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短い空の旅を終えたポポンは、西門にある駐獣場にヒッポグリフを預けた。
「ちょっとの間だったけど、とっても楽しかった!私達って相性いいよね!」
「クゥン!」
顔をすり寄せるヒッポグリフ。
ポポンはヒッポグリフの首元を撫でながら言った。
「ちょっとお買い物してくるから、いい子で待っててね?」
「クィィン……」
「ごめんね、すぐ戻ってくるから!」
少し不満げなヒッポグリフに手を振り、ポポンは人波の中へ入っていった。
クルガンに聞いていた通り、いかにも冒険者といった風貌の人間が多く行き交っている。
「たー、たりらりらりたったらたー」
ポポンは鼻歌交じりに通りを歩く。
ときおり懐の革袋をそっと撫でながら、踊り出しそうな足取りで人混みをすり抜ける。
小さな体を活かして人の多いほう、多いほうへと進んでいくと、商店がところ狭しと並ぶ通りへ辿り着いた。
「ここね、商店街!」
ロランワース西区の商店街は、大変な賑わいを見せていた。
行き交う人の波は隙間を見つけるのも苦労するほどで、まるで大きなお祭りの日のようだった。
店のほうは、とにかく雑然としていた。
通りの両端に商店が並ぶのは当たり前として、狭い路地にまで露店が入り込んでいる。
二階や三階にも店舗があるようで、紐で吊るしたカゴで商品と代金をやり取りする光景も見られた。
売られている商品も多種多様。
ランプ、ロープ、テントなどのサバイバル用品店から、武器屋、地図や書物を売る書店、ダンジョンの戦利品を取り扱う宝石商や貴金属店などもあった。
「むう。見えないなあ」
ポポンの背丈では、人混みの中から通りの両側の店を見渡すのは難しかった。
仕方なく通りの左側に狙いを定め、店先をかすめるように歩いていく。
そして――。
「あった、防具屋!」
鎧印の看板を見つけ、ポポンは駆け寄る。
その店はどちらかというと高級店のようで、店先にはガラス張りのショーケースが置かれている。
「えっへっへっへ。……むっふっふっふ」
気味の悪い笑い声を漏らしながら、ショーケースの中を覗くポポン。
素晴らしい防具の数々に目移りさせながら物色していると、ある防具に目を奪われた。それは、ショーケースの中の一番目立つ場所に飾られた赤い鎧。
「真っ赤なドレスアーマー!『素敵なあなたへレベルアップ』かぁ。……いいなぁ」
商品の横に記されたキャッチコピーを読み上げ、ため息を漏らしながらショーケースに顔をくっつけるポポン。
「サイズもギリギリ大丈夫そう。……これだ。もうこれしかないよ」
一人頷くポポンだったが、ドレスアーマーの下に置かれた値札を見て、ため息が失意のそれに変わる。
「リィンに結構もらったけど、それでもぜんぜん足りないなあ。……でも、次と次と次のお給金を合わせれば買えるかな?」
ポポンは長いこと、難しい顔でドレスアーマーとにらめっこをしていた。そして決心したのか大きく頷き、ドレスアーマーと再会を約束してその場を離れたのだった。
(お給金の使い道は今決まっちゃったけど、他も見て回ろっかな。安いのだったら買っちゃってもいいし。……うん、そうしよう!)
