第16話 侵入者が探すもの
学園都市北部から未登録生命反応が消えた三分後、ATLASは市内六か所で同じ反応を同時に検出した。
駅の地下通路、無人倉庫、医療棟の屋上、河川管理施設。位置に規則性はなく、監視映像へ映ったのも灰色の影だけだった。追跡班が一か所へ近づくたび、残る五つの反応が別の場所へ移る。
「分身ですか」
瀬名直人が問うと、高岡誠司は指揮車の端末を睨んだまま首を振った。
「生体反応は一件のままだ。監視網へ偽の情報を食わせているらしい」
「逃げたいだけなら、都市の外へ向かうはずです」
直人は六本の移動経路を重ねた。侵入者は封鎖線を避けながら南へ進んでいるが、最短の出口も人の多い駅も選んでいない。攻撃も最低限で、負傷者はまだ出ていなかった。
「何かを探している。だから、人を殺して都市全体の警戒を上げたくない」
「探索を開始すると言っていたな。標的に心当たりは?」
「ありません。ただ、向こうは地球の設備を知っていた。偶然迷い込んだ斥候じゃない」
その時、直人の端末へ羽柴零士から短いメッセージが届いた。
『なおとっち、北側だけ校内端末の案内おかしない? 帰宅経路が全員、旧医療区画を避けるようになっとる。設備故障なら逆に近道表示されるはずやで』
緊急規制の理由は生徒へ伏せられている。零士は単に端末の異常へ気づいたのだろうが、その一文で直人は地図の見方を変えた。
「六つの反応は目的地じゃない。人を遠ざけるための偽装です。中心にある施設を調べてください」
高岡が経路の空白を拡大すると、廃止された旧医療データ中継所が現れた。ATLASへ統合される以前の診療記録や能力測定の原本を、物理媒体で保管している施設だった。
「どうしてそんな場所を?」
「侵入者が探しているのが、人なら」
直人が言い終える前に、中継所の警報が消えた。異常が解消したのではない。扉、通信、監視カメラのすべてが、正常を示したまま外部からの応答を止めている。
「俺も行きます」
「駄目だ。お前は負傷中の学生だ」
高岡の拒絶は即答だった。直人も声を荒らげず、侵入者が残した文字と発言を指し示す。
「現場で相手の言葉を理解できるのは、今のところ俺だけです。戦力として数えろとは言いません。隊列から出ず、指示にも従う。それでも危険が増えるなら残ります」
「自分で同行を求めておいて、判断はこっちへ渡すのか」
「責任を押しつけるためではありません。俺を連れていく利益と危険を、現場を知る人が決めるべきだからです」
高岡は数秒黙った後、榊美鈴へ確認を取った。返ってきた条件は、直人を中央へ置き、独断で一歩でも隊列を離れれば即時退避させるというものだった。
◇
中継所へ入ったのは榊を含む対能力事故班六名と、翻訳役の直人だった。
地下の保管室は白い非常灯に照らされ、書架型の記録装置が何列も並んでいた。床には気を失った保守員が二人倒れている。中年の男性と若い女性で、作業着は乱れているものの呼吸はあり、目立つ外傷もない。侵入者は必要のない殺害を避けている。その慎重さが、獣よりも厄介だった。
最奥の端末前に、一人の男が立っていた。
灰色の外套は脱ぎ捨てられ、代わりに保守員の制服を着ている。細身の身体と灰銀色の髪だけなら二十歳前後の青年に見えたが、肌は病的なほど白く、振り返った瞳は金色の縦長だった。口元には、人間の表情を真似ただけのような薄い笑みが浮かんでいる。
『この世界の言葉は、構造が多すぎる』
魔王軍の言葉だった。
『盗みに入って、最初の感想がそれか』
直人が同じ言語で返すと、青年の笑みが初めて崩れた。
『なぜ、下等種が王語を話す』
『その下等種に侵入経路を潰され、地下へ追い込まれた斥候が言うと説得力があるな』
青年の縦長の瞳が細くなった。榊には会話の意味が分からない。それでも直人と相手の間に流れた敵意を感じ取り、拘束索を構える。
