マスコォォオオ!!(嫉妬)
執事マスコーが本日の予定ですが、と朝食の席で声をかけてくれた。いつものエドワードの仕事についてだろうと思っていたが、今日は私のほうを向いている。
「旦那様が正装を一式仕立てるとのことで、奥様もお立合いいただけますか」
「言っていた件ね!もちろんよ!」
「そうか、時間に余裕があれば君のドレスも仕立てよう」
「私?!・・・そうね、エドワード様と合わせるべきだわ」
私の返事を聞いて肩を撫でおろしているエドワードに、人見知りの子供か何かを彷彿してしまう。私も知らない大人に囲まれてサイズや布を当てられてただ立っているだけのあの空間は好きではなかった。今ならもっと世間話ができただろうが、できれば親しい人間と一緒にいたいものだ。今回はアリサたちも立ち会うのだから安心していた。
当たり前だが仕立屋はミリオン商会のもので、屋敷にやってきたメンバーにはモリもいた。私のドレスも算段に入っているらしいので女性の職人も何人か連れられていて、アリサとも顔見知りらしい。
「現在の簡素なものとフォンセ流のプリーツたっぷりの間を取って背面のプリーツは三つぐらいにしましょう!」
「奥様、生地はこちらいかがですか」
「表地には是非!ボタンは大きなクルミボタンにしませんこと?」
「ボタンだけ色を変えるのもいいと思いますわ」
「肝心の裏地ですが、こちらのストライプと刺繍のものはどうかしら」
「裏地でもいいですが、中のベストに使うのも手ですよ、奥様」
職人たちと私の応酬は丁々発止として、エドワードはいつの間にかアリサに紅茶を用意させて一人ソファでくつろいで眺めていた。その様子がどこかご機嫌のようだったので、私も気にせず生地を厳選してエドワードの衣装を決めていく。
悩ましい。美形は何を身に着けても似合うから選択肢が多すぎる。裏地にするならやはり手刺繍などは伝統の草花モチーフがいいだろう。表地にドット柄もいい気がしてきた、いや今回は無地だ。無地。
「このシルク生地、既に模造宝石つけてるのね」
「そうです、美しいでしょう」
結局当初の予定通りに無地の黒い表地、裏地にはシルクの金糸銀糸で派手な装飾がされた生地を、中のベストは光沢のある灰色に単色で刺繍を入れることとなった。一見すると地味だが差し色が華やかで、ボタンが大きく豪華なカット宝石にすればかなり上品になるだろう。
エドワードを棒立ちにさせて何枚も生地を組み合わせただけはある。達成感でいっぱいになってアリサに紅茶を貰ったが、次は君だと言われてハッと正気に戻った。
次の瞬間には男性陣が部屋から消え、エドワード以外は女性ばかりになった。
「あらあら」
「さぁ、奥様サイズを測りましょう」
「生地に希望はございます?ボスはいかがですか」
あまりの素早さに呆気に取られている内に、私は先ほどのエドワードのように立たされる。
メジャーがぐるっと腰やら腕やらにまきつき、数字が読まれた。少し恥ずかしいが、果たして太っているのかどうかも比較したことがないのでわからない。
「私も流行にのってモスリン生地のドレスがいいかしら?」
「駄目だ、セクシーすぎる」
即答で否定された。モスリン生地を使ったとしても霧吹きで水を浴びるような真似はしないのに、と思ったが身体のラインが出るのはやはり破廉恥な気もする。
素直に頷いて、先ほどのエドワードのために選んだ生地と同じものを使うほうが良いだろうと言えば、色が・・・と渋られた。
「それもそうね、黒いドレスは喪服に間違われそうだし」
「イブニングドレスを想定していますが、それでよろしかったですか」
「いや、一式作ってしまおう」
「え、エドワード様?!流石にそれは」
「今日いきなり全て注文しろという話じゃない。パーティーに参加するなら必要になるのだから社交期までに用意しておこう」
私も最近知ったのだが、社交界のドレスマナーとは私が思っているよりずっと細かくて面倒くさい。
イブニングドレスと言われたが、これには正装と半正装と露出度の違いで種類が分かれるらしい。
