悪魔で特進
熊本城攻防戦の後のことだ。僕は誤射のことで、徹底的にしぼられた。それでも、僕は"英雄"なるものらしい。おかしなことだ。そういえば、あの旗持ちの女性は反乱軍新天皇の皇女らしい。おかしなことだ。超大時代的錯誤的話のような気がしてしまう。だが、森自衛隊参謀本部長からは、あの将校は自衛隊生え抜きの天皇家の血を引く云々で、皇女にあたっていればと説教されて殴られた。一体、なんと戦っているのかわからなくはなる。秦君の気持ちがようやく少しわかってきた。僕は四階級特進して士官待遇になるらしい。それについて今一つ喜ぶ気も起きなかった理由がある。イスラエル降伏の一報が僕ら自衛隊正規軍の士気を徹底的に打ちのめしたからだ。モーセ、エリヤ、イエス、そして去年逝去したイスラエルの最高ラビの投射映像が雲間に投影され、"DESIRES"にかしずく映像が一斉に流れた。その映像が流れたのはかなり前だったようだが、電子戦に敗れてインターネットが破断しているのが幸いして昨日まで大きな問題には表立ってはなっていないようだった。ところが、本日、イスラエルは"DESIRES"との交信の後、米軍に"天が測られ地の基が定められた"と謎の問いかけを残して"DESIRES"に降伏したそうだ。国連は一致してイスラエルを弾劾したが、イスラエル軌道衛星上は既に"DESIRES"の第二のラッパ"greed"宇宙船に占領されているし、実効制裁力は皆無。旧枢軸国の内通から始まって、ロンドン壊滅、共産主義者の蜂起によるロシアの無力化、西欧最古の文明の裏切り。もう、未来を考えるだけでばかばかしい気がする。現在、アメリカ、インド、パキスタン、イランによるイスラエル奪還及び第二のラッパ"greed"の調査を計画しているようだが・・・。とにかく"DESIRES"の技術には未知数が大きすぎる。ペンタゴンの特殊レーザー艦の出力1億Gwのレーザーが全く通用しないかったなどという噂がまことしやかにささやかれている。安紅さんによると、南部ゴールドストーン粒子の生成とヒッグス場の崩壊を交互に行っているとか、いないとか。もはや我々は、ネイティブインディアンではある。おまけに"DESIRES"は神を名乗っているし、いっそのことイスラエルのように降伏してあがめてしまった方が楽なような気がしないではない。
「よう。英雄!」
「秦君」
熊本の南部と北部は核の投下合戦で壊滅してしまい、神風連が宮崎との連絡を絶ったので、現在自衛隊正規軍は鳥栖まで撤退の最中だ。参謀本部は熊本城で再度決戦を主張したが、米軍が宮崎、鹿児島、佐賀と囲まれてしまうのを嫌って撤退の判断を下したそうだ。米軍も世界展開を縮小し、米本土での戦力集中を目指しており、情勢は極めて流動的だ。米本土では、現在のところ戦闘は小休止し、南米に反米勢力を結集した"DESIRES"との生産合戦を行っているようだ。米国製品と同程度の製品をより安く、より大量に生産する米国のお株を奪う"DESIRES"の遊びだ。
「昨日の少年兵が今日の英雄とは、世も末だね」
「ですね」
くるくると銃弾を回してみる。どんな素材でできているのだろう。"DESIRES"が提供した技術の硬化弾の貫通力は本当にすさまじい。
「そこは激昂するところだろう、神波正」
秦君が、にやりと笑いながら声をかける。米兵と一緒に撤退中の今、再開できたというわけだ。
「いや、だって、イスラエル降伏ですよ。秦君」
「あーあ、あれは参るな、正直、人類滅亡カウントダウンだな」
カウントダウン、人類。
「天が測られ、地の基が定められた、って旧約聖書の有名なあれですよね」
「あー、俺はカトリックだからあまり詳しくないが」
「つまり、その時はイスラエルが滅びる可能性もあると明言したあれのことですよ」
「あー、それは世紀末みたいなものかな?」
神の千年王国が言葉通りならそもそもイスラエル建国から千年で神の国は滅んでいるが・・・。
「平たく言うとそうですね」
「それなら、最初からヨハネの黙示録がどうとか"DESIRES"が宣伝してるじゃねーか」
