# 第057話 国家の顔
東條恭介が再逮捕されてから三日が過ぎても、押収された魔法陣の正体について、直人へ新しい説明はなかった。
能力犯罪対策課が正式に伝えたのは、既知の能力機器にも地球の技術規格にも当てはまらないという事実だけだ。直人には異世界の魔王軍が使っていた術式に見えたが、その知識をどこまで、どう説明するかは別の問題だった。
左腕の火傷は治療材が外れ、薄い赤みを残す程度まで回復している。その状態で直人が榊美鈴に呼び出されたのは、放課後の第一講堂だった。
「事情聴取の続きじゃないんですか」
「今日は別件だ」
赤みのある短髪を揺らし、美鈴は講堂の入口で認証端末を直人へ差し出した。
「学園都市で《国際学生能力者親善競技大会》が開かれる。八か国ほどが参加する、五人制の個人代表戦だ。今日は日本代表の特殊推薦候補と、大会関係者を集めた予備説明会になる」
認証画面には、直人の公的等級と冒険者登録番号に加え、救助活動、共同任務、学内戦闘適性再評価の記録が並んでいた。
「等級一を日本代表候補へ入れるんですか」
「等級だけで選ぶなら、お前はここにいない。全国の能力者教育校と公的ギルドの記録から選ぶ。その中で、未知の状況への判断と複数回の救助実績を評価され、特殊枠の推薦が出た。代表入りはまだ決定ではない」
講堂内には、全国から呼ばれた学生候補だけでなく、各国代表の随行員、大会運営、報道関係者が集まっていた。翻訳端末を耳へ着けた者、国旗章を襟へ留めた者、競技規則の束を抱えた審判員が、互いの資料と顔を見比べている。
壇上の大型画面には、円形の競技フィールドと五つの対戦枠が映っていた。
各国は五人の代表を登録し、国同士の対戦前に出場順を提出する。同じ順番に置かれた選手同士が一対一で戦い、戦闘不能判定、降参、場外、制限時間終了時の判定で勝敗を決める。先に三勝した国が勝利し、その時点で残る試合は行われない。
戦う時は一人だ。試合中、仲間は手を貸せない。
だが国として勝つには、自分だけが勝てばよいわけでもない。誰を何番目へ置くか。先に戦った者が何を見つけ、後の選手へ何を残すか。五人全員が出場すらできない可能性のある形式だからこそ、個人の強さと代表としての責任が別々に試される。
やがて、講堂前方で報道用カメラの光が一斉に点いた。
中央扉から入ってきた少女は、小柄な身体を少しも小さく見せなかった。長い金髪は幾重もの縦巻きを描いて背へ流れ、深い青の上着を端正に着こなしている。白い肌と鮮やかな青い瞳は照明の下でよく映えたが、堂々と上げられた顎と迷いのない足取りの方が、周囲の視線を強く引きつけていた。
「フランス代表候補、シャルロット・デュヴァル。等級四、《電磁支配》」
紹介に合わせ、シャルロットはカメラへ完璧な微笑を向けた。
「フランスの優勝をご覧に入れますわ。オーホホホホッ!」
腰へ片手を当てて胸を張る姿まで、どのカメラから最も美しく見えるか計算されているようだった。
壇上には六枚の鋼製円環が用意されていた。彼女が片手を上げると、すべての円環が床を離れ、高さも傾きも異なる軌道を描き始める。互いに触れず、速度を変え、最後には一直線へ重なった。
派手さのためだけの操作ではない。六つの金属へ別々の力を与えながら、周辺機器へ余計な影響を出していない。等級四に相応しい出力を、見せ物として成立する精度まで絞っていた。
報道席では早くも、大会前評価の話が飛び交った。
個人戦の優勝候補として最も多く名を挙げられているのは、フランスのシャルロットと、日本の久我玲司。広範囲を支配できる出力と、必要な一点へ絞れる精度。その両方を学生の段階で備えた二人は、各国随行員の評価でも頭一つ抜けていた。
その時、壇上脇で短い金属音が鳴った。
照明機材を支えていた鋼製フレームが傾き、調整中の作業員へ倒れ込む。客席がざわめくより先に、シャルロットの笑みが消えた。
空中の円環が一斉に床へ落ちる。同時に、傾いたフレームが作業員の頭上で止まった。金属が軋み、見えない力に引かれるように横へ滑って、誰もいない床へゆっくり下ろされる。
「怪我は?」
シャルロットはカメラではなく、尻餅をついた作業員を見ていた。返事を確認し、周囲の係員が支柱から離れたことまで見届けてから、報道席へ向き直る。
その瞬間には、微笑は元の形へ戻っていた。
「ご覧のとおり、不測の事態にも対応可能です」
紺色のスーツを着た随行員が、事故まで予定された演出だったかのように言葉を重ねる。シャルロットの青い瞳が一瞬だけ冷えたが、カメラの前では何も言わなかった。
◇
説明会の休憩へ入ると、シャルロットは随行員を置き去りにする速さで直人の前まで来た。
「あなたが、瀬名直人?」
翻訳端末の音声ではない。僅かに異国の響きを残しながらも、言葉は明瞭な日本語だった。
「そうだけど」
「公的等級一。なのに等級四へ勝ち、別の等級四をあと一歩まで追い詰めた。未知区画では、機械より先に危険を見つけるそうね」
「候補者資料に、そこまで載ってるのか」
「共有を許可された範囲だけよ。安心なさい。あなたの秘密を盗み見たわけではないわ」
生意気な言い方だったが、情報の境界を示す声は真面目だった。
「それで、等級一のあなたが、どうして国際大会の代表候補へ呼ばれたの?」
「俺に聞くな。選んだ側に聞け」
シャルロットは目を瞬いた後、唇の端を上げた。
「私へ取り入ろうとは思わないの?」
「取り入ったら、代表枠をくれるのか」
「無理ね。私にも、そこまでの決定権はないもの」
「なら、余計に意味がない」
彼女は小さく笑った。先ほどカメラへ向けたものより、形の崩れた笑い方だった。
「さっきから、何を見ていたの?」
「お前が誰を先に見たか」
「能力の使い方を評価していたのではなくて?」
「事故が起きた時、お前はカメラを見なかった。作業員が立てるか確認して、周りが離れた後で笑った」
シャルロットの表情が止まる。
「……見すぎよ、あなた」
「見ろと言われたから来た」
直人が壇上を示すと、彼女は反論しかけ、結局何も言わずに腕を組んだ。
そこへ随行員が近づく。
「デュヴァル、次は共同記者対応です。フランス代表候補として、母国の名誉を背負う立場であることを忘れないように」
「言われなくても分かっています」
シャルロットの声は即座に整った。彼女は直人へ背を向ける前に、青い瞳だけを向ける。
「次に会う時、あなたが呼ばれた理由を見せてもらうわ」
「見世物は、もう十分じゃないのか」
「それ、私に言っている?」
「さあな」
今度こそ睨まれたが、彼女は答えを返さず、待ち受けるカメラの列へ歩いていった。
休憩の終了を告げる音と同時に、直人の端末へ候補者用の追加資料が届く。
正式な日本代表五名は、翌日の非公開説明と顔合わせで発表される。直人の名前には、等級一という数字の横へ、特殊推薦候補の文字が付いていた。
壇上では、国家の顔へ戻ったシャルロットが、フランス代表として優勝すると迷いなく宣言していた。
けれど直人はもう、その言葉だけを彼女のすべてだとは思っていなかった。
この小説をお読みいただきありがとうございます。
よければ★★★★★マークとブックマークで応援していただけると嬉しいです!
完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!




