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105/121

# 第105話 帰り先



 次の接続まで、残り十八分。


 灰色の車両はエンジンを掛けたまま、閉鎖配送所の脇に停められていた。外から見れば、回収に失敗した運転手たちが次の指示を待っているだけに見える。


 後続の収容車両が到着すると、拘束された三人は一人ずつ灰色の車両から離された。小春は夜間作業員の擦過傷を処置しながら同乗し、事情聴取より先に安全な場所へ移す。


「本当に、俺はあの車へ戻らなくていいんですね」


「戻しません。あなたを囮にも使いません」


 綾乃は言い切り、作業員が収容車両へ乗ったことを最後まで見届けた。捕らえた者も、救出した者も、灰色の車両には残さない。帰り先を探るために必要なのは人質ではなく、車体と端末だけだった。


『残り十五分。外向きの通信は止めたままや。向こうから来る信号だけ拾う』


 零士は別の支援車両で車載端末の反応を監視している。内部処理には触れず、灰色の車両から送られる信号だけを《電磁静域》で遮断する手順だった。


「返事をしなくても、行き先は出るの?」


 ミナが後部扉の外から尋ねた。零士は少し間を置き、推測と確認済みの事実を分ける。


『決まった時刻に帰投経路を受け取る仕組みなら出る。向こうが応答を要求する方式なら、そこで止まる。試すまで分からん』


「止まったら、鍵を使うのか」


 天城が後部座席の中央に立った。六つの拘束席を見回す目には、壊せる物を探す時の熱ではなく、ここに座らされた誰かを追う鋭さがある。


「使いません」


 綾乃は即答した。


「鍵は別の接触機会を作れます。今ここで消費しても、帰り先へ繋がる保証はない。接続が切れた場合は、この車両と拘束者から別の経路を探します」


「面倒くせぇな」


「面倒を省いて別の被害者まで失うよりはましです」


 天城は鼻を鳴らしたが、異論は重ねなかった。力ずくで端末を吐かせられないことも、先走れば残っている経路まで潰すことも、最初の任務から何度も見せられている。


 車両へ残るのは、運転席の綾乃、助手席の奏、後部の天城だけに決まった。ミナは支援車両から先行して外周を確認し、小春は救出者と拘束者を安全圏まで運ぶ。零士は二台の通信を繋ぎながら、灰色の車両から出る信号だけを封じ続ける。


「車が動いたら、俺は後ろで寝てりゃいいのか」


「外から見える場所へ出ないでください。停止を求められた場合も、私の合図まで待機です」


「敵がいてもか」


「別の被害者へ辿り着く前なら」


 綾乃の返答に、天城の口元が僅かに吊り上がった。喧嘩を許されなかった不満ではない。自分より先に、まだ会ってもいない人間の生存を条件へ入れられたことを理解した顔だった。


「そいつが生きてるうちは、従ってやる」


 奏は右端の拘束席に残る新しい痕跡を、一定の距離から追い続けていた。能力の残留反応は弱く、ここから人間の位置を直接探せるものではない。それでも次の場所で同じ痕跡を見つければ、この車両が通った帰路だと確認できる。


 残り時間が一分を切った。車内ではエンジンの振動と端末の電子音だけが響き、天城でさえ画面へ手を伸ばさず待っている。


『十秒』


 数字が一つずつ減った。零になった瞬間、車載端末の画面が暗転し、短い受信音が鳴る。


『外から一件。応答要求なし。通すで』


 零士が受信だけを許可すると、画面へ細い青線が現れた。現在地から北へ延び、環状貨物路の途中で地下側へ折れている。


 行き先の名称はない。表示されたのは、第一通過点と制限速度、そこへ到達するまでの猶予だけだった。


「帰投経路を分割している」


 綾乃が端末を確認し、車両を発進させた。


『道を一つ通るたび、次を出す仕組みっぽいな。逆算で終点だけ盗まれるのを避けとる』


「なら全部通ればいい」


「指定速度を守ってください。早すぎても遅すぎても、別の車両だと疑われる可能性があります」


「俺が運転してるわけじゃねぇだろ」


「今にも降りて走りそうなので言っています」


 灰色の車両は夜の貨物路へ戻った。支援車両は距離を空け、ミナは先の交差点や監視設備だけを確認する。誰も灰色の車両の直前を塞がず、周囲から見れば一台が決められた道を帰っているだけだった。


 第一通過点を越えると、端末に二本目の青線が表示された。次は高架下を抜け、使われていない貨物側道へ入る指示だった。


 天城は後部の窓を覆う板へ背を預け、足元の振動を感じていた。領域を広げれば、近くを走る車両や路肩の人間まで捉えられる。それでも自分から範囲を広げすぎず、綾乃から共有された進行方向だけに絞っている。


『あまぎっちが大人しいと、逆に不安になるわ』


「黙って働け、先輩」


『お。先輩は認めるんやな』


「次に喋ったら通信機を壊す」


 通信越しの笑い声はそこで小さくなった。綾乃は注意を挟まず、指定速度を保ったまま三つ目の通過点へ車両を進める。


 貨物側道の先には、閉鎖された保守引込口があった。錆びた金属扉に施設名はなく、一般車両が入れる道にも見えない。


『外部への送信はなし。車両と扉の近距離認証だけ動いた』


 端末から短い信号が発せられ、扉の横にある受信部が応じた。重い金属扉が横へ滑り、地下へ下る一車線の傾斜路が姿を現す。


 綾乃はすぐには進入しなかった。ミナが扉の裏と傾斜路の最初の曲がり角を確認し、零士が閉鎖機構に即時作動の兆候がないと告げる。奏も助手席の窓を僅かに開け、入口へ残る反応を探った。


「同じ痕跡がある」


「座席に残っていたものか」


「近い。昨日より新しくはないけど、ここを通ってる」


 偶然同じ系統の場所を選んだのではない。灰色の車両は一日以内に誰かを乗せ、この引込口へ帰っていた。


「進入します。天城、まだ待機です」


「分かってる」


 車両が傾斜路を下るにつれ、外の街灯が扉の向こうへ消えた。壁面の照明は数本おきに落ち、奥には貨物用の昇降床らしい大きな空間が沈んでいる。


 その手前で、天城が背を起こした。


「止めろ」


 声から苛立ちが消えていた。綾乃は問い返す前にブレーキを踏み、奏も視線を前方へ向ける。


「人ですか」


 天城は目を閉じ、《領域掌握》の範囲を狭く深く伸ばした。金属壁の向こう、床より少し低い場所に、機械の振動とは違う微かな動きがある。


「一人」


 呼吸の間隔は長く、身体はほとんど動いていない。それでも、完全には途切れていなかった。


 天城は閉ざされた隔壁を睨み、今度は壊してよいかとは聞かなかった。


「まだ生きてる」


この小説をお読みいただきありがとうございます。

よければ★★★★★マークとブックマークで応援していただけると嬉しいです!

完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!

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