最近教えてもらったことでしかないため、果たしてエドワードのいう一式、とは何着のドレスのことを言っているのかわからない。
噂に聞くところ、午前と午後でドレスが変わり、ガーデンパーティなど野外イベント用のドレスまであるという。改めてアリサたちからそういったドレスマナーというものを聞くと、母があれだけドレスにこだわっていたのも頷けるものだ。
「ええ、ええ、社交パーティー頑張りますね!ちゃんと勉強しておきますわ」
一着でも金額がどれくらいになるかわからないのに、何着もとなればめまいがする。
だがエドワードが私にそれだけの投資をしてくれるということだ。
ここで遠慮をするといっても、私のドレスマナーは夫であるエドワードの沽券にも関わる話。
私は気合をいれて社交界の勉強をしようと握りこぶしを作って宣言した。
「・・・・・・他の男と踊ることは許さん」
「もちろんですわ、でもダンスの練習はお付き合いくださいませ!」
パーティーの目的は商談がメインなのだから踊る必要はないだろうが、踊らざる得ない場合はあるはずだ。他の男と踊るなというならばエドワードが相手をしてくれなければならない。
そう主張すればエドワードは満足そうに頷いた。
外に出さない!仕事も何もするな!と言っていた彼が、とんでもない譲歩だ。
ここまでさせたのだから私は頑張るしかない。
結局その日のドレスは一着だけエドワードの正装と合わせた生地を使用するということだけが決まった。
後日またデザインの詳細などを詰めることになるとのことだったが、果たしてどれくらい時間がかかるのか私には想像もつかなかった。
◆
社交期が近づいて来た段階で、もう一度ミリオン商会としてパーティーを主催しないのかと聞いてみたものの、子供がいないのだから必要ない、の一点張りだった。確かに貴族のパーティーには娘の結婚相手探しという側面が大きいが、結婚記念日の祝いなどで開催しているところも多いのに、と残念に思う気持ちをマスコーに漏らすと、思い当たることを教えてくれた。
「もし開催するとなると正餐会となるからでしょうな」
「ええと、正餐会以外ならいいの?」
「理屈としてはそうですね、小さなホームパーティの数を熟して女主人としてゲストを迎えるルールや調整を・・・」
経験値の話だろうか、と首を傾げているとマスコーはにこやかに話を切り替える。
「というのが建前でして」
「ほほう」
絶妙な間の取り方に思わず私も身を乗り出してしまう。
「旦那様としては正餐会だと夫婦であってもバラバラに男女ペアにされるのが嫌なんでしょう」
「え、そうなの?」
思わずそんな間抜けな言葉が出た。そうなの?とは夫婦でもバラバラにされるの、という驚きとそれが嫌なの、という疑問だ。
マスコーは庭師からもらった花を生けた花瓶を設置しながら、私に説明してくれた。
「ええ、社交ですので。婚約中の男女以外は地位や年齢などを考慮して同格同士の男女で話ができるように配置します。夫婦や親戚同士などはできるだけ離して」
「もしも私たちが参加した場合離れるのね」
「そうです。リュノ式の伝統を重んじる家ですと、おそらくは旦那様が末席となり、奥様が上席となります」
「そうなのね・・・」
「はい、奥様が遠い席で知らぬ男と会話するのが気に入らないので正餐会の主催も参加も頷かないはずです」
男の権威や体裁的な問題かと思って納得しかけたが、マスコーの言葉に笑ってしまった。彼のいつもと変わらぬ笑顔を見ると、本当にそんな理由だと信じてしまいそうだ。だが、一理はあるのかもしれない。
「私が思うよりずっとパーティーのルールが多くてびっくりするわ」
「マナーも流行も様式も様々ですから、そのために私共がいます」
「そうね、もしもエドワード様の気が変わられたら頼りにするわ」
もちろん自分でも勉強するけどね、と言えばマスコーはいつもより少し意地の悪い笑みで花瓶から花を一本抜いて差し出してくれた。思わず受け取ると、まずはお似合いになる花を覚えるところからですな、と茶目っ気のあるウインクとともに言われた。
