壁》は破壊のための能力ではない。久世の《空中足場》も、物体と重なる位置には作れなかった。


 直人は消えた操作盤の外装を外し、内部へ目を走らせた。


 電源線は生きている。だが、制御基板へ繋がる三本だけが焼かれていた。非常解放用の回路まで、金属製の固定ボルトを閉じる側で止められている。


「壊して抜けることを想定してるな」


「時間を掛けさせるためか」


「それと、雑に壊した側へ責任を背負わせるためだ」


 直人が立ち上がると、端末に警備本部からの更新が入った。


『対象は外周搬送路へ向けて移動中。到達見込みまで三分。制圧班は閉鎖区画を迂回しており、そちらへの到着まで五分以上を要します』


 二分の差。


 数字だけなら小さい。人を連れ去る側にとっては、追跡を切るには十分な時間だった。


「隔壁の設計図を送れますか」


『送信します。ただし電子制御は復旧不能。手動解放には内側の固定ボルトを六本――』


「磁性体か?」


『はい。ですが外部から個別に動かすには、専門設備が必要です』


 直人の視線が、西を示す案内図へ向いた。


 必要なのは設備とは限らない。


「《電磁支配》なら?」


 通信の向こうで、担当者が息を止めた。


『構造上は可能性があります。デュヴァル選手の精密制御なら、隔壁を破壊せず解錠できるかもしれません。ただし現在、フランス代表には西側要人警護区画での待機命令が出ています』


「命令を変えろとは言わない。必要な能力だという事実だけ、フランス側へ回してくれ」


『了解。正式経路で支援可否を照会します』


 久我が直人を見る。


「君から直接呼ばないのか」


「呼べば、俺があいつの立場まで決めることになる」


 直人は再び隔壁の固定部へ目を向けた。


「必要だとは伝える。それから先は、シャルロットが決めることだ」


     ◇


 西側要人警護区画には、フランス代表五名と随行団の関係者が集められていた。


 廊下へ続く二つの扉は閉鎖され、窓には防護シャッターが下りている。室内の端末には避難経路と周辺の警戒情報が表示され、フランス側の保安員が交代で出入口を監視していた。


 随行団の保安責任者は、銀の混じった髪を短く整えた男だった。防刃素材の黒い上着を着込み、抑えた声でシャルロットへ告げる。


「デュヴァル選手。改めて命じます。代表および要人警護区画から離れないでください」


「理由は理解していますわ」


 シャルロットは即座に答えた。


 命令は、彼女を飾りとして閉じ込めるためのものではない。


 誘拐犯が各国の警備戦力を分散させようとしている可能性。国外の学生代表が、日本側の治安作戦へ独断で参加する政治的な問題。フランス代表主将であり等級四能力者でもある彼女自身が、二次攻撃の標的となる危険。


 そして、この部屋には彼女が守るべきフランスの人間がいる。


「あなたが離れた直後に、こちらが襲撃される可能性を否定できません。日本側から電磁制御能力による支援照会が届きましたが、成人の専門能力者を要請しています」


「到着には?」


「最短でも五分以上です」


 壁面端末には、誘拐対象が外周搬送路へ達するまで三分を切ったと表示されている。


 間に合わない。


 シャルロットは唇を結んだ。


 自分なら金属隔壁の固定機構へ触れられる。設計図と現物の反応を照合できれば、破壊するより早く、安全に開けられる可能性が高い。


 けれど、それは可能性だ。


 ここを離れている間に二次襲撃が起これば、フランス代表主将として守るべき場所を空けた事実が残る。外国で独断行動を取った責任は、結果が良ければ消えるものではない。


 母国の指示は正しい。


 少なくとも、間違いと切り捨てられるものではなかった。


「照会への返答は?」


「現時点では、待機命令を維持します」


 保安責任者の声に冷たさはなかった。守る側として、確認できない危険を無視しないだけだ。


「デュヴァル選手。あなたは学生である以前に、我が国の代表です。あなた一人の身に何かあれば、あなた一人の問題では済みません」


 何度も聞いてきた言葉だった。


 国家の顔。


 その役目を、シャルロットは誇りに思っている。母国の期待も、仲間の安全も、都合が悪くなった時だけ投げ捨てるつもりはなかった。


 だが、閉じた隔壁の向こうには、今なら追いつけるかもしれない七人がいる。


 胸を張ろうとして、できなかった。


 腰へ置くはずだった手は、端末の縁を握ったまま動かない。


 いつもの高笑いも、喉の奥にさえ浮かばなかった。


「日本側と話せますか」


 保安責任者が数秒考え、警備本部経由の臨時回線を開いた。通信妨害の影響で映像は出ず、音声にも細かな雑音が混じる。


『シャルロットか』


「ええ。隔壁の構造情報は確認しました。わたくしなら開けられる可能性があります」


『俺もそう見てる』


 直人の声は、普段と変わらなかった。


 助けを急かしもしない。命令へ従えとも言わない。その平静さが、今だけは腹立たしかった。


「でしたら、来いと言いなさい」


 室内の視線がシャルロットへ集まる。


「あなた方には時間がないのでしょう? わたくしの力が必要なら、そう言えばよろしいではありませんの」


『必要だ』


 直人は迷わず認めた。


『お前が来れば、七人へ追いつける可能性は上がる』


 その言葉を待っていたはずだった。


 けれど、続く声はシャルロットへ逃げ道を与えなかった。


『それでも、来いとは言わない』


「なぜですの」


『お前が今守ってる人間も命だ。フランス側の命令にも理由がある。それを無視して来いと俺が言えば、上手くいっても失敗しても、俺が選ばせたことになる』


「このままでは、助けられないかもしれませんわ」


『ああ』


「わたくしが行けば、ここが襲われるかもしれない」


『ああ』


 どちらも否定しない。


 綺麗な正解へ塗り替えもしない。


「では、わたくしにどうしろとおっしゃるの?」


『国の命令に従うなら、自分で従え。外れるなら、その結果まで自分で背負って外れろ』


 低い声が、通信の雑音を突き抜けた。


『国家の顔に隠れて、自分が何を選んだかまで国へ預けるな。お前は飾りじゃない。フランス代表を率いて、仲間の負けまで自分の一勝へ繋いだ主将だろ』


 決勝前、直人から向けられた言葉が蘇る。


 国家の顔だけではなく、自分で選んだ一勝を持ってこい。


 あの時は、競技場で勝つことだけを考えていた。


 今、選ぶものは一勝ではない。


 国家の命令。ここにいる仲間。連れ去られようとしている七人。自分にしか開けられない可能性。そして、選んだ後に残る責任。


 すべてが、シャルロット一人の胸へ重なった。


『シャルロット・デュヴァル』


 直人は、国家の呼び名でも愛称でもなく、一人の人間の名を呼んだ。


『お前が決めろ』


この小説をお読みいただきありがとうございます。

よければ★★★★★マークとブックマークで応援していただけると嬉しいです!

完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。