悪魔で遭遇
「神波正くーん」
安紅真津宵の声が聞こえる。今日も、今日も、今日も、平和だ。テストは終わったばかりだし、解きかけの問題は万物理論とUIの設計と、リーマン予想くらいだね。もちろんあれだけど。
近頃、女の子から仲良くしてもらえるし、なんだか友達が増えたような気がする。もちろんあれだけど。
結局、あれだよ。
GODのおかけだね。
「天にまします我らが父よ。あなたが人類の咎を償うために犠牲に捧げられたイエス・キリストの名において、祈ります」
「ねえ。また、それ? 神波正君」
「うん。僕は日本人だからね。キリストは神そのものでもあるけど、イスラエルの住人だから」
「神波正君は小難しいことばっか考えてるね? 神に願うのもいつも真面目な願いばかりだし」
「日本人に真面目以外の取柄があるとは初耳だよ。阿紅さん」
「うーん。私、最近勉強の合間にシナリオ書いているけど、時々、見てもらっている先輩に言わせると最近の日本の本は江戸時代に回帰してて、大分はちゃけてるみたいらしいよ。そもそも、日本文芸は江戸時代にね、」
「日本文芸は遠藤と大江とカズオイシグロを読めば後は読まなくていいと思うよ? 江戸時代云々は分かりかねるけど、教科書に載っているくらいだから曲亭馬琴や十返舎一九、近松門左衛門、井原西鶴は読んだ方がいいかもね。強いて読むべきなのは御伽草子のかぐや姫くらいじゃない? 後は浦島太郎とか? 後は日本霊異記辺りが読むといいってどこかの偉い作家が行ってなかったっけ?」
「うーん。神波正君はタンパクだね。タンパク。文字通り人間がタンパク質だけでできているって信じているんじゃない?」
「シュレーディンガー先生の時代からそれが現実だって言われているよ」
「なら、どうしてシューキョーなんかに凝っているのよ?」
「それは・・・」
「そもそも、文芸というのはだね。古代ギリシャに完全無欠に完成させられたものなのですよ。えへん。ホメロスを評したウェルギリウスの言葉にあるようにね、」
安紅さんは博識で、きさくだ。昔、こんな友達がいればいいなあ、と思っていたような気がする。まるで、それは、
「で、イタリア文芸の白眉であるダンテの神曲が、あ、これは、神波正君の方が詳しいかもしれないけど、この作品がキリスト教精神の極みである、」
まるで、
「これが破れるのは、産業革命以降で、ここから市民文芸が花咲くんだよ、」
いや、そのことは考えないようにしないと。主よ、聖書とは異なる言葉の偶像を崇拝する我々、愚かなアジア人に対しても永の罪を負う、かつての夢ばかりを追いかける日本という存在をお許しください。なぜなら、なぜなら、
「ここからは細分化されていくんだけど、私のお勧めはジュール・ヴェルヌとウェルズの系譜だよ。一時期絶版だった解放された世界が、市民文芸における最大の夢を世界中に見せたんだよ、信じられる? ペンが剣の世界を、ペンが銃の世界を、動かしたんだよ!」
ペンが剣の世界を動かすことは無い。ペンが動かすのはより強い剣を持つ世界だ。米ソの核均衡が大英帝国の融和主義と崩壊をもたらし、そこに世界の、世界の、そして日本の、日本の、
「最近、読んだので一番いいのは、国内ではSFのアレで、他は白樺派? 国外ではSFのアレで、他はアンドレジッドの系譜かスタインベックの系譜かなあ? 西部劇は漫画みたいでシナリオの参考にしているけど。ただ、愛はねえ。恋愛はねえ、」
結局、
「愛は、騎士の愛。市民の愛。王の愛。それと、あれだけど、神の愛。そして、真理の愛。愛は愛というのは未知だよね。子供の愛ならわかる、って子供が言うのも変だけど。正しく神秘? 神波正君なら言いそうじゃない? なに、あの、その錯覚の科学、とか?」
「電子の愛だね。4つの力の愛だね。ニュートン卿の重力も、湯川の核力も、マクスウェル卿の電磁気力も、ヤングの弱い力も、引き付け合うんだから、きっとGODが存在を愛するように作っているんじゃないかな?」
「いつもだけど、神波正君はしゅーきょーだね、」
