第14話 七つの固定点
翌朝、黒い金属片は公的ギルドと《暁星資源開発》の共同管理下へ移された。
瀬名直人が救護所の個室で目を覚ました時には、左腕の傷よりレベルアップ後の筋肉痛の方が強くなっていた。体温は下がり始めていたが、指を曲げるだけで前腕の内側が引きつり、身体の感覚もまだ微妙にずれている。
ベッド脇では、高岡誠司が二枚の電子書類を見比べていた。昨日と同じ灰色のギルド制服を着ているものの、短い焦げ茶色の髪は乱れ、ほとんど眠っていないことが分かる。
「起きたか。先に悪い知らせだ。金属片と過去六件の記録は、合同調査本部の機密指定を受けた。お前にも守秘義務が課される」
「俺は調査から外されるんですか」
「未成年の学生で、負傷による活動停止中だ。当然だろう」
理屈としては正しい。だが、直人が黙って頷くと考えたのなら、高岡は彼を見誤っている。
「文字を読める人間を外して、何を調べるつもりですか」
「翻訳に必要な部分は、こちらから質問する」
「つまり、俺には情報を渡さず、知識だけを出せと?」
高岡の眉間に皺が寄った。
「知れば危険が増える情報もある。お前を守るためでもある」
「昨日見つけた物が、地球を狙うための道具かもしれない。もう知らなかった頃には戻れません。俺へ秘密を預けろと言うなら、そちらは何を預けるんですか」
「取引のつもりか」
「確認です。俺が黙ることで守られるものと、そちらが情報を隠すことで危険にさらされるものを、同じ机に載せたい」
高岡はしばらく直人を睨んだ後、椅子へ深く腰を下ろした。
「お前の要求は?」
「過去六件の発生時刻と場所、観測波形。それから同種反応が出た場合の通知です。研究者の氏名や警備情報までは必要ありません。代わりに、得た情報は家族にも班員にも話さない。翻訳内容は記録へ残し、都合よく書き換えられないよう共同署名にしてください」
「学生が要求する範囲じゃないな」
「文字は年齢を見て内容を変えません」
高岡は鼻から長く息を吐き、自分の認証鍵を文書へ差し込んだ。
「限定観覧者として俺の責任で申請する。拒否された場合は諦めろ」
「申請した記録が残るなら、それでいいです」
「少しは人を信用したらどうだ」
「行動を見れば信用します。今、申請したことは信用します」
返された言葉に、高岡は一瞬だけ呆気に取られ、それから不機嫌そうに端末を閉じた。
「本当に生意気な学生だ」
「それも昨日聞きました」
◇
三日後、直人が登校すると、教室の入口でルーカスが両腕を広げて待ち構えていた。
「帰ってきたな、我らが救助王!」
「その呼び方はやめろ」
「では、企業設備破壊王」
「壊す判断をしたのは企業側だ」
「救助王より悪くなってるよ、ルーカス」
透子が笑いながらルーカスの腕を下げさせる。彼女は直人の左腕に残る包帯を見ると、「抱きついたら紗良に怒られるから今日は拍手だけ」と明るく手を叩いた。
「抱きつく予定だったのか?」
「再会は派手な方がいいでしょ」
「負傷者への配慮を覚えろ」と真壁が横から言い、紗良は返事を待たず直人の手首へ触れた。《生体同調》が流れ込み、栗色の髪の下で眉がゆっくり寄っていく。
「まだ筋肉が安定してない。どうして普通に登校してるの」
「医師の許可は出た。ダンジョン活動は禁止されている」
「授業へ出ていいことと、無理をしていいことは同じじゃないからね」
「分かっている」
「その返事、最近いろんな人に信用されてないらしいで」
前の席から顔を出した零士が、紙パックの飲み物を机へ置いた。黒縁眼鏡の奥で目を細め、いつもの調子で笑っている。
「初めてのソロ試験で人命救助して、企業とギルドの間まで取り持つ。なおとっち、一人だけイベント進行速すぎへん?」
「試験は失敗扱いだ」
「二人助けて失敗なら、成功の基準どうなっとんねん」
