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# 第053話 能力が戻るなら


 《旧南部能力適性試験棟》は、学園都市南端の再整備区域に残されていた。


 低いコンクリート棟の窓は金属板で塞がれ、周囲には立入禁止の柵が巡らされている。だが、本来は死んでいるはずの独立電源が動き、地下区画から旧式能力センサーの応答が返っていた。


 学園都市警備局の能力犯罪対策課が周辺を封鎖し、学校側から御厨と情報保全担当者が合流している。東條の登録住所はすでに無人で、端末も残されていなかった。


 透花は現地指揮端末へ、自分の研究者証明を読み込ませた。


「盗まれた補正式が使われてるなら、装置の異常を一番早く見分けられるのは私です」


「だからといって、前へ出す理由にはなりません」


 御厨の返答は変わらない。


 その時、試験棟の保守回線が外からの呼びかけへ応じた。画面に映った東條は、いつもの細い眼鏡と穏やかな表情のままだった。


『透花さんに、完成したものを見てほしいんです。瀬名君も一緒で構いません』


「九条さんは?」


『もう装置へ接続しています。急いでください。旧設備は、長く出力を待機させられません』


 背後には地下試験室らしい防爆壁と、太い供給線が見えた。


 警備局は正面通路からの強行突入を保留した。不安定な違法装置へ衝撃を与えれば、九条だけでなく内部にいる人間へ何が起きるか分からない。透花と直人へ小型送信器を持たせ、二人が時間を稼ぐ間に、別の資材搬入口から制圧班を入れる方針が決まった。


「嫌なら断っていい」


 御厨が透花へ告げる。


「行きます。行くって決めました」


 透花は直人を見た。


「ナオくん、使われてくれる?」


「そのために来た」


 答えは短かった。


     ◇


 地下試験室には、古い能力計測設備と新しい機材が継ぎ接ぎに並んでいた。


 九条は中央の固定架台に立っている。前日の小規模型より大きな胸背部筐体を装着し、四肢の検出帯から延びた配線が、床を這う三本の供給路へ繋がっていた。右腕にはまだ治療用の固定帯が巻かれている。


 周囲には《零位解放戦線》の構成員が数名残り、記録端末を構えていた。しかし、警備局が外を包囲していると知っているのか、誰の表情にも昂揚より不安が濃い。


「俺が呼んだのは測定者だ。警備局ではない」


 九条が透花を見る。


「工房へ入ってデータを盗んだ時点で、研究協力じゃなくて犯罪だよ」


「盗んだ?」


 九条の視線が東條へ向いた。


「調整に必要でした。危険を減らすためです」


 東條は悪びれず、制御卓の隣を示した。


 そこには、もう一台の《リイグナイター》が置かれていた。九条のものより小さく、装着者の体格に合わせた細い固定具を備えている。画面に表示されているのは、透花が能力を失うまでの三日間の波形だった。


「透花さん専用です。残留経路の位置も、出力の落ち方も九条さんとは違う。あなたの記録に合わせて調整しました」


「私の許可なしにね」


「許可を待っていたら、あなたは怖がって拒むでしょう」


 柔らかな声が、透花の意思を最初から間違いとして扱っていた。


「でも、欲しいはずです。触れただけで構造が分かった、元のあなたへ戻れる。能力を失った今を、本当の自分だと思い込む必要はないんです」


 透花の目が第二装置へ吸い寄せられた。


 手を伸ばせば、もう一度分かるのかもしれない。素材の層も、接合の歪みも、目と機械を通すより速く、指先へ直接流れ込んでくる。失ってから何度も夢に見た感覚だった。


 欲しい。


 その思いがあることを、もう否定できなかった。


「ほら。迷っている」


 東條の口元へ安堵に似た笑みが浮かぶ。


「瀬名君には分かりません。彼は失ったあなたではなく、能力のない今のあなたしか知らない。本当の透花さんを取り戻せるのは僕です」


 直人は透花の前へ立たなかった。装置から目を逸らせとも、選ぶなとも言わない。


 ただ、九条と三本の供給路を見ていた。


「九条。試験を止めろ」


「ここまで来て、引き返せると思うか」


「小規模試験で何が起きたか、お前も知ってる。そこにいる連中まで被験者にするつもりか」


「室内の熱源は隔離した。出力が安定すれば制御も戻るという説明だ」


 九条の返答に、透花が顔を上げた。


「誰の説明? 前の資料から危険を抜いた人?」


「証明する。俺たちにも、戻る道があると」


 九条が起動操作子を押した。


「待って!」


 駆動音が地下の防爆壁を震わせる。同時に、二人の背後で分厚い隔壁が落ちた。旧型中継設備が送信器の信号を反射させ、外部通信へ激しい雑音が混じる。


 直人は即座に隔壁までの距離を測った。制圧班が突破するまで数分。九条の装置は、それを待ってくれない。


 供給線から淡い光が走り、九条の全身が強張る。床と壁の温度表示が一斉に下がった。構成員の一人が腕を抱き、別の一人が白い息を吐く。


「おかしい、熱源は切り離したはずだ!」


 九条が叫ぶ。


「熱源を選べてない! 人間も床も、全部同じ供給元として拾ってる!」


 透花は《レイヤー・スコープ》を展開した。


 小規模試験とは桁が違う。九条へ流れ込んだ外部エネルギーが残留経路だけでなく、地下試験室に残る旧式センサーへ重なり、建物全体へ共鳴を広げている。出力を落とそうとした東條の操作にも、制御卓は応じない。


 九条の周囲に奪われた熱が集まる。右側では霜が壁を這い、左手の前では空気が歪むほどの高熱が膨れ始めた。


「九条さんを止めたら、蓄積した熱がどこへ行くか分からない。いきなり装置を壊せない!」


「何を切れば止められる」


「今から読む。供給が三系統あるけど、全部役割が違う!」


 直人は拳を握り、制御を失った九条との間へ入った。


「九条は俺が止める。透花は装置を読め」


「ナオくん、あの熱に触れたら――」


「お前が止め方を見つけるまで、触れさせない」


 東條が第二装置の前から透花へ手を伸ばす。


「透花さん、こちらへ。あなたなら、力を取り戻して彼を止められる」


 欲しいと思った気持ちは消えていない。


 それでも透花は第二装置へ背を向け、《レイヤー・スコープ》の測定杭を床へ打ち込んだ。


「勝手に、私の答えを決めないで」


 拒絶は、まだ最後まで言葉になっていない。


 暴走する熱の前で直人が構え、透花は、自分が何を壊すべきかを探し始めた。


この小説をお読みいただきありがとうございます。

よければ★★★★★マークとブックマークで応援していただけると嬉しいです!

完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!

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