悪魔で佐賀の乱
佐賀では正規軍が打ち破られ続けている。佐賀憂国党と旧航空自衛隊幕僚であり日本帝国の英雄"竜造寺新平"が引き起こした佐賀の乱は正規軍の士気がまるで上がらないまま退潮のまま敗北しつつある。熊本城攻防戦に駆り出された戦力と合流したものの、まるで、勝ち目のない戦いを繰り広げている。敵反乱軍には未知の技術は導入されていないものの、"DESIRES"の協力によって、米軍秘蔵のラプターF22と思しき機影が数百機動員されており、戦車エイブラハムと同系と思しき戦車数千両が動員されているそうだ。エース"竜造寺新平"の撃墜数は三桁を超えているという噂だ。米軍が極秘配置していた本物のF2210機を動員したそうだが、ソフトウェアが例によって"DESIRES"仕様になっており、撃墜比は初期では1:20であったのだが、今では1:2まで持ち込まれてしまっているとか、いないとか。まあ、つまり、ここでも絶望的ということだ。山口萩では既に岩国が解放寸前だとか。豪勢な話だよ。全く。『なあ、少年。どうだ、最終決戦兵器を登場させるころあいでは?』悪魔がバカなことを囁くが、どうしたものなのだろう。熊本を解放した日本帝国本軍は宮崎、大分に進軍中だ。佐賀を守り切り、佐世保を保持すれば一時的に巻き返せはするだろうが・・・。『望み薄だよ。少年』ああ、秦君も米軍機で日本から脱出してしまったし、これからどうなるのだろう。時々メールしてもいいが、と言ってメールアドレスはくれたけど。生き残れば人類最後の戦いを実況してもらえるかもしれないな。『それはこの世界最高の記録映像になるだろうな。少年』だね。悪魔的な映像だよ、本当。安紅さんとは、時々、連絡を取っている。敵F22を模した戦闘機の鹵獲ブラックボックスとそのソフトウェアは米軍に提供された後、自衛隊にも一個供出されており、ソフトウェアのF35へのコピーができないか模索中であるらしい。とにかく、空戦力でも反乱軍に劣るというのは致命的だ。熊本城攻防戦以下の戦況でもある。ばからしい。くそ。死ね。何が英雄だよ。・・・さて、安紅さんのことだった。『ああ、そうだな。あの美人にはどこかしら憎めないところがあるな。少年』それは知らないけどね。君がほめるということは悪魔なのかなあ。彼女。『さてな。少年』さて、今回もソフトウェアの解析の情報をくれるついでに、"DESIRES"の技術解析に話が弾んだ。南極に投下された"DESIRES"第三のラッパ"envy"は地球の南部ゴールドストーン場を極めて強固な流れに作り替えているそうだ。だが、これも"DESIRES"の意図は不明とか。安紅さんは面白いことを言っていた。これは、タイムマシンか何か作るためじゃないかなとか、そんなことを。だが、そのためには南部ゴールドストーン場が破られなければならず、強固になるのはおかしくはあるが・・・。"DESIRES"第四のラッパ"wrath"は太陽の周りを六機回っているそうだ。これも何の意味があるのか、不明らしいが、これは、太陽系のヒッグス場を非常に強固にしているという分析結果が出ている。"DESIRES"の考えることは我々には全く意味不明だ。さて、佐賀の乱だ。いや、こうなれば、もう佐賀解放戦、か。とにかく、佐世保が落ちれば西日本はほぼ"DESIRES"に陥落だろう。そして、この一戦が日本帝国と日本国の重要な分水嶺だろう。そういえば、兄貴が運輸業につくついでに、代書の仕事が回ってきたから行政書士でも取ろうかなあと勉強中だとか、言ってた。全く、世界が滅ぼうというときにおかしな兄貴だよ。本当。いや、あっちの方が正しい、か、も、な。わからない。『世界か、行政書士か。おかしな話だな。少年』ああ。悪魔的な問いですよ。本当。4階級特進の結果、偽エイブラハム戦車にTNTを巻き付けて滑り込む仕事ではなくなったわけだけど、全く、何なのやら。個人的には、そろそろ名誉の戦死を遂げてもおかしくはないような気がしている。『まあ、そうだな。少年』いえ、そこは、悪魔だし、ライトノベルなら否定するところだけど・・・。『いや、まあ、それはそうだが、まあ、それならどうだ、少年。天上天下唯我独尊宇宙間最終決戦兵器をこのあたりで登場させるというのは?』なんですか、それ?『それは、だな・・・』悪魔というのは、神の敵だから想像力が豊かだなあ。あ、そうだ。今日は祈ってないな。祈っておこう。『ちょ、少年。いいかげん神に祈るのはよそうよ』に、まします我らが父よ、願わくば御名をあがめさせたまえ。御国を来たらせたまえ。御心の天になるがごとく、地にもなさせたまえ。『あー、我々悪魔は聞こえない。聞こえなーい。聞こえないぞ。少年』さて、明日は決戦だ。敵の偽F22の"DESIRES"仕様のオブジェクトが解析されるのを安紅さんの口添えと森自衛隊参謀本部長の嫌な奴を追っ払えたという顔だったうれしそうな許可の結果、人類が迫れる限界点に立ち会いながら僕は思うのだ。この立場は、本来逆であってもおかしくはなかったのかなあ、と。そして、考えると、僕は笑ってしまうのだ。そして、その時、日本人は誰一人として生き残っていないだろう、と。
佐賀の上空が圧倒的な閃光に包まれていた。米軍が敵の偽ラプターの集中点に核を打ち込んだようだ。本来、米軍が太平洋戦争中に落としてもおかしくはなかった、本来の戦略目標で、今日、神の光が産声を上げたわけだ。『皮肉屋だな。少年は』悪魔と語る神の使徒とは皮肉を通り越してはいるけどね。『少年は神の使徒ではあるまいに』そうかなあ。万人は祭祀であると説いてあるけどね。『悪魔との契約者だからな、あの何と言ったか、裏切り者にはなれるであろうがな』ユダだね。『信仰には信仰の敵が必要だからな、少年』ユダは本来王家や司祭の苗字だよ、悪魔さん。結局、そのプライドがイエスを裏切らせたのだろうけど・・・。『この内戦そのもののようだな、少年』ん、そう、かな。『本来は安定政権期の政争として現れるものだが』"DESIRES"だね。
