第17話 標的は瀬名直人
《最終閲覧記録》
《瀬名直人》
復元された端末履歴を見た瞬間、高岡誠司の表情が変わった。榊美鈴は保守員の搬送を続けさせながら、直人を中心とした警戒配置へ切り替えるよう短く命じる。侵入者の姿は消えていても、標的が誰か判明した以上、旧医療データ中継所そのものが安全とは限らなかった。
「俺を探すために、過去の医療記録まで漁ったということですね」
「そう考えるのが自然だ。瀬名、今からお前を保護区画へ移す。学校とダンジョン活動は当面停止、外部との通信も制限する」
高岡の判断に迷いはなかった。直人も、危険から距離を取る必要性そのものを否定するつもりはない。しかし提示された対策は、直人一人を見えない場所へ隠すことだけに偏っていた。
「家族と、俺の近くにいた生徒は?」
「侵入者が検索したのはお前だ。現時点で他の人間が狙われている証拠はない」
「狙われていない証拠もない。あいつは俺へ辿り着くために、二百人以上の記録を調べています。次に家族や交友関係を使う可能性を、何を根拠に低いと判断したんですか」
高岡は答えず、榊が端末へ緊急連絡先と実習班の記録を表示した。危険が確定していない段階で広範囲の警護を敷けば、都市機能への負担も、情報が漏れる可能性も増す。それは直人にも理解できる。
だが、理解できることと受け入れられることは違った。
「俺は移動制限も監視も受け入れます。その代わり、家族の住所と連絡先を通常の記録から切り離し、異常な照会があれば即時通知してください。実習班の四人にも、詳細を伏せたままで構わないから、俺の周辺に危険があると伝える。離れるかどうかは本人たちに選ばせてほしい」
「条件を出せる立場だと思っているのか」
「だから俺も賭けると言っています。調査権、冒険者資格、学園での自由行動。必要なら全部預けます。ただ、何も知らない家族や仲間を、俺を捕まえるための餌にする形だけは認めない」
最後の一言には、直人が抑えていた感情が滲んだ。理屈を並べていても、その根にあるのは単純な恐怖だった。自分が標的になったせいで、ようやく再会した家族を失うこと。それだけは、どんな合理性を示されても受け入れられない。
榊は直人をしばらく見つめ、合同対策室へ条件付きの保護計画を申請した。返答は早く、家族情報の隔離、実習班への限定告知、直人の位置情報常時共有が同時に承認される。
「通ったぞ。ただし、勝手に動けば即座に拘束する」
「分かりました」
「今度の返事は信用していいんだろうな」
「一人で決めないと約束しました。守ります」
◇
翌朝、直人が移された学園医療棟の保護室へ、実習班の四人が呼ばれた。
真壁遼介は入室するなり、警備員の配置と非常口を確認した。ルーカス・アルメイダは普段どおり大きな身体で扉をくぐったものの、冗談を言う前に直人の無事を目で確かめている。白石透子は明るく手を振ったが、その笑顔はいつもより少しだけ硬い。紗良は何も言わず直人の手首へ触れ、発熱も傷の悪化もないと分かってから、ようやく息を吐いた。
「敵対的な存在が、俺の記録を探していたらしい」
直人は魔族や異世界の詳しい話を伏せ、現在分かっている危険だけを伝えた。学校側は班員変更も認めている。今なら四人は、直人から離れて通常の実習へ戻ることができる。
「だから、班を外れるなら今がいい」
言い終えると、真壁の眉間へ深い皺が寄った。
「それは提案か。それとも、お前が勝手に決めた結論か」
「危険を避けるなら合理的だ」
「合理的かどうかを判断する材料を出した上で、選ぶのは俺たちだ。班長でもないお前ではなく、班長の俺が言う」
「そこ、かなり大事だね」
透子が真壁の横から顔を出し、直人へ小さく指を振った。
「直人君、助ける時は相手に覚悟を聞くのに、私たちの覚悟は聞く前に不採用にするんだ?」
その指摘は正確だった。直人が返せずにいると、ルーカスが胸を張る。
「俺は人気者だからな。敵が一人増えるくらい慣れている」
「ルーカス、今は格好つけるところじゃないよ」
「分かっている。だから先に笑わせた」
ルーカスは笑みを消し、直人をまっすぐ見た。
「俺たちはお前に助けられた。危険になった途端、知らない顔をする方が難しい。もちろん怖い。だが、怖いから残るか離れるかも、俺が決める」
最後まで黙っていた紗良が、直人の手を離した。
「直人は、守るためって言えば何でも一人で決めていいと思ってる」
「そういうつもりじゃない」
「でも、やってることは同じだよ。帰ってきたのに、心だけはいつも誰かを置いていく準備をしてる」
紗良の声は怒鳴っていなかった。それだけに、言葉の一つ一つが直人の胸へ深く刺さった。異世界で仲間を失うたび、次は自分だけで危険を背負えばいいと考えた。その選択が残された者を傷つけることも知っていたはずなのに、また同じことを繰り返そうとしていた。
直人は四人の顔を順に見た。危険を知らずに残ろうとしている者はいない。それでも、自分の意思でここにいる。
「分かった。俺から班を外れろとは言わない。知っている危険は共有するし、勝手に一人で処理もしない」
「それでいい」と真壁が答えた。
「ただし、危険だと思えば俺は退けと言う。その時は従ってくれ」
「理由と代案があればな」
最初の顔合わせで交わした条件を返され、直人は小さく頷いた。透子がようやく普段の笑顔を取り戻し、ルーカスは「では仲直りの抱擁を」と両腕を広げたが、紗良と透子に同時に押し戻された。
◇
四人が帰った後、担任から預かった授業資料を持って零士が現れた。
「なおとっち、休んどる間に小テスト増えたで。敵より先生の方が容赦ないな」
「どうしてお前が届けに来た」
「じゃんけんで負けた。あと、面白そうやったから」
どちらが本当か分からない笑みを浮かべ、零士は紙の資料を机へ置いた。端末ではなく紙なのは、保護室で外部通信が制限されているためらしい。
「なんや、顔が少しマシになったな。友達に怒られたか?」
「全員に怒られた」
「そらええ薬や。なおとっち、一人で背負うの好きそうやもんな」
「好きでやっているわけじゃない」
「知っとる。好きやないのにやるから、余計たち悪いんや」
軽い口調のまま核心を突かれ、直人が顔を上げた時には、零士はもう扉へ向かっていた。
その直後、保護室の照明が一度だけ消えた。
壁面端末へ警告が浮かび、零士も足を止める。
《隔離済み緊急連絡先情報への不正照会を検出》
《照会対象――瀬名直人の父、母、妹》
直人が家族へ発信しようとした瞬間、端末が操作を受け付けなくなった。画面全体が黒く染まり、見覚えのある魔王軍文字が一行だけ浮かび上がる。
《お前が何者か、守るものを見れば分かる》
文字は数秒で消えた。
代わりに表示されたのは、実家の通信端末が同時に回線から切断されたという通知だった。
胸を締めつけた恐怖は、次の瞬間には熱へ変わった。自分を狙うなら受けて立つ。だが、家族を正体確認の道具として扱う相手へ、譲る余地は一つもない。
「零士、外の警備員を呼んでくれ。俺は高岡さんへ緊急内線を入れる」
一人で処理しないと約束した。だから直人は、その約束を守ったまま敵を追うことを選んだ。
ただし、実家への通信は途切れたままだった。
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