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102/102

# 第102話 一度きりの鍵



 天城が組織管理住居へ戻ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。


 玄関を開けると、居間にいた朱音が顔を上げる。天城の白い髪から靴の先までを一度見て、血が付いていないことを確かめてから、短く息を吐いた。


「おかえり」


 許しでも親しさでもない。ただ、帰宅した同居人を確認するための言葉だった。天城は一瞬黙り、靴についた黒い汚れを玄関の内側へ落とさないよう脱ぐ。


「ああ」


「連絡は見た。次から帰宅時刻が変わったら、その時点で送って」


「送っただろ」


「最初は朝まで。次は昼以降。今後も変わるなら、変わるたびに」


 天城には何度も知らせる意味が分からなかった。帰るという結果が同じなら、途中の予定など不要だったからだ。しかし朱音は、連絡が途切れれば、また誰にも知られない場所へ消えた可能性まで考える。


「面倒くせぇ」


「一緒に暮らす条件」


「分かった。変わったら送る」


 朱音はそれ以上任務へ踏み込まず、自分の端末へ視線を戻した。天城も中継棟で救出した男や運搬認証鍵について話さず、自分の分の食事を用意してから部屋へ入る。


 数時間後、仕事用端末の呼び出し音で目を覚ました。画面には、午後六時から解析室へ集合という綾乃の連絡と、零士からの余計な一文が並んでいる。


『寝坊すんなよ、あまぎっち。鍵は一回しか回らへんで』


 天城は返信欄へ罵倒を打ちかけて消し、朱音へ『十八時から仕事。帰宅未定』と先に送った。既読を確認してから、零士には『黙って解析しろ』とだけ返す。


     ◇


 解析室へ着くと、回収した保存部は通信遮断容器の中へ収められていた。零士と奏が長机の中央を使い、綾乃とミナが周辺経路の地図を確認している。


 小春の前にあるのは、救出した男の医療記録だった。顔写真や氏名は表示されておらず、判明した身体状態だけが並んでいる。


「呼吸と循環は安定しました。使われたのは鎮静と筋弛緩を目的とした薬物です。量は多いですが、今のところ後遺症を断定する状態ではありません」


「いつ喋る」


「今日中に意識が戻る可能性はあります。ただし、目を覚ました直後の事情聴取は認めません」


「敵かもしれねぇぞ」


「被害者かもしれません。どちらでも、治療を壊して聞き出す必要はありません」


 小春は笑顔を崩さず、天城を見返した。綾乃も男の立場を未確定として扱い、顔や身体特徴から身元を決めつけることを禁じる。


「所持品に身元情報はありません。拘束具と衣服には、媒体と近い能力痕跡が複数残っています」


 奏は解析結果を開いた。痕跡は男の手元だけでなく、肩や背にも重なっている。


「本人が能力を使った可能性と、同じ能力者に繰り返し運ばれた可能性。どちらも残る」


「つまり何も決まってねぇ」


「決まっていないことが分かった」


 天城は鼻を鳴らした。以前なら、起こして吐かせれば早いと切り捨てていた。だが誤った相手を壊せば、聞くべき情報そのものが消える。何より小春の治療を無駄にすれば、自分たちが中継棟から生かして持ち帰った意味がなくなる。


「羽柴。鍵の方は」


「表面上は運搬許可やけど、普通の入構証とは別物や」


 零士が保存部から複製した解析画面を拡大した。一回限りの認証鍵は、決められた時刻に特定の電波を受けた時だけ開く。鍵を使えば、相手側にも認証要求が届き、追跡している事実を知らせることになる。


「期限は明日の二十二時十二分から八分間。相手は固定局やない。北側の環状貨物路を移動する端末から呼び出しを出す形式や」


「八分で見つけられるのか」


「何もせんかったら無理や。せやから今日のうちに受信点を置く。鍵そのものは最後まで使わず、移動端末が出す呼び掛けだけを拾う」


 北側の環状貨物路には複数の搬送路と出入口があり、車両も途切れない。零士は既存の交通情報と中継棟から得た通信形式を重ね、受信候補を四区画まで絞っていた。


「相手がこちらの監視へ気づいていれば、呼び掛け自体を出さない可能性があります」


「その場合は鍵を残し、別の痕跡を追います。成功する前提で全員を危険へ置きません」


 綾乃は地図上へ配置を示した。零士が遠隔受信点を管理し、奏が前回と同じ能力痕跡を探す。ミナは車両内部を確認できる距離まで入るが、単独で乗り込まない。小春は救出者の状態次第で残留し、天城は接触先が確定するまで待機となる。


「また待てってか」


「鍵を持って走り回れば、相手へ現在地を教えるだけやで」


「場所を出したら、今度こそ俺が止める」


「止める対象を間違えないための待機です」


 綾乃の言葉に、天城は反論しなかった。待つことに納得したわけではない。自分が一番強くても、見えない相手へ拳は届かないという事実を、すでに二度見せられている。


 零士が拾い、奏が見分け、ミナが近づく。危険が形を持った後に自分が潰し、小春が生き残った者を繋ぐ。その順序は、天城が加わる前から黒瀬班の中にあったものだ。


 最初の頃なら、他人が整える時間を無駄だと吐き捨てていただろう。今も性に合わないことは変わらないが、自分が先走れば五人分の仕事を壊すことだけは、理解していた。待つことも、今の自分に割り振られた仕事だった。


 その時、小春の端末へ医療区画から連絡が入った。救出した男が短時間だけ意識を取り戻し、職員の呼び掛けへ一言だけ反応したという。


「何を言った」


 小春は記録音声を再生した。掠れた男の声が、荒い呼吸の間から途切れ途切れに漏れる。


『鍵を……使うな。あれは、運ぶためじゃない。乗せる人間を……選ぶ』


 そこで音声は終わった。男は再び眠り、追加の質問には答えられていない。


「証言一つで事実にはしません。ただし、鍵を使う危険は一段上がりました」


「最初から使わん。呼び掛けを拾って、向こうを見る。その後で動く」


 零士は軽口を挟まず、受信点の設置手順を更新した。綾乃も運搬ではなく、人間の選別や回収に用いられる可能性を新たな仮説として加える。


「向こうが人間を選ぶってんなら、選びに来た奴を捕まえりゃいい」


 天城は立ち上がり、端末へ翌日の出動予定を入力した。朱音へ送る帰宅連絡の時刻も、誰かに言われる前に設定する。


 一度しか使えない鍵は、まだ回さない。明日の夜、相手が誰かを選ぶために手を伸ばした瞬間、その手の先へ黒瀬班がいる。


この小説をお読みいただきありがとうございます。

よければ★★★★★マークとブックマークで応援していただけると嬉しいです!

完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!

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