# 第062話 決勝で会いましょう
日本代表の準決勝は、準々決勝の二時間後に始まった。
対戦相手はブラジル代表。
第一試合、久世は相手の方向転換へ空中足場を合わせきれず、判定負け。
第二試合は榊原が取った。不規則な踏み込みへ床から振動を流し、相手が速度を上げるほど着地を乱して場外へ追い込んだ。
第三試合、鳴海は上下から同時に襲う攻撃へ障壁を分散させられ、制限時間終了間際に有効打を受けた。
一勝二敗。
日本は、あと一敗で敗退する。
第四試合の開始線へ向かう久我を、直人は通路の手前で待っていた。
大会前からシャルロットと並ぶ二強と評されながら、準々決勝では出番のなかった久我。その名が第四試合へ表示された瞬間、観客席だけでなく各国代表団の特別区画でも、背もたれから身体を起こす者が相次いだ。
「相手は最初の三人とも、止まる直前に歩幅を変えてる」
「資料にない共通動作だな」
「国で共有してる切り返しだ。次の相手も使う」
久我は頷いた。
「私が確かめる。君は五試合目へ備えろ」
「俺の番を作ってくれ」
「主将へ言う言葉ではないな」
「主将だから言ってる」
久我は僅かに口元を緩め、競技場へ入った。
◇
第四試合のブラジル代表は、細身の身体と長い手足を持つ男子生徒だった。
開始音が鳴った瞬間、床を蹴る。
一歩ごとに身体の向きが変わり、右へ走ったはずの軌道が次には中央へ戻る。単純な速さではなく、相手に進路を決めさせないことへ特化した動きだった。
久我は追わなかった。
半径二十五メートルの競技場へ、複数の気圧領域を静かに置く。
ブラジル代表が低圧領域へ踏み込んだ。耳鳴りと平衡感覚の変化を嫌い、直前で歩幅を縮める。
その瞬間だけ、次の進路が見えた。
久我の圧力射出が横を抜ける。
相手は身体を捻って回避し、直人が指摘したとおり、止まる直前に一歩だけ歩幅を変えた。
「見えている」
着地点へ高圧領域が沈む。
ブラジル代表の膝が僅かに落ちた。それでも横へ跳び、圧力の境界を越えようとする。
久我は最大出力で押さえ込まない。
低圧と高圧の境界を三方向へ置き、苦しくない一方向だけを残した。
相手は自分で選んだつもりで、その道へ入る。
進路の先は外周だった。
最後の切り返しへ入る瞬間、横からの気流が踏み出した足を半歩だけ流す。
踵が境界線の外へ着いた。
『場外。勝者、久我玲司!』
二勝二敗。
主将が日本を敗退寸前から繋ぎ、国の勝敗は第五試合へ渡された。
『速さを止めたのではありません。逃げられる三方向を消し、最後の一方向を場外へ繋げました。これが日本代表主将、久我玲司です!』
能力行政官も公的ギルドの幹部も、立場を忘れたように拍手を送る。出力で押し潰さず、相手の判断まで支配する久我の評価は、実戦を経てさらに上がっていた。
◇
直人の相手は、ブラジル代表主将だった。
焦げ茶色の髪を後ろへ撫でつけた、直人より頭一つ大きい男子生徒。開始線へ立つと、両足の周囲で薄い風が渦を巻いた。
「君の映像は見た。等級四の防御さえ、隙を見つければ抜けるらしい」
「見つけられたくないなら、隙を作るな」
「そのつもりだ」
開始音。
相手の姿が横へ消えた。
風をまとった加速から急停止し、角度を変えて再加速する。久我が確認した切り返しと同じだが、主将の速度と精度は前三人より高い。
直人は追わず、競技場の中央へ残った。
右から拳が来る。
腕で受けた時には相手が離れ、次は背後から蹴りが迫る。直人は前へ転がって避けるが、肩の受信部へ黄色い損傷表示が走った。
有効打、一つ。
出力も速度も相手が上だ。
だから直人は、姿ではなく風の途切れを見た。
急停止のたび、両足を包む風が僅かに前へ流れる。そこから歩幅を変え、相手の視線と逆へ切り返す。
直人は短剣を床へ投げた。
狙いを外したように、相手の右前へ落ちる。
「焦ったか?」
ブラジル主将が加速する。
直人の左から入り、直前で歩幅を変えた。
逆側へ切り返す。
その足元には、床を滑った訓練用短剣があった。
踏めば姿勢を崩す。避けるには、一歩を大きくするしかない。
相手は短剣を越えた。
共有された切り返しを捨て、自分の判断で高く跳ぶ。
「それを待ってた」
