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# 第049話 見られている



 東條恭介と二度目に会ったのは、スキル・アウターの共同支援施設を訪れてから三日後だった。


 もっとも、連絡そのものは途切れていない。翌朝には耐熱端子の代替規格表が届き、その夜には《レイヤー・スコープ》で起こり得る電圧誤差への注意が送られていた。どちらも技術情報として有用で、求められてもいないのに送るには少し丁寧すぎる。その程度の違和感だった。


 透花は「恭介くん、面倒見がいいから」と笑い、礼だけ返していた。自作装備の共同体では、入手困難な部品を見つけた者が情報を回すことも珍しくない。親切と干渉の境目は、まだ曖昧だった。


 放課後、直人と透花が第3技術工房へ向かう途中。学園の敷地から二つ通りを隔てた部品店の前で、東條は紙袋を抱えて立っていた。


「偶然ですね、透花さん」


 細いフレームの眼鏡の奥で、穏やかな笑みが浮かぶ。


「恭介くんも買い出し?」


「ええ。それと、前に渡した耐熱端子の予備です。今日も瀬名くんの測定をするなら、必要になるかと思って」


 透花の返事が、僅かに遅れた。


「よく今日だって分かったね」


「共同支援施設で、比較測定を早めると話していたでしょう。部品の使用予定から考えれば、今日か明日だと思っただけです」


 筋は通っている。しかし、直人の記憶では、あの時すでに東條は検品作業へ戻っており、施設を出た後の会話を聞ける位置にはいなかった。


「相変わらず心配性だなあ。壊したらちゃんと泣きつくから、先回りしなくていいのに」


「透花さんは、壊れてから三日徹夜で直すでしょう」


「否定できないのが悔しい」


 東條は笑い、紙袋から小型の電力変換モジュールを取り出した。依頼していた端子だけでなく、旧型装置へ接続するための変換部品まで二つ入っている。


「これは頼んでないよ?」


「余った試作品です。使わなければ処分してください」


 代金も不要だと言い残し、東條は駅側の通りへ歩いていった。


 背中が人波へ消えてから、直人は透花へ尋ねる。


「今日の測定予定を、誰へ伝えた」


「御厨先生とナオくん。工房の設備予約にも入ってるけど、校外の学生が見るものじゃないよ」


「部品の使用予定は?」


「耐熱端子が必要って連絡しただけ。日付までは送ってない」


 透花は紙袋を軽く振った。


「でも、推測はできる範囲でしょ。恭介くん、前から部品関係は妙に先回りするし」


「それを親切と呼ぶかは、調べてから決めろ」


「ナオくん、研究対象なのに保護者みたいなこと言うね」


 笑い声は普段と同じだった。ただ、紙袋を持つ指は、先ほどから位置を変えていなかった。


     ◇


 第3技術工房では、御厨が匿名比較データの使用許可を確認していた。能力喪失者の原記録は共同支援施設から持ち出していない。施設内で透花が比較用の波形だけを抽出し、提供者の再同意を得た上で、個人を特定できる情報を除いてある。


 一般能力者の発動波形。ダンジョン内で採取された環境反応。討伐後の魔物から残った反応。そして、能力喪失者の匿名比較波形。


 由来も測定装置も違うデータを、そのまま重ねることはできない。透花は採取条件ごとに雑音を切り分け、比較可能な帯域だけを抜き出していった。


「ここ。能力者と魔物で、弱い揺れ方が少し似てる」


 画面の端へ、細い線が並ぶ。主波形から見れば雑音に埋もれるほど小さい。それでも複数のダンジョン記録へ同じ傾向があり、能力喪失者の記録にも測定限界ぎりぎりの反応が残っていた。


「同じものか?」


「まだ言えない。装置由来の癖かもしれないし、比較条件も足りない。今は『消すと困る雑音候補』くらい」


 九条の言葉を聞いた後でも、都合のよい結論へ飛びつかない。透花は期待を持っている。それでも技術者として、期待と観測を分けていた。


「ナオくんの波形も足したいけど、今日は測定方式を揃えるところからだね」


 透花は《レイヤー・スコープ》へ変換モジュールを接続した。最初に使ったのは、工房で管理していた既存品である。


 基準値を取り終えると、東條から渡された試作品へ交換する。通電直後、監視画面の片隅で、本来存在しない通信要求が一度だけ明滅した。


 透花の手が止まる。


「今の、見た?」


「外へ何か送ったのか」


「分からない。工房の通信系統は通ってない」


 御厨が即座に外部接続を遮断した。透花も電源を落とし、モジュールを取り外す。いつもの軽口は消え、灰青色の瞳が細く絞られていた。


 外装には封印を破った痕跡がない。だが、重量を測ると正規仕様より僅かに重い。透花は記録用カメラを起動し、御厨の立ち会いを確認してから外装を開いた。


 変換回路の下。絶縁材と同じ色へ塗られた薄い部品が、基板へ貼りついている。


「市販の近距離測位タグ……に、稼働記録用のメモリを足してある」


「何が分かる」


「装置がいつ動いたか。どの測位受信器の近くにいたか。直接通信できる距離に受信器があれば、呼び出しに応じて記録を送れる」


「ATLASとは関係あるか」


「ない。都市の管理網へ入り込むほど大層なものじゃないよ。近くに受信器を置くか、持って歩けばいいだけ」


 だからこそ、用途は明白だった。


 この部品を使った者が、いつ、どこで装置を動かしたか。誰かが、それを知ろうとしている。


「恭介くんが入れたとは限らない」


 透花は部品を見たまま言った。


「調達経路の途中で混ぜられた可能性もある。本人も知らずに渡しただけかもしれない」


「その可能性は残せ」


「ずいぶん冷静だね。東條くんが怪しいって言い出すと思った」


「決めつけて警告すれば、仕掛けた人間が証拠を消す。先に、誰が何を知っていたかを分ける」


 御厨も同意し、開封した部品を証拠保存袋へ収めた。未使用のもう一つは開封せず、納品記録、東條との通信履歴、工房の入退室記録と共に保全する。透花の個人端末や工具ケースも、別の機器で検査することになった。


「大げさじゃない?」


 透花は笑おうとした。


「等級ゼロの技術屋一人を追いかけて、何が面白いんだか」


「面白いかどうかを決めるのは、見ている側だ」


「……怖がれって?」


「違う。怖くないふりを、判断材料にするな」


 直人が返すと、透花の唇から笑みが消えた。


 怖いと認めれば、能力を失って弱くなったと証明する気がする。そんな拒絶が、短い沈黙に滲んでいた。だが、直人は答えを急がせなかった。


 透花が嫌っているのは危険そのものだけではない。能力を失った少女だから守られる側へ置かれたのだと、周囲にも自分にも認めることだった。警戒が必要だと分かっていても、助けを求める言葉だけが喉で止まる。


 その時、作業台に置かれた透花の端末が震えた。


 表示されたのは東條からのメッセージだった。


『今日の測定、お疲れさまでした。もう遅いので、帰り道には気をつけてください』


 透花が時刻を確かめる。


 予定していた終了時刻より、四十分早い。


 測定を切り上げたことは、まだ誰にも伝えていなかった。


この小説をお読みいただきありがとうございます。

よければ★★★★★マークとブックマークで応援していただけると嬉しいです!

完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!

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