それからポポンは、目的もなく店を冷やかして回った。
最初に訪れた武器屋で、ただの棒切れを前に首を捻る。
「何だろう、これ。……もしかして鍬の棒のとこ?金属部分はどこいっちゃったんだろ?」
その後も、遠い異国の装束を物珍しそうに眺めたり。
純金製の偉そうなカエルの像を見て、その金額に驚愕したりした。
(こんなふうにゆっくりお買い物できる日がくるなんて、思ってもみなかったなあ。冒険者の頃のお買い物っていかに安く必要なものを揃えるか、だったもん)
ポポンが金銭的余裕がもたらす平穏を噛みしめていると、ふいに誰かに背中を押された。
驚いて振り向くが、誰もこちらを見ていない。
ただ、周りの人波が激しく動いていた。
通りの真ん中で大男二人が揉め事を起こしていて、その取っ組み合いの余波が人波を伝ってポポンの元へも及んでいるようだった。
「あうっ。ちょっと、あわわ……」
人波の動きに右へ左へと押し流される。
堪りかねたポポンは、人の少ない路地へと逃げ出した。
商店街に戻るのはひとまず諦め、路地裏に入る。
あまり治安が良くないようで、道端に酔っ払いが寝ていたり、ガラの悪い男達がたむろしたりしている。
(さっさと通り抜けちゃったほうが良さそう)
ポポンは路地裏を早足で移動し、やがて狭い路地に入った。
路地の向こうに賑やかな通りが見える。
ホッと胸を撫で下ろしたポポンだったが、
「おい、お前」
と後ろから声をかけられ、ビクンとその肩を跳ねさせた。
恐る恐る振り返ると、三十代くらいの男達三人立っていた。冒険者風の三人で、声をかけたのは真ん中の茶髪の男だった。
「……何ですか?」
「こっちに来な」
「嫌です。あなた達、誰ですか?」
「見ての通りの冒険者さ」
そう言って、茶髪の男がおどけてみせる。
「……冒険者に用はないんで。失礼します」
踵を返し大通りへ逃れようとしたポポンだったが、行き先を別の男達に塞がれていた。
(しまった!気を取られたっ!)
挟み撃ちの格好になったポポンに、茶髪の男が衝撃的な言葉を投げかけた。
「お前、ダンジョン工務店の人間だな?」
「え゛っ゛」
男達に見覚えはない。
なのになぜ、自分の素性を知っているのか。
そもそもなぜ、ダンジョン工務店の存在を知っているのか。
混乱したポポンは、とっさにしらばっくれた。
「ちっ、違いますん!」
「ああ?どっちだよ?」
「ちち、違いまふ。何のことでしゅか?」
舌をもつれさせるポポンに、茶髪の男がポポンの後ろを指差す。
「へっ?」
ポポンは振り向くが、そこには道を塞ぐ男達しかいない。
「そうじゃねえよ、背中だ」
「背中……はっ!し、しまった!」
ポポンはヒッポグリフ騎乗時に着用した〈ダンジョン工務店ジャンパー〉そのままの姿で買い物に来てしまっていた。
背中には大きく『ダン工』の文字が入っている。
「ダンジョン工務店の人間なんだな?」
「違いまふっ!」
「じゃあ今の『しまった!』はなんだよ」
「ううっ、それはその……『ダン工』というのは、ダンディな工芸家のことでして……」
「ウソつけ」
「あ、ダンシング工作員だったかな?」
「……もういい。押さえろ」
茶髪の指示に、男達が一斉にポポンに向かってきた。
「ちょっと……やだー!」
揉みくちゃにされながら抵抗するうちに、ポポンの心に怒りがこみ上げる。
「鼻に……触るなー!!」
「ぐおっ!」「あぐあっ!」「げえっ!」
力任せに男達を吹き飛ばしたポポンを、茶髪の男が口をあんぐりと開けてみる。
「ドワーフとはいえ……なんて馬鹿力だよ」
ポポンはふん!と鼻を鳴らし、啖呵を切った。
「確かにダンジョン工務店の人間よ!それが悪い!?」
すると茶髪の男がボソリと言った。
「お前、悪いと思ってないのか?」
「何よ、そっちから襲ってきたんじゃない!」
「そのことじゃねえ。お前がダンジョン工務店の人間なら、ダンジョンに罠を仕掛けたりするんだろう?」
「そうよ?それが仕事だもん」
「その罠で冒険者が死ぬこともあるよな?つまりお前は、人を殺す罠を仕掛けて金をもらってるわけだ」
「そっ、それは……」
口ごもるポポンに、茶髪の男は冷たく言い放つ。
「お前、それでも同じ人間か?心は痛まないのか?」
ポポンはピシリと固まった。
刃物のように鋭い言葉に、彼女の目の前は真っ暗になっていった。
◇ ◇ ◇
その頃、ロランタワー屋上。
買い物を終えたリィンが、購入した荷物に腰かけポポンを待っていた。
「遅いですね、ポポン様。何かあったのでしょうか?」
クルガンが心配そうに空を眺める。
「……もう少し待ってみます。クルガンさんは仕事に戻られてください」
「わかりました。助けが必要となったら、お申しつけくださいませ」
「ありがとうございます、そのときは遠慮なく」
クルガンの姿が屋内への扉に消える。
それと同時に、リィンがポツリと呟いた。
「何してんだ、あいつ……」




