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# 第043話 自分を数から外すな



 救助隊が組んだ搬送列は、来た時よりも遥かに遅かった。


 先頭に索敵と護衛。その後ろへ奏太、ルーカス、高岡を乗せた担架が続き、歩ける負傷者を挟んで最後尾にも護衛を置く。古い回廊は二人が並べる程度の幅しかなく、巨大な根が張り出した場所では、担架を傾けなければ通れなかった。


 紗良は奏太の担架の近くを歩いていた。


 救護員へ《生体同調》を引き継いだとはいえ、能力を使い切った身体も無傷ではない。頭痛と吐き気が残り、足元は時折揺れる。それでも、前を運ばれていく奏太だけでなく、後方のルーカスや高岡へ何度も視線を送っていた。


「全員いる。置いていってないよ」


 隣を歩く透子が、紗良の視線に気づいて言った。


「うん。分かってる」


 返事にはまだ力が足りない。それでも紗良は、自分で振り返るのをやめた。代わりに透子が伝える言葉を信じ、奏太の担架へ歩調を合わせる。


 隊列は崩落を避けるため、地図上の正規経路から外れた迂回路を進んでいた。根に押し広げられた天然洞と古い回廊が交互に現れ、上下の高低差も大きい。救助隊の護衛が先を確認し、透子が《反響地図》で壁の向こうの空洞を重ねていく。


 最初の異変を捉えたのは、その透子だった。


「止まって」


 小さな声が隊列全体を止めた。


 透子は壁へ手を当て、目を閉じる。遠くで反響する担架の軋みや足音を一つずつ意識から外し、さらに奥の振動だけを拾う。やがて顔から血の気が引いた。


「後ろの下層通路。十体以上いる。こっちへ上がってきてる」


「距離は」


「三百メートルもない。速いよ」


 直人はすぐに最後尾へ向かった。


 崩落から逃げた魔物の群れが、再び人間の通過した経路へ入り込んでいる。先ほどと同じ、樹皮に似た外皮を持つ中型の獣型魔物。個々なら対処できる相手でも、負傷者を抱えた狭い回廊で突進を受ければ、担架を守り切ることは難しい。


 救助隊長が携帯地図を開く。


「この先六十メートルに狭窄部がある。全員が抜ければ防ぎやすいが、搬送列が通過するまで七分はかかる」


「間に合わない」


 真壁が低く答えた。


 透子の見立てでは接触まで四分前後。護衛を後方へ集めれば戦えるが、その分だけ担架の搬送と前方警戒が止まる。奏太たちをここへ置いたまま戦えば、突進の一度で致命傷になりかねない。


 直人は周囲の構造を見た。


 右手には上層へ続く狭窄部。左手には崩落で半ば開いた西側通路があり、その先で広い空洞へ繋がっている。天井を支える石柱には亀裂が入り、太い植物根が絡みついていた。


「群れを西へ引く」


 直人が言った。


「俺が空洞まで誘導して、あの根元を切る。石柱が落ちれば、狭窄部へ向かう道は塞げる」


 救助隊長が石柱と地図を見比べる。


「誘導役の退路は」


「西の未確認区画を回る」


「地上へ繋がっている保証はないぞ」


「群れをここで受ければ、担架の全員を危険へ晒す。一人なら庇う対象がない分、動ける」


 判断には筋が通っていた。


 救助隊の戦闘要員を残せば、搬送と前方護衛が薄くなる。真壁は先ほどの大型石板固定で消耗しており、透子は迂回路の索敵に必要だ。動ける学生の中で、群れを相手にしながら誘導まで行える者は直人しかいない。


「俺が残っている間に、全員を狭窄部の先へ」


 その一言に、紗良の足が止まった。


「……全員?」


 直人が振り返る。


「直人は、どうやって戻るの」


「言っただろ。西側から迂回する」


「透子。西の先は?」


 問われた透子が唇を噛んだ。


「反響が複雑すぎて分からない。下へ続く空洞はあるけど、帰還路があるかは……」


「ここで話している時間はない」


 直人は声を荒らげず、事実だけを置いた。


「このままなら四分後に接触する。担架が抜けるには七分。誰かが三分以上稼ぐ必要がある。群れを倒し切れなくても、西へ引けば全体は助かる」


「直人は?」


「戻れるなら戻る」


 紗良の表情が歪んだ。


 答えになっていない。直人は全員の負傷、能力、役割、必要時間を計算している。その中で、自分の帰還だけを可能性という曖昧な言葉へ押し込んでいた。


「どうして私には選べって言うのに、自分の命だけは勝手に捨てるの?」


 震える声が、狭い回廊へ落ちた。


「捨てるわけじゃない。俺が残るのが一番、生き残る人数が多い」


「その人数に、直人は入ってないじゃない!」


 紗良は直人の胸元を掴んだ。能力を使い切った指には力が入らない。それでも離さなかった。


「私には、誰を救うのか考えろって言った。全部を一人で抱えるなって言った。なのに自分は、誰にも相談しないで、自分だけを最初から諦めてる!」


「誰かが残らなければ、全員が危険になる」


「だからって、どうして直人が死ぬことだけ損失に入れないの!」


 涙が溢れた。だが、それは奏太を選べなかった時の恐怖とは違う。目の前の一人が、自分から命の数の外へ出ようとしていることへの怒りだった。


「お兄ちゃんもそうだった。自分はいいって言って、私の手から勝手に外れた。直人は言葉が違うだけで、同じことをしようとしてる!」


 直人の呼吸が止まった。


「私はもう、誰かの『俺はいい』を信じて置いていきたくない。ルーカスも、高岡さんも、芦原君も助ける。そこには――」


 紗良は胸元を掴んだまま、直人を真っ直ぐ見上げた。


「直人だって入ってる。直人だって、私が救う側の一人なの!」


 異世界では、撤退する仲間の背後へ立つのは勇者の役目だった。


 誰かが死ななければならないなら、自分を選ぶ。それが最も多くを救えるなら、迷う理由はない。直人にとって自分の生還は、成功条件ではなく、成功した後に残れば幸運な余白でしかなかった。


 だが今、紗良はその余白を命と呼んだ。


 守る側へ置いていたはずの彼女が、直人を守る対象ではなく、直人を救う側の人間として立っている。


「……俺を残さなければ、今のままじゃ全員が抜けられない」


「だったら別の方法を考える。私だけじゃ無理なら、またみんなに背負ってもらう」


「時間は四分もない」


「それでも、直人が死ぬ前提より先に考える!」


 紗良の声は震えていた。それでも、ただ行かないでと縋ってはいない。直人が突きつけた現実を見た上で、別の答えを探すと宣言している。


 ならば、その覚悟へ正面から返さなければならない。


 直人は紗良の手へ自分の手を重ねた。


「分かった。俺をお前たちの生存条件へ入れろ」


 紗良が息を呑む。


「だが、気持ちだけで群れは止まらない。俺を救うと言うなら、全員を生かす道を出せ。俺も出す。今度は俺一人の計算じゃない――ここにいる全員で、生きて帰る計算をするぞ」


 遠くから、獣の咆哮が響いた。


 残された時間は僅かだった。


 死ぬ役を決めるためではない。


 全員が生きる方法を選ぶための時間が、始まった。


この小説をお読みいただきありがとうございます。

よければ★★★★★マークとブックマークで応援していただけると嬉しいです!

完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!

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