第3話 学園都市からの招待
学園都市から正式な面談担当者が訪れたのは、能力検査を受けた翌日の午前だった。
瀬名直人の病室には両親と妹も集まっていた。母はベッド脇の椅子へ座ったまま直人の手元を見守り、父は窓際に立っている。言葉を挟まずとも、帰ってきた息子を再びどこかへ連れて行かれることを、二人とも警戒していた。
三歳下の妹は、直人のベッドへ最も近い位置を譲らなかった。制服姿ではなく大きめのパーカーを着ているのは、病院へ来るため慌てて家を出たからだろう。時折こちらを見る目には再会の喜びが残る一方、少し視線を外せばまた直人が消えるのではないかという不安が消えていなかった。
「学園都市能力教育局の志摩美冬です。本日は瀬名直人さんの今後について、ご本人とご家族へ説明に参りました」
病室へ入ってきた女性は三十代半ばほどで、艶のある黒髪を顎の高さで揃え、紺色のスーツを隙なく着こなしていた。細い銀縁眼鏡の奥の目は柔らかいが、直人と家族の位置関係、点滴の残量、机に置かれた資料まで一度に確認している。人を安心させる外見と、情報を見落とさない観察者の目を併せ持つ人物だった。
志摩は壁面端末へ資料を表示し、直人の能力が暫定的に《成長型自己強化能力・仮》として登録されたことを説明した。現時点の出力は等級1相当。ただし既存の能力分類と一致せず、成長条件も上限も不明なため、継続的な測定が必要だという。
「学園都市への編入は義務ですか?」
直人が最初に確認すると、志摩は即座に首を横へ振った。
「いいえ。能力を持つ未成年者には教育を受ける義務がありますが、学園都市でなければならないわけではありません。地元校へ復学し、近隣の能力訓練施設へ通う選択肢もあります。ただ、瀬名さんは失踪期間が長く、能力の発現経緯も特殊です。医療、教育、能力制御を一か所で受けられる学園都市が最も安全だと、私たちは判断しています」
母の指が直人の手をわずかに強く握った。「安全」という言葉を信じたい気持ちと、ようやく戻った息子を家から離したくない気持ちが争っているのだろう。父は資料へ視線を落としたまま、志摩へ問いかけた。
「都市に入れば、息子の生活はどこまで記録されますか」
志摩は一拍だけ間を置いた。それは答えを濁すためではなく、どこまで率直に伝えるべきか選ぶ間に見えた。
「学園都市のインフラは《ATLAS》によって統合管理されています。交通、決済、医療、授業、能力使用、ダンジョン活動は記録されます。通信や交友関係についても、事故防止や犯罪捜査に必要な範囲で解析対象になります」
「つまり、ほとんど全部ですね」
「はい。便利さと安全性が高い代わりに、一般都市より私生活の記録が多い場所です」
聞こえのよい表現で包まずに認めたことを、直人は評価した。しかし、正直に話すことと信用できることは同じではない。
「俺を学園都市へ入れて、そちらは何を得るんですか」
志摩の眼鏡の奥で、瞳がわずかに細くなった。十六歳の少年から出るには打算の匂いが濃すぎる質問だったのだろう。それでも彼女は笑って誤魔化さなかった。
「未知能力の観測データです。成長型が事実なら、能力研究にも教育制度にも大きな価値があります。もちろん、研究協力は本人と保護者の同意が必要です」
「同意なしで検査や実験へ回さないと、口で約束するだけですか?」
母が心配そうに直人を見る。父も止めなかった。直人が何を経験してきたかは知らなくとも、意味なく相手を挑発しているわけではないと感じ取っていた。
志摩は携帯端末を操作し、二つの書類を机へ転送した。研究協力の拒否権、保護者への情報開示、外部医療機関による再検査、編入後の退学・転居手続き。約束を破った場合の監査と補償まで明記されている。
「これが学園都市側の担保です。さらに不足があれば、法務担当を交えて条件を追加できます」
直人は条文を読み進めた。完全ではない。ATLASの最高権限を持つ者が何を見られるのかも、資料からは分からなかった。それでも拒否する自由を残し、責任の所在を文書で示した点は、信用へ進むための最低条件を満たしている。
「分かりました。検討します」
即答を避けた直人に、志摩は編入案内と専用端末を残して病室を出た。
◇
家族だけになると、最初に沈黙を破ったのは妹だった。
「お兄ちゃん、そこに行くの?」
「まだ決めてない」
「でも、行きたいんでしょ」
直人は否定できなかった。学園都市にはダンジョンの記録が集まり、学生も許可を得れば内部へ入れる。レベルが地球で残っている理由と、映像に現れた異世界の魔物を調べるには、現時点で最も近い場所だった。
母は俯いたまま、直人の手を両手で包んだ。
「昨日帰ってきたばかりなのに、また離れて暮らすなんて……本当は嫌よ。でも、ここに置いておけば安全だとも言い切れないのよね」
言葉の最後が震えた。引き止めたい感情を押しつけず、直人の事情を理解しようとしている。その姿が、命令されるよりも強く胸へ刺さった。
「勝手に消えたりはしない。連絡もするし、休みには帰る。危険なことを全部避けるとは約束できないけど、何をするか黙ったままにはしない」
母はすぐには頷かなかった。やがて目元を拭い、「その約束だけは守って」と答えた。
父は腕を組んだまま直人を見つめていたが、最後には静かに息を吐いた。
「行く理由を、今すべて話せとは言わない。ただし、自分一人で家族全員を守れると思うな。助けが必要なら言え」
異世界で何度も仲間から言われた言葉だった。自分だけが危険を背負えばよいという考えが、どれほど周囲を傷つけるかも知っている。それでも直人は、同じ過ちを繰り返しそうになる自分を自覚していた。
「分かった。学園都市へ行く」
決断を口にすると、妹は不満そうに唇を尖らせた後、直人へ小指を差し出した。
「毎日連絡。最低一回」
「授業中やダンジョンにいる時は無理かもしれない」
「じゃあ、できない日は前の日に言う」
逃げ道を塞ぐような条件に、直人はわずかに笑った。魔王を討った勇者へ課された最初の契約は、妹への一日一回の連絡になった。
小指を絡めた直後、志摩が残した専用端末が短く振動する。編入意思を入力すると、入学手続き、住宅、治療計画、復学用の学習資料が瞬時に組まれ、数秒後には出発候補日まで表示された。
処理の速さに感心するより先に、直人は画面の隅にある記録時刻へ目を留めた。
《特別編入候補登録 前日二十一時十四分》
直人が病院で能力検査を受けたのは、その約三十分後だった。
検査結果を根拠に選ばれたはずの候補登録が、検査より先に行われている。
単純な時刻の誤差か、病院へ搬送された時点で予測されたのか。それともATLASは、河川敷へ現れた瞬間から直人を観測していたのか。
直人は家族に気づかれないよう表示を閉じた。
学園都市へ行けば、自分が知りたい情報へ近づける。
だが向こうもまた、直人が何者なのかを知ろうとしている。
招待されたのではない。
自分はすでに、見つけられていたのだ。
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