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第021話 勇者を知る者



 家族が保護住宅への移送準備に入った後、直人は別室で高岡誠司と榊美鈴から事件後の報告を受けた。


 侵入した魔族は排水路の途中で魔力反応を完全に消し、現在も所在不明。元の実家には遠隔監視が敷かれ、家族は安全確認が取れるまで学園都市側が用意した住宅で生活する。正規認証を持つ偽避難命令が、どのように自治体の災害網へ入り込んだのかは、まだ解析が終わっていない。


「問題はそれだけじゃない」


 高岡が端末へ映像を表示した。


 魔族の爪が直人へ届く直前、その身体から金色の光が広がり、榊や対応班員、さらに隔壁の向こうにいた家族までを包んだ場面だった。


「ATLASはこの現象を能力として分類できなかった。《成長型自己強化能力・仮》の派生と仮定しているが、自己強化能力が複数人へ同時に防護効果を及ぼした例は確認されていない。しかも、通常の能力発動で観測される波形とも一致しない」


「俺も狙って使ったわけではありません。守らなければと思った瞬間に出ただけです」


「以前にも似た力を?」


「ありました。ただ、地球へ戻った時に使えなくなったと思っていました」


 直人が話したのはそこまでだった。


 自分の視界には《勇者の加護》と表示された。しかし、その名称を高岡たちへ伝えたところで、地球側には勇者と能力者の違いを説明する基準そのものがない。ならば今は、未分類の能力現象として扱わせた方が余計な混乱を生まない。


 榊も無理に踏み込むことはせず、映像を閉じた。


「再現できるかどうかも分からない力なら、当面は新規発現として記録する。自分で試そうとして無茶はするな」


「分かりました」


「お前の場合、その返事だけでは安心できないのが困るところだ」


 それでも榊の声には、以前よりわずかに信頼が混じっていた。


     ◇


 深夜、医療棟の個室へ戻った直人がようやく横になろうとした頃、外部回線から切断されているはずの壁面端末が、何の前触れもなく淡い光を放った。


 画面には発信元も接続経路も表示されず、ただ《通信元:識別不能》という文字だけが浮かんでいる。直人はすぐにベッドから身体を起こした。


「誰だ」


 数秒の沈黙の後、性別も年齢も判別できない加工音声が室内へ流れた。


『先ほどの防護現象。完全な復元には遠いようですが、再接続そのものは始まったと見てよいでしょう』


 意味を測りかね、直人の眉が寄る。


「何の話をしている」


『あなたなら、その答えを知っているはずです』


 そこで音声は、ほんのわずかな間を置いた。


『――勇者の力です』


 直人の表情から、一瞬で眠気が消えた。地球へ帰還して以来、その言葉を自分から口にしたことは一度もない。家族にも、紗良にも、高岡にも榊にも話していない。地球では、自分を単に特殊な能力者として扱わせてきた。


「……今、何と言った」


『勇者、と申し上げました』


「その言葉を、どこで知った」


『魔王を知る者が、その対となる存在を知らない方が不自然ではありませんか』


 直人はベッドを降りながら非常呼出へ手を伸ばした。相手が敵であろうと味方であろうと、ここで一人だけで秘密を抱えるつもりはない。


「お前は異世界から来たのか」


『いいえ』


 それまで含みのある返答を続けていた相手が、初めて迷いなく否定した。直人の指が止まる。


「なら、なぜ勇者を知っている」


『それを説明するには、あなたがまだ知らない前提が多すぎます。今すべてを語ったところで、あなたは私の言葉を信用しないでしょう』


「当たり前だ。姿も名前も見せず、証拠も出さない人間の話を信じる理由がない」


『その判断は正しい。あなたは肩書ではなく行動を見る。言葉だけでは信用しない。ならば私についても、これから見るものによって判断してください』


 あまりにもあっさり肯定され、直人は逆に警戒を強めた。


「それで、何のために接触した」


 問いに対する返答の代わりに、画面へ一つの文章が表示された。


《地球の能力者は、魔王と無関係ではありません》


 直人は、その短い文章を何度も読み返した。


「能力者の力が、魔王と関係していると言いたいのか」


『今のあなたには、その認識だけで十分です』


「勝手に決めるな。今日、俺の家族は魔族に攫われた。ダンジョンからは異世界と同じ魔物が出てきている。お前が原因を知っているなら、勿体ぶっている場合じゃない」


 押し殺していた怒気が声へ滲んだが、加工音声は変わらなかった。


『私が持つ仮説と研究結果をすべて公表すれば、それによって命を失う者も出ます。情報は、多ければ常に人を救うわけではありません』


「だからお前一人が、誰に何を教えるか決める?」


『現在は』


「随分と傲慢だな」


『否定はしません』


 相手には敵意が感じられない。だからといって、味方と判断する材料もない。人命を軽視しているわけではないのかもしれないが、人間の選択や犠牲さえ、巨大な計算の一部として眺めているような不気味さがあった。


「俺が地球へ戻った理由も知っているのか」


『いいえ。それは私にも分かりません』


「知らないのか」


『だからこそ、あなたには価値があります。既存の計算へ存在しなかった変数ほど、多くの可能性を生む』


 その言葉で直人は、相手が自分を助けたいからでも殺したいからでもなく、何が起きるのか知るために観察しているのだと理解した。


「名前を名乗れ」


『名前を知れば信用しますか』


「しない。ただ、次に文句を言う時に呼び方に困る」


 初めて、通信の向こうにわずかな沈黙が生まれた。


『それでは、名前については次の機会に』


「逃げる気か」


『次にあなたが、地球の能力体系では説明できない結果を示した時、また話しましょう』


「俺を試しているのか」


『いいえ。試験には想定された正解があります。私は、あなたが想定外の状況で何を選ぶのかを知りたい』


 その言葉を最後に、通信が途切れた。


 直人はすぐ非常呼出を押し、高岡と当直職員へ会話の内容を一語も省かず伝えた。しかし調査の結果、壁面端末には発着信履歴も外部接続記録も残っておらず、保護区画の回線そのものも正常に切断された状態だった。


 つまり、学園都市の管理下にある医療棟、その隔離された端末へ記録を残さず接触でき、地球では直人以外に知る者などいないと思っていた魔王と勇者を正確に知る何者かが存在している。


 暗く戻った画面へ自分の姿を映しながら、直人はしばらく黙っていた。観測者は姿を見せず、自分が何を知っているかさえ小出しにする。その態度は気に入らない。だが、相手の言葉だけで結論を出すつもりもなかった。


「俺が観察されるだけだと思うなよ」


 次に接触してきた時には、何を知っているかだけでなく、何を目的にし、そのために何を賭けるつもりなのかをこちらから問い返す。直人がその人物を信用するかどうかは、相手の行動まで見届けてから決めればいい。

この小説をお読みいただきありがとうございます。

よければ★★★★★マークとブックマークで応援していただけると嬉しいです!

完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!

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