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第12話 命を先に運べ



 亀裂を抜けた先には、自然洞窟には似つかわしくない金属製の支柱と太い電力ケーブルが並んでいた。隣接する民間資源調査区画へ繋がったのは間違いないが、照明の大半は割れ、警告灯だけが血のような赤色を明滅させている。


 瀬名直人は血痕を追って奥へ走った。《魔力循環》で左足を支えても、傷の痛みは消えない。むしろ動けるからこそ負担を見誤りやすいと理解し、歩幅を一定に保った。


 岩を叩く音が、通路の先で途切れた。


 代わりに聞こえたのは、何か硬いものへ爪を立てる音だった。


「聞こえるか! 救助に来た!」


「こっちです!」


 切迫した女性の声を頼りに角を曲がると、半円形の作業空洞へ出た。二十代半ばほどの女性が、ひび割れた透明盾を両手で支えている。埃にまみれた濃茶色のショートヘアが頬へ張りつき、左のこめかみから流れた血が灰色の作業服の襟を濡らしていた。


 その背後では、四十代ほどの大柄な男性が岩壁にもたれている。短く刈った頭と無精髭の顔は脂汗に濡れ、折れた右脚が不自然な方向へ曲がっていた。


 二人を囲んでいるのは、低い姿勢で這う四体の魔物だった。青黒い鱗、岩を削る前脚、縦に割れた黄色い瞳。異世界で《鉱喰い蜥蜴》と呼ばれていた種に酷似している。


 盾へ爪を振り下ろしていた一体が、直人へ顔を向けた。


「盾を捨てるな。そのまま下がれ!」


 直人は短剣を抜き、突進してきた魔物の正面へ立った。硬い頭部へ刃を当てても通らない。噛みつく直前まで引きつけ、開いた口の横へ身体をずらすと、下顎の柔らかい部分へ短剣を突き上げた。


 手応えは浅い。魔物は止まらず、首を振って直人の身体を岩壁へ叩きつけた。肩へ衝撃が走り、息が詰まる。それでも柄を離さず、相手が頭を戻す動きに合わせて刃を眼窩まで滑らせた。


