# 第048話 スキル・アウター
スキル・アウターという名から、直人は一つの組織を想像していた。
だが、透花に案内された学園都市西区の共同支援施設には、統一された旗も制服もなかった。古い公共施設を改修した建物の一階では就職相談が行われ、奥の教室では義肢用工具の講習が開かれている。廊下を行き交う者も、能力を失った元能力者だけではないらしい。
「非能力者の別名じゃないんだな」
「うん。能力を失った人、最初から発現しなかった人、能力前提の制度に文句がある人。その辺りをまとめて外側に置く呼び方だったのを、当事者が使い始めたの」
透花は受付で学生証を示し、研究データの閲覧申請書を提出した。顔馴染みであっても手順を省く気はないようだった。
「だから、全員が仲良しってわけでもない。むしろ、何を目指すかでよく揉めるよ」
「それを先に言え」
「先に全部教えたら、ナオくんの反応を観察できないでしょ?」
悪びれずに笑う透花へ、受付の奥から男が近づいてきた。三十四歳と聞いていたが、目元には年齢以上の疲れが薄く刻まれている。短い黒髪を整え、飾り気のないシャツの袖を肘までまくった姿は、運動家というより相談員に見えた。
「柊木さん。彼が測定協力者か」
「瀬名直人くん。私が本人の同意を取るから、匿名記録の比較をお願い」
「《再起支援連盟》の牧瀬晴臣です。記録はこの施設内でのみ閲覧できます。持ち出しは不可。比較結果を研究へ使う場合も、提供者ごとの再同意が必要です」
差し出された手を握りながら、直人は壁際の掲示板を見た。再就職講座、保険の再審査相談、能力喪失後の学籍変更。そこに並んでいるのは思想ではなく、能力が消えた後も続く生活の問題だった。
「能力を失っても、社会から降りる必要はありません」
牧瀬の声に力みはなかった。
「ただ、以前と同じ仕事へ戻れない人はいる。なら、降りずに別の足場へ移る手伝いが要る。それが私たちの再起です」
透花もここで装備設計の相談を受けたことがあるという。しかし、牧瀬は彼女を成功例として持ち上げなかった。能力を失った者の代表でもなければ、明るく振る舞う義務もない。ただ、一人の技術者として名前を呼んでいた。
◇
建物裏手の整備棟では、空気が変わった。
衝撃吸収板を張った壁。簡易盾。拘束索。市販部品と廃棄装備を組み直した機材が、整然と並んでいる。
作業台の前に立つ鬼塚蓮司は、刈り込んだ黒髪に広い肩を持つ男だった。能力未発現者で、元警備職。工具を扱う節の太い手には細かな古傷が残っている。
「守られるだけじゃ対等にはなれない。能力犯罪者が来た時、警備が着くまで倒れずにいる道具くらいは要る」
鬼塚が示した床には、小さな固定具が三つ置かれていた。透花が設計した《フレーム・アンカー》の試作型。対象を傷つける装備ではなく、盾や拘束索の支点を一時的に固定するための補助装置だ。
「安全制限は外せないようにしてあるよ。規定以上の負荷を掛けたら、固定より先に接続部が切れる」
「そのせいで鬼塚さんには、あと二割は粘らせろって毎回言われる」
「現場じゃ、その二割で人が助かる」
「その二割で腕を持っていかれたら、助かったって言わないの」
二人の応酬には、何度も同じ議論を重ねた気安さがあった。透花は自衛派へ装備を渡している。しかし、使う側の要望を無条件で形にしているわけではない。
「透花さん、頼まれていた耐熱端子です」
整備棟へ入ってきた青年が、小さな部品箱を掲げた。
細身の身体に簡素な専門校のジャケットを着て、整えた黒髪と細いフレームの眼鏡が柔らかな物腰を強めている。東條恭介と名乗った十九歳の専門校生は、回路部品の調達や機材の修理でこの場所へ出入りしているらしい。
「規格の違う二種類を入れてあります。前の型番は次の入荷が読めないので、代替品の試験もできるように」
「助かる。相変わらず手回し早いね、恭介くん」
東條は直人にも丁寧に会釈した。研究協力者だと紹介されても余計な質問はせず、部品の検品を終えると鬼塚の端末へ納品記録を送る。その仕事ぶりに不自然なところはなかった。
だからこそ、直人が先に目を向けたのは、開いた扉の向こうで足を止めた別の男だった。
◇
長身で細身。後ろへ流した黒髪と鋭い目つきは近寄り難いが、立ち姿には乱暴者の粗雑さがない。暗色の上着の袖口から覗く手には、古い火傷の痕があった。
「随分と立派な再出発だな」
九条焔司。
元等級三《熱量収束》。救助の現場で能力を失い、資格も職も失った《零位解放戦線》の代表だった。
「別の仕事を与える。殴られても耐えられる道具を渡す。それで、失った力を諦めさせる。そんなものを再起と呼ぶのか」
「少なくとも、戻る方法が見つかるまで生活を止めるよりはいい」
牧瀬は静かに返した。鬼塚も作業台から離れない。ただし、九条の言葉を嘲る者はいなかった。
「戻る方法がないと、誰が決めた」
九条の視線が透花へ向く。
「原因不明。要経過観察。俺にも、君にも、連中が寄越したのはそれだけだ。仕組みを説明できない者が、回復不能だけは断言できるのか」
透花の指が、工具ケースの取っ手を強く握った。
「断言はしてない。安全に戻す方法が、今は確認されてないって言ってるの」
「言葉を選んでも結果は同じだ。失った側だけが、諦めて次へ進めと言われ続ける」
それは、単なる煽動ではなかった。力と共に仕事を失い、説明を求めても十分な答えを得られなかった人間の怒りだった。
直人は否定しなかった。
「取り戻したいと思うことまで、間違いだとは言わない」
九条が初めて直人を正面から見た。
「だが、証明するために誰を使う」
「まず俺だ。俺が戻せると証明する」
「自分を賭けるのは勝手だ」
直人は九条の熱を受け止めたまま、その先だけを切った。
「だが、戻りたい人間の焦りを使って、他人の人生まで同じ賭け金にするな。それを始めたら、救う方法を探しているんじゃない。失った人間を材料にしているだけだ」
「力を持っている君には言える」
「そうだ。失った側と同じだとは言えない」
逃げずに認めると、九条の眉が僅かに動いた。
「だから俺が決める気もない。戻りたいか、今の自分をどう見るか。決めるのは本人だ。お前でもない」
九条は透花へ視線を戻した。だが、答えを求めず踵を返す。
「なら、本人が選べる道を用意してから言うことだ」
扉が閉じた後も、その言葉は整備棟へ残った。
◇
施設を出る頃には、空が夕暮れへ傾いていた。
「牧瀬さんも、鬼塚さんも、九条さんも、全部スキル・アウターか」
「そう。同じ外側に置かれても、欲しいものは同じじゃない」
透花はいつもの調子で答えたが、工具ケースを持つ指にはまだ力が残っていた。
「九条の言葉が気になるか」
「研究対象が研究者の心理へ踏み込むの、二回目だよ」
「否定しないんだな」
透花は笑い返そうとして、やめた。
失った後も生きられる場所。能力がなくても身を守る道具。そして、失った力そのものを取り戻す道。
三つ目だけを、彼女はまだ自分の言葉で拒めていない。
「次の比較測定、早めようか」
透花は前を向いたまま言った。
「知りたいことが、増えたから」
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