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# 第118話 第三測定室



 第三測定室からの接続確認まで、残り十七分十二秒。


 地下受入室へ上層支援班が到着し、救出した二名を搬送用寝台へ移していく。生命危険の高い一名には小春が最後まで付き、携帯用の呼吸補助器と投与ポンプが安定したことを確認してから医療担当者へ引き継いだ。


「重い方は、このまま集中管理へ。もう一人も低体温と薬物影響が疑われます。意識が戻っても、聴取は医療側の許可を待ってください」


 白い作業服の三人は、それぞれ顔の見えない覆いを掛けられ、別々に上へ運ばれる。互いの供述を合わせさせず、誰がどの端末へ触れていたかも記録したまま分離するためだった。


「小春さんは残りますか」


「いえ、同行します。第三測定室が名前どおりの設備なら、治療担当を外す理由はありません。こちらの二名は、もう私がいなくても搬送できます」


 綾乃は支援側の責任者と監視情報を共有し、六人全員で先へ進む判断を下した。救出者を置き去りにはしないが、助け終えた命の前へ全員が留まり、次の被害へ繋がる応答を失う必要もない。


『あと十五分四十秒。向こうには搬送完了の記録だけ返しとる。二人の今の監視波形は使うてへんで』


「余計な説明してる暇があるなら開けろ」


『あまぎっちが後で、人を餌にしたんか言うて暴れたら面倒やろ』


「お前から壊すぞ」


 軽口を返しながらも、天城は昇降機の中へ踏み込まなかった。零士の表示が青へ変わり、ミナが床下の結合部を確認してから、綾乃の合図で全員が移動床へ乗る。


 昇降機は五メートルだけ降りると停止した。正面の壁が左右へ開き、代わりに床の台座が横向きのレールへ固定される。人間用の通路ではなく、搬送容器だけを無人で運ぶための細い地下線だった。


 頭上を走る配管と通信線の隙間に、辛うじて保守用の歩廊が続いている。壁には方角も区画名もなく、一定間隔で黒い識別板が埋め込まれていたが、表面の文字は削られていた。


「正面、三十メートルまでは空。途中で右に分かれてる」


 ミナが先行し、見えている壁だけを選んで戻ってくる。天城は《領域掌握》を通路の幅へ絞り、生体と機械の作動点だけを拾った。厚い遮蔽材の外までは読めないが、少なくとも目の前に待ち伏せはない。


 奏はレール脇へ触れ、搬送容器の車輪跡と作業員の靴底に残っていた微かな反応を追った。零士の端末では右の分岐から強い受入応答が返っているが、奏の指はまっすぐ前を示している。


「新しい能力痕跡は正面。右にはありません」


『電子信号だけ別の線へ逃がしとるな。正面側は外へ何も返してへん』


「右が目的地に見えるよう作った囮ですね」


 綾乃はすぐ正面を選ばなかった。ミナが右の分岐を確認すると、三十メートル先に受信器だけを積んだ行き止まりがあり、搬送レールも途中で途切れている。電子応答、物理構造、残留反応を重ねて初めて、正面側が隠された本線だと確定した。


「進みます。戻るための目印は二系統で残してください」


 零士が有線中継子機を置き、奏が帰路側の識別板へ残留反応の位置を記録する。天城は待つ時間を無駄とは言わず、二人の作業が終わってから前へ出た。


 搬送線は緩やかに西へ曲がり、やがて古いコンクリートから継ぎ目のない白い壁へ変わった。天城の記憶にある施設も白かったが、色だけなら病院も研究所も同じだ。似ているという理由で、目の前の壁を過去そのものにする気はなかった。


『接続確認まで八分。正面の閉鎖扉が受入側や』


 扉の手前で歩廊が終わり、搬送レールだけが床の穴へ吸い込まれている。扉には取っ手も操作盤もなく、荷重と生体監視の両方が一致した時だけ開く構造だった。


「破れば早ぇ」


「中の記録と、扉に連動する処理を確認してからです」


「分かってる。言ってみただけだ」


 天城は扉へ手を掛けず、零士が受入記録を組み直すのを待った。救出者の現在波形ではなく、受入室に保存されていた搬送直前の固定記録を使い、空の移動床を予定された二名分の容器として認識させる。


 ミナは扉のすぐ脇にある保守管へ腕だけを通し、内側に人がいないことと、解除器の位置を確かめた。小春も携帯検知器へ内側の空気を取り込み、即効性の薬物が散布されていないことを確認する。


『開くで。六秒だけや』


 白い扉が中央から割れた。天城が先頭で入るが、奥へ駆けるのではなく、全員が通り切るまで開口部の脇を押さえる。最後の零士が入った直後、扉は背後で静かに閉じた。


 そこは、想像していたより小さな部屋だった。


 中央に固定台が二つ。壁際には採血、神経反応、能力出力を測る機器が並び、天井から可動式の負荷装置が下がっている。設備自体は新しいが、固定台の周囲へ引かれた三本の黒い線だけは、天城が幼い頃に立たされた床と同じ間隔だった。


「人はいません。直前まで使われた痕跡はあります」


 奏が操作席の背へ指を置く。能力反応は一人分で、受入応答が始まる少し前に奥の扉へ消えていた。担当者は二人を待ちながら、黒瀬班の突入を知って退いた可能性が高い。


 零士が外部送信を遮断し、室内端末の処理だけを維持する。画面には、受入予定だった二名の識別列と「再評価中止」が表示され、その下に三つの項目が並んでいた。


『出力』


『耐久』


『適応』


 さらに右側には、測定結果を照合するための欄がある。名前も顔もなく、ただ《基準個体》とだけ記されていた。


「比較対象の記録は古い。作られたんは今の設備より前や。ここへ移したか、別の記録から複製しとる」


 零士の言葉を聞きながら、天城は固定台へ近づいた。過去と似た部屋を見ても記憶は断片のままだったが、三本目の黒い線を踏んだ瞬間、停止していた端末が勝手に点灯する。


『能力反応を検出』


 零士は外部通信を遮断したままだ。誰かが遠隔で操作したのではなく、室内に残った照合機能だけが天城の領域を拾っていた。


『基準個体反応――一致』


 綾乃が端末と天城の間へ視線を走らせる。天城は固定台の前で足を止めたが、画面へ触れず、周囲の機械も壊さなかった。


 無機質な声が、幼い頃と同じ調子で続く。


『基準個体の帰還を確認。第三再評価を開始します』


 帰ってきたのではない。天城が離れた後も、誰かが記録を残し、現在の人間をそこへ重ね続けていた。基準個体という呼び方には、あの頃と同じく人間の名前がない。


 天城の指が握られる。それでも固定台へ拳は落とさず、動き始めた測定器を正面から睨んだ。


「俺を基準にして、何を作ってやがる」


この小説をお読みいただきありがとうございます。

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完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!

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