# 第061話 日本代表、初戦
日本代表とドイツ代表の対戦順は、両国の提出が終わった後で同時に公開された。
第一試合、久世真白。
第二試合、榊原迅。
第三試合、鳴海颯介。
第四試合、瀬名直人。
第五試合、久我玲司。
出場順が大型画面へ出ると、観客席では久我を最後へ置いた意図について議論が始まった。ドイツ側が三勝へ届けば、大会前評価でシャルロットと並ぶ久我を戦わせずに排除できる。逆に日本が先に三勝すれば、最大戦力を温存したまま準決勝へ進める。
「俺を最後に置くと思っていた」
直人が表示を見ながら言うと、久我は首を横へ振った。
「相手もそう考える。君を四番手へ置き、私を大将として警戒させる」
「僕の前に三勝してしまっても構わないがな」
「それは困らない」
淡々と答えた久我に、久世が笑う。
「じゃあ、最初の一勝はもらってくるね」
◇
久世は宣言どおり、第一試合を取った。
相手の射撃が足場の生成位置を追い始めると、六枚を移動経路ではなく囮へ混ぜた。最後は何もないように見えた頭上へ一枚だけ残し、落下すると見せて再加速。相手の背後へ着地し、場外へ追い込んだ。
続く榊原は、振動を吸収する弾性装備と、床へ触れずに短距離を移動する相手に苦戦した。
空気振動による妨害へ切り替えたものの、決定打には届かない。制限時間終了まで有効打を一つ多く取られ、判定負け。
一勝一敗。
第三試合の鳴海へ、国戦の流れが渡された。
◇
鳴海の相手は、赤みのある金髪を短く刈り上げた大柄な男子生徒だった。
開始音と同時に両腕を振る。
空気を固めたような衝撃塊が三つ、時間差で放たれた。
鳴海は半透明の障壁を正面へ一枚だけ形成する。
最初の衝撃を右へ流す。二発目は障壁の角度を変えて床へ。だが三発目が届く前に、四つ目の衝撃が別方向から重なった。
障壁が大きく震える。
継続的な圧力は《反射障壁》の弱点だ。相手も当然調べている。
鳴海は二枚目を出した。
上下へ分け、受け流す方向を交互に変える。三枚目は使わない。
「守るだけでは、いずれ押し切る!」
ドイツ代表が声を張り、さらに衝撃を重ねた。
鳴海の左肩が動きかけ、止まる。
訓練で直人に指摘された、低い三枚目を出す時の癖だった。
彼は肩を落とさず、身体ごと一歩前へ出た。
正面の障壁を、床へ向かって深く傾ける。
衝撃塊が斜め下へ流れ、競技床を叩いた。白い粉塵が広がり、相手の視界が途切れる。
二枚目は防御から外し、相手が次の衝撃を放つ右腕の前へ置く。
放たれた力が障壁へ当たり、真横へ逸れた。
鳴海はその脇を走る。
相手が慌てて左腕を振るが、連続使用で動きが僅かに遅い。鳴海は拳を受けるためではなく、打ち下ろす腕の軌道へ最後の障壁を斜めに差し込んだ。
拳の衝撃が自分の足元へ流れ、ドイツ代表の姿勢が崩れる。
鳴海の肩が胸へ入った。
一歩、二歩。大柄な身体が境界線を越える。
『場外。勝者、鳴海颯介!』
日本、二勝一敗。
待機区画へ戻った鳴海は、直人の前で足を止めた。
「左肩は出さなかった」
「見てた」
「三枚目を温存したのも、お前の指摘どおり判断を散らされないためだ」
「勝ったのはお前だ」
「分かっている。だから、役に立った事実だけ返した」
礼ではない。
自分の勝利を譲らず、受け取ったものだけを正確に認める。それが鳴海なりの誠実さだった。
「次はお前だ」
鳴海の視線が、反対側の開始線へ向く。
第四試合の相手は、ドイツ代表主将だった。
淡い金髪を短く刈り、広い肩を持つ男子生徒。彼の周囲へ六角形の防壁が二枚、重なるように浮かんでいる。
「あいつは前三試合の間、選手より開始線を見ていた」