持たざる者は、神にすがるものだ。この科学が全盛の時代に、未知なものが存在しない時代に。全てが科学で解釈しようとすれば可能な時代に。何といっただろうか。兄貴が何か言っていたけど、昔の青少年向け小説では、こういうのを地図の空白が埋められたとか怪物領域が減ったとか評したとか、評さないとか。ともかく。かつて偉大な作家は言ったそうだ。私たちは机まで食べつくしてしまった、と。かつて、物理学に終わりはあるのかという議論があったそうだ。この世界における手段は何もかもが有限だ。無限なのは神に属するものだけだ。時間とエントロピーと空間、そしてそれから生まれる全て。
「うん。僕はしゅーきょーなんだ。僕はちょっと変だからね。でも、安紅さんは、そうじゃないのにどうして、僕なんかに興味があるんだい? 成績も運動も人並み以上だし、教養も群を抜いているのに、どうして誰とも付き合わないの? それに、」
確か、安紅家は、明治維新の頃に、
「・・・ふーん。神波正君はそんな目で私を見ているんだね?」
「うん。そうなんだ。日本の男は狼で、女は猟犬だからね」
ヨーロッパ名家と繋がった、
「うふふ。私は小悪魔だから」
「なら、僕は神の使徒だね」
「冗談? 神波正君? その言葉を出すと、」
悪魔、か。悪魔、か。悪魔、か。自らを悪魔なんて名乗って見せる変わった性癖を持つのは日本人くらいだよ。本当に。悪源太以来の伝統だけど、本当に魔女狩りやられたらどうするんだろう。今の国際社会を維持する戦力に対抗できるのは、存在するかもわからない神ぐらいだろうに。第一、神が存在したとしても、愛するのはユダヤ教徒やキリスト教徒であって、その本場のコーカソイドが優先のような気が果てしなくするし、その上で日本人を愛してくれるとは、容易には信じかねるものだろう。悪魔などと名乗るには、せめて、キリスト教国のトップ4を分断して、核戦力の均衡を成し遂げてからだろうにね。
「いいじゃない。安紅さん。そのくらい信じたって。そうじゃなければ、この国なんて、」
「あー、はいはい。神波正君と話すといつもそうなっちゃうよね。本当」
安紅さんは、鞄を腕ごとぐるぐる回して見せて、重力のなすままに振り回す。セーラーが振り振り揺れてなんとなくエロティック、かなあ。汝の右目が汝を躓かせるのなら汝の右目を抉り出せとはいうけれど。
あー、水兵リーベー、僕の船。ナナマガーアル、シップスクラー。ク、カス、千葉、熊、てこ、二度あえが下品、セレブ臭の栗。留守意地にモテル、路地、パラ銀貨、椅子当て容器。世刃乱世、プラネ、プロ左右TEL、時、吠える、釣りいる、旗垂れ、おい、白金金水、棚美、ポロ、あ。ふら、悪とプーね、ぷ、秋葉か、愛、踏めノロ、ラード脂肪は、まだ、レコ。水素、ヘリウム、リチウム、ベリリウム、ホウ素、炭素、窒素、酸素、フッ素、ネオン。ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、珪素、リン、硫黄、塩素、アルゴン。カリウム、カルシウム、スカンジウム、チタン、バナジウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、ガリウム、ゲルマニウム、ヒ素、セレン、臭素、クリプトン。ルビジウム、ストロンチウム、イットリウム、ジルコニウム、ニオブ、モリブテン、テクネチウム、ロジウム、パラジウム、銀、カドミウム、インジウム、スズ、アンチモン、テルル、ヨウ素、キセノン。セシウム、バリウム、ランタン、セリウム、プラセオジム、ネオジム、プロメチウム、サマリウム、ユウロピウム、カドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ルテチウム、ハフニウム、タンタル、タングステン、レニウム、オスミウム、イリジウム、白金、金、水銀、タリウム、鉛、ビスマス、ポロニウム、アスタチン、ラドン。フランシウム、ラジウム、アクチニウム、トリウム、プロトアクチニウム、ウラン、ネプツニウム、プルトニウム、アメリシウム、キュリウム、バークリウム、カリホルニウム、アインスタイニウム、フェルミウム、メンデレビウム、ノーベリニウム、ローレンシウム、ラザホージウム、ドブニウム、シーボーギウム、ボーリウム、ハッシウム、マイトネリウム、ダームスタチウム、レントゲニウム、コペルニシウム。
