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悪魔でファンタジー  作者: nannryou
7/13

悪魔でお楽しみ

 髪が抜けた。放射線は致死量の限界点を超えるか、超えないかあたりだったらしい。僕は勲章を貰い、報道向けに幕僚長の見舞いを受けた。そして、戦局は全くはかばかしくない。佐倉では、米軍と合流したロシア軍が東北を抑えた電子戦を主戦力とする東北列藩同盟に戊辰戦争で敗れて以降、旧連合国領の最終防衛ラインとして最後の戦いを行っているようだ。九州は完全に日本帝国の統治下に移り、中国地方は半月持つかどうかの情勢だ。四国では土佐で起こっている新自由民権運動による、"DESIRES"との対話という思想が徐々に四国を覆い始めている。徳島と香川が抜かれるのは時間の問題だろう。そして、そこからは、瀬戸内海の制海権と制空権が消えれば後は、鳥羽か、伏見辺りで最終決戦となりそうだ。悪魔は後、三十七日しか持たないと予言したが。さて、どうなることか。日本帝国に紛れ込んだスパイによると日本帝国内では征韓論の主張がなされたとかなされないとか。馬鹿げている、とはいえないが、そのようなことはあってはならないのだ。なぜなら、過ちは繰り返してはならないのだから。だが、銀貨三十枚はあまりに魅力的なのだろう。僕たち、戦争に無関係だった側にはいまいちわからないが・・・。僕は、後方都内の病院に移されて放射線被爆の治療に充ててもらっている。申し訳ないが、戦場に出ても倒れるだけだから仕方もない。そして、今、ちょうど安紅さんがお見舞いに来てくれている。四日後には研究室に連れて行ってくれることになった。久しぶりに会った安紅さんは大分やせていて、元々美人だったが限りなく儚い類の美人になっていた。それに、大人びた表情をするようになっている。大人と付き合うとそうなるのが自然だろう。なぜなら大人は大人だから。お見舞いは西瓜。産地の九州が陥落したので、相当高価になっているそうだが、奮発したそうだ。まあ、人類が滅ぶ前にお金の話をしてもしょうがないが。被爆の話をすると安紅さんが興味深そうに頷く。安紅さんは、僕の心配をする前に、なにやら、日本人にもこの終末戦争の戦力にするために核研究を解放するか米軍のお偉いさんと話がされているらしいことを言った。そして、僕に向かってこういう。

「神波正君も好き者ねえ。被爆するまで一生懸命戦って!」

 全く、失敬な! 好きで被爆する人間がどこにいるっていうんだ。確かに、戦争の名誉は人をおかしくするけれど、けど、好きで戦死したり被弾する人間がどこにいるっていうんだ?

「安紅さん。君もさ、その戦争好きの僕を研究室に連れて行ってくれるということは何か進展があったの?」

 僕はできるだけ怒りを込めようとして嫌みっぽく聞こえるよう、鼻にかかった声で言ってみたのだが、安紅さんは得意げに飛び切りの笑顔で僕のハートを鷲掴みだよ、この十代の思春期思春期のラブへの弱さ! もうラブ抵抗ゼロって感じ。魔法抵抗ゼロだから、キャラクター的には一撃死だよ。本当。

「ええ、聞いて聞いて。神波正君!」

「ええ、ええ、聞きますとも、なんでも。はい、はい」

「第一のラッパ"pride"の解析が"DESIRES"に通信傍受されるのを承知でクラウドもアルファネットも民間コンピュータも構わず投入した結果、USAで進展を見たらしくって近々最終作戦が行われるそうなのよ!」

 それは、また、初耳だ。これは、唯一の朗報だろう。

「そんな忙しいときに僕のお見舞いなんかいいのかい?」

「いいのよ。だって神波正君はその最終作戦の日本側の参加候補になってるらしいから」

 それは、また、初耳だ。これは、朗報と、言える、のか?

