第七話
休日。
アイリーンは再びクラレント家へ赴いた。
侍女に案内されて向かったのは、陽当たりの良いサロンだった。
扉を開けるとラルフがいた。
先日と違い、きちんとした私服を着ていた。落ち着いた濃紺の上着。首元まで丁寧に整えられている。そして右手に、細い杖をついていた。
「よく来てくれたね、マーガレット嬢」
微笑んだ。
「ごきげんよう。ラルフ様!」
よし、今日はちゃんと声が出た。態度もアイリーンらしくできてる。
二人で向かい合って席に着く。侍女がお茶を置いて静かに下がった。
しばらくしてラルフが口を開いた。
「先日は……」
「ご、ごめんなさい!」
「えっ」
「あたし、あの時自分勝手なこと言っちゃって……」
言いながら自分でまた恥ずかしくなってきた。
「あんなはしたない事……ごめんなさい」
しゅんとしてしまった。令嬢らしくない。わかっているが先に言っておかないと落ち着かなかった。
「謝らなくていい」
穏やかな声でラルフが言った。
「むしろ……あの言葉で、目が覚めた気がしたんだ」
「え」
アイリーンは顔を上げた。
「私は、ずっと自分のことばかり考えていた。騎士団に戻れないこと、これからどうするか、自分が、自分が……と」
ラルフが静かに続ける。
「でもふと気づいたんだ。オルガのことをちゃんと見ていなかった、と」
「オルガ様を……?」
「オルガは私に気を使ってくれていた。ずっと私の事を心配してくれていた。それなのに私は自分の事ばかりで、オルガを見ようともしなかった」
ラルフは少し目を細めた。弟を思う顔だった。
「マーガレット嬢の言葉がなければ、ずっと気づかないままだった。だから……ありがとう」
まさかお礼を言われるとは思っていなかった。
「あたしは、ただ思ったことを言っただけで……」
「それが嬉しかったんだ」
ラルフが柔らかく笑った。
アイリーンは視線をカップに落とした。
(ずるい)
そんな顔で笑わないでほしい。平静を保てる自信がなくなってくる。
「そうだ、最近、リハビリを始めたんだ」
ラルフが続けた。
「騎士団に戻るのは……難しいと思う。でも君が言ってくれたように今まで積み上げてきたものは、形を変えれば活かせるかもしれない。貢献できることを探してみようと思って」
杖をそっと見下ろした。
「まずは自分の足でちゃんと歩けるようになることから始めたんだ」
その言葉は自嘲ではなかった。静かに前を向いている人の顔だった。
アイリーンはじっとその横顔を見た。
(ああ……やっぱり好きだ)
ゲームで追いかけていた頃とは違う。画面の向こうの推しに向けていた気持ちとも違う。もっと近くて、もっと切実な何か。
格好いいとか、尊いとか、そういう言葉では追いつかない。
ただ、この人のことをもっともっと知りたいと思った。
ラルフがわずかに躊躇うような間を置いた。
「……一つ、お願いがあるのだが」
「なぁに?」
「リハビリを続けて、もう少しスムーズに歩けるようになったら」
少し視線が揺れた。珍しく迷っているような顔だった。
「よければ……一緒に出掛けてほしい。城下でも、どこかの庭園でも。気晴らしに付き合ってもらえたら」
アイリーンは満面の笑みで答えた。
「もちろん!」
ラルフが少し目を丸くして、それから柔らかく笑った。
「ありがとう」
「こちらこそお誘いありがとう! 楽しみにしてるわ!」
完璧な笑顔で言った。
侍女がお茶のお代わりを注ぎに来て、アイリーンは礼を言って受け取った。
カップを口に運んだところで、ふと気づいた。
(……待って)
ラルフと二人。城下か庭園に。
(それって)
お茶の味が全然わからなかった。
(デートじゃん……)




