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第10話 勇者、地球の冒険者になる



 初めてのダンジョン実習から二日後、瀬名直人は学園の食堂で三人前の朝食を平らげていた。


 レベルアップ直後の発熱は一晩で下がったが、全身の筋肉痛と感覚のずれは翌日まで残った。箸を取ろうとして皿の縁へ指をぶつけ、階段では以前より伸びる一歩に身体が追いつかない。傷が治ったわけでもなく、増えた力が今の肉体へ馴染むまで時間が必要だった。


「なおとっち、その食い方は成長期やなくて災害やで」


 向かいへ勝手に座った羽柴零士が、いつもの気楽な笑みで空になった皿を数えた。


「腹が減る。理由は分かっている」


「ほな四人前いっとく? 見届けたるで」


「止める側に回ってよ」


 水瀬紗良が追加のパンを持って現れ、直人の隣へ座った。栗色の髪を耳へかけながら手首へ触れ、《生体同調》で脈と体温を確かめる。


「熱はないけど、筋肉の状態がまだ安定してない。今日の登録講習が終わったら、訓練は禁止」


「講習の後に実技審査がある」


「それは必要な分。自主練習は駄目」


「なおとっち、幼馴染には勝てへんなあ」


「勝ち負けの話じゃない」


「そうやって真面目に返すから、からかいがあるんよ」


 零士は笑いながら直人のトレーから最後の卵焼きを奪おうとし、箸の先を無言で押さえられた。


     ◇


 午前の特別講習には、実習班の五人が揃って参加した。直人の個人冒険者登録に必要な講義だったが、異常個体との遭遇を受け、班全員が制度と過去の災害を学び直すことになったためだ。直人も顔合わせの際に透子たちから概要は聞いていたが、今回は公的ギルドの正式な記録と規則を確認する場だった。


 講師として教壇へ立った高岡誠司は、四十代半ばの公的ギルド職員だった。短く刈った焦げ茶色の髪、日に焼けた顔、太い首。灰色の制服の袖から覗く左腕には古い火傷の痕があり、資料を読むだけの事務職ではないことが分かる。


「最初に勘違いを潰す。ギルドは公的機関だが、冒険者全員の雇用主ではない。俺たちが管理するのは登録、入域許可、依頼、救助、実績と違反歴だ。どこで働くかは本人の自由。企業は民間で、装備開発や資源加工、攻略支援を商売にしている。企業と契約してもいいし、警察や消防へ進んでもいい。独立して活動しても構わない」


 ルーカス・アルメイダが勢いよく手を上げ、その動きで隣の椅子が小さく軋んだ。


「ギルド職員になれば、安定した給料と休暇も?」


「採用試験に受かればな」


「冒険者登録だけでは?」


「一円も出ない」


 肩を落としたルーカスを見て、白石透子が笑った。


「まだ働いてもいないのに、休暇の心配してたの?」


「休むために働く。それが大人だろう」


「格好よく言っても、たぶん違うよ」


 教室に笑いが起こり、高岡は咳払い一つで壁面へ世界地図を表示した。


 壁面には、顔合わせで見た年表より詳しい公的記録が映し出された。十一か月前、世界各地に異空間へ通じる扉がほぼ同時に現れ、封鎖を進める各国を嘲笑うように、複数の扉から魔物が地上へ流出した。後に《第一次大流出災害》と呼ばれる事件である。


 既存の軍や警察だけでは対応しきれない混乱の中で能力者が確認され、救助と迎撃へ投入された。その一方で能力事故や犯罪も起きたため、各国は登録と教育を急ぎ、日本でも能力等級制度と公的ギルドが整備された。さらにダンジョン資源の有用性が判明すると、民間企業が採掘や医療、加工、輸送へ参入し、災害対策だった攻略は産業と国家競争の一部へ変わっていった。