H,He,Li,Be,B,C,N,O,F,Ne,Na,Mg,Ar,Si,P,S,Cl,Ar,K,Ca,Sc,Ti,V,Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Zn,Ge,As,Se,Br,Kr,Rb,St,Y,Zr,Nb,Mo,Tc,Ru,Rh,Pb,Ag,Cd,In,Sn,Sb,Te,I,Xe,Cs,Ba,La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu,Hf,Ta,W,Re,Os,Ir,Pt,At,Hg,Tl,Pb,Bi,Po,At,Rn,Fr,Ra,Ac,Th,Pa,U,Np,Pu,Am,Cm,Bk,Cf,Es,Fm,Md,No,Lr,Rf,Db,Sg,Bh,Hs,Ds,Rg,Cn
・・・。
性欲は中々勝てないものだけど、知恵の力でねじ伏せられないこともないかなあ。ないんじゃないかなあ。と思えないときがないわけではないかなあ。
「・・・で、近松の浄瑠璃は結局、」
「安紅さんは、本当に手広いなあ。でも、あの手の芸術は、残るとしたら大阪の本場の文楽か、地方に特有の由来のあるのだけじゃないかなあ。憶測だけど、大阪本家と後は薩摩の東郷村で保存している伝統あるものとか、かなあ」
「神波正君は、相変わらず暗いよねえ。しかも、トリビアだけは、どこからか仕入れて来ているし。将来出世するんじゃない?」
出世、かあ。出世景清、科挙に蛍雪、三四郎、末は博士か大臣か、少年よ大志を抱けというけれど、ひと昔前には、二十四時間働けますかとまでは無理だけど、サービス残業当然のサラリーマンの生存戦争があったとかなかったとか。鎌倉時代は一騎打ち、科挙の時代までならアメリカ大陸はモンゴロイドのものでして、明治時代はまだしも救いの一死一殺、クラーク先生が見た日本はアジア一の一等国でありまして、戦争責任もありませんと来たものだ。そして、
「どうかなあ。僕は本当に暗いから、AIに人間の知識労働は全敗するんじゃないかなあと考えているよ」
世界第二位の経済大国だった頃の我が国にはIT革命の終焉の香りなんて全くなかったわけでして、
「うーん。それは冗談じゃないけどね。最近本当にこんぴゅーたーは賢いよね。このままいけば、サイバーなパンクの世界が来そうだよね」
「日本の国力が持てばね」
「それは、それで、ディストピアSFで・・・」
「うーん。読むのは面白いんだろうけど、自分たちがやるのはねえ、絶望的だよね」
「あー、それは、同感。実際、AI人格に移植した政治支配層に操られた表面経済支配層の支配とかあったら絶望的だよね。それも宇宙開発とAIの進化は軌道に乗って、支配が永久に続くやつ・・・」
SFかあ。
SFねえ。
SFだあ。
SFは人類が見出した最高の文学作品で人類の夢はそこに全てが載っている。永遠。そして安紅さんがいみじくも述べたように、この無限に拡張する永遠の宇宙と時間を生きるこの世界の勝者たち。
・・・そして、僕らに永遠の生命を与えてくれるのは神だけだ。
「で、暴君のふりを、」
「ふーん。で、安紅さんは特撮が好きなの?」
「うん。変身ヒーローは毎週見ているよ」
「ファンタジーだね」
ファンシーというよりファンタジーだ。僕だって男の子だったから子供のころは特撮もののヒーローに憧れたりもしたけれど。
「うん。私のファンタジーだね。他の子のファンタジーは他の子のファンタジーだしね」
「他の子のファンタジーって?」
「ん? だから、ほら、旧霞会の男の子と付き合うとか、ジャニーズを追いかけるとか、海外の子とよろしく友情とか、そういうの」
「あー、それは、その特撮を超えているかも」
「神波正君はさ・・・」
トゥティトゥティトゥ。トゥティトゥティトゥ。
と、唐突にスマートフォンのJアラートが響き渡る。安紅さんが手に掲げているおしゃれな革にチェック柄のかばんからスマートフォンを取り出す。
「・・・、うん、神波正君のもだね。本当、うるさいよね。東日本大震災以降この音は大評判だね。この前はゲリラ豪雨警報だったけど、今回は、っと」
安紅さんにつられてポケットからスマートフォンを取り出す。何々、タイトルは、タイトルは、タイトル、は?