「ねえ、ねえ、聞いて、神波正君。人類の最終作戦は別として、私が見立てた"DESIRES"の目的はね、"pride""greed""envy""wrath"そして、こんな人類の終末戦争の時も飽き足らず研究している天文台が発見した第五のラッパ"lust"。これらのテクノロジーを総括するとね」

「ちょっと、安紅さん。第五のラッパって?」

 第四のラッパまでは何か話半分で聞いたような覚えがあるけれど、たぶんヨハネ黙示録の天使が吹く神のラッパにかこつけてるから、きっちり7個あるにはあるのだろうけど・・・。

「第五のラッパ"lust"は丁度地球を一点に置いて、銀河同心円系の対象位置の太陽系を覆うように作られてるダイソン球のこと」

「ダイソン球って、エネルギー効率を最大化するために太陽を完全遮蔽して熱エネルギーを抽出するというSF並みの無理テクノロジーのこと?」

 安紅さんが、興奮しながら、髪をかき上げた。そうだった。思い起こしてから、僕はつるりと頭を撫でた。僕の髪はすってんてんだ。放射線被ばくで全部抜けちゃったんだった。その様子を見た安紅さんが爆笑していた。むむむ、かわいらしい。やせてさらに美人になっているので何も言えない。

「あははははは。何言おうとしたか、忘れちゃったじゃない神波正君!」

 むむむ。僕も安紅さんのとびっきりの笑顔に何を言おうとしたのか忘れてしまったよ。本当に。『少年。第五のラッパのことだぞ』悪魔が、余計なつぶやきを。全く、青春させろって感じ。ぷんぷん。

「安紅さん、少しやつれているよね」

「うん。完徹完徹が続いてるから...」

「でも、やせてよけい美人に見えるよ、ほんと」

「うーん。薄幸の美少女。やつれ切った天才少女ってやつね。ある特定層には大人気だよね。疲れが美貌の衰えに繋がらないのはいわゆる若さゆえの驕りってやつ?」

 うーん。青春してる感じだ。『少年。青春はほろ苦いものだぞ』ビターだね。コーヒーやビールの苦さがわかる年頃なわけだ。『アルコールはほんとにきくものなのかね。少年』さあ、お酒は二十になってから、だから。『だが、特攻隊は末期の酒を飲んだと、呉の軍事資料館では書いてあったぞ。少年』まあ、それは戦前だから。『うむ。一つ前の戦前で、今は戦中だぞ。少年』そうだねえ。安紅さんの服装は白衣がおしゃれだなあ。パンツスカートを黒で決めているんだけど、中々大人びててよいなあ。

「で、何の話してたっけ神波正君」

「確か天使のラッパの"DESIRES"新兵器の話」

「そう。そうだった。そうだった。今度の展開先は宇宙をぐるりとジャイロのように地球を始点に囲むように展開しているんだけど」

「何その宇宙の覇者レベル」

「だよねー。笑える」

「この前、研究機関が異変に気付いてさ、"DESIRES"に向かって問い合わせたら、ディオファントス楕円型GUA補正RSA暗号という長ったらしい米軍が仮称している超難度の暗号で答えてきて、世界中の無事だった量子コンピュータをフル動員して解析した結果が"確かに第五のラッパである"だけだったって話なんだけど」

「宇宙のその範囲に進出できるって最低でも百億光年を制覇しているって話になるわけだけど」

「うん。笑えるよね。何その超文明」

「戦術的に見た場合さ。世界史で見ると大ドイツ帝国の科学は一部連合国をしのいでいて、ナチスも戦術の妙は連合国をしのいでいたわけだけど、結局勝ったのは連合国なわけだよね。圧倒的なバッファによって」

「でも、インディアンは負けたよね」

「うん。でもインディアンは古代文明程度だし、近代のアジア、アフリカは圧倒的な技術差があるから、事例としては不適当だし、そもそも、科学力で圧倒されてたから。つまりね、中世暗黒時代以降、事実上科学力が拮抗、あるいは微差の場合、その国の五倍程度のバッファを持った国にさえ勝てた事例はないわけだね」

「うーん。絶望的だね」

「絶望的だ」

 安紅さんが、いやいやというように首を振るのを見ながら、僕はさらに付け加わった絶望的な条件に本格的な終末ライフの気分に浸っていた。兄貴は終末だからって女の子を抱きにお金を持っていくぐらい開き直っているけど、そういうものかもしれないなあと思わないわけではない。結局、脳が考える本能では子孫を残すのは優先順位が高いのだろう。人類の最後というのに全く。銀貨三十枚を手に女を抱くのはユダでさえやらなかったような気がしないではない。ユダは名前的に司祭階級かユダ王国の王家の子孫だから女には不自由していないわけで、それでも、やはり土地が欲しいわけだ。されど、我らが土地。されど我らが土地。されど我らが土地。地球。