確かにそれはそうだが、僕の予想が正しければ事情はもっと悪いような気がする。つまり、天が測られ地の基が定められるというのは、要は物理定数の完全解を"DESIRES"がすでに見つけているのではないかと僕は想像しているわけなのだ。僕がイスラエルの研究者なら、四つの力の極大極小値の完全解を知らされた時点で、現実世界が終わったことがわかってしまうだろう。そして、イスラエル人は信仰に生きているわけだ。おのずと結果はわかるだろう。
車両の奥で休んでいた小角君が伸びをするのが見える。ちらと視線を移してその後、声を落として秦君との会話を続ける。
「イスラエルは公然の核保有国で、中東一の科学技術大国なわけですよね。秦君」
「あー、そうだな。中東全体でも勝てんだろ。あそこには」
日本にいると世界が日本で回っているような気がするが、完全な勘違いだと僕は思う。そもそも日本人が属するモンゴロイドの人口は世界の三分の一程度だ。経済力で見ても三分の一に過ぎない。陸地面積に至っては七分の一から八分の一だ。要するに我々日本人は少数人種の中の少数民族に過ぎないという事実だ。そして、世界は五大国と三つの核保有国が左右してきた。北朝鮮を含むと四つになるが・・・。
「あそこは熱心なユダヤ教国でもありますが、かつてはアインシュタインやファインマンの支援を受けてアメリカ科学界をリードしたパイプを持つ完全な科学信奉国でもあるわけです」
「まあ、そうだ」
「そこが、降伏するということは、まあ、おそらくですが、我々地球勢力は"DESIRES"に科学で完全に屈したとみるのが正解だと思うわけですよ」
「まあ、言うまでもなく太陽系を超える技術を持っているのはあちらさんだし、妥当な話だな」
「それで、アメリカとイスラエルの隠されたテクノロジーの差はどの程度だと思います?」
秦君が極めて不快に眉を吊り上げ、一瞬の逡巡の後、ぼりぼりと髪の毛をかきむしった。そして、何事もなかったかのように銃を手元でいじりはじめる。
「・・・自衛隊が考えるこっちゃねえよ。英雄君」
「そうですね。でも、正直、気がめいりますね」
「ああ、滅入るな。俺たち日本人でさえな」
僕は銃弾を指で弾いて空を舞わせる。
すると秦君が苦く笑う。
「隊規も末だよ。そんな遊びも注意できないとは」
「次はどこが戦場になる、のかなあ?」
誰に語り掛けるでもなく呟いてみる。戦う。熊本城攻防戦は敗れた。神風連は宮崎と熊本を介したルートを封鎖。"DESIRES"が後ろ盾の日本帝国の皇帝が合流し、宮崎高千穂で天孫降臨を再現した即位の義を行ったそうだ。
「九州は終わりだな。次は本州上陸戦か何かだろう」
「本当に九州失陥なんですかね」
「戦争だからな。終わるときなんてあっという間だよ。子供の頃、ひい爺さんが第二次世界大戦の末期の頃のことを時々話してた、が」
「新兵器がないことにはこの戦い、不可能ですね」
「新兵器は、ないだろう。生産能力もテクノロジーも相手が上だ。"DESIRES"の敵対宇宙人でもいない限り勝ち目は乏しいな・・・」
新兵器。こんな時に人型決戦兵器があったら、あったら、あったら、いや、まあ、あっても光速移動航空機やらが相手では無理か。『少年、決戦兵器は戦術的に時代遅れだぞ』うん、そうだね。時代遅れだ。第二次世界大戦で日本海軍の艦隊決戦兵器である空母機動艦隊は敗れたといわれている。『機動艦隊はかっこいい名前だな、少年』かっこはいいよね。戦後の責任をすべて背負えるのなら。『どうかね、少年。機動決戦兵器の操縦をやらないか』君も悪魔だなあ。『悪魔だからね』機動決戦兵器ねえ。アメリカの極秘研究に期待するか。『いや、そこは悪魔の私に願いを言えばだね・・・』
「悪魔ねえ」
「なんだ、神波正。悪魔ってなんだ?」
「いや、秦君、なんでもないけど・・・」