 巨体が痙攣し、床へ崩れる。


《戦闘への有効貢献を確認》


《経験値を獲得しました》


 残る三体は直人ではなく、女性の足元へ置かれた銀色の運搬容器へ一斉に顔を向けていた。容器の継ぎ目から青白い光が漏れるたび、魔物の喉が低く鳴る。


「それが狙いか」


「採取した高密度試料です。持ち出そうとしたら、壁を破ってこいつらが……!」


 女性の胸元にある識別証には、資源調査員・佐伯理沙と記されていた。負傷した男性は現場技師の岡部隆志。位置情報が消えていた二人で間違いない。


『瀬名、状況を報告しろ』


「要救助者二名を確認。一人は右脚骨折、もう一人も頭部と左腕を負傷。敵は鉱石へ反応する蜥蜴型が三体。採取容器が誘引源になっています」


 高岡へ報告すると、別の回線が強引に割り込んだ。抑えた低い声だが、焦りを隠しきれていない。


『試料容器は放棄しないでください。内部圧が上昇しています。破損すれば高濃度粒子が拡散し、さらに魔物を引き寄せる可能性がある』


「利益を守れという話ですか」


『違う。放置すれば救助経路そのものが危険になるという話です』


 直人は容器の損傷と、左右の掘削坑から近づく複数の足音を確認した。相手の説明には筋が通っている。だからこそ、企業側にも相応の負担を求める必要があった。


「遠隔掘削機はまだ動きますか」


『作動可能です。しかし現在の位置で停止させれば、主軸と支持アームを失います』


「右坑道へ支持アームを落とし、増援を塞いでください。試料も人も持ち出せと言うなら、そちらも設備を賭けてもらう」


『あれがいくらすると思っている』


「二人の命より安いなら、迷う理由はない。高いと言うなら、なおさらあなたが何を優先するか示してください」


 数秒の沈黙の間にも、透明盾へ新たな亀裂が走った。


『……遠隔切断を承認する。機械は買い直せる。三人とも戻してください』


「了解しました」


 返答と同時に地響きが起こり、右の坑道へ巨大な支持アームが落下した。迫っていた魔物の咆哮が岩の向こうへ遮られる。


「佐伯さん。俺が三体を容器から離す。岡部さんの盾を橇代わりにして、出口側へ引いてください」


「あなた一人で戦うんですか?」


「倒す必要はありません。二人が亀裂まで戻る時間を作ります」


「なら私も残ります。自分の現場です」


 恐怖で声を震わせながら、それでも佐伯は盾を握り直した。直人は彼女の覚悟を軽く扱わず、床へ落ちた発光弾を示す。


「三秒後に奥へ投げてください。光で目が止まったら、容器を左の溝へ転がす。俺ではなく、岡部さんを見て動いてください」


 発光弾が弾け、鉱喰い蜥蜴の黄色い目が一斉に閉じた。佐伯が容器を転がすと、三体は獲物を無視して光を追う。直人は最後尾の脚へ短剣を突き立て、振り返った頭部を壁へ誘導した。


 だが二体目が横から飛びかかり、左腕へ噛みついた。防護服越しでも歯が肉へ食い込み、魔力循環が一瞬乱れる。直人は腕を引き抜こうとせず、噛まれたまま相手の勢いを利用して身体を回し、その頭を岩床へ叩きつけた。


 一度では足りない。二度目で顎が緩み、三度目に首の骨が折れた。


 視界が熱で揺れた。左腕から血が流れ、レベル二の身体は明確に限界へ近づいている。それでも背後から聞こえる盾を引く音が、まだ二人が生きて動いていると教えてくれた。


「瀬名君、もう来て!」


 佐伯の声へ振り返ると、岡部を乗せた盾は亀裂の手前まで届いていた。残る二体が容器を追って溝へ入り込んだ隙に、直人も後退する。


 ところが岡部は、苦痛に顔を歪めながら首を振った。


「俺を置いて、佐伯と試料を先に……三人では通れない」


「今決めるのは、誰を捨てるかじゃありません。どうやって三人で抜けるかです」


 直人は盾の牽引用ベルトを自分の腰へ巻き、佐伯には容器を先へ押させた。狭い亀裂で肩と左腕が岩へ擦れ、脚を一歩進めるたび視界が暗くなる。


 その最中、身体の奥で新たな熱が弾けた。


《レベルが上昇しました》


《レベル:3》


《スキルポイントを1獲得しました》


 筋肉が強制的に作り替えられ、発熱と吐き気が一気に押し寄せる。傷は塞がらず、疲労も消えない。増えた力だけが不安定に身体へ流れ込み、直人は危うく膝をつきかけた。


 再習得候補を確認している余裕はない。直人は新たな一点を未使用のまま、目の前の救助へ意識を戻した。


「瀬名!」


 通信越しの高岡の声に、直人は歯を食いしばった。


「まだ、運べます」


 誰かを守るために得た力なら、定着するまで待っている余裕はない。直人は魔力を腰と脚へ巡らせ、盾ごと岡部を引き上げた。


 亀裂の出口まで残り数歩となったところで、背後の岩が削れた。容器を追ってきた一体が、狭い隙間へ頭と片腕をねじ込んでいる。


「来てる!」


 佐伯は逃げず、ひび割れた盾を亀裂へ斜めに差し込んだ。爪が透明板を突き破り、その先端が彼女の頬をかすめる。


「盾を離すな。押し返す必要もない!」


 直人は岡部を引く手を止めず、空いた右手で短剣を逆手に握った。魔物が盾を壊そうと腕を引いた瞬間、その手首の内側へ刃を走らせる。腱を断たれた前脚が崩れ、反対側から伸びた救助班の牽引索が三人を一気に正規区画へ引き出した。


 続いて膨張式の封鎖材が亀裂を塞ぎ、魔物の咆哮を岩の向こうへ押し込める。そこで初めて佐伯は盾から手を離し、震える指を見て小さく息を吐いた。


「怖かった……でも、離さなくてよかった」


「あなたが残ってくれたから、全員戻れました」


 直人がそう告げると、佐伯は泣きそうな顔のまま、力なく笑った。


 救助班が岡部の搬送を始め、直人も治療員へ腕を預けようとする。


 その時、運搬容器の亀裂が広がり、中の試料が床へ転がった。


 青白い鉱石に混じっていたのは、自然物とは思えない黒い金属片だった。表面には、地球のどの言語とも異なる文字が刻まれている。


 直人はその場で動きを止めた。


 読めたからだ。


 それは異世界で、魔王軍の物資へ刻まれていた管理文字だった。


 黒い金属片には、こう記されていた。


《転移先固定試料・第七号》

この小説をお読みいただきありがとうございます。

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完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!

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