零士の軽口に透子が乗り、ルーカスが自分なら設備ごと担いで帰ったと言い張る。真壁が機械の重量を示して否定すると、今度は三人で何キロまでなら運べるかという話が始まった。
騒がしさの中心から少し離れたところで、真壁が声を落とす。
「事故は、単なる掘削ミスではなかったんだな」
直人はすぐには答えなかった。機密指定を受けた以上、黒い金属片について話すことはできない。だが、班の安全に関わる可能性まで黙るのは、榊に指摘された過ちを繰り返すことになる。
「詳しくは言えない。ただ、別のダンジョンでも同じことが起きる可能性がある。実習に関係する反応が出たら、許される範囲で必ず伝える」
「許されなければ黙るのか?」
「黙ることでお前たちが危険になるなら、許可を取りに行く。取れなければ、別の方法で実習を止める」
真壁は直人の目を見て、その言葉が規則へ従うという意味ではなく、班員を危険へ入れないという約束だと確かめた。
「分かった。なら今は聞かない。ただし、また一人で背負えば、次は俺たちが止める」
「五人がかりで?」
「当然だよ」
透子がいつの間にか会話へ戻り、ルーカスも胸を叩いた。
「俺一人でも止められるが、友情出演は歓迎する」
「止める相手に出演許可を求めるな」
直人は思わず息を漏らした。笑ったと気づいた紗良の表情が、ほんの少しだけ緩んだ。
異世界では、作戦前の沈黙が長いほど死者が増えることもあった。だからこそ、危険を知ったうえで冗談を言い合える四人の騒がしさは、直人には少し眩しかった。まだ仲間と呼ぶには早いのかもしれない。それでも、彼らを無事に帰したいという感情だけは、すでに言い訳のできないほど根を張っていた。
◇
その夜、直人の個人住宅へ限定資料が届いた。
毎晩九時の家族との通話を終え、妹から「包帯が取れるまで無茶禁止」と念を押された後、直人は一人暮らしの家の居間で端末を開いた。誰もいない室内は静かだったが、以前のような孤独は感じなかった。帰る場所と、明日顔を合わせる相手がいる。その事実が、秘密を追う理由をより明確にしていた。
表示されたのは、国内で記録された六件の異常反応と、今回発見された第七号の位置だった。発生地点は離れ、企業も管理機関も異なっている。一見すれば共通点はない。
しかし、時刻をダンジョン事故の記録と重ねると、六件すべてで反応後に扉の拡張、内部構造の変化、魔物の活性化のいずれかが起きていた。最短は十三分、最長でも一日以内。観測誤差として捨てるには、結果が揃いすぎている。
直人は地図上の点ではなく、波形の順番へ目を向けた。
第一から第六まで、反応はそれぞれ異なる周期を持っていた。だが重ね合わせると、欠けた一つを待つように波が途中で途切れている。そこへ第七号の波形を加えると、初めて一つの循環が完成した。
「七つで、一つ……」
個別の転移装置ではない。
離れた場所へ埋め込まれた七つの固定点が、互いを支える一つの術式なのだ。
直人が高岡へ連絡しようとした瞬間、端末が先に鳴った。
『瀬名、資料を見ているな』
「七件は別々の事故じゃありません。全部で一つの転移術式です」
『こちらも同じ可能性を検討している。それより問題が起きた』
画面に新しい警告が表示される。
《過去観測点・第四地点にて同一波形を再検出》
《所在地――学園都市北部旧封鎖区画》
十一か月前に反応を終えたはずの固定点が、再び動き始めていた。
「第七号を回収したせいですか」
『分からない。だが、第四地点の反応は今も上昇している』
直人は七つの波形を見つめた。完成した循環の中を、何かがこちらへ向かって流れ始めている。
第七号は過去の遺物ではなかった。
止まっていた扉へ、再び鍵を差し込むための部品だったのだ。
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