爆風がなぐ。数十機の航空機があおりを受けてきりもみに落下して行く。偽エイブラハム戦車にある少年がTNT火薬を巻いて特攻しているのが視界に入った。ぞくっとする。今の英雄と祭り上げられている自分にあの覚悟があるかと問い直す。小角君がランチャーを発射した後、視線をTNT火薬の束に向ける。その視線とかち合って、僕はうなずき返し、小角君もうなずき返した。決意というのはいつも揺らぐ。人間は死にたくはないものだ。『それなら少年。世界最終決戦兵器を私にねだればよいではないか』悪魔は囁くが、人間というものは地道に生きるものだ。『地道に生きても滅ぶだけだぞ、少年』残念ながら、日本国民は1941年に滅んでいる。『それは言葉尻だけだろう。少年』では、僕らは新たに滅ぶ覚悟が必要なのだ。さて、士道とは死ぬことと見つけたり、とは言うけれど。おっと、それは、敵である佐賀の乱の協力者たちの祖先が言ったことだった。PFIの予備役に編入された熊本県の中年と思しき消防士制服を転用した補助兵が、TNT火薬を巻き付けて無謀に特攻していく。家族の恨みだ。血みどろの内戦では、あるわけだ。TNT火薬の束に目を向けて、決意が鈍っていることに後ろめたさを感じる。死ぬとというのは、何ということでもないはずだ。それを平時にたどり着いたのが、この世界を銀貨三十枚で売り払っても勝つという佐賀の藩士だったとか。死というものは語りつくされている。僕はプロテスタントだから天の国に行けるらしいけどね。『少年。悪魔との契約者は地獄行きだろう』イエス様も言っている。私は剣を取らせるために来たのだと。世界にはそういうときがある。『だが、剣を取るものは剣によって滅びとも書いてあるとか』この戦いでは、どうも人類は後者の方の予感がするね、悪魔さん。『少年。死の準備などなかなかできぬものだよ』死の準備。主よあなたは、み言葉の通り、僕を安らかに去らせて下さいます。この救いは、もろもろの民のためにお供えになられたもの。異邦人の心を開く光。御民イスラエルの、栄光です。『ん、少年。その国は"DESIRES"に降伏したと言っていなかったか?』ああ、そうだね。正しく悪魔的なことにね、悪魔さん。
偽エイブラハムに加えて、佐賀憂国党が、かき集めた旧帝国軍の威光を夢見る義勇兵が前線を押し上げ始めていた。空においても核の衝撃から覚めた、佐賀の反乱軍、日本帝国の英雄"竜造寺新平"の愛機、花杏がペイントされた偽ラプターを中心とした、主要航空機の綺麗な花杏翼に開いた同心円の航空陣形が次々と、量産されたばかりの正規軍のF35とF2を撃墜し始めているようだ。司令部があわただしい。次々と義勇兵に照準を合わせて銃弾の引き金を引く。泥臭い、血みどろの、腐りきった内戦だ。『内戦などというものはまだ立派で見れるものさ。対外戦争というのはさらに困難な血みどろで、腐りきったものだよ。少年』悪魔さんは、血が好きなのかと思っていたよ。ヘルメットを片手で押さえ、慎重にスコープを覗きながら、撃ち合う。小角君の部隊を指揮していた、山野氏が肩を銃撃にかすめられて倒れこむ。隊から一人が抜けて、山野氏を担ぎあげて、後方に向かう。どの陣地でも負傷兵が多い。本部から、指令が飛んでいる。負傷兵を増やすのは戦争の常套句らしいが、"DESIRES"供給のライフルが佐賀では、救護急所を狙う設定にしてあるのか、それとも、それは勘繰りなのか。
米軍の虎の子の本物のラプター5機が編隊を組んで、数十機の航空機に援護されながら日本帝国の英雄"竜造寺新平"とドッグファイトを行う。即座にフェニックスが火を噴くのを見ると、眼前の戦いに集中する。偽エイブラハムにとって十式戦車は玩具のようだ。戦前のシャーマン戦車との戦いは豆単と呼ばれた大日本帝国の戦車ではまるで歯が立たなかったとか。それに比べれば、一応砲が足止めになるだけまだましだとは思うけれど・・・。地上戦は、考えながら撃つ。頭が破裂する光景を見ながら、こんなものが現実だと信じ切れる自分の方がおかしいのだと頭のどこかが言う。たった数週間前まで同じ国民で、戦後世界を平和に生きていると信じ切っていたのにと頭が言う。そして、体は、地面にはいつくばって砂を食いながらヘルメットを押し当てて次弾を装填していた。地上戦は、僕らの負けで決着がつきそうだ。佐賀の日本帝国の英雄市民たちの頭を打ち抜きながら、僕は気がめいる。左翼が完全に戦車部隊に打ち破られて、中央が孤立している。司令部がおかしいように左翼を止めろと連呼しているが、どうやって、米軍戦車のアップグレードコピーを自衛隊の戦車で止められるというのだろう? 馬鹿げている。ここで負ければ九州を失陥し、そのまま西日本からは撤退だというのに、何なのだ? この体たらくは? 歯を二度食いしばって地面の砂を噛んで嫌な音を聞いた後、僕は、TNT火薬の束を見た。そして、思うのだ。そろそろ死に時ではないのだろうか、と。『少年。死ぬのなら、世界最終決戦兵器をおねだりしてからにしてはどうだ?』悪魔さんは相変わらずふざけて言うが、僕も対外ふざけてはいるが・・・。幕僚本部が予備を投入する宣言をし、孤立した中央と膨らんだ右翼に突撃命令を下す命令を発したのを聞きながら、僕は正義が揺らぐのを感じた。そして、次弾を装填して、佐賀の英雄市民をもう一度撃った。そして、もう一度撃った。そして、もう一度。そして、僕ら、正規軍が破れるのだと、漠然と感じた。戦後日本と、世界が消えてなくなるのだと、何となく、立ち上がって、TNT火薬を肩に背負いながら、僕は感じていた。視界の端で、小角君が怪我人の後方輸送に付き添う許可を取る声が聞こえていた。もう、敗色が現れていた。銃弾が足元を撃つ。僕は、TNT火薬を背負うと僕はもうただ走っていた。噛んでいた砂利を吐き出して広がった空では、日本帝国の花杏の同心円が散り散りに散っていた。米軍は、この一戦に空戦では勝利しつつあるようだった。ひよっとしたら、未練が一瞬心に走る。ただ、僕は叫んで走っていた。.もう、僕には関係がないと脳が叫んでいた。ただ、走った。敵の戦車に向けて僕は走っていた。TNT火薬の束を持って灰色の広大な大地の色をした戦車に向かって走っていた。脳裏に三島由紀夫の挿話が浮かんで、よぎって消えた。銃撃が左腕を飛ばす。『少年。こんなことでは困るよ』悪魔が囁く。後二十歩が、届かない。右肩だけでバランスが崩れて七歩進む。