「開始線?」
「お前が立った時だけ、右足を見た。資料で最初の踏み込みまで調べている」
鳴海は直人を認めていない。
それでも、日本の三勝目へ必要な情報を出し惜しみしなかった。
「分かった。借りる」
「勝って返せ」
◇
直人が開始位置へ入ると、観客席のざわめきが一段大きくなった。
等級一と等級四。
数字だけなら、勝敗を疑う余地はない。
開始音が鳴る。
直人はいつもより深く右足へ重心を置いた。
ドイツ主将の目が、そこへ落ちる。
右へ踏み込むと見せ、直人は左手の訓練用短剣を投げた。
六角形の防壁が、予測していた右側へ先に一枚。遅れて、短剣を防ぐため正面へもう一枚。
直人自身は動かない。
相手の視線が、空振りした右の防壁から直人へ戻る。
「資料どおりには動かないか」
「読まれてるなら、変えるだけだ」
直人は今度こそ正面へ走った。
二枚の防壁が重なる。正面から破壊する火力はない。直人の攻撃が届くより早く、六角形の面が進路を閉じる。
だが、相手は短剣と直人を同時に防ぐため、一度だけ二枚を別方向へ動かした。
防壁の中央ではなく、重なり直す境目。
直人は床を蹴り、身体を低くする。
ドイツ主将が右手を握ると、防壁が挟み込むように角度を変えた。
一歩遅ければ、左右から押し潰されて戦闘不能判定を受ける。
直人は前へ出た。
危険を無視したのではない。二枚が閉じる速さと、自分が通過できる距離を、逃げ道まで含めて選んだ。
肩の装備が防壁へ掠れ、黄色い損傷表示が走る。
それでも身体は境目を抜けた。
防壁の内側。
ドイツ主将が肘を振る。直人は左腕で受け、腰を落として相手の軸足へ自分の足を掛けた。
力では持ち上げない。
防壁を急いで戻そうと相手が上体を引いた、その重心を使う。
直人が半歩だけ身体を入れ替えると、大柄な身体が境界線の外へ踏み出した。
『場外! 勝者、瀬名直人!』
日本、三勝一敗。
第五試合を残し、日本代表の準決勝進出が決まった。
日本側応援席が一斉に沸いた。零士と透子の声が重なり、ルーカスは車椅子の肘掛けを叩く。麗華は当然だと言うように顎を引き、透花は応援板を振りながら満面の笑みを浮かべた。
紗良だけはすぐに騒がず、直人が自分の足で競技場から戻れることを確かめてから、胸元で強く握っていた両手を解いた。
『等級一が等級四の防壁を破壊せず、二枚を使わせた順番で内側へ入りました! そして日本は、久我選手を出さずに初戦を突破です!』
実況の声へ観客席が沸く。特別区画の視線は、結果表の三勝だけでなく、温存された久我と、数字どおりには測れない直人の名前へ分かれていた。
◇
競技場から戻った直人を、鳴海が正面から待っていた。
「俺の情報がなくても、勝てたか」
「最初の一手は読まれてた。知らなければ、防壁を一枚余計に使わせられなかった」
「なら貸し借りはない。俺もお前の指摘を使った」
鳴海は一度息を吐く。
「訓練では、お前の目だけを認めた。今、訂正する」
灰褐色の瞳から、選考結果への疑いが消えていた。
「瀬名直人。お前は、日本の一勝を任せられる代表だ」
「背中までは、まだか」
「個人戦で背中を預ける場面はない」
「それもそうだな」
初めて、鳴海が直人へ僅かな笑みを返した。
「もし競技場の外で必要になれば、その時に決める」
反対側の勝敗表には、すでにフランスの名が残っている。
日本も最初の国戦を越えた。
決勝で戦うために必要な勝利は、互いにあと一つだった。
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