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第23話 等級3との模擬戦



 戦闘適性再評価の通知が届いた翌朝、瀬名直人が教室へ入ると、羽柴零士が待ってましたと言わんばかりに手を上げた。気の抜けた笑みはいつも通りだったが、机の上にはすでに学内模擬戦の組み合わせ表が開かれている。


「おはよう、なおとっち。編入して二週間あまりで等級3と殴り合いやて。順調に普通の高校生活から離れていっとるな」


「俺が決めたわけじゃない」


「せやけど断らんのやろ?」


 直人が返事をしなかったことで、零士は答えを察したらしい。その横から白石透子が端末を覗き込み、淡い茶色の髪を揺らして目を輝かせた。


「相馬颯真君かあ。火炎系だから見栄えいいよ。観客席、結構埋まるかも」


「見世物になるために戦うわけじゃないんだけどな」


「でも応援する側は派手な方が楽しいよ?」


 透子の隣ではルーカスが腕を組み、すでに自分が戦うような顔で頷いていた。


「安心しろ直人。炎を見たら俺の熱い声援を思い出せ」


「戦闘中に余計なものを思い出させるな」


「ひどい!」


 騒ぐ二人とは対照的に、真壁遼介は通知内容を最後まで確認してから口を開いた。


「今回の再評価は、実習での戦闘記録と登録能力の数値が一致していないことが理由らしい。勝敗だけではなく、格上の能力者を相手にどこまで対応できるかを見るつもりだろう」


「直人、左腕は?」


 水瀬紗良がすぐに聞いた。栗色の髪を耳へかけながら直人の腕へ視線を落とす表情には、昨日、皆で学園都市を回った時に見せていた柔らかさよりも、治療役としての厳しさがある。


「日常動作なら問題ない。模擬戦の前にも医療チェックを受ける」


「なら、その結果で駄目って言われたらちゃんと止めてね」


「ああ」


「即答した。ちょっと成長したね」


「信用が低すぎないか?」


「実績の問題かな」


 紗良が小さく笑い、直人も反論を諦めた。


     ◇


 午後、学園中央訓練棟の第一模擬戦場には、二百人近い生徒が集まっていた。


 競技場は直径六十メートルほどの円形で、床には能力衝撃を吸収する特殊素材が使われている。外周には透明な防護壁が立ち、観客席との間を完全に隔てていた。勝敗条件は戦闘不能、降参、場外、または監督教員による危険判定。殺傷を目的とした攻撃は禁止されるが、能力そのものの出力は一定範囲まで解放される。


 直人が戦闘服姿で入場すると、反対側から相馬颯真が姿を現した。


 赤みの強い短髪を後ろへ跳ねさせた、直人より少し背の高い男子生徒だった。日に焼けた肌と鋭い目つき、引き締まった上半身からは運動部員のような快活さがある。赤い耐熱ジャケットの袖を肘まで捲り、こちらを見る口元には自信を隠そうともしない笑みが浮かんでいた。


「瀬名直人、だよな。噂は聞いてる」


「どの噂だ」


「等級1なのにダンジョンで異常個体を倒したとか、企業の作業員を助けたとか。あと、妙に女の子に心配されてるとか」


 最後の一つに観客席から笑いが起こり、紗良が露骨に顔をしかめた。直人は振り返らず、相馬だけを見る。


「最後の情報は戦闘評価に必要なのか?」


「いや、全然。ただ、堅そうだから少しくらい崩した方が面白いかと思って」


「それなら失敗だな。何を返せばいいか分からない」


 相馬は一瞬きょとんとし、それから声を上げて笑った。


「ほんとに噂通り変な奴だな。まあいい。俺は手加減しないぞ。等級差を理由に遠慮する方が失礼だろ」


「助かる。俺も、勝てる相手として見る」


 笑っていた相馬の目が少しだけ細くなった。


「等級1が等級3に?」


「等級は能力の評価だろ。試合結果まで先に書いてあるなら、戦う必要がない」


「……いいね。そういうの嫌いじゃない」


 開始位置へ戻った二人の間に、監督教員の声が響いた。


『模擬戦、開始』


 合図と同時に相馬の右腕が持ち上がり、掌から炎が噴き出した。


 直線ではない。扇状に広がる火炎が正面の逃げ道をまとめて塞ぐ。直人は後方へ退かず、火炎が最大まで広がる前に斜め前へ踏み込んだ。《魔力循環》を脚へ集中させても、今の肉体では等級3の火炎が広がる速度へ正面から対抗できない。ならば必要なのは速さではなく、相手が狙いを定める前に安全な位置へ移ることだった。


