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# 第103話 選ぶ車両



 北側環状貨物路は、学園都市の外縁を半円状に走っている。昼間は資材と食料を積んだ車両が絶えず行き交う道だが、午後十時を過ぎても流れは細くならない。


 天城は、貨物路を見下ろす保守用の駐車帯で待機していた。黒い上着のポケットに入れた私用端末には、出発前に朱音へ送った『北へ出る。朝まで戻らねぇ』という連絡と、『了解。変わったら送って』という短い返事が残っている。


 隣に停めた無標識車両では、綾乃が四つの受信点を一枚の地図へ重ねていた。零士は別室から通信を見ており、奏とミナは先行車両で北西側へ回っている。小春は救出した男の容体を確認した後、接触時の医療支援に備えて綾乃と同乗していた。


『あと二分や。念のため言うとくけど、鍵には触んなよ、あまぎっち』


「持ってるのはお前らだろうが」


『気持ちの話や。そろそろ力ずくで開けたそうな顔しとる頃やと思ってな』


「その口から先に閉じてやろうか」


 軽口の向こうで、零士の指は止まっていない。運搬認証鍵は通信遮断容器へ封じたまま、四か所に置いた受信機だけが環状貨物路の雑多な電波を拾っていた。


 午後十時十二分。地図の南端に、細い光点が生まれた。


『来た。一番、受信。鍵側からの応答はなし』


 数秒遅れて二番、さらに三番が同じ呼び掛けを拾った。発信源は固定されておらず、制限速度に近い速さで北東へ移動している。


 受け取ったのは、中継棟の保存部に残っていたものと同じ形式の信号だけだった。誰を探し、何を条件に選ぶのかという情報は含まれていない。ここで鍵を応答させれば詳細を受け取れる可能性はあったが、その代わりに黒瀬班の存在も相手へ渡る。


「車両は何台ですか」


『この速度帯やと十一台。受信強度と車間を重ねて、まず三台まで落とす』


 綾乃は天城へ動けとは言わなかった。天城も駐車帯の柵へ背を預けたまま、遠くで連なる前照灯を見ている。一台ずつ殴って止めれば、外れた十台へ無用な被害を出し、本命には逃げる時間を与えるだけだった。


『候補一、資材運搬車。候補二、道路管理車。候補三、灰色の箱型車両』


「道路管理車の優先度を下げて」


 奏の声が通信へ入った。三番受信点の近くを通過した車両へ、前回と同じ系統の能力痕跡は残っていなかったという。


『目で見ただけでは偽装の可能性が残るで』


「残る。だから外し切らず、優先度を下げる」


 事実と推測を混ぜず、捨てる条件を一つずつ積み上げる。天城にとってはひどく遅い方法だったが、奏の判断が外見だけで車両を除外するものではないことは分かった。


 三台は約百メートルの間隔を保ったまま北へ進み、次の分岐へ差しかかった。資材運搬車は物流基地へ入り、道路管理車は直進する。灰色の箱型車両だけが、貨物設備のない側道へ曲がった。


『呼び掛けも曲がった。三番で決まりや』


「まだです」


 綾乃が即座に制した。発信源を運んでいる車両と、実際に人を回収する車両が同じとは限らない。零士は灰色の車両を追跡対象へ上げながら、残る二台への監視も切らなかった。


 綾乃の合図で無標識車両も駐車帯を離れ、二つの分岐を隔てたまま追尾へ入った。相手の後ろへ直接つかず、零士が示す脇道を使って距離だけを保つ。天城は後部座席へ移り、いつでも外へ出られるよう扉側へ身体を寄せた。


「対象が分かったら動くんだろ」


「ええ。対象と行為の両方を確認してからです」


「なら、早く見つけろ」


 天城は急かしたが、勝手に扉を開けなかった。待つことを好んだわけではない。ただ、自分が出る瞬間を決めるために、他の五人が何を確かめているかを見るようになっていた。


 灰色の車両は側道の先にある夜間休憩所へ入った。だが駐車区画へは停まらず、照明の下をゆっくり一周して貨物路へ戻る。


『休憩所にいたのは運転手七人、清掃員二人。車両が近づいた時、呼び掛けが三回に分かれた』


 零士が受信波形を並べる。いずれもごく短く、施設の端末や搬入口へ向けた認証とは異なっていた。


「人の位置と重なる」


 奏が告げた。三回の発信方向は、自動販売機前の二人と、通路を横切った清掃員へ向いている。誰かを特定できた証拠ではないが、少なくとも貨物設備だけを探している動きではなかった。


 三人の年齢も服装もばらばらで、外見から共通条件は見つからない。能力反応を測っているのか、別の記録と照合しているのか、それとも単に人の数を確認しただけなのか。零士も奏も、観測できない部分を都合よく埋めなかった。


「男が言ったことと合うな」


「一致する仮説が増えただけです」


「同じだ」


「違います」


 綾乃は語気を変えずに返した。天城は舌打ちしたものの、反論は続けない。確定と呼ぶには、車両が実際に誰かを選び、連れ去ろうとするところまで見る必要がある。


 午後十時十六分。灰色の車両は二つ目の側道へ入り、閉鎖された配送所の前で速度を落とした。


『ミナ、前に一人おる。近くの物流区画から出てきた夜間作業員らしい。車両との関係は確認できへん』


『見えてる。相手は車両を気にしてないよ。迎えを待ってる感じでもない』


 作業服姿の若い男が、門の脇で端末を見ながら歩いている。その進行方向へ灰色の車両が静かに寄り、通り過ぎる直前に、四度目の呼び掛けを放った。


 男の端末は反応しない。それでも車両は十メートルほど先で停まり、後部扉の内側から二人の影が降りた。


『片方の右手に注射器。もう片方は拘束帯らしき物を持ってる』


 ミナの声から軽さが消えた。奏も車両後部に、中継棟の拘束具と近い残留反応があると確認する。


「証拠は揃ったか」


 天城は後部座席から身を起こした。綾乃は作業員と二人組の位置、逃走車両の進路、周囲に第三者がいないことを一度で確かめる。


「対象者の生存確保。実行者は聴取可能な状態で拘束。車両と端末を壊さないでください」


「注文が多い」


『そんだけ守って勝つんが、あまぎっちの仕事やろ』


 零士の声と同時に、灰色の車両の運転席へ警告灯が点いた。二人組が作業員との距離を詰め、注射器の覆いを外す。


 天城は《領域掌握》を広げた。作業員の呼吸、二人組の踏み込み、車両の駆動音、そして別方向から近づくミナの位置が、一つの領域へ収まる。


 次の瞬間、二人組と作業員の間へ白い影が降り立った。


「人を荷物みてぇに選んでおいて、選ぶ相手は見えてなかったらしいな」


 琥珀金色の目が、注射器を持つ男から運転席までを見渡す。灰色の車両が急発進しようと唸りを上げても、天城は退かなかった。


「俺をどかせる奴を連れてこい。話はそれからだ」


この小説をお読みいただきありがとうございます。

よければ★★★★★マークとブックマークで応援していただけると嬉しいです!

完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!

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