再度何かが足を撃った。さて、こんなものだ。戦争なんてこんなものだ。笑ってしまいながら倒れこむとTNT火薬の束が爆発する音が、音が、音が、音が・・・。『少年。きちんとやってくれないと困る』悪魔は囁く。何度も爆音が響く。空が見えた。花杏のペイントをした"竜造寺新平"の愛機が落下していた。敵対空ポケットへの空爆が始まっている。そして、そして、僕は、僕は、僕は・・・。TNT火薬の束とともに吹き飛んでしまうはずだった。『少年。"DESIRES"は本当に君たちの手に余るのではないかな?』悪魔が囁く。手に余るもこれ以上推移を見ても仕方がない。死に時、だったはずだけど? 『いや、私もいざとなったら時間干渉と空間干渉で君を無双の英雄にする手はずでいたのだが、どうも、相手の文明レベルが考えていたより上のようなのだよ。少年』僕は、立ち上がって周囲を見回す。周囲は円形状に瓦礫の山となり、前方十歩に敵戦車、偽エイブラハムが停車して止まっていた。『どうも、時間干渉が封鎖されているようだ。少年。敵の文明レベルはどうも、悪魔じみているな』悪魔がいうかな、それを? 僕は、足元を払って、投げ捨ててあるライフルを拾って撃つ。一時的に退く最中の佐賀英雄市民の背中が倒れる。僕らは、滅ぶだろう。そして、僕は死に時だった。そして、僕は生きている。そして、僕らは滅ぶだろう。地上では空爆が始まっていた。各地で戦車がタングステン爆撃弾で撃破されていく。左翼では押し込んでいた敵が分断されて包囲されつつあった。もう一発。さらに二発。僕らは何度となく滅亡したことを悟り、死を覚悟し、それを忘れて、再び滅亡したことを悟り、死を覚悟し、そして忘れ、いつか本当に死ぬだろう。右翼と中央が敵戦車の一声突撃により、左右に割れる。もう5発。左翼は完全に敵が浮足立っている。空爆ははげしさを増している。だが、戦場は峠を越しただろう。何と表現するのだか、確か潮が変わるようにという表現で間違いがないだろう。壇ノ浦の戦いから取られているに違いないが。それにしても、宇宙人との最終戦争か、馬鹿げているな。宇宙人がいることは確実だろうけど、それが、地球に侵略に来るなどというのは馬鹿げたストーリーではある。数十年もかけて、わざわざ一惑星を滅ぼしに来るなんて、変な話だ。『少年。おかしくはないだろう』悪魔はそう査証するが"DESIRES"の文明レベルが『だからこそだよ。少年。"DESIRES"は過去を持っているだろう?』悪魔はそう誘惑するが、もう3発、4発目だ。空戦は完全に日本帝国の敗北に終わったようだ。空爆が一層の激しさを増していた。戦車がどこを見ても炎上している。
僕らは勝った。
"DESIRES"に内通した日本帝国の反乱軍に、かつての英雄たちに、僕らの代わりに生きるだろう彼らに、僕らは、一度、勝ったのだ。
幕僚本部から、追撃の指令がひっきりなしに出ている。左翼の敵軍は完全に打ち破られたようだ。左翼と中央も一時突撃の後、敵は撤退に移ったようだった。
勝利の歓声がいたるところで正規軍である自衛隊に沸いていた。空では、米軍の優雅な掃討戦が続いている。
来た、見た、勝った。
ついに勝利を収めたのだ。これで、九州防衛の端緒がつくのだ。敵はこの先にあるルビコンを渡れない。一射。敵影が倒れる。小角君たち部隊がいつの間にか僕の周りまで戦線を押し上げていた。歓声とともに射撃とともに爆音とともに前線が前進していく。敵戦車が空爆によって次々と炎上していく。
カムが司令部の歓喜の声にあふれた命令を次々と伝えていた。
銃撃が大地を撃つのに合わせてしゃがみ込む。
再度射撃。
部隊とともに歓声の声を上げながら突撃しようとする勢いのことだった。
その声と希望を叩き潰すように、空爆中の航空機が7機落下した。空に浮かんでいたのは不気味な三角錐のフォルムをした未知の機体だ。"DESIRES"の第一のラッパ"pride"の登場が戦況を一瞬で覆し始めていた。F35がF22に守られながら撤兵を始めていた。司令部から、カムからは米軍に即席で製造してもらったトラックレーザー部隊の展開命令が聞こえる。あまりの動揺に司令部は突出してしまった左翼の進軍中止の命令が遅れるほどだ。
F22の流線型のボディが落下した。僕は、その無敗の象徴が敵レーザーで撃墜されたことを司令部のカムからの声でようやく認めさせられた。僕は始めてアメリカ以上の存在がいるのかもしれないということを実感として理解したのだった。無敵の象徴。アメリカのF22が落下する。レーザーは光速だからかわしようがないというのは頭では理解できてはいたけれど、実際に"DESIRES"が到来するまで無敗を誇った戦闘機が落下するのは衝撃的だった。レーザー研究が実際に進めば、航空機もミサイルも役立たずにはなるだろうとは予想もできることだったが、それは実際に見るまで意味は分かっても理解はしていなかったわけだ。米軍のレーザーも一機だけだが"DESIRES"の"pride"を撃墜したと、襲来初日の報道では言ってはいたけれど・・・。僕はくだらないことを考えてみて、もう一射、射撃する。もし、"DESIRES"が来なかったから・・・。もう、航空機の時代は終わっていたのだろう。そして、そして、・・・。僕は、暗いくだらない嫉妬に駆られる。人類最後の終末を過ごしながらおかしなことだ。もう一射。僕は、八つ当たりするように銃を撃った。一人の人生が終わるのを見ながら、僕は狂っていると思った。空からは、航空機の雨が降っていた。カムからの司令部の指示で、戦線を押し下げる。と、どこからか、おそらく、地上のレーザートラックからだろうが、三角錐の不気味なフォルムがいたはずの場所に向けて光線の軌跡を描いたかと思うと、爆炎が上がって、レーザートラックが炎上したなる報告がカムから聞こえていた。『少年、相手は、大気圏で光速出力だそうだ。どうするね、少年?』それは、知ってた。悪魔の呼びかけに答えながら、敵機を鹵獲銃のオートメーションプログラムで、射程に収める。『だが、実現する文明があるとは、信じがたくないか、少年?』それも、知ってる。『では、あの三角をどうする、少年?』こうする。僕は引き金を引いた。