「近づくか!」


 相馬は左手を床へ向け、炎を叩きつけた。反動で身体を横へ滑らせ、距離を維持する。火炎能力者が接近戦を苦手とするという単純な思い込みは通用しないらしい。


 直人は追わず、相馬の足元を見た。


 炎を出すたび、右肩がわずかに沈む。大出力では姿勢を固定する必要があり、連射の直前には必ず左足へ重心が移る。能力そのものは見たことがなくても、人間が身体を使って発動する以上、癖は消せない。


 二発目の火炎が来る前に、直人は床へ落ちていた模擬用の短棒を蹴り上げた。


「そんなもので――」


 相馬は短棒を燃やそうと右手を向ける。


 その瞬間、直人は逆方向へ走った。


「囮か!」


「今気づいたなら遅い」


 視線と右腕を短棒へ向けた一瞬で死角へ入り、相馬の左側へ回る。直人の拳が脇腹へ入る直前、相馬は身体を捻って炎を爆発させた。熱風に押され、直人は数メートル転がる。防護服越しでも腕が焼けるように痛み、観客席からどよめきが起こった。


「読んでるのは、お前だけじゃない!」


 相馬は息を弾ませながらも笑っていた。


「近づきたいのは最初から分かってた。こっちは近づかれた時の練習を何百回もしてる!」


「それなら、今ので一つ分かった」


「何が?」


「近づかれた時、お前は必ず大きく炎を出す」


 直人が立ち上がると、相馬の笑みが薄れた。


「それが分かったから何だ。耐えられないだろ」


「耐える必要はない」


 再び直人が走る。相馬は今度こそ待ち構え、直人が間合いへ入った瞬間、両腕を広げた。


 火炎が爆発する。


 その直前、直人は前ではなく床へ身を落とした。


 相馬の能力は掌の向きに強く依存する。自分自身を焼かないため、至近距離では炎を斜め外側へ逃がす癖がある。その内側――相馬の胸元直下だけ、ほんの一瞬出力の薄い場所ができる。


 熱が背中を舐める中、直人は床を滑り、相馬の軸足へ身体をぶつけた。


「なっ!」


 重心を崩した相馬の手が上を向き、炎が天井へ噴き上がる。直人は立ち上がる勢いのまま腕を取り、肩を支点に身体を回した。力では相馬の方が上でも、崩れた姿勢と関節の向きまでは能力等級で補えない。


 相馬の身体が床へ落ちる。


 直人は腕を極めたまま首元へ模擬短剣を当てた。


「まだやるか?」


 相馬は炎を出そうとして、止めた。この距離では直人だけでなく自分の顔まで巻き込む。


 数秒後、大きく息を吐いた。


「……降参」


『勝者、瀬名直人』


 模擬戦場がざわめいた。


 直人が腕を離すと、相馬は床に寝転んだまま天井を見上げ、それから悔しそうに笑った。


「能力、ほとんど使ってないじゃん」


「使ってる。登録能力の範囲で身体を補助してる」


「そういう意味じゃねえよ。等級1が等級3に勝つなら、隠し玉でもあると思うだろ普通」


「隠しているものはある」


「あるのかよ!」


 思わず叫んだ相馬へ、直人は少しだけ口元を緩めた。


「でも、今のお前に勝つのに必要なかった」


「……次は絶対燃やす」


「殺傷禁止だぞ」


「言葉の綾だ!」


 観客席から笑いが起こる中、直人は相馬へ手を差し出した。相馬は一瞬その手を見てから、強く掴んで立ち上がる。


 勝因は出力ではない。四年間、能力も種族も違う敵を相手に、どうすれば自分より強いものを倒せるか考え続けてきた経験だった。


 だが、直人自身が一番よく分かっている。今回は相馬が模擬戦の規則へ従い、殺傷範囲を避けたから成立した勝利でもある。実戦で周囲ごと焼かれれば、今の身体では逃げ切れない。


 勝ったから強いのではない。


 まだ、勝ち方を知っているだけだ。


 退場口へ向かう途中、端末が次の試合予定を表示した。


《戦闘適性再評価・第二試合》


《対戦者――如月玲奈》


《能力等級3》


《能力――《幻光》》


 直人は足を止めた。


 炎のように、見れば避けられる能力ではない。


 次に相手をするのは――自分の目そのものを信用できなくする能力者だった。

この小説をお読みいただきありがとうございます。

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完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!

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