「そういえば神波正君は、聖書に詳しかったよね。ラッパって何?」

「ヨハネ黙示録で天使が吹く天のラッパが七つあるんだけど、それかなあ。たぶん、北斗七星の形に合わせてるんじゃないかなあ。ラッパ型だし」

「あー、確かに北斗七星はひしゃくというか、ラッパに似てるよね」

「うん、そこは僕の勝手な想像だけど」

「うーん。七つあるっていうのは」

「ああ、それは本当」

「後、二つも用意してあるわけだ。それは信じがたいよ。後はどこにあるわけ? ここまで来たからには宇宙中心のブラックホールの中にあっても、宇宙の裏側表面積側にあっても驚かないわ」

「つまり、僕らの宇宙は完全包囲なわけだ」

 包囲戦が始まったのなら、僕らは全滅する。歴史上包囲戦に打ち勝ったのは二次元的包囲に対する遠距離武器による疑似高次元化と、太平洋戦争時の一時的な日本軍の航空決戦戦術と歴史的見本としての航空機を用いた立体補給によるインパール作戦の大英帝国の勝利だけだ。あの熊本城攻防戦で戦死した教官が即席授業でおおむねそういうことを言っていた。たぶんだが、彼はかなり優秀な側、だったのだろう。まあ、ともかく、包囲に勝った例には科学革新が起こした戦術革命に伴っている。僕らは宇宙を駈ける天空の覇者に対して科学革新と戦術革命を起こすしかないわけだ。

「本当に、絶望的だ・・・」

 絶望的だ。

 安紅さんがその僕の本音を聞いても不敵に笑う。僕はどんなに弱くても男で彼女は女なのを思い知らされる。女性は女性だから決して降伏を認めないのだ。なぜなら、子供を残すから。異なる遺伝子プールの異星人が相手でも簡単に本能は変えられない。だが、それにしても、こんなことを考えた後だというのに、後だというのに、彼女は美人だ。体力が落ちていてよかった。

「神波正君は悲観的ね」

「うん」

「私はね、神波正君。勝つって信じてるんだ」

 彼女の大きな濃い黒の瞳が瞬いて、不敵に吊り上がったほおでえくぼがくの字に上がって、眉がりりしくも上がる。異教の女神のように。ローマの女哲学者のように。魔女のように。ユーディットのように。そしてユダを裏切らせたマリアのように。僕の方が彼女より先に死ぬだろうか? 僕はふとそういうことを考えるのだ。

「勝つと信じてるんだね。安紅さんは」

「信じるんじゃなくて、勝つしかないはずよ。神波正君」

 僕はそういう彼女に一瞬だけにしても憎悪を感じることを告白する。人類は勝ち続けてきた。RNAはワールドを成し、アメーバは海上を制覇し、植物は地上に上陸し、昆虫は地上を満たし、恐竜は世界を制覇し、人類は文明を成した。人類は常に勝つ目ばかりが出続けてきた。そして、彼女はこの後も出ると信じ切っていたのだ。"DESIRES"が来るにしろ来ないにしろ。

「嫉妬するよ。安紅さん」

「何に? 神波正君?」

 僕はたった数週間前までUSAが本当に神に愛されているかもしれないと信じていた。そして、今は・・・。僕の信仰は弱いのだろうか? あるいは神は人類をただの噛ませ犬として創ったのだろうか? そう思ってしまうのは、人類が終末を迎えそうな今でも罪なのだろうか? 僕は、僕は、僕は、わからない。神はいるとすれば、僕に巣くう悪魔や、"DESIRES"や、USAの科学の粋とは全く違うものなのだろうか? あるいはそのようなものは存在しないのか・・・。慰められる、か。

「完成した包囲を打ち破られたためしはないよ」

「そうかなあ? 趙氏の知氏の包囲打破とか、呉の赤壁の戦いとか、織田信長の包囲網打破とか結構あるような気がするけど?」

 織田信長が包囲網に勝てたのは圧倒的な鉄砲供給と都市余剰人口を背景とした動員力によるものだ。そのような、戦術革新の波及は起こることの方が少ないが。おっと、だが、今回の"DESIRES"来訪をその一つとみると、僕らは時代遅れの守護大名側の住民で、日本帝国が新興戦国大名の住民、となるわけか。

「負けた数の方が多いよ。安紅さん」

 安紅さんの顔が考え込むように眉が下がり、口元に人差し指先が持っていかれて、首が傾げられる。意図的なかわいいアピール、なのか?