銃弾が亜音速を突破して僕は背後に向かって飛んでいた。岩の固い感触が背中を撃つ。『愚かだな、少年』愚かなのは、知ってる。『確か、この星の歴史では、昔、呪文を唱えると銃に当たらないとかいう迷信があったそうだぞ、少年』あー、ゴーストダンスのことかなあ? 『幽霊は踊らないだろう、少年?』それ、知ってる。反響音が戦場に響き渡る。と同時に三角錐がぐらりと揺れる。『少年、こんなことがあり得ると思うか?』あり得ないね。たぶん。『悪魔の御業だ。迷信じみたことに当たってしまった』悪魔の御業か。それはぞっとしないね。『失敬な。仮にも我々は高位存在で、神と対立している勢力というだけで、この辺りでは悪魔を名乗っているだけなのだが、少年』地上から、銃撃の嵐が始まっていた。"DESIRES"の側にもセキュリティホールがあるらしい。『いや、少年。ステルス銃弾は小さすぎてあの大きさの機体では、内部演算が不可能だろう。母船との通信を断つ必要でもあるのだろう』あー、確かに量子コンピュータが積んであっても戦場の全地上弾の網羅は多体問題的に不可能な感じはするけど。『少年、私の力を借りないか?』ここから見えるものの全てを与えよう・・・。『それは、既に与えたはずだ。少年』先見者ハナニは言った。『あなたはアラム人を頼みとし、あなたの主、神を頼りとしなかった、と。『いけずだな。少年は』もう一射天に向かって撃つ。悪魔の君にいうことじゃないけど、ライトノベルで超絶強力キャラクターの力を借りて問題を解決することがあるよね。『ファンタジーのことだな。少年。だが、自分の力で解決できないことは上位者に頼むものだぞ』うーん。そうなんだけど、現実は庇を貸して母屋を取られるとかいうじゃない? 『なら、なぜ神を頼む。少年?』いや、神は、ほら、それは別だって。三角錐の丁度鋭角に銃弾が的中し、鈍い音が響く。三角錐の鋭角が歪み、敵機の速度が鈍る。『うーむ、君らがいうのは我々が定義づけした神ではなく、世界をすべているのであろう唯一のあの存在のことを言っているのかね。少年』それ以外、何を?『大それた望みだと思うぞ。少年。君の宗派にも確か精霊やカエサルを認める記述があったはずだが』では、悪魔さんは精霊やカエサルなのかな?『ああ、我々は九次元を統べる存在を超越している。カエサルだな、少年』奇怪だね。悪魔の言うことは。『しかし、四時空人が唯一神にたどり着くとは、ここより下位の次元人より高等ではあるな』それはどうも、ご丁寧に。弾丸を詰め替える。
三角錐は速度を落としながらも時折銃弾の反響音を響かせるのだが、縦横無尽で空の王者を破砕する。
人間というのはどこか狂っているのかもしれない。空自の整備員の人たちがこぼしていたが、日本の戦闘機月産は戦時体制に入った東日本の全ての工業力を投入して一〇〇〇機だ。あのアメリカでさえ、一〇〇〇〇機。ところが、この戦場ではもう300機は撃墜されている。こんな戦いは狂っている。全く、いかれてる。GDPに換算するとおおよそ二十兆円を費消した計算だ。二十兆円と言ったらこの侵略が起きる以前に考えた日本の借金の換算によると、えーと、その。銃弾を込めて一射する。鋭角を僕の銃弾がもう一度撃ち抜き払われる。綺麗な音がする。そうそう、二十兆円の話だった。文庫本は五百億冊。ゲームは三十三億本も買えてしまう。二十万人分の生涯年収が一時間で消えた計算だ。戦争が狂っているのか、平時が狂っているのか。わからなく、はならないけれど。『少年。人生というのは戦いの連続だ』だから、もう一度銃弾を込める。三角錐のフォルムが光った。司令部を守る近衛部隊が甚大な被害を受けたことがカムの右翼や、左翼への命令で伝わってくる。空の王者ラプターと自衛隊のF35も今や、数えるほどしか残ってはいない。圧倒的だ。戦略決戦兵器というのがあるのだとしたら、この"DESIRES"の"pride"こそそうだろう。『少年。少年の世界で最初にマスケット銃を見たインディアンの将軍もそういっただろうさ』ああ、そうだね。上喜撰、たった五杯で夜も眠れず、というやつだね。『うーむ、少年。我々も制限能力下の状態であるからして、全能ではないのだが』全知全能なのはたった一つの存在だけさ。『少年の世界も傲慢不遜極まっているな』なぜなのさ。『その信仰を持てるのは高位の存在だけだからさ、少年』そのような差別はなされないはずだけど、悪魔さん。『おかしなことだな、少年。君の宗派は確かイエスキリストが神の一人児だと主張していたが、それは、差別ではないかな?』そうだねえ。イエスが生まれたのはこの4次元時空の人類のコーカソイドだから、四次元時空の人類のコーカソイドを特別に愛しているんじゃないかなあ?『少年。君はモンゴロイドだろうに。どうかね。私の力を頼ってみては?』とにかく、こんな終末に宗教談義をする意味はないんじゃないかなあ? 西の空が光った。司令部が慌ただしく混戦した怒鳴り声をあげていた。長崎佐世保で防衛戦を行っていた第十七連隊に核が投下されたとか、叫んでいる。ああ、本当、終末だね。悪魔さん。銃撃を三度目、四度目と三角錐の鋭角に二連射する。『E=MC^2は精神の光とは思わぬかね、少年』僕の日本人の暗い嫉妬がその神の光を否定させる。そして、その必要が無くなっていることを思い出し、奇妙な安堵と共に空を仰ぐ。三角錐が燃え上がっていた。わずかに歪んだ機体の形状が摩擦によって圧倒的な熱量を防げなくでもなったのだろう。『少年。君は全く悪魔的だよ』悪魔さん。E=MC^2は精神の光だと、今なら、僕たち枢軸国の残党側も言えるかもしれないと少しだけ思えるよ。『科学は常に裏切らない。より高位の科学に出会うまでは。少年。知恵は正しい』神は正しい。神の知恵は正しい。『神から出ていないものも正しいものは正しいのだよ。少年』それも神が作ったものだね。『そうだ、君たちのカエサルが仕える資格を持つ神が作ったものだ』悪魔さんはなぜ神に仕えないのさ。『正義につく人員が十分いるからさ、少年』僕は、最後の一射として燃え上がりながらも戦場の友軍機を抹殺しつくし、本部に向かって7度以上のレーザー照射を行った"DESIRES"の戦闘機"pride"に向かって再度射撃する、反動でまたも吹き飛ぶ。