空中では、二度目の方向転換ができない。
直人は着地点へ走った。
ブラジル主将も空中で身体を捻り、着地と同時に拳を振る。直人は頬へ掠める一撃を避けきらず、それでも後ろへ退かなかった。
自分を捨てた計算ではない。
致命判定を受けない位置と、踏み込みを止めずに済む角度を選んだ。
拳の内側へ入り、相手の伸びた腕を肩で押し上げる。直人は腰を落とし、加速の残った身体を外周へ向けて流した。
相手の足が境界線を踏み越える。
『場外! 勝者、瀬名直人!』
日本、三勝二敗。
決勝進出を示す日本の名が、大型画面へ刻まれた。
応援席ではルーカスが両拳を上げ、真壁も組んでいた腕を解いて拍手を送った。麗華と透花、零士たちの歓声の中で、紗良は直人が頬の一撃以外に大きな負傷をしていないことを見届け、ようやく笑った。
直人はその顔を見つけ、短く手を上げてから待機区画へ戻った。
待機区画へ戻った直人へ、鳴海が右手を差し出した。
「俺の負けを、無駄にしなかったな」
「久我が繋いで、お前たちが相手の癖を残した。最後に使っただけだ」
握った手へ、鳴海が強く力を込める。
「それをできる奴へ、五試合目を任せたんだ」
訓練では直人を認めなかった男が、今は日本の三勝目を預けた相手として直人を見ていた。
◇
反対ブロックの準決勝は、フランス対イギリス。
第一試合をフランス、第二試合をイギリス、第三試合をフランスが取り、二勝一敗で第四試合へ進んだ。
シャルロットの相手は、白い霧を競技場全体へ広げた。
さらに装備は非金属素材で統一され、視界と操作対象の両方を奪う《電磁支配》対策を取っている。
「随分、わたくしを研究したようですわね」
霧の中で六枚の鋼製円環が散った。
敵を追うのではない。二枚ずつ異なる場所へ置き、短く床を叩く。
反響が霧の中の障害物を伝え、円環へ攻撃が当たるたび、相手の位置と方向が絞られる。
シャルロットは目で追わず、攻撃を受けた円環だけを下げた。
空いたように見える方向へ、イギリス代表が踏み込む。
そこへ別の二枚が交差した。
胸と喉元の受信部へ、円環が同時に停止する。
『致命部位への有効打。勝者、シャルロット・デュヴァル!』
フランス、三勝一敗。
『久我選手が逃げ道を削る支配なら、デュヴァル選手は偽の逃げ道を作る支配です! 大会前評価の二強が、どちらも主将として決勝へ進みます!』
各国の要人が並ぶ特別区画からも、大きな拍手が降った。決勝で二人が直接当たる保証はない。それでも、学生能力者の水準を越えた二人が同じ国戦へ立つという事実だけで、会場の議論は早くも出場順の予想へ移っていた。
日本対フランスの決勝が決まった。
◇
選手通路で向き合ったシャルロットは、迷いなく直人の前へ立った。
「二敗してからの逆転とは、随分と心臓に悪い勝ち方ですわね」
「そっちも霧の中でよく笑えるな」
「わたくしが黙れば、フランス国民が不安になるでしょう?」
誇らしげな言葉だった。
だが直人は、勝った試合だけを見ていない。
「最初に負けた仲間にも、同じ顔を向けてたな」
シャルロットの笑みが止まる。
「負けた一人を国家の顔から隠さず、その情報を自分の一勝にした。お前は飾りじゃなく、ちゃんと主将をやってる」
「……あなた、本当に見なくてもよいところまで見ますのね」
「見るために代表へ呼ばれた」
彼女は僅かに視線を外した後、腰へ手を当てて胸を張った。
「決勝で会いましょう、瀬名直人。もっとも、あなたの出番より先に、わたくしたちが三勝してしまうかもしれませんけれど」
「なら、俺の番まで日本が負けない」
「随分な自信ね」
「お前も国家の顔だけを持ってくるな。自分で選んだ一勝を持ってこい」
一瞬だけ、彼女の呼吸が止まった。
「……当然ですわ」
次に浮かんだ笑みは、カメラへ向けるために整えられたものではなかった。
「フランス代表主将として、わたくし自身が三勝目を奪います。オーホホホホッ!」
明日の決勝を約束し、二人は反対方向へ歩き出す。
国際大会最後の国戦まで、残るのは一夜だけだった。
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