# 第059話 一人で戦う五人
# 第059話 一人で戦う五人
鳴海颯介と瀬名直人が向かい合うと、円形フィールドの外周に青い光が走った。
制限時間は六分。戦闘不能判定、降参、場外で即決着。時間内に決まらなければ、有効打と主導権を基準に訓練審判が判定する。
本番と同じく、場外からの助言は禁止されていた。
「等級差を理由に手加減はしない」
鳴海が両手を軽く開く。
「それでいい」
直人は刃のない訓練用短剣を逆手に構えた。
開始音と同時に、半透明の平面が二枚現れる。
一枚は鳴海の正面。もう一枚は右斜め前。身体を囲う壁ではなく、直人が踏み込める二つの経路へ先回りして置かれていた。
直人は正面へ走る。
短剣を横へ振り、障壁へ触れる直前で手首を返した。攻撃を止めて左へ回る。だが鳴海は障壁を大きく動かさず、自分の身体だけで直人の進路へ入った。
右拳が飛ぶ。
直人は腕で受け、二歩下がった。
障壁だけに頼る防御役ではない。鳴海自身の体格と近接技術が、障壁で絞った進路を埋めている。
「逃げ道を探すだけか」
「作ってるところだ」
直人は再び踏み込んだ。
一度目より深く、正面の障壁へ短剣を叩きつける。衝撃が斜め下へ流され、腕ごと床へ引かれた。その力に逆らわず身体を沈め、鳴海の足元へ滑り込む。
低い斬撃が脛の受信部を狙う。
三枚目の障壁が床すれすれに現れた。
短剣が弾かれ、直人の手を離れる。鳴海が踏みつけるより早く、直人は後転して距離を取った。
三枚。
これで最大数だ。
だが、障壁は生物そのものを押し返す力ではない。置かれた面を避けて身体を通せば、鳴海へ届く。
直人は床へ落ちた短剣を蹴り上げた。
回転する短剣が鳴海の顔へ向かう。その直後を追い、直人自身は左から入った。
飛来物、正面、足元。
三枚を使わせた後の空白へ身体を通す。
鳴海の左肩が僅かに沈んだ。
直人はそこを見た。
飛んだ短剣へ正面障壁が傾く。弾かれた武器は外へ逸れる――はずだった。
障壁の角度が、最後の瞬間だけ変わる。
短剣は直人が踏み込む先へ跳ね返った。
「読んでいたのは、お前だけじゃない」
直人は首を振って短剣を避けた。視線が一瞬、鳴海から外れる。
その間に鳴海の肩が胸へ入った。
障壁ではなく、鍛えた身体による体当たりだった。直人は二歩、三歩と押し戻され、踵が青い境界線を越える。
終了音が鳴った。
『場外。勝者、鳴海颯介』
◇
「これが国際大会なら、お前の一敗だ」
鳴海は勝っても表情を緩めなかった。
「ああ」
「言い訳はないのか」
「お前が三枚目を出す前、左肩が沈む」
鳴海の眉が動いた。
「低い位置へ障壁を出す時の癖だ。最後はわざと見せて、俺を誘ったんだろ」
「二度見られたからな。三度目は利用した」
「次は引っ掛からない」
「次があれば、俺も同じ見せ方はしない」
勝敗が決まった後も、二人の視線は互いの動きを追っていた。
久我が記録端末を閉じる。
「鳴海。瀬名をどう見る」
「判断は速い。障壁の枚数と性質も、試合中に把握した」
鳴海はそこで言葉を切った。
「だが、自分が攻撃を受ける危険を安く見積もりすぎる。最後も、短剣を避けられる前提で身体を入れた。相手が俺より高出力なら、場外で済まない判断だ」
直人は何も返せなかった。
異世界では、自分が傷つくことを損失へ入れなければ届かない場面が多かった。紗良に突きつけられた癖は、一度約束しただけで身体から消えてはいない。
「瀬名は?」
「鳴海は守るだけの相手じゃない。障壁へ攻撃を集めて、戻す先まで選んでる。ただ、三枚を別々の高さへ出す時は身体に癖が出る。連続して同じ場所を押されるより、別方向へ判断を散らされる方がきつい」
鳴海は否定しなかった。
久世が二人の間から顔を出す。
「なんか、負けた直人君の方がいっぱい喋ってない?」
「勝った者だけが情報を持ち帰るわけではない」
久我の返答は静かだった。
「国として必要なのは三勝だ。一人の勝利を五人で奪い合う必要はない。誰かの敗北から見えたものを、次の選手が使えばいい」
◇
続いて行われた評価試合では、久世と榊原が対戦した。
久世は空中足場で床の振動を避け、榊原は足場そのものではなく着地予定地点を崩す。互いに二度ずつ有効打を取り、最後は榊原が久世の着地を半歩ずらして場外へ追い込んだ。
久我は全員の映像を止め、勝敗より先にそれぞれが何を見落としたかを尋ねた。
個人戦であっても、準備まで一人で行う必要はない。
対戦中は助けられないからこそ、競技場へ入る前に渡せるものを全部渡す。戦い終えた者は、自分の結果を次の選手の材料へ変える。
それが日本代表の戦い方として固まり始めた。
久我は二つの評価試合を並べて停止した。
「共有する情報にも区別が要る。鳴海の左肩は本人の癖だ。だが、全員が同じ安全装備を使い、同じ退路を選ぶなら、学校や国単位で準備された戦術かもしれない」
「個人だけ見てたら、次の相手には使えないってこと?」
久世が首を傾げる。
「逆もある。国の傾向だと決めつければ、本人だけの選択を見落とす」
直人が答えると、鳴海は映像の中の自分へ目を向けた。
「見つけた情報を渡すだけでは足りない。何を根拠にそう見たかまで伝えろ、ということだな」
「そうだ」
久我が頷く。
一対一で戦うからこそ、誰かの答えをそのまま借りることはできない。受け取った情報を、自分の勝ち方へ変える必要があった。
訓練終了後、鳴海は直人の試合映像をもう一度開いた。
「お前の観察眼は使える。それは認める」
「戦う選手としては?」
「俺に負けた人間を、まだ勝てる代表とは呼ばない」
「なら本番で見るしかないな」
「そうしろ」
鳴海は端末へ視線を戻しかけ、僅かに間を置いた。
「だが、お前が言った左肩の癖は直す。役に立つ指摘まで、気に入らない相手から聞いたという理由で捨てるつもりはない」
拒絶は残っている。
それでも鳴海は、直人の言葉を代表戦へ持っていくものとして受け取った。
翌日の国際大会で、日本の初戦順は事前提出される。対戦相手の順番は、提出を終えるまで分からない。
誰が誰と当たるのか。
そして、三勝が決まる前に直人の番が来るのか。
説明では埋められなかった境界の続きは、世界が見ている本番へ持ち越された。
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