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# 第117話 再評価対象



 白い通路へ入った瞬間、奥で警告音が鳴った。


 偽の認証が通ったことではない。地下の受入室にいる作業員が、二つの搬送容器を昇降機へ送り込む操作を終えた音だった。床へ埋め込まれたレールが動き、透明な容器が白い光の中を滑っていく。


『重い方が先に昇降機へ入る。扉が閉まるまで十二秒』


 室内に残るミナの声が、零士の端末を通して届いた。綾乃は走りながら、全員へ短く指示を分ける。


「零士さんは昇降機と生命維持電源。小春さんは二名の状態確認。奏さんは作業員と操作盤の痕跡を。天城さんは前を止めてください。壊さずに」


「最後の一言が余計だ」


 天城が先頭へ出た。地下扉が開き切るより早く身を滑り込ませるが、扉そのものには触れない。扉の向こうには、ミナの報告どおり白い作業服の三人と、昇降機へ半ば入った二つの搬送容器があった。


 一人が天城へ向けて拘束銃を上げた。圧縮空気で射出された索が胸元へ届く前に、天城は半歩だけ軸をずらし、伸び切った索を掴んだ。


「侵入者を確認。移送を優先しろ!」


 索を引かれた男の身体が操作卓から離れる。天城は引き寄せた勢いを殺さず肩から床へ落とし、その背へ膝を置いた。骨は折らず、意識も奪わない。


 残る二人のうち、一人は腰の警報端末へ手を伸ばした。もう一人は操作盤の赤い区画を押し、先に入った搬送容器の監視表示を一斉に消す。


『切られたんやない。昇降機側へ制御を渡しただけや。あまぎっち、容器は揺らすなよ』


「俺に言う前に止めろ」


『もう止めとる』


 閉じかけた昇降機の扉が、容器を挟まない位置で停止した。同時に室内照明が一度だけ暗くなり、生命維持装置だけが予備電源へ切り替わる。零士は施設外への警報送信を塞ぎながら、二人分の電源を残していた。


 警報端末を持った作業員が横の通路へ逃げる。奏が退路へ踏み込み、その足元に残った淡い能力反応を告げるより先に、天城の領域が狭く沈んだ。


 作業員の脚が床を蹴る直前、身体の始動だけが鈍る。天城は背後から襟を掴み、壁へ叩きつける代わりに床へ伏せさせた。最後の一人が振り下ろした金属棒も、手首を捻って奪い、遠くへ投げず足元へ置く。


「三人とも生存。拘束します」


 綾乃が二人目の手首へ拘束具を掛け、奏が警報端末と操作盤の間に残った反応を記録する。作業員たちは抵抗を止めたが、誰も搬送容器の中を見ようとはしなかった。


「再評価を止めれば、その二人の処置が遅れる。通過した者だけが治療区画へ進めるんだ」


 最初に倒された男が、床へ頬を押しつけたまま言った。天城は男の背から膝を外さず、昇降機の中を見た。


「その話は生かしてから聞く。今は黙って、切った機械の戻し方だけ吐け」


 善人のふりをする気も、男へ罪を認めさせる気もない。ただ、こいつらの都合で二つの呼吸を止められるのが気に入らなかった。


 小春が重い方の容器へ駆け寄り、表示を確かめる。呼吸補助と投与管は昇降機側の装置へ接続されたままで、容器を引き戻せば管だけが残される構造だった。


 軽い方も無傷ではない。体温は下がり、固定帯の下には何度も締め直された痕がある。それでも自発呼吸は保たれており、先に固定を解けば自力で搬送用寝台へ移せる可能性があった。重い方は、その数分を待たせることさえ危険だった。


「この方は先に接続を移します。ミナさん、右下の保守蓋を開けられますか。零士さんは流量を今の値で固定してください」


『もう中にいるよ。留め具が二つ――いや、奥にもう一つある』


「三つ目を先に外してください。二つ目はまだ触らないで」


 透明な容器の内側で、ミナの指先だけが保守蓋を抜ける。零士が投与ポンプを局所制御へ切り替え、小春は携帯用の呼吸補助器を接続した。機械の音が変わるたび、容器の中の胸が浅く上下する。


 天城の視線は、その奥に開いた昇降路へ引かれていた。


『再評価対象を、第三測定室へ搬入します』


 同じ放送が繰り返される。白い壁。数値だけを読む声。その先へ運ばれた者が戻らなかったことまで、記憶は勝手に続いていた。


 昇降機の奥には、人一人が通れる隙間が残っている。今なら追える。運んだ先に誰がいるのか、第三測定室がどこなのか、自分の目で確かめられる。


 その時、軽い方の容器から指が動いた。


「あの……人を、先に……」


 掠れた声とともに、意識の戻った一人が隣の容器を示した。自分の固定具も外れていないのに、残された方を先にしろと訴えている。


 天城は、その言葉を知っていた。閉じた施設でも、自分より弱った誰かを先にしろと言う者はいた。だが測定する側は願いを聞かず、数値だけで残す人間を決めた。譲った者も、譲られた者も、翌日には番号でしか呼ばれなかった。


「順番を決めんのは、てめぇじゃねぇ」


 天城は昇降機へ背を向け、重い容器の端へ手を置いた。力を入れれば簡単に歪む金属へ、揺れを伝えないだけの圧を掛ける。


「勝手に一人減ろうとすんな。二人ともここで止める」


 小春の合図に合わせ、天城が搬送台を数センチだけ引く。ミナが最後の留め具を外し、零士が電源系統を受入室側へ戻した。呼吸補助器の表示が安定し、消えていた監視波形が一つずつ戻る。


「接続移行、完了です。こちらの方は搬送可能。もう一人も急変所見なし」


 小春の声を聞いてから、天城は手を離した。開いたままの昇降機は逃げていない。二人の呼吸も、まだ残っている。


 綾乃が上層の支援要員へ収容を要請し、奏は三人の靴底と搬送台のレールに残る反応を照合した。受入室の作業員はここより奥へ入っておらず、搬送のたびに昇降機側へ制御を渡しているだけだった。


「ここは終点ではありません」


 零士が操作盤から抜いた記録を、全員の端末へ送る。昇降機は下へ降りる設備ではなく、地下五メートルで横向きの搬送路へ接続されていた。廃止物資庫は人を受け取り、別の場所へ流すための中継点に過ぎない。


 経路図の先は暗号化されている。しかし、二名を受け取るはずだった設備から、今も一定間隔で応答が返っていた。


『第三測定室。受入待機中』


 表示の下で、次の接続確認までの時間が減っている。


「二名を上へ渡した後、この応答を追います。現在地と退路を確定するまで、昇降路には入りません」


 綾乃は天城を見て命令を重ねなかった。天城も、もう開いた隙間へ足を向けてはいない。


「早く運べ。次は、待ってる奴の方を引きずり出す」


 第三測定室まで、残り十八分。


この小説をお読みいただきありがとうございます。

よければ★★★★★マークとブックマークで応援していただけると嬉しいです!

完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!

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