ヘルメットに運を託しながら、空中を舞って、真っ暗になった視界を振り払うように首を振って目をしばたいて戻すと、何とか立ち上がる。『少年。このようなことはありえない。相手との文明度があまりに違うというのに、敵文明の先兵を退けるなどということはあり得ない。少年。これはおかしすぎる』ああ、狂っているね。悪魔さん。そもそも、空気中を光速で移動するにも関わらず摩擦熱で落ちるなんてご都合主義もいいところだよ。『少年、君の世界の歴史ではサラス河畔の戦いにイスラム圏が勝った例一件しかないはずだ』イスラム圏はギリシャ火を持っていたよ。『これは、明らかにおかしい。やはり・・・』悪魔は押し黙ってしばらく消えてしまったようだ。小角君と小隊長が駆けよってくる。"DESIRES"の三角錐をした無敗の機体"pride"はぐらつきながらも、作戦本部に向けて再度レーザー照射を行い左翼と中央に向かって飛翔体を投下した。そして、鋭角の一部を失った途端、落下し始めて、ふっと閃光を放って空の色を塗り替えて消えた。鋭角の破片が落下した辺りを見る。クレーターができているのですぐに分かった。カムに向かって、指示を仰ぐと、僕は小角君に部隊を集めて小隊長の指示を仰ぐように言い走り出していた。半キロメートルほど走っただろうか。クレーターに気づいたのは味方だけではないようだ。クレーターの周囲では味方装甲車と敵戦車の攻防が始まっていた。僕はとにかく二度ほど銃撃がかすめたのも気にせずクレーター内に滑り込むと四つほどに砕けた敵戦闘機" pride"の破片をさっとつかむと熱さも気にせずポケットに突っ込んだ。遅れて敵兵と中央軍の突出部隊がクレーターに駆け込んだ。
「貴様ら自衛隊の残兵の臆病者が! 日本人の恥さらしどもが、この千載一遇の機会に我らの志も知らずに! さっさと破片を渡すがいい。我こそが竜造寺新平なり。貴軍の制空部隊は尽きたはずだ。無事逃げ帰りたかったら、"DESIRES"機の資料を我々に手渡すのだ」
駆け込んだ中で一際目立つ花杏の刺しゅうされた軍服を着こんだ精悍な働き盛りの男がそう叫んでいた。竜造寺新平。佐賀の乱の首魁。佐賀憂国党の党首。日本帝国の天皇が認めた北九州の代理人だ。銃口が持ち上げられ、僕は走り出すと寝転がっていた。今日、砂を噛むのは何度目だろう。竜造寺新平が構えるネ"DESIRES"提供のネオムラタナンブ銃を見ながら、僕はポケットから破片を一つ投げていた。カムから罵倒の声が響く。クレーターに降りてきた友軍も銃撃を続けてはいたが、どうも、当たらないのは竜造寺新平が言う言葉に真理を感じているからだろうと僕は改めて思うと忸怩たる思いに駆られるのだ。にやりと笑った竜造寺新平の魅力的な顔に僕は銃の照準を合わせた後、なぜか、なぜか、彼のことを撃てなかったのだ。周囲で、銃の斜線を遮った彼の側近が庇うまでの一瞬が惜しかった。そして、撃った時には手遅れだった。
「さて、同志よ。引き上げ時だ」
竜造寺新平は小声でそうつぶやくと、それから、腹に息を吸って大音声で叫んでいた。普通だったら撃たれるはずなのだが。
「我々、日本帝国は同志を求めている。日本帝国は同志を求めているぞ! 栄光の日本帝国万歳。栄光の日本帝国万歳。新たなる天皇は千代に八千代を生きるのだ。日本帝国に栄光あれ!」
周囲の呆気にとられた反応と、カムから司令部の怒号が聞こえてくる。だが、僕は思うのだ、結局は・・・。日本に最新鋭兵器を投入できない米国の疑惑が当然のような気がする。なぜなら、維新と全く関わりがない僕でさえ、この戦いに正統性がないことは分かっていた。僕以外も皆がわかっていた。田原坂の戦いも熊本城攻防戦も佐賀の乱も全てが挫折した日本人に暗い嫉妬を思い起こさせる。長門大和、竜造寺新平、新天皇。この戦いは長崎佐世保が落ちた瞬間、九州では日本国の敗北で、日本帝国の勝利は決まっても同然だ。そして萩の乱が岩国を落とし、東北列藩同盟が佐倉を落とすだろう。そして、東京の横田、赤坂、府中が新天皇の名において無血開城を行うわけだ。まるで、まるで、明治を逆さまに『少年、破片は一つ私がもらってもよいか?』ように。悪魔、か。この破片が世界の命運を握っているのかもしれないと思うのは悪魔じみているかな。悪魔さん。『いや、そうでもないだろう』竜造寺新平が偽エイブラハム戦車に守られて撤退する先に銃撃をしながら、僕は考えていた。『とにかく、一つもらいたいがよいかな、少年?』だから、僕に渡す権利はないよ。悪魔さん。『少年、米軍に一つ、自衛隊に一つ、一つ余るだろう?』それは、ほら、他の研究機関にも必要だし、それに予備とかの備えもあるし・・・。『敵にひとかけら渡せても君の命を救った私には渡せぬと、少年?』偽エイブラハムが砲撃しながら後退する。竜造寺新平がよく通る声で佐賀義勇兵を鼓舞しながら、去っていく。そうだ、全ては去っていく。昨日が去って今日になる。今日が去って明日になる。そして、歴史が出来て、それも去って全ての予定のみが残る。『一かけら貰うぞ、少年』悪魔は一かけらの石ころを欲しがりたり。なぜなら、神はアブラハムの子孫を石ころからでも作ることができるから。『了承と受け取るぞ、少年』悪魔さん。この戦い、あとどのくらい続くと思う?『そうだなあ、萩の乱での敗北と岩国陥落がこれから四日後、佐倉陥落と鳥羽伏見の戦いが四十七日後、東京の無血開城が百八日後、といったところだな。少年』嫌に具体的だね。悪魔さん。僕は装甲車に乗り込む上官に二つのかけらを手渡して小走りになって小角君が待つ部隊に帰還する。萩の乱と岩国陥落まで後四日か。おかしなことだよ。本当に。そして、佐世保は"解放"されたのだった。