『はあ?』
安紅さんと声がそろう。
「SETIシグナルと未確認地上軍の確認を受けて、合衆国が国連軍の出動、って、頭おかしくない?」
「SF? 今日4月1日じゃないよね」
「ジョークアプリ、かな? でも僕ら二人そろってウイルスという確率は・・・」
スマートフォンで検索する。
「え、何、これ宇宙人との?」
「コン、タクト?」
周りで歩いていたビジネスマンも子供連れの母親も怪訝な顔をしている。そのスマートフォンから大音量でニュース動画の声が漏れていた。そして、それから、まるで、僕たちの未来を暗示しているかのように、母親に連れられた子供の泣き声が響き渡っていた。
『ここで臨時ニュースをお伝えします。臨時ニュースをお伝えします。さきほど政府が非常事態宣言を宣言しました。官邸からの連絡によりますと指示に従えない団体及び個人は破壊活動防止法の適用下に・・・』
『さきほど、EUでもSETIの確認と未確認地上軍の存在の確認がなされたもようです。フランス政府はNATOに直属しないドイツ、イタリアの市民に対して欧州連合への指揮権下に入るように公式声明を発表しました。ドイツ、イタリアのNATO軍との連絡が途絶していることにNATO、国際連合軍が深い遺憾の意を表明しました。まだ、イギリスとの連絡は回復しておらず・・・』
『NATO軍と未確認飛行物体が戦闘状態に入った模様です。NATOはSETI信号の送信元を七十光年先のCFBDSIR 1458+10連星系と特定しました。また、イギリスに着陸した未確認武装勢力と土星衛星エンケラドスに着陸している母艦、及び、アステロイドベルトに布陣した前線部隊、水星と太陽の周りに展開する遊兵に向かって必死の呼びかけが成されている模様です』
『こちら、NHK。NHK。沖縄で大規模テロが行われた模様です。岩国、佐世保、佐倉基地との連絡が途絶しており、・・・はい、沖縄支局ですか? はい、はい、え、政府から。・・・非常事態宣言下において、沖縄県に対して破壊活動防止法が適用された模様です! 繰り返します、沖縄県に対して破壊活動防止法が適用された模様です! 政府は安保関連法案の適用を宣言しました!』
・・・桜の花びらが風に舞って流れていく。雲一つない青空だ。今日は、気候の良い春の一日だ。春眠、暁を覚えずというのはこのことだ。
そのことだけは決して忘れないだろう。安紅さんのスマートフォンを二人で覗き込みながら、僕らの世界の終わりを僕らは眺めていたんだ。
「NATO空軍と未確認飛行物体との間に戦線が開かれた模様です!」
安紅さんが、口笛を吹こうとして失敗した後、唇を震わせながら、唾を飲み込みつつ、カラカラに乾いた声で何か言った。
確か、宇宙人映画では、宇宙人の最新武装を米軍のミサイルで撃破できるとか、宇宙人が弱いモードだからとか、そういったこと。
「うーん。安紅さん。これ、本当だったら、世界の終わりだね。僕らアポカリブスが見れるなんて、幸運だよね!」
「えー、神波正君? 世界が終わるって?」
ヨハネの黙示録では、天にまします、我らが父の怒りが地上に降り注ぐ、とある。天というのは中世ヨーロッパではヘブンリーボディを意味することもあり、これは、天体のことだ。つまり、他星系に住む、我々人類に対する高位文明たる父にも等しい存在が怒りを発して、世界を滅ぼそうとなされることはヨハネの黙示録にきちんと書いてある!
