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# 第058話 日本代表



 翌日の放課後、直人が指定された第二戦術訓練棟へ入ると、会議室の中央には五つの席が半円状に並べられていた。


 最奥の大型画面には、《国際学生能力者親善競技大会・日本代表非公開説明》と表示されている。候補という文字は、もうどこにもなかった。


「来たか」


 先に着いていた久我玲司が、資料端末から顔を上げる。


 その隣では、榊原迅が椅子の背へ浅く身体を預けていた。二人とも学園の制服姿だが、久我はネクタイまで隙なく整え、榊原はいつも通り僅かに緩めている。


「候補者の顔合わせにしては、見慣れた顔が多いな」


「少なくとも、能力を一から説明する必要はない」


 久我の返事に、榊原が小さく鼻を鳴らした。


「説明より先に、弱点まで知られてるけどな」


 直人は二人の能力を、敵として攻略したことがある。


 榊原には勝ち、久我には負けた。個人戦なら、同じ国の代表であっても競技場へ入る時は一人だ。それでも互いの試合から得た情報を渡し、国として三勝へ届くには、五人で結果を背負う必要がある。


 残る二席にも、すでに学生が座っていた。


 一人は、暗い茶色の短髪をした長身の男子生徒だった。肩幅のある鍛えられた身体を、黒と深緑を基調にした制服が包んでいる。灰褐色の目は鋭く見えるが、直人を観察する視線に侮りはない。ただ、知らないものを曖昧なままにしない実直さがあった。


 もう一人は、小柄な女子生徒だ。灰茶色の髪を高い位置で束ね、明るい灰色の瞳を忙しなく動かしている。紺青の制服の袖には北日本能力高等学院の校章があり、椅子へ座っている間さえ、すぐ跳び出せそうな軽さを感じさせた。


「全員揃ったな」


 濃い灰色のスーツへ大会章を留めた中年の男性選考委員が告げる。銀の混じった短髪と硬い表情から、華やかな大会広報より実務を任される人物に見えた。榊美鈴も学園側の随行担当として、その少し後ろに腕を組んでいた。


 大型画面が切り替わり、五人の氏名と所属、能力等級が並ぶ。


 久我玲司。等級四《気圧支配》。


 榊原迅。等級四《振動制御》。


 鳴海颯介。西日本能力総合学院三年。等級四《反射障壁》。


 久世真白。北日本能力高等学院二年。等級三《空中足場》。


 そして、瀬名直人。等級一《成長型自己強化能力・仮》。


「以上の五名を、日本代表として正式に登録する。主将は久我玲司。各国戦の出場順は、対戦資料と本人の状態を踏まえ、監督と久我が最終決定する」


 沈黙の後、鳴海が真っ直ぐ手を上げた。


「久我が主将であることに異論はありません。ただ、瀬名が代表であることには異論があります」


 声も視線も落ち着いている。


「等級一だからではありません。選考記録も読んだ。だが、学内模擬戦と救助記録だけで、国際大会の一対一を任せられるとは思えない。俺はまだ、こいつを日本代表として認めていません」


 選考委員の眉が僅かに寄る。


「代表登録は選考委員会の決定だ。変更を要求するのか」


「決定には従います。同じ国の選手として必要な情報も渡す。ただ、勝てると判断するかは訓練と実戦を見てからです」


 個人戦では、味方の防御で直人を守ることも、久我の指示で失敗を修正することもできない。競技場へ入った後は、最後まで自分の判断で戦うしかない。


 鳴海はその一枠へ、証明されていない期待を置く気がなかった。


「私も知りたい」


 久世が待ちきれないように身を乗り出す。


「等級一なのに選ばれたってところより、結局、どんな相手に勝てる人なの?」


 直人は画面の中の自分の登録能力を見た。


 レベルも、魔力も、勇者だったことも言えない。だが、代表として必要なことまで隠すつもりはなかった。


「相手が予定どおり動かなくなった瞬間を見つける」


「それで?」


 鳴海が問う。


「どうして崩れたかを見て、次に何を守ろうとするか読む。能力そのものを破れなくても、使う人間には選ぶ順番がある」


「随分、曖昧だな」


「対戦相手が決まってないからな」


「瀬名は、能力ではなく、能力を使う人間を見る」


 榊原が淡々と口を挟んだ。


「俺は制御の優先順位を読まれて負けた。強い能力を弱くするんじゃない。強いままでも、同時には選べない状況を作ってくる」


「私は追い詰められたが、勝っている」


 久我はそこで一度言葉を切り、直人へ目を向けた。


「だからこそ分かる。瀬名は万能ではない。純粋な出力差を正面から消せるわけではなく、読みを外せば挽回できる力も限られている」


「褒められてる気がしないな」


「代表選考に必要なのは正確な評価だ」


 久我の口元に、微かな笑みが浮かぶ。


 選考委員が画面を切り替えた。五つの対戦枠へ、日本代表の名が仮配置される。


「全員が同じ国戦で戦えるとは限らない。先に三勝すれば四番手、五番手は出場しない。逆に二勝二敗なら、五番手一人へ国の勝敗が掛かる」


 久我が五人を見回した。


「私は試合順と情報共有をまとめる。だが競技中、外部からの指示は禁止だ。競技場へ入った者の判断を、私が代わることはできない」


「主将でも、戦う本人へ命令できないのか」


 久世の問いに、久我は頷く。


「だから主将の責任は、誰をどこへ置くか、負けた選手の情報を次へどう繋ぐか、そして国としての結果を引き受けることだ」


 鳴海は数秒考えた後、直人を見た。


「仕組みは分かった。なおさら、等級一へ一勝を任せる理由は結果で示してもらう」


「それでいい。俺も、お前の障壁が等級四だから勝てるとは思ってない」


「俺と同じ立場だと言いたいのか」


「俺はお前を知らない。お前も俺を知らない。それなら互いに戦って確かめればいい」


 鳴海は笑わなかった。


「……いいだろう」


 選考委員が端末を操作すると、会議室の奥にあった隔壁が左右へ開いた。


 その先には、円形の個人戦フィールドが二面並んでいる。床の境界線、戦闘不能判定用の受信機、試合時間を示す大型表示。国際大会と同じ条件で、代表同士の評価試合を行うための設備だった。


 久世が真っ先に立ち上がり、鳴海も続く。榊原は肩を回し、久我は全員の顔を順に見る。


「国として三勝するために、まず一人ずつの勝ち方と負け方を知る」


 鳴海が開始線の一方へ入り、直人へ顎を引いた。


「瀬名。最初は俺とだ。お前の戦術が、一対一でも通用するか見せろ」


「ちょうどいい」


 五人の名前は、すでに日本代表として並んでいる。


 だが鳴海と直人の間には、言葉では埋まらない境界が残っていた。


 それを越える最初の答えは、二人だけの競技場で出すことになった。


この小説をお読みいただきありがとうございます。

よければ★★★★★マークとブックマークで応援していただけると嬉しいです!

完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!

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