「私、負けることを考えるのは嫌いなの」

「うん。大日本帝国を率いた東条英機も山本五十六も近衛文麿も、昭和天皇でさえ負けることを考えるのは嫌いだったと思うよ」

 安紅さんが心外そうに唸って、腰に両手を回して仁王立ちしながらいう。

「神波正君の皮肉はちょっと辛辣すぎるんじゃない? やる気無くすなあ」

「戦争というものは負けたと思ったときに負けるんだから、"DESIRES"が現れた瞬間にもう戦争には負けてるんじゃないかな?」

「私は絶対に負けたなんて思わないから、負けない」

「それは精神論だね」

「そんな非合理なことを私のような理知的人間が言うわけないでしょ」

「うーん」

「神波正君こそ信仰者のくせに非合理だわ。神が人間を愛しているのならバットエンドを創るわけがないでしょ」

 うわー。それは、バッドエンドを信じない階層の言葉だなあ。でも、そういうのはよくあることだ。少なくとも神は日本人を一番に愛してはいないという証拠ともいえるものが太平洋戦争にはある。まあ、もし、神が人類を愛していなかったら、それはそれでめでたいことだ。なぜなら、誰が勝っても気にも留めないということだから。もし、そうなら、僕には人類がAIに未来を託して全滅すべきかなあとも思ってしまう。

「まあ、僕の信仰心が薄いのは認めるよ。安紅さん。それに、この現実はアメリカ人なら決して屈しない展開ではあるけどね。でもね、安紅さん。キリスト教では僕らは救世主を銀貨30枚で売り払った設定でもあるんだよ」

「そんな軟弱な教えを信じているから敗北主義に陥るのよ!」

 何なのやら。キリスト教はキリストが神なら軟弱でもなんでもなくて、キリストが神でなければ科学がほほ笑んだのはキリスト教だ。どちらかというと軟弱なのは日本帝国が再発掘した国家神道のような、気がする。そもそも、信仰というものはタレスか、デモクリトスか、ピュタゴラスで完結したものだ。それ以上のことは夢の話ではあるわけだ。もし、もし、天の国があったなら。とね。

「でも、キリスト教は地球を制していた、こと、も、ある、と、もう言った方がいいのかなあ・・・」

「軟弱よ。神波正君。軟弱!」

 うーん。僕、軟弱男子だ。安紅さんは漢女子だね。

「安紅さん。少し、変わった?」

「えと、うーん。神波正君、こっそりいうと、実はそうでもないわけ。そう言ってないと、我が家は家系的に日本帝国に裏切ると思われてるのよ・・・」

「あー、それは・・・」

「うん。もう、末期ではあるかなあ、と私も実は思う」

「ところで、安紅さんは何で、日本帝国につかないの? あっちの方が楽しそうじゃない?」

「それは・・・」

 なぜそこで安紅さんが顔を赤らめるか不明だが、まあ、そこは僕にはわからないことであるわけで、まあ、僕は、やれやれと首を振っておく。

「そういう、神波正君はどうなのよ?」

「僕は、戦後日本が正しいと信じているからね」

「えー、戦後日本、かあ」

 戦後日本。

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

 ・・・。 

 日本国憲法の前文だ。

 なんだか不満そうな安紅さんの前で頭の中で暗唱する。『憲法愛国主義か? 少年。この前調べたところによると、正義のプールの中では結構強力らしいぞ』悪魔が騒ぐ。憲法に愛を感じるのは、それが、国家の再興規範であり、僕ら、僕ら、僕ら・・・。

「神波正君が言うように、戦後日本というのは私たちを育てた正しい歴史の上のものだけど、どうなんだろう? 結局、米国の力に屈したと思っていた側にとって、米国が"DESIRES"にとって代わったところで痛痒を感じるのかしら?」

「さあ、ね。僕に言えるのはUSAより"DESIRES"との間柄は近いとは思えないということくらいだね」

「言えてるわ。神波正君。たぶん、日本帝国と"DESIRES"の関わりは血より濃いんでしょうよ」

 皮肉は口に出してもきりがないが。けれど、僕たちにも愚痴ぐらい言わせてほしいんだ。なぜなら、僕らは人類文明の終末期に生きているのだから。絶望しかないこの最後の戦いに希望ももっていない、極東の局地戦に命を懸ける僕らだから。

