ベッドで蹲って落ち込んでいる。
「駄目だ」
「あらあら、どうして?」
「接客をさせるつもりなどなかった、いくら少女相手だろうと」
先にゴンザレスかアリサから提案が通っていたのだろう。
夕食の際に少女の話をすると、用意していたように即答された。
「僕の傍にいるために仕事を覚えるんだろう、余計なことに首を突っ込むな」
「・・・そうね。好奇心を優先するべきじゃないわね」
残念には思うが、いうならば上司の命令を無視してまで少女に関わるべきではないだろう。私は素人であるし、モリ以外に女性の職人だっている。ただやはり久しぶりに触れるお洒落というものに、心が浮足立ったのは確かなのだ。
そんな私をエドワードは複雑そうに見ていた。
「アリサ、それは?」
「旦那様よりナイトティーです」
夕食の後、部屋で書類仕事がまだあるらしいエドワードとは別れて寝室にて、ゆっくりしていると、アリサが静かに台車を押して入室し、お茶の用意をした。寝る前に珍しい、と思えばそれはエドワード様からの差し入れだという。
何故、と首を傾げているとアリサはどことなく仕方がないものをみるような優しい眼差しで先ほどの件です、と言った。
「奥様の希望を却下したので、ご機嫌取りでしょう」
「え、気にしてたの?エドワード様の仕事場だもの、当然の指示よ」
まだ何もわかってないのに大事なお客様と接触させて責任問題になったら困るものね、と私はカップへ口を付けた。優しいけれど癖のある香り。はじめてのハーブティーだった。
アリサも私が気にしていないのは理解しているようだが、旦那様なので・・・と口を濁した。
「今頃嫌われたかもしれないとベッドで蹲ってますよ」
「うふふ、そんな面白い光景是非見たいわ」
私はアリサの励まし言葉に嬉しくなって、笑った。気持ちもさっきより明るくなったようだ。もしかしたら自覚がないだけで少し落ち込んでいたのかもしれない、と思ってエドワードとアリサの気遣いをありがたく受け入れた。
丁度いい温度のハーブティー、今日はよく眠れそうだと思った。
◆
昨日は仕事の勉強のために職場を見学、という名目だったため本日はいつも通り屋敷にお留守番である。教育係であるゴンザレスもわざわざ来てくれて、今日はどんな書類がエドワードの元へ届いているか、書式などを教えてくれるらしい。
我儘をいうと本店以外の支店も見てみたい気持ちでいっぱいだが、仕方がない。
「こちらの時計屋は取引相手です」
「ではこちらは発注書ね?こっちの農園は・・・珈琲かしら」
「その農園は・・・はい」
「お隣の国の農園なのね、外国の取引先はどれくらい?」
ゴンザレスは急に口が重たくなったようだった。言葉を選んでいるという空気に私は深く聞かないほうが良さそうだと判断して適当に目移りしたように書類の束を避けた。そうして手にとった別の山の書類は服飾関連のものらしく、まさしく昨日言っていた最近売れていない高い生地の購入についてだった。日付はごく最近。
「売れてないって言ってたのに購入はするのね、最低限生産していかないといけないから?」
「それもあると思いますが、次に需要が高まった場合に備えてかと」
続きの言葉を引き継いだのはアリサだった。私が見終えた書類を手際よく片付け次の書類を出してくれている。
「上流階級の流行は隣の国フォンセと我が国リュノの行ったり来たりが基本ですので、おそらく今回もそうだろうという読みかと」
「フォンセは派手好きですものねぇ・・・」
「何かきっかけがあればフォンセ流に親しんだ方たちを中心に広がるかと」
アリサの言葉に成程、と思った。
民主主義の台頭によって貴族の派手な趣味が倦厭されているのは主にミリオン商会のように平民が上流階級に入り込んできたから、ということに加えて貴族側がそんな彼らの反感を買わないように我慢している可能性がある。