「たった十一か月で、ここまで制度を作ったのか」


 直人が漏らすと、高岡は地図を災害当時の映像へ切り替えた。


 炎上する市街地。避難誘導を行う能力者。仮設の登録所に並ぶ人々。教科書の年表より、人々の慌ただしい動きが社会の変化の速さを物語っている。


「平時の十一か月じゃない。明日また扉が開くかもしれない状況で、使えるものを繋いだ結果だ。完成した制度だと思うな。今も毎週どこかが変わっている」


 直人は表示された時系列を追い、先日透子から聞いた説明を公的記録でも確かめるために手を上げた。


「最初の能力者が確認されたのは、魔物が流出する前ですか。後ですか」


「公式記録では、ほぼ同時だ。災害前に発現していたという証言もあるが、裏づけが取れていない」


「能力者がいたから魔物を止められたのか、魔物が現れたから能力者が生まれたのか。それすら分かっていない?」


「そうだ。関係性を疑う研究はあるが、因果関係は未確認。これが公表されている答えだ」


 高岡はそこで一度言葉を切った。


 “公表されている”という言い方が、直人の耳へ残った。


 透子も興味深そうに身を乗り出す。


「能力と魔物に、共通点はないんですか?」


「似た反応が検出されたという論文はある。反対する研究者も多い。現場で勝手に結論を出すなよ。分からないものを分かったつもりで扱うのが、一番人を殺す」


 その忠告には、左腕の火傷と同じ重みがあった。


     ◇


 講習後の実技審査は、ギルド支部の模擬区画で行われた。


 試験内容は、敵を倒す速さではない。崩れた通路、負傷者を模した人形、攻撃用ドローンが配置され、制限時間内に救助と離脱の手順を組み立てる。


 開始と同時にドローンが飛び出すと、直人は訓練剣で正面から打ち落とさず、壁際へ誘導した。振り下ろされた機械腕を受け流して支柱へ衝突させ、その機体を遮蔽物にして負傷者へ接近する。


 出口まで運べないと判断すると、止血器具を装着して位置情報を送信し、退路を確保してから戻った。


「負傷者を置いてきたな」と高岡が言う。


「一人で運べば、出口までに追いつかれます。位置と容体を送れば救助班が回収できる。ここで俺まで倒れる方が、救助対象を増やす」


「正解だ。勇敢さと無謀を混同していない」


 異世界で何度も、助けたいという感情だけでは全員を救えない場面を経験した。


 その答えを正しいと言われても、直人の胸に誇らしさは湧かなかった。置いていく判断の重さは、模擬人形であっても軽くならない。


 審査を終えると、端末へ新しい身分情報が追加された。


《個人冒険者登録完了》


《能力等級:1》


《特記事項:初回実習における異常個体討伐・救助実績》


 個人冒険者にランクはない。これから積み上げる攻略、討伐、救助、規則違反のすべてが、直人自身の信用になる。


「これで自由にダンジョンへ入れるのか?」


「入域許可は別だ。未成年、等級一、登録直後。普通なら単独活動は認めない」


 高岡はそう言いながら、端末へ一件の審査結果を送った。


《低危険度ダンジョン・単独入域審査》


《一回限りの試験許可を承認》


「実習での判断と知識を評価した。ただし常時観測、指定区画のみ、異常があれば即時撤退。違反すれば次はない」


 直人は条件と救助費用、回収した素材の所有権、活動記録の扱いまで確認してから同意した。


 帰り道、通知を覗き込んだ零士が口笛を吹く。


「登校して一週間もせんうちにソロ攻略か。なおとっち、友達付き合い悪すぎへん?」


「試験は一人で受けるものだ」


「寂しなったら呼んでや。入口までは見送りに行ったる」


「来なくていい」


「照れ屋やなあ」


 翌朝。


 直人はギルドから借りた短剣を腰へ差し、指定された扉の前に立った。


 認証が終わると、重い金属音とともに扉が開く。湿った空気の奥から、地球ではまだ新しいはずの、直人にとっては忘れようのない魔物の臭いが流れてきた。


 視界へ半透明の表示が浮かぶ。


《ダンジョン由来の魔物を確認》


《経験値獲得条件を満たす対象が存在します》


 等級一の個人冒険者として、直人の最初の単独攻略が始まった。

この小説をお読みいただきありがとうございます。

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完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!

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