 安紅さんの口がわずかにとがった後、皮肉に口元が上がり、瞳がどこか遠くを眺めるように瞬くのを待って僕は言った。

「でさ、安紅さん。さっきの話の続きに戻ると、僕らは完全包囲を打ち破る必要があるわけだよ。でさ、こう科学革命と戦術革命が必要な状況で宇宙は三次元で、人類は地球一惑星しかなくてその成層圏までしか自由な行動圏がないわけだ。これでは、敵の後背をつくことも不可能なのが現実で、さらに絶望的なことに"DESIRES"は宇宙中心核から同時進行的に宇宙を侵攻中なのか、あるいは、人類を抹殺するために展開中なわけだけど」

「そうね。そこで、英雄神波正君と天才美少女科学者安紅真津宵こと、私の出番というわけ」

 えー。何、その超展開。

「何それ。安紅さん。僕ら、普通の元高校生だけど。どういうこと? 人類最終戦争の選ばれた存在ってわけ?」

「そう。そうなのよ。神波正君。君が手に入れたコードネーム"賢者の石"、あの第一のラッパ"pride"飛行船の破片解析の結果なの。その結果ね。"DESIRES"はタイムマシンを完成している可能性が高いという事実に、世界中の科学者がたどり着いたのだけど・・・」

 ・・・最低だろう。その結論は。

「そこで、米軍が研究していた量子ループタイムマシンと量子トンネルの技術との類比から、時間工学に革命的な進歩があって」

 最悪だ。最悪の展開だ。まさに四面楚歌。絶体絶命。Embattled。death。だ。おまけに敵のテクノロジーか。

「安紅さん。ちょっ敵のテクノロジーで戦うってどういうことなの?」

「いえ、違うのよ。神波正君。正式には対"DESIRES"科学コモンズの特許ライセンス277に則った」

「ちょ、本気なの? 敵のテクノロジーで戦うって、大日本帝国は空母を建造してもらって建造してもらった国と戦ったわけだけど、て、ちょ、聞いてる?」

「大丈夫。我々、日本人が過ちを犯すはずはないのよ!」

「過ちは二度と繰り返しませんから、というわけ?」

「そう、過ちは二度と繰り返さない。なぜならここで繰り返せば人類は敗残種族に転落するから」

「それなら、なおさら・・・」

「皆まで言わせないでよ。神波正君。わかってるでしょ。君にも。惑星一星の文明で多星系恒星の文明に立ち向かうという意味が」

 僕は、はっとする。安紅さんがポリポリと髪をかきむしりながら、少し戸惑い気に背嚢のバックをかき混ぜて、何かのガラス瓶を取り出した。

「いわゆる末期の酒、というやつよ」

 ドン。と病室の見舞い棚に置かれた酒瓶を見る。薩摩の芋焼酎だ。

「私は、ほんとは果実酒が好きなんだけど」

「飲酒は青年になってからだよ。安紅さん」

「うん。そうだけどね。"DESIRES"の侵攻以降、そういうのは、もう」

「あー、僕もサイダー割の方が好きかなあ」

「おー、神波正君は子供ねえ」

「安紅さんもお子様だなあ」

 戦前、大日本帝国の特攻隊は末期の酒を飲んで出撃した、とか。武士は本当にそういうところかっこつけだけど、まあ、おしゃれだからいいか。瓶をくるくると回して開け、安紅さんが椅子に深々と座り杯になみなみと注いだ。

「ま、ゆっくり語りましょう。神波正君。乾杯。人生最後の酒になるかもしれない、今の情勢に」

 安紅さんのふっくらとした唇が杯に触れてプルっと揺れてそれから、一瞬の逡巡の後くいっと液体が一気に飲み干される。

「正式命令はいつ?」

「明日。四日後のラボへの招待から、量子タイムループと量子共鳴を用い"Pride"飛行船の破片から時間遡行を行うことになっているわ。主力は米軍と米軍のタイムチャネルの呼びかけに応じた地球未来軍。温存していたすべての戦力で"DESIRES"の過去に乗り込んで決着を付ける計画」