呆気に取られてもらった花を見ると、私の金髪に映えそうな濃いオレンジの花だった。はて、名前はなんていうのだろう。嬉しくなって私は颯爽と去っていくマスコーの背中を追った。
「嬉しいわマスコー、花を貰ったの初めてなの」
「なんと、ぬかりました。旦那様に妬まれます」
見慣れた完璧な笑顔のマスコーに最近増えたカジュアルなパーティーや変人と有名な貴族による不思議なパーティーなどいろんな面白い話を聞いてその日は過ごした。屋敷中を回るマスコーの後ろについて回るものだから使用人の皆に微笑ましそうに挨拶をされた。
私は思いのほか花を貰ったのが嬉しくて、本店へ出向く必要のあったゴンザレスとアリサが戻ってきたときにも、まるで子供のように自慢した。押し花にまでしたのだが、それを言うと二人は何か物言いたげな空気を醸し出していた。
「ドレスが完成したそうで、最後のサイズ合わせだけよろしくお願いいたします」
切り替えるようにしてアリサは私にそういった。
「あと招待状が届き始めましたので、スケジュールを組みます」
「じゃぁエドワード様は今日も忙しいのかしら」
そう訊ねると歯切れが悪そうに肯定された。
ゴンザレス自身も忙しくなるようで、暫く私についてはいられなくなるようだ。
少し寂しいけれど私への教育は彼の本業ではない。
「奥様、ダンスの練習は私が担当することになりました」
「アリサはダンスもできるの?凄いわ」
「勿体ないお言葉です。旦那様もなんとか時間を作ってダンスの相手をするとのことですが、望み薄なので」
アリサは本当になんでもできるのだな、と感心する。私の勘だとマスコーやナタンあたりもダンスが出来そうなのだが、エドワードのいう他の男と踊るな、の範疇にはいるのだろう。それもまた不思議だが、アリサが相手をしてくれるなら私としては問題ない。
子供の頃に僅かだけ憧れたダンスというもの。
ほんの少しの期間だけ母に稽古をつけられたことがある。
私に貴族教育が必要だと言い出し、家庭教師を雇ったがお金を払えず途中で投げ出された。
かわりに母が教えることになったが、私はそんなことよりお金を稼いだほうがいい、と思って気もそぞろだった。
結局母もそんな私に飽きてしまい、自然となくなった。
今思えばもったいないことだったかもしれない。
(余裕がなかったんだから仕方ないんだけどさ)
一人での夕食も風呂も終えて、のんびりとベッドに腰かけている静かな時間。
寒さも落ち着き、暑すぎない丁度いい気温。
そろそろ屋敷に来て半年以上になる。
すっかりとこの暮らしに慣れてしまった。気持ちに余裕ができる、恵まれた立場だ。
人に優しくされて、誰かに優しさを与えたくなる環境。
「・・・母さんたち、どうしてるのかしら」
いらないことを考える余裕までできてしまった。
ろくでもない話だ。両親に関してはすっかり見限ったものだと思っていた。
私は抱えていた負担を投げ出せて、それだけで嬉しかった。だというのに遠く離れて距離ができた途端に、自分がいなくなった後、両親はどうしているのだろうという心配が滲んでくる。
捨てたのは向こうなのに、と思うのにどうにも切り離せない。
今更縋りたいことなどないし、無償の愛情で手を差し伸べようなんて思わない。
「貴方の結婚はわたくしが決めます。いいですか、貴方はいつかこの家を出ることになります」
その家名に恥じぬ淑女でありなさい、なんて懇々と言い聞かせてきた母。
内心で鼻白む気持ちがあったが、もしもこの結婚を母の独断で決めたならば少々見る目がありすぎる。まさかエドワードの人柄を見抜いて・・・?
「いや、いや、ないでしょ。成金商人って侮ってたはず」
ぶんぶんと考えを振り払う。髪の毛が乱れたが気にはしない。どうせ後は眠るだけだ。
不幸になっていて欲しいとは思っていない。
ただ、遊び歩いて親らしいことをしてくれた記憶もない父親と違って、虚勢を張ってでも母親ぶっていた彼女が、あの空っぽの屋敷で一人なのは少しだけ悲しいと思っただけだ。




