# 第060話 オーホホホホッ!
国際学生能力者親善競技大会の開会式は、競技場を埋めた八つの国旗と、幾つもの言語が重なるざわめきの中で始まった。
学園都市中央競技場。
普段は能力実技や大規模避難訓練に使われる施設が、この日ばかりは国際大会の会場へ姿を変えている。観客席には学生と一般客、その上段には報道席。さらに競技場を見下ろす特別区画には、各国の能力行政や政府関係者が並んでいた。
親善大会という名前だけでは収まらない注目が、代表選手たちへ注がれている。
観客席では、配布された代表資料を広げた学生たちが勝敗予想を交わしていた。特別区画でも、各国の能力行政官や公的ギルド関係者が端末へ指を走らせ、将来どの選手を国際任務へ招くかまで話している。
『大会前評価で頭一つ抜けているのは、フランスのデュヴァル選手と、日本の久我選手でしょう。出力だけでなく、戦場全体から必要な一点を選べる完成度が違います』
公式解説の声へ、客席の予想がさらに熱を帯びた。
日本側応援席の一角には、学校の代表応援枠で来た顔が集まっていた。紗良、麗華、透花。その後ろには零士、真壁、透子がおり、模擬戦で直人と戦った相馬と如月も並んでいる。
中央には、左脚を固定したルーカスが車椅子で陣取っていた。まだ治療もリハビリも終わっていない。それでも医療側から短時間の外出許可を取りつけ、誰より大きく拳を上げている。
「なおとっちー! 世界相手でも、いつもの嫌らしい勝ち方したれー!」
「応援の言葉として最低ではありませんこと?」
零士の声へ麗華が眉を寄せ、透花は手製の応援板へ大きく『ナオくん』と表示した。真壁は腕を組んで静かに競技場を見つめ、透子と相馬は声を張る。如月は騒がず、開始位置と可動壁を既に観察していた。
紗良は直人と目が合うと、何も叫ばず、ただ強く頷いた。
直人も一度だけ手を上げる。競技場へ立つのは一人でも、帰る場所から見ている者たちまで消えるわけではなかった。
「人、多いねえ」
日本代表の列で、久世真白が観客席を見上げた。灰茶色のポニーテールが、国旗を揺らす送風に合わせて跳ねる。
「昨日までは身内の訓練だったのに、今日は負けたら全世界へ配信だって」
「勝っても配信される」
鳴海が正面を向いたまま言う。
「それは大丈夫。格好いいから」
「緊張していない人間の発言だな」
榊原の淡々とした指摘に、久世が頬を膨らませる。
直人は二人の会話を聞きながら、競技場へ目を向けていた。
直径三十メートルの円形フィールド。外周には場外判定線が走り、周囲を緊急防護膜と審判用センサーが囲む。試合ごとに可動壁や低い足場の配置は変更されるが、勝敗条件は同じだ。
戦闘不能判定、降参、場外。制限時間内に決まらなければ、有効打と試合主導権を三名の審判が判定する。
一つの国同士で最大五試合。
先に三勝した国が勝ち、残る選手の試合は行われない。
やがて開催国である日本から順に、各国代表が紹介された。
久我が主将として一歩前へ出る。榊原、鳴海、久世、直人の名が続き、最後に直人の公的等級が読み上げられると、観客席の一部が目に見えてざわめいた。
等級一の日本代表。
驚きも疑念も、ここでは隠されない。
鳴海は直人を見なかった。訓練で観察眼は認めた。それでも、代表として勝てるかは本番で決める姿勢を変えていない。
そして、フランス代表の紹介が始まった瞬間、競技場の空気が明確に変わった。
四人の選手を率いて先頭へ出た小柄な少女が、腰へ片手を当てる。幾重もの縦巻きになった長い金髪が照明を受け、鮮やかな青い瞳が正面のカメラを捉えた。
「優勝候補、フランス代表。主将、シャルロット・デュヴァル!」
紹介を受けたシャルロットは、胸を張った。
「皆様、ご安心なさいませ! 栄えある優勝杯は、このわたくしが最も美しく持ち帰って差し上げますわ! オーホホホホッ!」
高笑いが、拡声器を必要としない勢いで競技場へ響き渡った。
観客席から歓声と笑いが同時に起こる。シャルロットはどちらも当然の賛辞として受け取ったらしく、さらに顎を上げた。
「やっぱり声量を競う大会なのかも」
「違う」
久世の呟きを、榊原が即座に切り捨てた。
◇
開会式を終え、選手たちが控え通路へ戻る。
