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# 第063話 決勝前夜



 準決勝を終えた大会会場には、日が落ちても熱が残っていた。


 大型表示板では、日本とフランスの国旗が決勝進出国として並んでいる。その前を通るたび、観客たちは明日の勝敗を語り、久我とシャルロットのどちらが上かを論じ、五試合の対戦順を好き勝手に予想していた。


 直人が一般観客用の出口へ向かうと、見慣れた一団が待っていた。


「腕、見せて」


 紗良は挨拶より先に、直人の右腕へ目を落とした。準決勝で受けた打撃の痕を確かめ、腫れが強くないと分かって、ようやく息を吐く。


「明日の朝まで痛みが残るようなら、絶対に言って。決勝だからって隠すのは禁止」


「分かった」


「その返事、前よりは信用できるかな」


 釘を刺す紗良の隣で、零士がにやにやと笑っている。真壁と白石は対戦表を見ながら日本の勝ち筋を話し、相馬と如月は久我とシャルロットのどちらが最終試合に置かれるかで意見を割っていた。


「ナオくん、勝ったら研究協力の追加一回ね」


「なんで増えるんだ」


「お祝い?」


 透花は悪びれずに直人の肩を指先でつついた。その奥では、車椅子に座ったルーカスが、左脚の固定具を示すように膝を軽く叩く。


「明日も来る。医療担当とは交渉済みだ」


「無理はするなよ」


「その台詞、直人に返す」


 麗華はやり取りを見守った後、静かに告げた。


「明日も皆で応援席におります。ですから、瀬名さんは観客のことなど気にせず、代表としてなすべきことをなさってください」


 家名を使えば来賓席へ入ることもできただろう。それでも麗華が選んだのは、他の生徒と同じ学校関係者用の応援席だった。


 直人は一人ずつの顔を見た。


 異世界では、戦いへ向かう背中を見送る者がいることを、弱さだと思った時期もあった。今は違う。帰る場所は、戦う理由を鈍らせるものではない。


「明日、勝つ」


 短い言葉へ、何人もの声が重なった。


 その直後、館内放送が日本代表五名を呼び出した。決勝前の最終確認と、夜間警備についての非公開説明が行われるらしい。


 紗良たちは係員の誘導で一般来場者用の出口へ向かう。直人は彼らが入場ゲートの向こうへ消えるまで見届けてから、選手用通路へ戻った。


 大会施設に隣接する国際会議棟では、能力行政、国際ダンジョン管理、各国政府の関係者による会合が続いていた。


 学生大会の裏側で、将来の共同調査や情報共有について話し合う場だという。警備区画は代表選手の動線から分けられ、一般客はすでに退館を始めている。


 昼間は特別観覧席で試合に声を上げていた各国の関係者たちも、今は国家間の資料を挟んで席に着いている。大会の勝敗だけでなく、将来どの国の誰とダンジョン情報を共有するかを決められる人間が、一つの建物へ集まっていた。


「明日の決勝に関する説明より、警備の確認が先だ」


 代表控室へ入った久我が言った。


 榊原、鳴海、久世も揃っている。窓の外では、警備員が連絡通路の封鎖柵を動かしていた。


「各国の要人が多すぎる。警戒が上がるのは当然だな」


 鳴海はそう言いながらも、外の動きを目で追っている。


「でも、なんか変じゃない?」


 久世が首を傾けた。


 直人も同じ違和感を覚えていた。


 警備員の数ではない。流れだ。


 本来なら会議棟側へ入るはずの保守作業員が、機材台車を押して選手区画側から出てきた。歩調が妙に揃っている。重そうな台車なのに、床の継ぎ目を越える時にも荷台がほとんど揺れない。


「久我、あの台車――」


 直人が言い終えるより早く、床の下で硬い音が鳴った。


 一度。


 続いて、建物の奥から三度。


 照明が落ちた。


 非常灯へ切り替わるはずの一秒が、異様に長い。


 暗闇の中、床へ赤紫色の線が走った。


 幾何学模様と見覚えのない文字列が、廊下の床材を透かすように浮かび上がる。円環は一つではない。壁の向こう、天井、遠い会議区画からも同じ色の光が連鎖した。


「全員、床から離れろ!」


 直人の声に、久世が即応した。


 透明な足場が六枚、床の上へ階段状に現れる。五人が跳び移った直後、円環から放たれた光帯が、先ほどまで立っていた場所を薙いだ。


 扉が一斉に閉まる。


 だが、閉じたはずの会議棟側の防火扉だけが、内側から押し潰されたように歪んだ。


 衝撃音。


 悲鳴。


 曇りガラスの向こうを、警備員が宙へ弾かれて横切った。


「鳴海!」


「分かってる!」


 三枚の《反射障壁》が通路へ展開される。次に飛んできた金属片は一枚目で勢いを削られ、二枚目に受け流されて無人の壁へ突き刺さった。


 榊原が足場へ片膝をつく。


「床下に複数。人間の足音もある。会議棟から地下搬入口へ移動してるぞ」


「避難者を先に通す。久世、上を使って経路を作れ。鳴海は防護。榊原は封鎖された扉を開けろ」


 久我の指示に、三人が迷いなく動いた。


「瀬名、これは能力か?」


 直人は足場から床の円環を見下ろした。


 起点から三つの節点を通り、固定点へ至る構造。


 東條の事件で使われたものと、同じ組み方だった。ただし規模が違う。あの時は一枚の術式を外部から起動しただけだった。今は建物中へ仕込んだ複数の円環が、互いを補うように同期している。


「普通の能力じゃない。東條が使ったものと、同じ系統に見える」


 断言できるのはそこまでだった。


 会議棟側から、途切れ途切れの緊急通信が入る。


『複数の武装侵入者を確認――国際会議区画で、政府関係者および能力行政関係者が――』


 激しい雑音が言葉を奪う。


 別回線が繋がった。


『所在不明、現在七名。国際ダンジョン情報への上位アクセス権限を持つ者が複数含まれます。大会施設は全面封鎖。明日の決勝戦は延期――繰り返します、決勝戦は延期です』


 殺傷が目的なら、最初の衝撃で会議室ごと潰せたはずだ。


 狙われたのは、人間そのものではない。


 その人間が持つ権限と、知っている情報だ。


 久我も同じ結論へ達したらしい。


「誘拐か」


「ああ。まだ運び出してる途中だ」


 直人は円環の光が消える順序を追った。


 起点は会議区画。三つの節点が経路を固定し、終端だけが建物の下へ伸びている。遠くへ消したのではない。視界と経路を歪め、地下へ通すための仕組みだ。


 閉鎖表示の出た搬入口へ、赤紫色の残光が吸い込まれていく。


「行き先は地下だ」


 久我は一度だけ五人を見渡した。


 明日、国の勝利を争うために集められた代表。


 だが今、目の前にあるのは競技ではない。


「日本代表、動くぞ」


 久我の声と同時に、榊原が歪んだ防火扉を震わせた。


 閉ざされていた実戦への道が、轟音とともに開いた。


この小説をお読みいただきありがとうございます。

よければ★★★★★マークとブックマークで応援していただけると嬉しいです!

完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!

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