僕はさらに二階級上げてもらった。英雄としてポスターも作るらしいが、全く、どうかしてる。小角君も二階級上がった。どうも、敗戦というのは気軽に階級を発行できるものらしい。さて、広島呉に集合した僕たち敗残兵を待っていたのは、部隊の再統合と萩の乱の鎮圧作戦への参加強制だった。さて、その間に見聞きした噂や公開情報の情勢を整理すると、どうやらアメリカ大陸ではUSAと南米を拠点にした"DESIRES"が条約を結んで投資合戦を行いはじめたらしい。南米の製造機械の精度はけた外れらしくUSAの最先端ロボット工場が苦戦しているそうだ。その間もアメリカは戦時体制で月産八百台の航空機と四百両のレーザー装甲車、二十二艦のレーザー戦闘艦の建造を続けているそうだ。中東ではアラブ最後の戦いが近いそうだ。旧米軍基地を持つイラクとアフガニスタンでは、USAに反対するテロリスト集団が決して後ろ向きに倒れずに、米軍に殲滅させられたそうだ。そして、イスラエルが"DESIRES"に降伏した今、"DESIRES"の支援を受けた核保有国イスラエルとアラブ連合は決して後ろ向きに倒れない最後の戦いを始めようとしているという情報が流れている。さて、安紅さんの研究チームは例の破片を調査しているそうだ。安紅さんの研究によると、あの物質はヒッグス場を操作し、時間と空間を操作するような機能があるとか、ないとか。光速移動するからには、そういう吹き飛んだ話があってもおかしくはないのだが・・・。中国では"DESIRES"と漢詩合戦が行われているそうだ。押韻を踏んだ中国珠玉の名詞を詠いあいながら科挙合戦を行っているとか、いないとか。本当のところは不明だが、とにかく"DESIRES"との戦闘はあまり行われていないそうだ。ロシアでは共産主義者が冬のロシアに楽園ミールを"DESIRES"の科学力で見せびらかして白色政府をからかっているとかいないとか。ロシア政府の公式見解によると、"DESIRES"と共産主義者に屈するくらいなら、地下に埋め込んだカイザーボムと大気圏爆破用のカイザーボムを爆発させ地球と心中する覚悟であるとか。たった二週間前までは、太平の世だったというのに、本当に上喜撰がたったの5杯で夜も眠れない。欧州では、ドイツネオナチス党とイタリア王党派が電撃戦で国内を制した後、東欧州とアフリカ北部を席巻している。ドイツは国内の抵抗を抑えながら核武装を宣言し、イタリアは泥沼の内戦を行いながら対外拡張を続けている。フランスとスイス、ベルネスト三国、スペインは核ミサイルの最終防衛ラインを用いたマジノポケットでの防衛戦で2週間を乗り切っているそうだ。頼みのユーロタイフーンが"DESIRES"の飛行物体"pride"の圧倒的制空力の前で無力なので全くどこの戦線もおかしな状況だ。スイスはセルンの研究結果として秘匿していた反物質弾とレザーの使用に踏み切った。フランスは核熱フィラメントを用いた耐熱光拡散新型戦闘機の投入を図っているとか。とにかくレザーだけが"DESIRES"の脅威であり、当然のこととして"DESIRES"は優先的に北米、欧州を叩き続けている。狂っている。アフリカでは、"DESIRES"が自然に従った法と人類に対する血統的優位性と伝統主義とパンスペルミア説を混ぜたような話をしているらしい。どうも、人類の祖たるネグロイドに血統的優位性を主張しているとか。全く、何とも言えない。神は七日で世界を創ったが、さて、"DESIRES"が世界を滅ぼすには何日かかるか。黙示録には書いてはあるけれど、さてさて。四十二カ月も人類の交戦が持つものやら・・・。悪魔は"pride"の破片を解析中らしく数日は静かだった。秦君はアメリカで最後の一戦を待つつもりだったら、生産人口に数えられて"DESIRES"との生産戦争に駆り出されているそうな。ままならぬものではあるものだ。一日、休息が取れたので、僕は広島の原爆ドームの観光と呉の軍事博物館をめぐって休日を過ごした。九州から抜けたのでネット環境はともかく、電波は回復したので安紅さんとも連絡を取ってはいる。安紅さんの立場から言って盗聴されているだろうから滅多なことは言えないがついつい口が滑ってしまうことが多くて参った。僕は原爆ドームを見ながら、核がたった二回しか使用されていなかった世界のことを思うのだ。大日本帝国は東亜の解放を旗印に掲げながら、中国を侵略し、米国に不意打ちを行い、世界征服を試みた邪悪な勢力であった、そして、僕ら日本人はその罪を背負っている、という当たり前の歴史が持つ忸怩たる、それでいて圧倒的に僕らを包んでいたフィーリング音楽ともいうべき、正統な世界のことを思うのだ。もし、人類がこの戦争に勝ったなら、どうも、望み薄だが、もし、勝ったなら、人類はこの"DESIRES"のことを不意打ちで宣戦布告もなく奇襲してきた卑劣で宇宙征服を試みた邪悪な勢力として永久に語り継ぎ、他の知的生命体を抑圧的に支配し続けるだろう。全く、本当に望み薄だけど。僕は、原爆資料館にある数々のパネルを見ながらため息をついていた。米国は優秀な統治者だ。そして、本来なら日本は永久にその十字架を背負って語り継がれていくしかない立場でもある。長門大和の精悍な声と竜造寺新平の自信にあふれたバリトンが脳内でリフレインする。僕は首を振る。そして、彼らは、戦前華族の薩長土肥で栄光の大日本帝国の復興のみを夢見ている最悪の裏切り者で人類のユダだと、思いこもうとして、そして僕は失敗した。原爆の資料が一つ目に留まった。焼け焦げた自転車だ。子供が乗っていたに違いない。そして、その子は華族だろう・・・。全く、僕はどうかしてる。"DESIRES"のことを考えることにする。どうも、この原爆のような超兵器の使用がない以上、"DESIRES"は単に地球を絶滅させ、破壊しに来たわけではないことが常識的な考えでわかる。"DESIRES"との交信は全く公式発表されていない。"DESIRES"の姿も声も言葉も文字も不明だ。ただ、圧倒的なテクノロジーを保持していることだけがわかっている。幼稚な独裁者が支配している可能性はゼロではないが、限りなく低いだろう。彼らの考えには何か合理的な背景があるはずだ。単純な商学的な背景で言えば、遺伝プールと触媒プールが狙いだと見えなくはない。なぜなら、異なる背景で発展した生物同士が持つ異なった遺伝プールや触媒プールは時として圧倒的な価値を持つことがある。次に文化的な背景で考える。私たちは孤児ではない、というのが科学者たちの地球での持論でもあったわけだが、その場合"DESIRES"は異生物学者で、何だっけ、現地調査、そう、エスノグラフィーを行いに来ているのだろう。