「うそくさっ!」
「うん。本当は意味が違うんだけどね。本来7つの星と燭台は北斗七星を表していて、その中心に座すということは宇宙中心核の質量とインフレーションの中心であり質量的に高次元に真っ先につながる巨大ブラックホールを指していると考えるのが妥当だけど・・・」
その間にもスマートフォンの接続映像は次々と入れ替わる。米国の最新ステルス機による飛翔体に対する核攻撃の映像が映し出されていた。
「あー、これで、駄目ならあかんな。映画でもやってたわ」
「あー、そうだね。これで駄目なら今日から終末ライフに突入するね」
ところが、核の起爆が起こらず、長崎の例の映像を彷彿とする爆炎は上がりもせず、そこには粉々に砕かれたミサイルだけが残って、敵軍のレーザー兵器とレールガンを混ぜたと思しき、高速イオン射出兵器によって撃ち落された米軍機の残骸が落下する映像が現れれると、うめき声とともに狂おし気に一人のサラリーマンがスマートフォンを地面にたたきつけた。正気なのは彼だけだろう。こんなことは現実では起こりえないわけだが、起こりえないわけだが
「あー、オワコン」
「うん。これ、光速運動を行っているね。核爆弾が爆発さえしなかったわけで、まあ、このテクノロジー差はちょっとないよね。これはまさしくネイティブインディアンとスペイン人みたいだね」
「てことは、人類おしまいかな?」
「おしまい、かなー」
周りで電話が忙しい、数人は有給の申請、残りは仕事の確認だ。同級生が何人か学校に電話している。今日は臨時休校になるとか、ならないとか。
「あ、中軍、空戦に負けたらしい」
「うーん。NATOと上海条約機構の地上部隊が一時的に戦線を押し戻しているようらしいね。ただ、制空権がないから、後はナチスと大日本帝国と同じ末路だろうね」
「というか、これ、本当の可能性ってどれくらいあると思う?」
「ん。いたずらにしては規模が大きすぎるような。ただ、ひょっとすると米軍による思想調査の可能性はあるよね。米軍が崩壊するという情報に各国がどう反応するかとか、ね。五大国全部がやられてるみたいだし、そういう調査だったら、沖縄のテロの話とか危なすぎて日本オワコンレベルだね」
「んー。旧枢軸国が宇宙人に内通とか、三流ライトノベルでも書かない展開だよね。危険すぎて」
「うん。まあ、ねえ」
「でもさ、これって本当だったら、強い宇宙人モードだよね」
「えー、それ何。安紅さん」
「何って。だから、弓矢で鉄砲と戦うモードってこと」
「だから、何それ」
「つまりね。ほら、あれ、宇宙人映画って最後は人類が不思議な作家の加護で勝つでしょう?」
「あー、負ける話はあまり聞かないよね」
「で、今回は?」
「あ、そういうことね。これ、どう考えても負けるパターンって言いたいの?」
自衛隊のヘリがブリブリ言いながら空を飛んでいた。まあ、そうだね。ロボット映画やSF映画のように秘密兵器がなければ負けるかなあとは思う。エリア35に期待する、とかなのかなあ。
「うん。昔の集英社作品のように、ね、本気エイリアンと戦いたい、とかいう人類の願いがかなったんじゃないかなあ的な」
「あ、この前、そんな映画見たよ。こういうのや漫画と違ってもっと高尚だったけど」
その間にもスマートフォンが意味不明なことをわめいていた。何というか極めて異常なことにRevelation of Japan、Revelation of Italy、Revelation of Deutschlandを宣言した一部の軍部に旧敵国条項の適用が可決されたらしい。
『政府は反乱軍に破壊活動防止法の適用を決定。自衛隊は国家の自衛のために、東京の米軍と共同歩調を取り、新統制派を名乗る、昭和天皇の従妹の子孫を代表とした反乱軍に一致して対処することを宣言し・・・』