「そうね・・・女性に関しては今まで苦しいコルセットや重たい鬘などを我慢してた反動も大きいかもしれないけど、それ以上にご年配の方は遠慮してるのかも」
「ニュースレターで貴族の贅沢が非難の的になりがちですしね」
「私の家みたいに商人に借りがある人達多そうだもの・・・」
私は実感を持って真剣に頷いた。
なら少しご年配の派手趣味を出しやすく、かつ若い子にもお洒落だと関心を持ってもらえばいいのでは?と思ったがそんなことは皆理解しているだろう。問題はそれをどうやるか、だ。
「そもそも取り扱いが難しいのはやっぱり女性よね」
「この間の女子学生もそうですが、女同士のマウントは厄介ですから」
「エスカレートしちゃうものねぇ」
アリサと私が深く相槌を打っていると、話に入れなかったゴンザレスは肩身が狭そうにしていた。アリサと私だけだとついつい話に花が咲いてしまい、彼を置いてけぼりにしがちだ。
せっかく私の教育係としていてくれるのだから真面目にしなければ、と背筋を伸ばして気合を入れなおす。だが、そんな私の気合に水を差すようにアリサは休憩にしましょう、といつもの紅茶とクッキーを用意し始めた。
ゴンザレスがその言葉に少し嬉しそうにしているのに最近気づいた。
彼は案外紅茶とクッキーを気に入っているらしい。紅茶には砂糖もいれるし、クッキーはチョコレートが入っているものがお気に入り。甘い物が好きなのだろう。
「本日はストロベリーティーにしてみました、苦手でしたらお申し出ください」
「えっ苺を煮たの?」
「茶葉と苺を一緒に煮だしてます、ミリオンの管轄で苺の量産体制が整ったようで」
「ミリオン商会では果実類の安定供給を現在進めていまして・・・」
「そうなの?凄いじゃない!」
拍手をしながらそう言えば、二人はわずかに照れた様子だった。
田舎で自生している果実類は各種あるというが中々街まではこないし、そもそも野生の果実はえぐみや虫食いが酷いという話だ。それに対してきちんと果樹園や畑をしようにも課題が多いらしく、それらをミリオン商会は一つずつクリアしている段階らしい。
注がれた紅茶はいつも赤色が強くて美しかった。 ふわっと苺の香りが鼻をくすぐり、それだけで嬉しくなる。
まずは砂糖なしで口をつけ、その酸味と茶葉の味わいを楽しんだ。次に砂糖を入れて飲むと甘い香りとマッチした味に幸せな気分になる。
「私は好きだわ、とても美味しい。アリサの淹れ方も上手いのね」
「勿体ないお言葉です。旦那様に報告しておきますね」
「絶対このお茶、受けるわよ。可愛いもの、ねぇゴンザレス」
「・・・え、俺ですか。まぁ、美味しいとは思います」
「野苺自体、モチーフとして人気ですし」
刺繍の図案でもみたな、と私は思い出した。そうなると苺の絵には白い花もいれたいだとか、ストロベリーティーのレシピがちゃんと欲しいからセットで売ってほしいだとか、そんな意見交換がアリサとはずむ。
「なんでそんなに商品開発に積極的なんですか・・・」
再び口を挟めずに紅茶とクッキーを空にしたゴンザレスが、珍しくそうぼやいた。
アリサが鉄壁の笑顔のままに若干彼を鼻で笑ったような気がする。
「楽しいからよ、あと女の子はね。いい物をすぐ共有したくなるの」
私がそう言えば、ゴンザレスはなんとも言い難い表情をしたが、余計なことはいうまいと、沈黙を貫いた。私はアリサに向き直って、ストロベリーティーのおかわりとともに、すぐにパーティ開いてストロベリーティーを振舞うべきだわ、と主張した。
「そもそもミリオン商会はパーティーを開かないのかしら、エドワード様が参加している様子もないし」
「ほとんどないですね・・・社交期には流石に挨拶回りに行きますが」
アリサ自身はパーティーを屋敷で準備したことはないらしい。
