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ロランタワー十二階。
広いフロアに陳列棚が整然と並んでいる。
「何からご覧になりますか?」
クルガンの問いに、リィンはあごを指で叩いた。
「そうだな……まずは紐が欲しいです。丈夫で強い紐が」
「それは、どの程度丈夫なものでしょう?」
「刃を押し当てても切れないものがいいです」
「では、ミスリル合金のワイヤーなどいかがでしょう?値は張りますが、ケルベロスの牙もものともしない一級品です」
「へえ!それはいいですね」
「こちらです」
「ふむ」
ロール状に巻かれたワイヤーを手渡され、リィンは首を傾げた。
「お気に召しませんか?」
「いや、そんなことは……でもこれ、どうやって切断するんです?」
「切断ですか……超高温に熱すれば切れないことはないですが、基本的に切断できないものとお考えください。そのかわり、あらかじめ短めに切ってございます」
「ああ、なるほど……もう少し短いものはありますか?」
「ええ、こちらに」
二人のやり取りを遠目に眺めていたポポンは、退屈しのぎにフロアを見て回ることにした。
様々な種類のロープや紐、釘やねじに木材。
金づちや草刈り鎌、のこぎりなどの工具類。
壁際には見事な彫刻の入った馬車の車輪まで置いてある。
だが、ポポンにはどれもこれも退屈なものばかりだった。
ポポンはフロアを一周してからリィンの元へ戻り、彼に尋ねた。
「ねえ、リィン。私、お買い物してきてもいいかな?」
「構わないが……何を買うんだ?」
「決めてないけど……うん、鎧とか欲しいな!」
それを聞いて、リィンが怪訝そうに尋ねる。
「……お前の頑丈さ加減で鎧とか必要なのか?」
ムッと眉を寄せたポポンが言い返す。
「要るの!気持ちの問題なの!」
すると傍らに立つクルガンが、うんうんと頷いた。
「ベテラン冒険者などは、勝負装備を纏うと格段に集中力が増すと聞き及びます。気持ちは大事ですよ」
ポポンがクルガンをビシッと指差す。
「そう!その通り!」
「ですが……」
クルガンは申し訳なさそうにポポンに言った。
「鎧は当店でも取り扱っておりますが、ポポン様のサイズとなるとちょっと……」
リィンが「ああ」と頷く。
「子供サイズですからね。おもちゃ以外では需要ないでしょう」
「なによもう!……そりゃあ、冒険者時代から装備のサイズには苦労したけど」
口を尖らせるポポンに、クルガンが提案した。
「では、西区の商店街に行ってみてはいかがでしょう。この街でもとりわけ冒険者が集まる区画でして、それはもう様々な品が売られております。きっとポポン様のお気に召すものもございますよ」
「ほんと!?」
ポポンは目を輝かせ、リィンを見た。
「いいよ、行ってこい。……あ、徒歩だとまずいな」
リィンの言葉に、クルガンも気がつく。
「ああ、ポポン様はロランワースは初めてでいらっしゃいましたね」
「初めてだと何がまずいの?」
首を傾げるポポンにリィンが説明する。
「この街は無計画に拡大し続けた街だから、異常に入り組んでいるんだ。初見だとまず間違いなく迷う」
「そうなんだ?」
リィンは天井を指差した。
「仕方ない。ヒッポに乗ってけ」
「えっ、いいの!?ってか、私一人で飛べるの?」
「そりゃ飛べるさ、ヒッポ単体で飛べるんだから」
「でもでも、操縦とかしなきゃいけないんでしょ?」
「難しく考えなくていい。飛ぶのはヒッポに任せて、行きたい方向だけを手綱で報せればいい。あいつもお前のこと気に入ってるようだから、素直に従うだろう」
クルガンが行き先の説明を始めた。
「このロランタワーは街の中心にありまして、湖の見える方角が西です。西門に駐獣場があるので、そこにヒッポグリフを預けるといいでしょう。商店街は西門からすぐです。人がごった返している方へ歩けば着くでしょう」
「ありがとう、クルガンさん!じゃ、行ってくるね!」
早くも駆け出すポポンを、リィンが呼び止める。
「あー、待て」
「なーに?」
床をキュッと鳴らして止まり、引き返してくるポポン。
リィンは懐から革袋を取り出し、戻ってきたポポンの手のひらに乗せた。
「なあに、これ?」
リィンがニヤリと笑う。
「喜べ、初給金だ」
ポポンは驚いて目を見開き、それから手のひらの上の革袋をまじまじと見た。
ずっしりとした重さに、声が震える。
「……ありがとう。お給金ちゃんともらえるなんて、思ってなかった」
「はあ?うちをそんなブラックだと思ってたのか!?」
「そうじゃない、けど――」
ポポンは目の端をグイッと拭い、リィンの顔を見上げた。
「匿ってもらえるだけで幸せだったから、嬉しいの。……ありがと」
「……そうか。行ってこい」
「うん、行ってくる!」
ポポンは大事そうに革袋を懐に入れ、再び駆け出した。
「あっ、ポポン様!」
今度はクルガンがポポンの背中に声をかける。
「エレベーターがお嫌なら階段をお使いください!エレベーター乗り場の横にございますので!」
「わかった!ありがと、クルガンさん!」
ポポンはクルガンに手を振り、エレベーター乗り場へと向かった。
エレベーターの横にある階段への扉を開け放つと、そのままの勢いで階段を二段飛ばしで上っていく。
ようやく階段が終わり、息を弾ませながら屋上への扉を開ける。すると屋上の端に繋がれたヒッポグリフと目が合った。
ポポンは息を整え、ゆっくり歩いて近づく。
そうしてヒッポグリフの前までやってくると、穏やかに話しかけた。
「こんにちは。何度か乗せてもらったけど、自己紹介がまだだったね。私、ポポンっていうんだ」
ヒッポグリフが「クゥン」と首を傾げるような仕草をする。
「あなたはなんて名前なのかな。……そもそも名前つけてもらってるのかな?って、こんなこと聞いてもわかんないよね」
「クウィィ……」
「ええと……私ね、あなたに乗せてほしいの。いつもはリィンと一緒だけど、今回は私だけ!……どうかな?」
ポポンの言葉が通じたのか、ヒッポグリフは首をぐうっと下げてポポンを背中へと誘った。
「っ!ありがとう!」
ポポンは急いでヒッポグリフを繋ぐロープを解き、鞍の上にぴょんと飛び乗った。
そして鞍に取り付けられた荷物入れから〈ダン工ジャンパー〉を引っ張り出す。
〈ダン工ジャンパー〉のボタンを留め終わると、両手に手綱を持った。
「じゃ、お願いっ!」
ヒッポグリフは翼の調子を確かめるように一つ大きく羽ばたく。
それからバサッ、バサッと羽ばたきを繰り返す。
羽ばたきの間隔は次第に短くなっていき、そして――。
「浮いた!」
重力に逆らって上昇していくポポンとヒッポグリフ。
やがて十分に高度をとると、どこへ行けばいいのか、とでも問いかけるようにゆっくり旋回し始めた。
「えと、ええと。湖のほうだから……あっちだよ!」
ヒッポグリフは翼に風をはらませると、ポポンを乗せて大空を駆けていった。