イタリアでは旧王党派が、ドイツでは第一帝国の皇帝の復権を目指した運動と第4帝国宣言を新国家社会主義がどうとか、ロシアでは第4インターナショナルがどうとか、言っているのだが・・・。どうだろう。人類の最後って案外こんなものなのかなあと感じないでもないのはどうしてなんだろう。人類の歴史って結局、最後までこういうものなのかなあってさ。敗戦国の一少年が世界滅亡の間際に思うのってさ。まあ、まず、僕がくるってるか、世界が狂ってるよね。
『自衛隊は予備役の招集と志願を募ることを決定し』
『反乱軍に各国で正規軍が敗北の模様、ダンケルクでドイツ正規軍及びNATO軍敗北、チウメでイタリア正規軍及びNATO軍敗北、沖縄で自衛隊と米軍の連合軍が敗北』
『ロンドン壊滅、ロンドン壊滅、ロンドン壊滅です! 映像が入りました!』
『米軍が、新型レーザー兵器、レールガンを投入しました。無敵と思われた敵飛翔体3機を撃墜した模様です。ただ、敵機は完全に自爆した模様。敵勢力の分析のチャンスは逃したもようです』
「ねえ、安紅さん。せっかくの終末ライフだからさあ、志願しない?」
「えー、神波正君は夢見すぎじゃないかなあ。私たち何の訓練も受けてないんだし」
「あー、それはねー」
「うーん。何もできないって悲しいけど」
愛国心が何にもならないというのは悲しいなあ。どうしてだろう。特攻に出た少年や、世界最終戦争の意味を知っていた宮城事件の首謀者や山本五十六なんていうのはこんな気分だったのかなあとぼんやり考えてしまう。
『敵勢力からのメッセージの解読にNASAが先ほど成功した模様です。内容は、内容は、内容は、"これが読めるなら、全面降伏のみを要請する"という意味のことが、』
『敵勢力からの最終通告は無条件降伏。無条件降伏。無条件降伏』
『未確認信号の発信相手は自らのことを"パッション""エホバ"と称している模様。これは、我々人類の多数を占めるキリスト教の信仰を利用したプロパガンダだと考えられます。中国地域では中国語で大規模な呼びかけが行われた模様!』
「うわー、でたよ。"パッション"。てことは中国では"神仙"や"天帝"だね。で、その後はアッラーで、トリナルティで、ブッダだね」
「ん、本当の圧倒的な戦いってこういうものなのかもしれないね。神波正君」
横須賀の原子力空母が敵レールガンによって破壊される映像が流れる中、僕と安紅さんは、人類の最後を見るでもなく見ていたのかもしれない。周囲では家族への連絡ラッシュが相ついでいたけど、僕は何となく漠然とした安心感を抱きながら携帯の着信を眺めていた。僕は両親とかみ合わない会話を交わした後、天に増します我らが神に、人類の咎を背負い十字架にかかった神の子の名をもって、人類の上に現れたにがよもぎを仰ぎながら祈っていた。何について祈ったかははっとした時には覚えていなかった。安紅さんの携帯への着信を聞きながら、僕のスマートフォンを映像に切り替える。
「うん。お父様、これ、本当なの? え、京浜の物流線がすでに切られているから? うん。うん。九州佐世保基地が灰燼? 第二のナガサキ、ですね。え、今度は何年記憶できるか、ってお母様!」
スマートフォンからは、約十二対一で墜落してゆく米軍の航空部隊と敵"パッション"・・・とはプロパガンダで言いたくもないから、そうだなあ、SFから取って"オーバーロード"というのはどうだろうか? え、人類を愛さないオーバーロードはやだ? うん。僕だっていやだよ。でも、相手がそうしたかったんだからしょうがないじゃないか。別にマイナーなのでいいならオールドタイマーとかそうあたりさわりのないのでもいいけど・・・。
