# 第101話 中継棟
東部外縁の廃棄設備集積区には、役目を終えた配管や制御盤が黒い山となって積まれていた。その最奥で、保守用中継棟だけが周囲から切り離されたように建っている。
窓はなく、外壁には古い管理番号しか残っていない。黒瀬班の車両が照明を落として停車した時、次の通信が開くまで二十一分だった。
「電源は生きとる。外へ出る回線は一本、監視機器は四つ。三つは録画映像の繰り返しで、一つだけ内部へ向いとるな」
零士は車内端末を見たまま報告した。軽口はなく、細い黒縁眼鏡へ複数の通信経路が反射している。
「外部送信を止めてください。ただし内部電源には触れない。白峰さんは入口、東雲さんは構造確認。天城さんは二人の結果が出るまで待機です」
綾乃が役割を告げると、五人は返事より先に動き始めた。正式配属された天城だけがその場へ残り、中継棟の扉を睨む。
「見りゃ分かる。中に一人いる」
広げた《領域掌握》へ、床下から微かな生体の動きが返っていた。起き上がる気配はなく、呼吸も浅い。天城は自分の感知範囲へ意識を集中させ、周囲に伏せている別の人間がいないことまで確かめる。
「人の位置だけ共有してください。生死や状態を決めつけないこと」
「死にかけが一人、床の下だ」
「それを判断するのは私です」
小春が可愛らしい顔のまま言い返し、医療鞄を開いた。天城は舌打ちしたが、人間がいる位置と床までの深さを端末の図面へ書き込む。
奏は入口の取っ手へ触れ、次に外壁の継ぎ目へ指を滑らせた。白銀の長髪が夜風に揺れても、視線は痕跡から外れない。
「媒体に残っていたものと近い痕跡がある。新しい。もう一人分は、床下へ続いている」
「連れ込んだ側と、連れ込まれた側か?」
「そこまでは分からない。触れた順番と痕跡が違うだけ」
奏は推測を事実へ混ぜなかった。天城も重ねて問わず、中継棟の外周を回るミナへ視線を移す。
「北側の壁なら抜けられる。内側に物は重なってない。でも床下の区画は金属板が多いから、いきなり入るのはやめとく」
「正解や。内部監視の一個が、ちょうど床板を見とる。今から目ぇ潰すで」
零士の《電磁静域》が中継棟を包み、外部へ向かう無線だけが途切れた。味方通信には雑音一つ入らない。監視映像が同じ一秒を繰り返したところで、ミナの身体が外壁へ沈むように消えた。
天城は動かない。床下の一人と、建物内部で回り続ける機械の振動を領域内へ捉えながら、ミナの報告を待った。
『主室は無人。中央に中継機、一台。床下に人がいる。拘束されてるけど――足元、嫌な線がいっぱい』
「映像を回して。羽柴さん、確認を」
『有線や。こっちから止められへん。床板か拘束具を動かしたら、内部処理が走る仕組みに見える』
「時間は」
『まだ動いてへん。触らん限りはな』
綾乃は数秒だけ図面を見た。中継機と人間を同時に失わせるための仕掛けなら、どちらか一方だけを先に動かしても消去が始まる可能性がある。
「東雲さんは拘束具の構造を確認。羽柴さんは起動後の処理を監視。白峰さんは持ち出す記録箇所を指定してください。雨宮さんは入口まで」
「俺は」
「まだ待機です」
天城の眉間へ皺が寄る。しかし扉を壊しても床下の人間が死に、中継機まで焼ければ何も残らない。腹立たしいほど、今の自分には待つ以外の最短がなかった。
『拘束具は外せる。でも最後の留め具が床板と連動してる。外した瞬間、たぶん始まるよ』
『中継機の右下に保存部がある。ほかは囮の可能性が高い』
「準備します。開始後、東雲さんは人を床下から出す。天城さんは中継機の右下だけを外して持ち出してください。建物や他の機器は壊さないこと」
「最初からそう言え」
「今、必要な情報が揃いました」
綾乃の返答と同時に正面扉の錠が開いた。零士が内部警報の外部送信だけを封じ、天城と小春が主室へ入る。黴と機械油の臭いがこもり、床の中央には古びた中継機が低い唸りを上げていた。
「三、二、一――外すよ!」
床下でミナが留め具を抜いた。直後、赤い表示が中継機の全面へ走り、有線回路の奥で複数の起動音が重なる。
「内部消去開始。高熱剤も来る、残り七十二秒!」
天城は中継機へ踏み込みかけ、零士の声で半歩だけ止まった。
「右下だけや! 上の箱は囮、触ったら早まる!」
「分かってる」
領域内で機械の振動と床板の動きを読み、右下の保存部を固定する四点だけを見つける。天城は金属板へ指を食い込ませ、周囲を歪ませずに固定部をまとめて引き抜いた。
一方、ミナは床板を透過して拘束された男の上半身を支え、開いた点検口へ押し上げる。小春が腕を取り、触れた瞬間に表情を消した。
「薬物で呼吸が落ちています。東雲さん、脚を。今は意識を戻しません」
「了解!」
三人が男を外へ運び、奏は天城の持つ保存部へ新しい痕跡が残らないよう封印袋を広げた。残り二十秒で全員が中継棟を離れた直後、内部から白い閃光が漏れる。
高熱剤は中継機の本体を内側から焼き、閉じた建物の中で金属が軋んだ。爆発を外へ広げる構造ではない。侵入者を殺すより、人間と記録を消すために組まれた仕掛けだった。
「外へ一件、消去完了の通知が出ようとした。止めたけど、先方が無反応をどう判断するかは分からん」
「人間は生かせますか」
「搬送中の生命維持は可能です。ただ、目を覚まして話せるかは別です」
小春は男の呼吸を整えながら答えた。身元を示す物はなく、拘束具にも管理番号はない。奏の解析では、男自身に媒体と同系統の痕跡が残る一方、能力を使った側か、繰り返し触れられた側かまでは断定できなかった。
零士は救出した保存部を隔離端末へ接続し、通信機能をすべて切った状態で表層だけを確認した。大半は空だったが、消去対象から外れた一つの認証領域に、一回限りの運搬許可情報が残っている。
「場所と時刻は?」
「場所はまだ暗号化。期限は明日の夜。それと、この鍵は固定施設やなく、移動する端末と繋がる形式や」
「逃げる相手なら好都合だ。追って潰す」
「その前に、この人が敵か被害者か確かめる。鍵も解析する。順番やで、あまぎっち」
天城は保存部と、担架へ載せられた男を見比べた。以前なら、目を覚ますまで脅せば早いと考えていた。今は小春が生かし、零士が鍵を開き、奏が誰の痕跡かを分けるまで、殴るべき相手そのものが決まっていない。
「なら早くしろ。明日の夜まで待ってやる」
「めっちゃ偉そうやけど、待つ気はあるんやな」
「てめぇから燃やすぞ」
天城は車両へ戻る前に端末を開き、朱音へ『無事。帰宅は昼以降』と送った。数秒後に返った『了解』を確認してから、零士が確保した一度限りの鍵へ視線を戻す。
中継棟は焼けた。だが消されるはずだった人間と、次へ繋がる鍵は残った。明日の夜、今度は止まった施設ではなく、正体の見えない運び手の方が動く。
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