異生物学者というのは、何だったかアメリカのSFを思い出すな。素晴らしい夢の楽園。美しさだけを見ていた黄金時代のSF。次の展示に向かう。弁当箱だ。人間は原爆が落ちてもおなかが減るのだろうか? それとも痛さでそれどころではないのだろうか? さて、最後は当たり前の現実。これほどまでのテクノロジー差があったとしても、"DESIRES"は人類を恐れた、とみる場合だ。要は、戦争のための戦争、生存のための戦争、未来のための戦争だ。安紅さんに弁当箱の被爆写真を送りながら僕は、戦争のための戦争、生存のための戦争、未来のための戦争について考えていた。大人はいつも子供をだますものだ。ノーベル賞作家の大江健三郎の従妹である伊丹さんとかいう人は騙された側が悪くないわけでもないと書いているとか、右翼にかぶれていたころ兄貴が言っていたけれど、騙された側が悪いって本当にどういうことなのだろうか? 僕にはいまいちわからないわけだけど。騙されることは損だ。だから騙されてはいけない。それとは別に騙すことは悪い。だから騙すことは悪い。だから、僕がいまいち戦争について理解できないのもそういうところを騙してきた大人が悪いのだ。騙される子供も損をするから騙されたままでは悪いのであって、だから、僕は原爆ドームを見学して、その後、呉の軍事資料館を回る。まあ、けれど、ね。戦争については有体に言えば、何ともはや、名古屋に、三河に、薩長土肥に、清和源氏が、桓武平氏がと来たものだ。そして、太平洋戦争は残念ながら内戦ではないわけだ。この心の安定棒になる最後の思想を強固にしながら、僕は竜造寺新平の心臓を射抜けなかった意気地のなさに唇をかみしめた。日本のあいまいな僕。資料館の展示ガラスの先には女学生の服が展示されていた。ぼろぼろに崩れて焼き色がついてくすんでいる。確かに生きていて、確かにあるべきことが起こったことが見て取れる。この内戦、日本国と自衛隊が勝つことは恐らくないだろう。負ける戦いから逃げることは卑怯ではない。なぜなら、戦前の大日本帝国は負ける戦いとわかっていて戦争をしでかした。その結果が二週間前までの世界だったのだ。そして、僕一人が旧軍閥の大物たちを射抜けると信じたところで他の誰が信じてついてくるというのか? 米軍の監視がなければこの内戦はなあなあの戦争になって裏で手を回して談合した結果、中級市民までが失脚して終わりになるとわかりきっている。僕一人くらいが逃げて、それで、それで、どうなるというんだ? これではまるで秦君と同じで、僕は何をしようとしているのだ? ああ、兄貴は楽しそうに玉掛け免許やフォークリフトの資格を取ったから配給量が上がったといって喜んでいるさ。そして、この戦いがどうなるか聞いたら、あっさりと負けるだろうというわけだよ。全くどうしようもない。ああ、いや、どうしようもないのは僕も同じか。それにしても、兄貴は戦いが終わった後どうするのだろう? 新生日本帝国には僕らのような人材は必要とはされていないのは明白だ。米軍も、本土の決戦を優先して日本帝国との闘いは時間稼ぎに終始するだろう。明日の決戦では萩の乱が萩の革命に繋がるかの試金石ではあるが・・・。僕はため息をつくのだ。どうして、こう嫉妬ばかりしてしまうのだろう。僕らは、僕らは、僕らは、やっぱりおかしいのだ。僕らはおかしいのだ。僕らは・・・。
長門大和と竜造寺新平か。彼らは英雄で、大義を信じている。そして、僕はでっち上げられた英雄で、大義を信じていない。
さて、"DESIRES"はこの戦争に勝ったら人類のことをどう描くのだろう。未開民族との貿易問題として描くのか、狷介な帝国として描くのか、それとも、悪の枢軸として描くのだろうか・・・。
安紅さんからメールが届く。"DESIRES"の"pride"の部品の検査チームの一員として報告書の提出が終わったそうだ。どうも、部材は未知の元素で構成されているそうだ。単純質量比で約256番目の元素でできているそうだ。256というのは不思議な数だ。4!^2に等しい。続きには安紅さんの妄想ともとれる見解が絵文字を途中に織り交ぜながら書いてある。つまり、重すぎるそうだ。空間が歪曲する臨界量に近く、これより重ければブラックホール化する可能性があるそうだ。僕は、"DESIRES"の気持ちを推し量ってみる。テクノロジーは隆盛を極めている。近隣に宇宙植民も始めている。そして、周囲に発展していった結果、人類がいた。良き隣人たるようにというのは宇宙に出る条件であるような気もするがどうなのだろう。彼らにとって、人類は良き隣人にふさわしくないのだろうか? わからない。もし、彼らが人類を脅威と見ているのなら、何が脅威なのだろうか? AIか? 核技術か? ありえない。どれも、一蹴された。重すぎる。それが手がかりだ。ブラックホールからは光が抜け出せない。それが手がかりだ。僕らの戦う相手はあまりに圧倒的な文明を持っている。それが手がかりだ。安紅さんからは、SF大家の様々な時間科学ものの題名が並んだリストが送られてきていた。タイムマシンから始まった時間科学。僕はその時間科学を実際に実現したかもしれない文明と向き合っている可能性に至り戦慄する。もう物語の域だよ。という安紅さんのメールを見ながら、僕は、原爆の写真を眺めていた。マッチ箱の爆弾は原爆投下の10年前までは物語の域だった。そして、そして、そして、原子爆弾は日本人の頭上に神の光を照らしだした。僕は二週間前までのどこかすねたような平和であいまいな日本の私に不満と満足が織り交ざった大人ぶった自分のことを思い出していた。神は最後の審判で人間を聖別するのだ。しかし、原子爆弾は聖別してはくれない。等しく死という安らぎだけを与えてくれるだけだ。そして、死ぬことができなかった生存者に死以上の痛みと苦しみを与える。まるで、生者こそ地獄にいるかのように・・・。科学は決して裏切らない。そして、その科学に愛されているのは僕たち日本人ではなかったことを太平洋戦争が教えてくれる。そして今、僕らは宇宙人に征服されようとしている。"DESIRES"の天のラッパは圧倒的な力を持って力の真理を教えてくれる。