『名を言え』
『先に侵入者が名乗るのが礼儀だろう』
『礼儀は対等な者同士に必要なものだ』
『なら、お前には必要ない。もう包囲されている』
皮肉へ返ってきたのは怒りではなく、興味だった。青年は端末から手を離し、直人の全身を観察する。傷の残る左腕、立ち方、呼吸、わずかに巡る魔力。その視線が胸元で止まった時、直人は相手が何かへ気づいたと悟った。
『肉体は脆い。魔力も塵に等しい。それでも、その循環は王の欠片ではない』
『能力品評会なら、客を呼び間違えている』
『世界の外側の臭いがする』
『何を探している』
『王の道を阻む異物だ。この世界には存在しないはずのものを』
答えは抽象的だったが、侵入者が無作為に人間を調べているのではないことだけは確かだった。
『見つけたら、どうする』
『確かめる。脅威なら、芽のうちに摘む』
『随分と臆病な王だな。姿も見せず、斥候一人に人探しをさせるのか』
青年の笑みが消えた。
『王を語るな』
『怒るところを見ると、的外れではないらしい』
直人がさらに一歩踏み込んだ瞬間、青年の影が床を走った。黒い筋が保守員二人の首へ伸び、榊たちは反射的にそちらを守る。直人だけが青年本体から視線を外さなかった。
「人質にするつもりじゃない! 逃げ道を作るための囮です!」
青年が指を振ると、黒い筋の一本が直人の喉へ跳ねた。直人は《魔力循環》を右腕へ集め、携帯していた警棒で軌道を逸らす。衝撃は予想以上に重く、掌の傷が開いたが、影の動きが攻撃ではなく書架の固定具を切るための偽装だと見抜いた。
「上です!」
叫ぶと同時に、青年が書架を蹴り倒した。数百キロの記録装置が保守員へ傾き、直人は追跡ではなく二人の救助へ走った。一人を引きずり出し、もう一人の上へ落ちる書架を榊の拘束索が辛うじて受け止める。
青年は開いた保守通路へ身を滑り込ませる直前、直人を振り返った。
『やはり、お前たちは同じ病を持つ』
『人を見捨てられないことを病気と呼ぶなら、お前たちは治りすぎている』
『次は、その病ごと調べる』
隔壁が閉じた時には、青年の姿も魔力反応も消えていた。
◇
保守員二人の無事を確認した後、榊は直人の開いた掌へ止血材を巻きながら尋ねた。
「追えば届いた可能性はあった。それでも二人を選んだな」
「追跡班は他にもいます。でも、あの二人を助けられる位置にいたのは俺たちだけです」
「逃がした責任を問われるかもしれないぞ」
「その時は説明します。逃がさないために見殺しにした方が正しいと言われても、納得するつもりはありません」
榊は厳しい目を崩さなかったが、それ以上は責めなかった。代わりに、魔族が口にした内容を一語も省かず報告するよう求める。直人は「王の道を阻む異物」と「世界の外側の臭い」という言葉まで伝えたが、その意味を断定することは避けた。自分自身が標的かもしれないという疑いを、都合よく隠すべきではなかった。
やがてATLASが、侵入された端末の履歴を復元した。
検索されたのは、能力発現後に肉体数値が不連続に変化した人物、既存分類と一致しない能力者、そしてダンジョン活動中に未知のエネルギー反応を示した者。
該当者は当初、二百三十七人いた。
侵入者は条件を重ね、最後には一人まで絞り込んでいた。
《最終閲覧記録》
《瀬名直人》
画面を見つめる直人の背中を、冷たいものが伝った。
魔族は地球へ侵入しただけではない。
今度は明確に、直人を探し始めていた。
この小説をお読みいただきありがとうございます。
よければ★★★★★マークとブックマークで応援していただけると嬉しいです!
完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!




