第35話 誰の功績か
救助から二日後、直人と麗華は公的ギルドの報告室にいた。
直人の身体へ残っていた熱と感覚のずれは薄れつつある。それでも左肩と脇腹には固定具が巻かれ、深く椅子へ凭れれば鈍い痛みが走った。向かいの麗華も制服こそ端正に着こなしていたが、能力を酷使した後の顔色までは隠せていない。
卓上端末には、霧晶坑道から回収された行動記録が時刻順に並んでいた。
「救助対象は四名。全員生存。黒岩大吾さんは継続治療中ですが、生命に別状はありません」
公的ギルドの担当職員が確認項目を読み上げる。未登録空洞の経路、救難信号の中継記録、《岩殻猪》と《晶甲獣》の討伐情報、そして《霧脈反転》の最適観測時間を逃した事実。その記録に、鷹宮家への遠慮も、企業を持ち上げる言葉もなかった。
「新規経路の発見者は瀬名直人。救助への目的変更は企画裁量者、鷹宮麗華の判断。《晶甲獣》は両名の共同討伐。企業側の装備支援と管制記録は、坂上真紀責任者の管理実績として登録します。相違は?」
「ありません」
麗華と直人が順に答え、真紀も眼鏡の奥で記録を確かめて頷いた。
公的ギルドが扱うのは、誰が何をしたかという事実だった。企業企画の成功や失敗を決める権限はない。一方で鷹宮資源開発にも、救助実績や討伐記録を自社の都合で書き換える権限はなかった。
問題は、その後だった。
鷹宮資源開発の臨時現地管制所から場所を移し、学園都市内の企業会議室で企業側の報告が始まる。壁面には本社の審査担当者たちが映り、真紀が作成した報告書と、公的ギルドの確定記録が同時に共有されていた。
「当初目的である《蒼脈晶》鉱脈の位置・規模推定は未実施。企画上は未達です」
真紀は余計な擁護を挟まなかった。
「ただし、未登録ルート、基準値を上回る資源反応、未確認上位個体の討伐記録を取得。遭難者四名の救助にも成功しています」
画面の一角で、企画審査を担当する社員が指を組んだ。
「結果だけを見れば、将来の再調査へ繋がる成果は十分だ。瀬名さんを起用した鷹宮側の判断を含め、事業企画としては成功と整理できるのではありませんか」
別の社員も同意を示す。
「人命を優先した企業姿勢と、学生冒険者の発掘を合わせれば、対外的な価値もある。鷹宮さんの企画だからこそ得られた成果だと――」
「違う」
直人が遮った。
幾つかの視線が、会議室の端に座る外部協力者へ集まる。
「未登録ルートを見つけたのは俺だ。救助へ向かうと決めたのは麗華。《晶甲獣》は二人で倒した。装備と管制は会社と坂上さんの仕事だ。まとめて鷹宮の成果にしたら、次に同じ状況が起きても、何が役立ったのか分からなくなる」
「君の功績を軽く扱う意図はありません。だが、君を選定したのも企画の一部です」
「なら、選定した功績として書けばいい。俺が見つけた道まで、選んだ側の手柄にはならない」
声を荒らげたわけではない。それでも直人の言葉は、広報向けに整えられかけた境界を一つずつ切り分けた。
今度は反対側の画面から、冷ややかな声が上がる。
「そもそも公的救助隊は出動していた。到着が遅れるとはいえ、資源調査を中断する以外の判断もあったはずです。最適観測時間を失った損失を、偶然得られた新ルートと救助実績で正当化してはいませんか」
麗華の指先が、膝の上で僅かに強く重なった。
「結果として、四名は生還し、有望反応も――」
そこで言葉が止まる。
以前なら、得られた成果を並べて失敗ではなかったと証明しようとしたのだろう。実際、それらは価値ある結果だった。だが、それを盾にすれば、救助の途上で何も見つけられなかった時、自分の決断は無価値だったと認めることになる。
「結果で塗り替えるな」
直人は麗華を見た。
「お前は、別の成果が手に入ると知って調査を捨てたわけじゃない。失敗すると思って、それでも選んだんだろ。だったら、偶然拾ったものに決断の価値を証明させるな」
麗華の瞳が揺れた。
企画を失敗させたくなかった。自分を推薦した者たちへ迷惑を掛けたくなかった。鷹宮の名前がなければ何もできない子供だと、誰にも言わせたくなかった。
それでも彼女は、成功寸前の道から自分の足で離れた。
「――はい。当初の調査計画は失敗しました」
麗華は重ねていた手を解き、画面の向こうを正面から見た。
「観測機会を失った損失も、再調査に必要な費用も、企画担当者として説明します。ですが、失敗したことと、あの判断が無価値であることは同じではありません」
抑えていた声が、初めて会議室の空気を震わせた。
「救助は代替成果ではありません。四人の命は、失敗を埋め合わせる数字でも、企業を飾る実績でもない。あの時点で確認できた事実が同じなら――わたくしは、もう一度救助を選びます。成功だったと言い換えていただく必要はありません。失敗した結果も、選んだ責任も、わたくし自身が引き受けます」
沈黙が落ちた。
真紀は麗華を庇う言葉を足さず、報告書の分類欄だけを開いた。
「では、当初計画は未達。救助への目的変更は鷹宮企画担当者の判断。新規経路は瀬名さんの発見。《晶甲獣》は共同討伐。資源反応は再調査候補として、それぞれ分離して記録します」
審査担当者たちは即座に全員が賛同したわけではない。調査継続を選ぶべきだったという意見も、現場裁量停止を検討すべきだという意見も残った。それでも、誰かの判断が別人の功績へ紛れ込むことはなかった。
報告を終えて廊下へ出ると、麗華は閉じた扉をしばらく見つめていた。
「手柄を譲ってくださらなかったのですね」
「お前のものじゃないからな」
「随分と容赦がありませんこと」
「お前の判断まで会社の手柄にされる方がましだったか?」
麗華は小さく息を吐き、首を横へ振った。
「いいえ。あなたがわたくしに都合のよい評価をしない人だと、よく分かりました」
「褒めてるのか?」
「信用できる、と申し上げています」
直人は一度だけ麗華を見て、僅かに頷いた。麗華もまた、当初計画の失敗を他人へ押しつけず、自分の名で引き受けた。少なくとも、互いの判断を預けるための根拠は、もう十分にあった。
そこへ真紀が会議室から出てくる。手にした端末には、次の報告予定が表示されていた。
「鷹宮さん。《次世代事業実地裁量制度》としての最終報告先が決まりました。鷹宮ホールディングス代表取締役、鷹宮隆臣社長です」
麗華の肩が、ほんの僅かに強張った。
「主要な外部協力者として、瀬名さんにも同席要請が出ています」
企業内の評価は終わった。だが麗華にとって最も厳しい報告相手が、最後に残っていた。
自分が失敗したと、父の前で言うために。
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