「どうして僕が?」

「この戦いに勝利した歴史では、神波正君は英雄として残っているらしくて未来自衛隊軍の士気高揚のための、にーんじん」

「にーんじんってどうなるなーる!」

「ま、ま、神波正殿、ここは、さあ、一献」

「ははっ。安紅代官には敵いませぬ」

 芋焼酎の杯を傾けながら、僕は、陰鬱な明るさに包まれていた。つまり、予定通りだ。完全包囲なのだ。『おい。少年。第三のラッパ"envy"について聞いておけ』悪魔は無粋だ。死に向けた酔いが醒める。

「ところで、安紅さん。第三のラッパ"envy"について聞きたいんだけど・・・」

 その言葉が耳に入ると、安紅さんは途端につまらなさそうに椅子の上で足を振り回して唇を尖らせた。

「ちぇ。やっぱわかるか。神波正君も一応優等生だったもんね」

「まあ、どう、かなあ」

「あの難局に設置されたラッパは未来分枝を狭く狭めているの、そして、私たち地球勢力が未来とコンタクトをとれたのは・・・」

 おそらく、罠だ。『そう。つまり、罠だな。少年』つまり、"DESIRES"が警戒していたのは今の僕ら人類ではなく、戦端を開いたのも今の僕ら人類ではないわけだ。南極の兵器がどれほどのものかわからないが、この歴史線で包囲を完成させ、援兵を叩くというわけだ。

「分かってはいるんだけど、ねえ、そのことについては未来人のAIが一瞬にして弾いた0%対1*10^-34%の比率がその答えではあるわけなんだ」

『少年。なんというか発散極限値に近い値を聞くのは不気味だ』まあ、何というか実質上0%ということだ。

「第4のラッパの太陽周回軌道は?」

「あれは、未来人が未来でコンタクトしたという"DESIRES"のライバルとの合流を防ぐ狙いがあるそうよ。それと、量子揺らぎのブレーン接続を阻止、制限する目的があるそうよ」

『これは、参ったな。"DESIRES"は完璧だな。少年』つまり、敵の敵は味方の流れも、多世界解釈上の進歩した人類が助ける展開もないわけだ。だが、勝ち目がないわけでもない未来人のテクノロジーを現代に移植できれば・・・。『おそらく、その場合、より多くのリソースを持つ"DESIRES"のテクノロジーが先に進むだろう』悪魔はあくまで悪魔じみた冷徹さだね。時間が平等というのは残酷だよ。『ああ、少年。時間というのは下位の悪魔にさえ平等だ』まるで、君は違うような言い草だね。『そのことについては、聞かないものだ。少年』

「ま、今日は、パーっと飲もうよ。神波正君」

「そう、だね」

 世界最後の美でもない酒と安紅さんの美しい笑顔に! 

「そういえばさ、この前、クラスメイトの全員に連絡を入れてみたわけ」

「へえー」

 くっと二杯目。

「そしたら、半分が日本帝国に参加してて、そのさらに半分が行方不明で、そのさらに半分が戦死してたわ」

「うーん」

 くっと三杯目。

「そういえば、覚えてる神波正君。最初にあった時のことを?」

「いや、安紅さんはあのころからクラス一の才媛で羨望の的だったからなあ。安紅さん目当てで教養や学問に打ち込んでた同級生が多かったよ。ほんと」

「何、神波正君。ほめても何もでないわよ」

「いや、人類最後の夕べだからね。おべっかと思う必要もない本当のことだよ」

 くっと4杯目。

「そう? でも、男系源氏のピュアナノバブルアイスの社長令息でクラス一の人気者だった山名君はなびかなかったわよ」

「うーん。彼はだって、相手が決まっているから」

「うん。私も考えるところがあるわ。この"DESIRES"との戦いがなけらば、身分制の牙城を女の子が抜けない時代が近づいてたことを思うと、私、今でもため息がでるのよ」

「うん。僕は安紅さんと友達になれたからよかったけどね」

「ねえ、神波正君。私たちは、友達、なの?」

 くっと5杯目を飲み干すと酔いが回ってきていた。僕らが友達でなければ何だというのだ。『少年、鈍いぞ!』悪魔に鈍いといわれては悪魔を名乗る鈍感さにも敗れてしまうと来たものだ。『だから、要はだな。少年』それは、

「ねえ、神波正君」

 夕べは更けて夜は更けていく。

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