「叔父様も従兄のあの方も予備招集ですか・・・」
映像では、曲線フォルムのこれぞ戦闘機というジェーコフスキーの翼を極限まで追求した流体力学の清華とも思える米軍の最新鋭秘密機が、敵"オーバーロード"の表面積最大化が成された三角錐モデルの飛行部隊が放つイオン式レールガンにみじんに砕かれていくの見ながら、僕はぼんやりと考えていた。ヨハネの黙示録について。ダンテの新曲について。そうだ。僕たち人類が破れて消え去る運命なら、僕らの歴史の過去の偉人達もみなすべて、煉獄の住人となるのだ。ダンテがアキレウスやウェルギリウスを煉獄の英雄とみなしたように、すべての地球人が煉獄の住人となり、悪魔におびえて暮らすのだと、その時、はっきりと僕は悟ったのだった。
「神波正君。ロンドンは放送の通り壊滅だそうよ。敵船団は七十五年前の情報を元に人類を類推して戦略を立てていたみたい。きっと、初期目標が第二次大戦前までの世界の首都、旧世界のカプトゥムンド、ロンドンを標的にしていたらしいよ。なんというか、現場運用が禁止されているあたり宇宙人も官僚主義だよね」
「あー、だからアメリカじゃなくてロンドンか・・・」
第二次大戦前の世界の首都はロンドンだ。幻の金融街、シティ。世界の半数を支配した日の沈まぬ国大英帝国の無量の富の集積地。幻の学際都市ケンブリッジ。ラマヌジャンをも受け入れた大英帝国の知の楽園。かつてあった世界そのもの。
「そうか。本気なんだね。エイリアン。ニューヨークだったら一撃で滅んじゃうところだったんだね」
今の世界そのものは今日のところは無事らしい。
「敵戦力の正式名称は相手側が"パッションにして天の王"を名乗っているわけだけど、これは容認できないらしいので、人間側が勝手に名前を付けていくみたい。各兵器にも"第一のラッパ"だとか名称を設定しているけど、それぞれ勝手に名前をつける感じ。あれだね。冷戦時代を彷彿とするってお父様とお母さまが言ってたけど」
「で、敵の仮称は?」
「CFBDSIR 1458+10連星系から来ているらしいことがわかったから、DSIRESと仮称したみたい」
「欲望、かあ」
「欲望、だね」
「宇宙征服はまさしく欲望だねえ」
「欲望だなあ」
スマートフォンの中では、米レールガン駆逐艦が敵航空支援補給機を1機撃墜する。機体は即座に爆散して、三角錐をした敵支援航空散兵が対海ポケットに猛射を加え、次々と米レールガン駆逐艦を駆逐していく。
「しかし、絶望的だね」
「うん。絶望的」
「そういえば、神波正君従軍したいとか言ってなかった?」
「うん。言った」
「反乱軍に対応する地上部隊は少年兵の募集も検討するらしいよ?」
「あー、じゃ、どう、安紅さんも?」
「私は、研究者志望だから。私大の研究室に自主研究に行くわ。エイリアンの科学技術、おっと、DESIRESの圧倒的な科学力を解析できるって夢じゃない?」
あー、研究。研究は本当に羨ましいなあ。でも、研究職は人気だから。東大、京大に行くか、どこかのコネがないとだめだからなあ。安紅さんとこは霞会にも知人がいて、戦後薩長土肥の派閥では大きいとか大きくないとかだしね。こんな非常時だけどね。非常時だからといって世の中がまったくなくなるわけでもあるまいし。
「うん。夢がかなったね。安紅さん」
皮肉を込めた言葉に返ってきたのは安紅さんの満面の笑顔で、僕はそれにドキリとし、僕は不純な自分を責めた。
「夢というのは叶えるものね。神波正君。それじゃ、この辺で。よい終末ライフを!」
「終末にならないことを!」
「可能性が低くてもね!」
これが、未知との遭遇第一日目のことだった。