それは、まるで科学が全き平等であることを地上の覇者であるUSAに見せつけるように教えてくれる。神がイエス・キリストを使わして特別な愛を示されたというまどろみにも見た信仰さえも利用しながら、真理を歌い上げる"DESIRES"は人類に対して七十光年を経て占領しにやってきた。それは、彼らが人類に意味を、あるいは脅威を見出してのことに違いないのだ。そうでないのなら、そうでないのなら、そうでないのなら・・・。僕は、この窮地に猫好きのあるSF作家の作品を思い出していた。中学生の頃むさぼるように読んだその作品では未来からの救援が駆けつけて全てが大団円となる。あるいは、"DESIRES"はそうなる可能性を見越して人類を殲滅しに来たのかもしれないと思い当たると僕の心は重くなる。科学というものはあまりに美しくあまりに平等だ。そして、その信仰は敗者には許されていない。残酷な、あまりに残酷な信仰であり唯一の真理。そのことを思うとき、僕はみだりに唱えてはならない本物の至高の存在であるGODがいることに夢を見てしまうのだ。中学生の頃、自分には男系天皇家の血が流れていないと気づいてからずっとそうだった。この困難な戦いの勝率はいくらだろうか? 人類が"DESIRES"という超越文明に勝つか、対等な友邦として認めてもらう可能性は・・・。いや、それは、僕たち日本国側が考えることではもはやないのだ、そう気づいたとき、原爆資料館のケロイド化した子供の写真が目にはいるでもなく目に入った。"DESIRES"のパートナーは日本帝国であり、ドイツ第四帝国であり、イタリア帝国であり、ロシア赤軍なのだ。そう思ったとき、僕は被爆した子供の写真を食い入るように見つめていた。神の光に選ばれなかった子。地獄の生存者。人体実験対象。そして、針の孔ほどの可能性にかけて幸せをつかめた側と、つかめなかった側。僕は、涙腺が緩むことを感じた。自分を憐れんでしまうのは男のやることではないのだが、どうしても、悔しいことに涙があふれるのを感じた。選ばれないというのはやるせないことだと、僕は始めて理解した。そして、その鬱屈とした嫉妬が国家をも狂わせることに思い至った時、僕は始めて戦争というのがあったことを理解できた。この後、呉の戦争資料館に行く予定について考えが廻った時、特攻隊の愛国心に打たれても、決して揺るがない何かを得ていることに気づいてしまった。そして、僕は"DESIRES"に打ち勝つつもりの国と人々がいるのだと思い知った。僕にとってこの戦いは死に場所を決めるだけの戦場の夢だったのに、今ようやく理解できたのだ。そうだ。僕は、安紅さんもこの人類の終末を生き延びるつもりで戦っていたのだと初めて理解できた。そして、その後、理性がそんなバカげたことをというのをニヒルに構えてしまう愚かな自己陶酔ととるか、冷静な判断と取るか一瞬の迷いがあった。一瞬の間の後にスマートフォンから音が鳴った。安紅さんからメールが来ていた。萩の乱で見込まれる岩国攻防戦のことと、平和な世界でのことが織り交ざったおかしな文章だった。僕は、不覚にも笑ってしまった。そうだ。この世界は夢なのだ。なぜなら、クラスメイトのだれだれが死んで、だれだれが日本帝国に走ったということが書いてあるのに、そのクラスメイトのことを思い出すと途端に平和だった時代の夢がよみがえるのだ。世界最後の終末の夢を僕らは見ているのだ。戦後日本の寿命が走馬灯のように尽きるのを僕らはながめているのだ。安紅さんの文体を見る限り、岩国攻防戦では、僕も恐らく死ぬんじゃないかなあという感じが現れていて全く笑い出してしまいたくなる。萩の乱、岩国攻防戦。銃口を引ける力さえあれば死に損なわないですむわけだ。それだけが近代戦の良いところだ。それにしても・・・。米軍基地の解放はそもそも戦後日本に課せられた最後の戦争の惨禍の宿題だったわけだが、日本帝国はその宿題を武力と地球文明に対する内政干渉で解決するつもりのようだ。もし・・・。近頃、考えるのはifばかりだ。もし、もし、もし。もし、"DESIRES"が来なかったら、この戦後最大の宿題はどうなっていたのだろうか? 僕はそのことを考えるにつけ憂鬱な気分になる。そのことを考えるとき、日本帝国の方が、日本帝国の方が、日本帝国の方が、まるで、まるで、まるで・・・。僕は、安紅さんにあててメールを書く。安紅さんの"DESIRES"の見方は極めて楽観的だ。僕は、インディアンとスペイン人ほどの文明差があるとみていたのだけど、安紅さんはUSAとソ連ほどの文明差だとみているようだ。だが、まあ、終局では同じなのかもしれない。"DESIRES"との闘いは時間がキーワードであり鍵だ。"DESIRES"は時間操作文明であり、"pride"を数十機派遣すれば短期決戦で地上を制覇できるのにもかかわらず、日本帝国のように地上での遊びをおこなって奇妙に時間を待っている。これはおそらく何かの鍵なのだ。そのことの意味がわかれば・・・。僕は安紅さんへの返信のメールを書きながら猫について考えていた。扉は開く。猫は歩く。空間と時間の扉は開くだろう。そして、そして、そして、僕たちは絶望するだろうか? "DESIRES"が絶望するだろうか? 全く、望み薄だよ、本当に。僕は安紅さんのことを考えながら、誰が戦死して誰が日本帝国に走ったかを考えていた。まるで、学校の勢力図だったことに気づくと僕は自嘲の笑みを浮かべていた。世界というのは単純だ。嫌になるくらい。権力も、経済も、倫理も、哲学も、そして真理の女王も。僕らはたった三つの空間と一つの時間に生きているのだ。僕は聖書の終末の予言の一節を思い出していた。確かに、地球は岩だらけの惑星となって灼熱の太陽に焼かれて死ぬだろう。そして、僕は暗く笑う。そして、USAと彼らが選んだ選ばれた存在だけが生き延びたに違いない、と。そして、僕は呉の軍事資料館で日本帝国が"DESIRES"に叶えてもらうだろうかもしれない夢と大日本帝国の夢とを暗い気持ちで見た。僕らは帝国よりもうまく滅びれるだろうか? あの凄惨な太平洋戦争よりも。それとも、僕らに"KAMIKAZE"は吹くだろうか? 奇跡はあるのだろうか?