フランス代表を囲む報道陣の輪から、シャルロットだけが一度外れた。随行員の制止より早く日本代表の前へ来ると、青い瞳を直人へ止める。
「候補から正式代表へ残れたようですわね、瀬名直人」
「そっちも主将になったんだな」
「なるべき者がなっただけですわ」
胸を張る彼女の後ろでは、四人のフランス代表が各自の装備を確かめている。個人戦であっても、国として最初の三勝を奪うための準備は共同だった。
「日本とは反対のブロックだそうね」
「決勝まで、直接は当たらない」
「つまり、わたくしたちに負けるためには、あなた方も決勝まで来なければならないということですわ」
久我が一歩前へ出た。
「順番次第では、君が戦う前にフランスの敗退が決まる可能性もある」
「オーホホホホッ! その心配は日本代表のために取っておきなさい!」
シャルロットは金髪の縦巻きを翻し、自国の待機席へ戻った。
直後、フランス対スペインの準々決勝開始が告げられる。
◇
第一試合はスペイン代表が取った。
フランスの先鋒は高速の踏み込みへ対応しきれず、場外判定。第二試合はフランスが接近戦で取り返し、第三試合も制限時間いっぱいの判定でフランスが勝った。
二勝一敗。
第四試合でシャルロットが勝てば、フランスの準決勝進出が決まる。
競技場へ入る直前、シャルロットは第一試合で敗れた仲間の前に立った。
「相手が踏み込む前、右足へ重心を寄せるのでしょう?」
「はい。止められませんでしたが」
「止める必要はありません。あなたが見つけたものを、わたくしが勝利へ変えます」
慰めではなかった。
負けを消すのでもない。その一敗から得たものまで、敗者一人の責任にしない言葉だった。
第四試合の相手は、褐色の肌と短い黒髪を持つスペイン代表の女子生徒だった。能力で浮かべた四枚の石板を盾と足場へ変え、金属を一切使わない装備で《電磁支配》へ対策している。
「随分、わたくしを研究したようですわね」
シャルロットの周囲へ、六枚の鋼製円環が浮かぶ。
開始直後、石板が二方向から飛んだ。
シャルロットは正面で受けない。二枚の円環を斜めに差し込み、石板の軌道だけを外へ逸らした。残る四枚を高さの違う軌道へ走らせる。
相手は石板を盾にして退く。
円環が左右から迫り、頭上から一枚が落ちる。どれも安全装備へ直撃する直前に止まる精度を持つ以上、一つでも防ぎ損ねれば有効打になる。
スペイン代表は右足へ重心を寄せた。
第一試合と同じ、爆発的な踏み込みの予備動作。
シャルロットは相手の正面を塞がなかった。右側だけを一枚の円環で閉じ、左へ逃げる道を残す。
相手が選ばされた方向へ踏み込んだ瞬間、床すれすれを走っていた最後の円環が足元を横切った。
「正面を空けたんじゃない。左へ行かせたのか」
観客席の学生が立ち上がる。能力の派手さだけへ向いていた歓声が、逃げ道そのものを作る判断へ変わった。
急停止で体勢が浮く。
胸部の受信機へ、別の円環が寸前で停止した。
『致命部位への有効打。勝者、シャルロット・デュヴァル!』
フランス、三勝一敗。
第五試合を残したまま、準決勝進出が決まった。
特別区画ではフランスの行政関係者だけでなく、対戦国の代表団までが惜しみなく拍手していた。端末へ記された評価は、広告塔ではなく実戦で国の三勝目を取れる主将へ書き換えられていく。
シャルロットは最初に待機席の仲間へ向き直る。第一試合で敗れた選手が頷いたことを確認してから、観客席へ向き直し――片手を腰へ当てた。
「これがフランス代表ですわ! オーホホホホッ!」
高笑いの中、青い瞳が日本代表席を正確に捉える。
強い一人が五人を守る大会ではない。
誰かの一敗を、次の一人が三勝目へ繋ぐ。
「行くぞ」
久我が立ち上がった。
競技場へ、次の準々決勝に出場する日本代表の名が響き始める。
鳴海と直人の答えも、今度は勝敗の残る本番で示すことになった。
この小説をお読みいただきありがとうございます。
よければ★★★★★マークとブックマークで応援していただけると嬉しいです!
完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!