私はあの大きなお屋敷で、と逆に不思議だった。
あの屋敷ならば舞踏会だって可能だろうに、と思ったがパーティーの詳しい内情は知らないし、手順もわかっていない。
私に女主人は無理かもしれん、と背中に冷や汗をかいた。
「王宮が国政から離れて、デビュタントの廃止などがありましたので」
ゴンザレスがいうところによると、隣国で革命が起き民主党が台頭した後、煽りを受けて我が国リュノでも王政や貴族院を見直そうと格新聞社や民衆が一斉に湧いたらしい。
私はその頃生まれていないので何の実感もないが、内乱になるのではないかという状態だったと皆が口をそろえて言う。
その結果王宮が国政から離れ、貴族以外に庶民も議員となれるようになった。その折に批判されていた贅沢な王への拝謁とそれに伴う少女たちのデビュタントが廃止。社交界の大きなイベントがなくなった。
「社交界の暗黙のルールを見張る王宮がなくなり、社交カレンダーもズレ、ここ何年もパーティー類はグダグダらしいです」
アリサも直接パーティーに参加しているわけではないので明言はできないようだ。ゴンザレスは何か知っていそうだが、黙って頷いたので否定する内容ではないのだろう。
私はならばチャンスではないか、と思った。
「周囲が混乱状態ならば、むしろミリオン商会がパーティーをして存在感を出すべきでは?」
失敗しても混乱期だから問題なし、市民階級の人間が中心となった貴族的な素敵なパーティーを成功させれば一気に上流階級として認められる。ただの成金ではなく、品位のわかっている人間となれる。
そうでなくたって金の威力を見せつけることができれば侮られることが少なくなるのは確かだ。
「それにね、私エドワード様のスーツを考えてましたの。今の流行が派手さを嫌うというならば、女学生のように隠した部分が派手ならいいんじゃないかしら!例えばフロックコートの裏地を金糸や銀糸できらびやかな生地にしたり、ネクタイだけ、とか、もしくは豪奢な懐中時計でもいいと思いますし、エドワード様に似合うと思うの!それにやっぱり先ほどのストロベリーティーを振舞いたいじゃない、絶対金貨でも買うわ~」
興奮で言葉が溢れて止まらなくなり、女の子なら誰もが一度は妄想しただろう素敵なパーティを脳裏に思い描く。
私の知っているパーティーは昔一度だけ行った男爵家の記憶。
本来パーティーは年頃の男女のお見合いともいえる場所で子供のいける場所でもない。だが母はちょうどお金のなさと元貴族としての見栄で格下のパーティーに乗り込むことが多かった。私の面倒をみてくれるメイドも雇えなくなって、本当に切羽詰まったままに連れて行ってくれたのだろう。しきりに大人しくしているよう言い含められた記憶がある。
そんな非常識な存在の私に男爵夫人はひどく優しく招き入れてくれた。
大人たちの綺麗な装いと豪華な料理、注目を集める見世物、優しくきらきらとした大人の世界だった。
母はつまらない批評をしていたけれど、私の憧れとなった。
「・・・あらあら、喋りすぎましたわ。楽しくって」
「いえ、旦那様に提案してみましょう」
私の勢いに呆気にとられたような二人だったが、アリサは悪くない提案だと言ってくれた。
お世辞でも嬉しかったので素直に受け取っておく。
「エドワード様の上着を作るなら是非呼んでちょうだい。私彼に似合う服を選んでみたいわ」
「承知しました。歓喜の涙を流されると思いますよ」
「・・・」
大げさなアリサと神妙な表情をして沈黙しているゴンザレスが面白くて笑いが止まらなかった。
今は社交期ではないので話はすぐに進まないだろうが、エドワードが乗り気になってくれればと思った。
未来にわくわくとしたイベントがあるというのは久しぶりで、それだけで幸せで前向きになれそうだった。
少しだけ、こんなに幸せでいいのかしらと思った。