僕の中に悪魔がいる。そんなことは口に出しては言えない。まるで、何かのミステリーのセリフみたいだし。『いや、悪魔というのはミステリーだろ、少年』悪魔は非科学的だから、一応現代科学の枠内でやるミステリーには登場しないですが。『我々は一応科学的な存在だぞ』現代科学とわざわざ前置きしてるよ、悪魔さん。『現代というのは公開された情報では推定不可能なものだよ、少年』はいはい、僕はまだまだ、少年ですよ。少年ですよ。そういえば昔世紀末少年がどうとかいうのがあったとか兄貴が言ってたなあ。『うむ。集団自殺によるものでない限り世紀末に滅びるというのは土台あり得ない話だよ。少年』そうかなあ。まあ、普通に考えたら十のn乗分の一だから、世紀末に滅びることはないのだけど、それはそれ、『その禁じられた名を唱えるなよ。少年』の思し召しというのがあるのではないかなあと思わないわけでもないわけで。それにしても、ほんとに世紀末だよ。
「秦軍曹。ガムありません」
小角君が秦君にないものねだりをしていた。
「お前、欲しがりません勝つまではという標語を知らんのか?」
「えー、秦軍曹、勝ち目はないですし、勝ったとしてもそのころ僕ら生きてますかねえ?」
「それは、お前、あれだ・・・」
欲しがりません、勝つまでは。"DESIRES"は、日本では決して欲しがらないようだ。拠点管理もすべて日本帝国の管理に委ねているし、略奪もない。地上の兵器工場はすべて日本帝国の管理下にあるとか、ないとか。諜報も"DESIRES"の情報はともかく、日本帝国に関してはないも同然だと司令部は言っていたが・・・。欲しがりません、勝つまでは。どの国も名言であるプロパガンダを持っている。そして、それを実行できずに敗れるのだ。大日本帝国はABCD包囲網により、欲しがらないことを勝つまで実行できなかった。"DESIRES"は欲しがらないような予感がする。日本国が滅びるまで、きっと彼らは決して欲しがらないことだろう。そして、その後は・・・。『少年。君は後ろ向きすぎるよ。君は今や英雄だ。英雄たるべき英雄として、このアトラクションを楽しめばよいではないか』悪魔は囁く。そして、誘惑に屈した側から地上を去る。『少年。何かの名言か?』いや、即興。秦君が舌打ちして、胸ポケットからガムを取り出して放り投げるのを見ながら、僕はつぶやいた。
「秦君。この戦い、一億総玉砕に僕らは耐えられるのかなあ?」
一億総玉砕。最後の人類防衛線。
僕の夢想にだが、秦君も小角君も冷淡だった。
「いや、無理だろ」
「無理でしょ。神波正少佐」
「どうして?」
「いや、だって、日本帝国は天皇家を旗印にしているうえ、大日本帝国の再興をプロパガンダにしてるから、日本国の首脳も危機に陥ればすぐ妥協すっだろ」
「そうですよ。少佐」
「え、そうなの、そう、そうなのかあ、いや、そう?」
「そうじゃなかったら、田原坂の戦いと熊本城攻防戦が最終防衛線だったのは自明だな。こんな出し惜しみをするわけがないわけだ」
「まあ、こんなしょぼい戦いが人類最後の戦いではありえないですよ。神波正少佐」
いや、なんだか、そうらしい。僕は人類最後の戦いも間近だと信じ切っていた。しかし・・・。
「いや、小角君。その少佐って言うのは・・・」
「なぜです。熊本城防衛線の英雄ですよ? 4階級特進ですよ?」
「まあ、そうだよ。英雄」
『だ、そうだぞ。少年英雄』悪魔までが一緒になって、そう合わせる。全く、こういうのライトノベルでは自覚が足りないぞってかわいい女の子が言うわけだけど・・・。どうしたものだろう。ああ、次の戦いは、おそらく佐賀か、山口萩となるのだろうけど・・・。"DESIRES"との戦いといいつつも、人類同士の内紛で僕ら戦後日本人はみんな死ぬのかもしれないなあ。どうなんだろう。『少年は、暗いなあ』うん。根が暗いからね。『それ、予防線だとしたらかっこよくないぞ』うん。かっこよくないわけだよ。僕。『嫌な、少年だ。大人のからかいを台無しにして』うん。嫌な少年なんだよ。僕。『・・・ところで、少年、機動兵器の操縦の話はどうだ?』えー、決戦機動兵器? ・・・。
何をするでもなく、過ぎる時間にも僕らを乗せるトラックは北上を続けるのだった。




